26:胸くそ悪い真実


 テオを連れて王宮に戻ると、ヴァイオスはさっそくテオの尋問を始めた。

 そして被害者であるミリアーナからも話を聞いたほうがいいと判断したらしく、そちらはバートラムが担当している。

 ちなみに、霊の気配に敏感な第六騎士団長エウゲンは、一昨日から任務に行っているため王宮にはいない。これはヴァイオスがユリウスに頼んだことで、被害者女性をミリアーナに特定したときにすでに根回ししていたことである。

 といっても、実は四日間という期限付きだったので、なんとか間に合った形になる。

 何人かの団員は二人の取調べに付き添っているが、その他は詰所で通常業務を行っていた。愛莉は一人でいる気にもなれず、そんな彼らを観察しながら大人しくヴァイオスたちの戻りを待つ。

 そうして数時間が経過したころ。ようやくヴァイオスたちが戻ってきた。

〈おにーさん、どうだった?〉

