27:見たくない真実


 ***

 

『え? 殺人鬼が協力してくれる? それはいい! エイレーネを害した奴以外には興味もないからね。ああそうだ、じゃあ一つだけ伝言を頼もうかな。本当にその男のおかげで真犯人が見つかったなら、少しくらいは君の処分に融通をきかせてあげてもいいよ、とね』

 利用できるものは全て利用する悪魔の笑みで、ユリウスはさらりとそう告げた。

 これに頭を抱えたのは、もちろん常識人のヴァイオスで、自他共に認める異常者テオは、伝えた途端に爆笑した。

「いやぁ凄いな、王太子殿下って。懐が大きいというか、ある意味怖くてやだなぁ」

「殿下がそう仰ったとしても、こちらはおまえと馴れ合うつもりはない。おまえの知っていることを全て話せ」

 テオを牢から出すわけにはいかないので、ヴァイオスが一対一でもう一度話を聞く。

 というのも、テオは疑いようもなく、生きた人間の魂を抜いて殺人を繰り返していた事件の犯人だったのだが。

 実は彼は、エイレーネ王女を始めとする貴族女性の事件には、一切関わっていなかったのである。

『それをあなたに伝えたかったんだ。あんな稚拙なやり方、俺がやったとあなたに思われたくなくてさ。死体だって傷だらけだったでしょ? あんな美しくないやり方、俺は絶対やらないよ。なのに一連の事件を一緒くたにされて困ってたんだ。アイリさんとはあなたのことを色々と語ったけど、あれ、ほとんど本当のことなんだよ。俺はあなたに憧れてる。その魔力量も、センスも、剣の腕も。全てがパーフェクトだ。顔も良いから最高だな。あなたの魂はどんな感じなんだろう。明るいかな、白いかな、穢れを知らない? それとも、欲望に塗れてどす黒いのかな』

 嬉々としてそう話すテオは、間違いなく異常者だった。

 魔反師に異常者は多いが、それでも彼のような変人はなかなかいない。なぜなら彼は、自分の犯行に美徳を持っていて、それを汚した模倣犯に腹を立て、捕まえてくれと頼むためにわざわざ自ら捕まったというのだから。

 そのためにあえてミリアーナを放置し、第五騎士団が罠にはまるのを待っていたらしい。それを聞いて、ヴァイオスは苦虫を千匹ほど噛み潰した。

「はいはい。わかってるよ。そんなに怖い顔しなくてもいいのに。せっかくマーレイ団長と同じ空間にいるんだから、もう少し堪能させてくれてもいいんじゃない?」

 ヴァイオスの背筋にそら寒いものが走る。

 最初の尋問のときも思ったが、やたらと熱視線を送られるのは気のせいだろうか。

「言っておくが、俺にそっちの趣味はないぞ」

「え? ……ああ! あっはは! 違うよ。俺にもそっちの趣味はないよ。ただ憧れてるだけ。なんて言うんだろ、尋常じゃなく興味があるって感じかな。今はあなたの魂の色を見てみたい衝動でいっぱいなんだ。知ってる? 魂ってね、人それぞれの色を持ってるんだよ。似通ってはいても、みんな違うんだ。面白いと思わない? 善人ぶった人間が、どす黒い魂を持ってることもあって、あのときは笑ったなぁ」

 テオが恍惚と語りだす。

 ヴァイオスは不快さを隠しもしなかった。人の命を奪っておいて、笑える神経が理解できない。

「あーあ、これに協力したらさ、本当はご褒美にあなたの魂がほしいんだけど」

「断る」

「だよねぇぇ。あ、じゃあさ。アイリさんをもらってもいい?」

「なに?」

 ヴァイオスの瞳が剣呑に光る。

「それがさ、不思議なんだけど。アイリさんの魂って半分透けてるんだよ。気づいてた? まあ普通ならあんまり気にしないことだから、見逃しててもおかしくないけど。でも気にならない? 魂が透けてるなんて、俺、初めて見たよ」

 考え込む。確かにテオの言うとおり、普通の魔力持ちはいちいち霊の魂に興味なんて持たない。死んだばかりで魂が丸裸の霊ならいざ知らず、時が経つごとにそれは彼らの姿に隠されていくからだ。

 見ようとして見なければ、すでに霊として世界に馴染んだ魂は見られないのである。

「だからさ、アイリさんを調べてみたいんだ。理由を突き止めてみたいよね」

「断る」

「ええっ。でもでも、アイリさんはもう死んでるでしょ。だったらよくない?」

「何度も言わせるな。断る」

「えー、ケチだなぁ。じゃあ俺、協力しないよ。それでもいいの?」

「なら話は終わりだ」

 なんの未練もなく立ち去ろうとするヴァイオスに、

「ちょ、待って待って! うそうそ、冗談だから! 協力するからまだ行かないで」

 テオのほうが慌てた。彼としては、せっかくお近づきになれたヴァイオスに逃げられるのは困るからだ。

(ま、近くにいれば、そのうちチャンスもあるだろうし?)

 そんな邪な考えを隠して、テオは爽やかに笑う。

「信じてもらうために、そうだなー、まずは俺の見解を話せば早いかな。――模倣犯は、たぶんあなたのお仲間の中にいるよ」

 ぴた、とヴァイオスの足が止まった。

 それに気を良くして、テオは続きを話す。

「理由は二つ。一つ目は王女様が狙われたこと。でもさ、俺がこんなこと言わなくても、本当はあなたも感づいてるんでしょ?」

 ヴァイオスは答えない。答えないことが、答えのようなものだった。

 なぜなら、エイレーネが襲われたのは、王宮内でのことだったからだ。王宮には魔術師の結界が張ってあり、近衛騎士たちの厳重な警備も施されていた。

 いくら魔反師といえど、この警備網に一切引っかかることなく王女の許に辿り着くなど、並大抵ではできないことだ。

 だからヴァイオスは、口にしたことはないが、最初は王宮内に犯人がいると踏んでいた。

 しかしそれだと、一連の事件全てにアリバイのない者がいなかったのだ。

 そこでヴァイオスは、一つの仮説を立てる。

 一見同一犯に見える全ての犯行が、もし、同一犯ではなかったら? 

「向こうもなかなか上手いことやってくるよね。俺のやり方を頑張って真似て、しかも怪しまれないように俺の儀式の合間に自分の犯行を入れてくるんだから。あれじゃあ犯人が無差別に被害者を襲ってるようにしか見えない」

 実際、テオが捕まるまで騎士団の見解はそうだった。同一犯による、無差別殺人。ただ一人、ヴァイオスだけが違和感を持っていた。

 だから彼は次の被害者ミリアーナを一般人だと予測したのだ。順番的にもエイレーネの次だったから。

 ただ証拠がないために、大手を振って捜査はできなかった。確証のない意見は、あの合理主義者のユリウスには進言したところで意味がない。

 ヴァイオスが寝不足だったのは、一人でそれらを調べていたからだ。

「それで二つ目はね、まさにそこなんだ。俺のやり方を模倣できるなんて、事件のことを詳しく知ってないとできないでしょ? でも誰の方針か知らないけど、事件の詳細については、こういう特ダネが大好きな記者ですら掴めてない。つまり」

「内部の人間しか知り得ないことを、犯人は知っていた」

「そういうこと」

 得意げに口角を上げるテオに、ヴァイオスは深いため息をついた。

 どうやらテオは、ただの変人というわけではなさそうだ。

「俺が、殿下に頼んだんだ」

「え?」

「今おまえが言ったろう。『誰の方針か知らないけど』って。証拠がなくて息詰まってはいたが、俺もただ手をこまねいていたわけじゃない。戦でもそうだが、情報は大きな戦力になる。万が一を考えて対策をしていたんだが……当たって欲しくはなかったな」

 はぁ、とまた一つため息を吐き出した。

 心のどこかでは、信じたくなかったのだろう。本当は、だから一人で調べていた。エイレーネが害されて闇雲になっていたところもあるけれど、それだけが理由じゃない。

 ――もしかしたら、団の中に犯人がいるかもしれない。

 ほんの少しでも浮かんだ黒点は、シャツについたしつこい汚れのようになかなか落ちず、それどころか増えていくようだった。

 たぶん、だから、実はテオが全ての犯人ではないと、部下たちに明かさなかったのかもしれない。

 一番嫌なのは、こんなふうに部下を信じられない自分だった。

「あえて聞くよ、マーレイ団長。この事件、担当してるのは?」

「それをおまえに教えてやる義理はない。と、言いたいところだが」

 第五騎士団俺の団だ、と弱々しく呟いたヴァイオスの声が、冷たい牢の中に響いた。

 

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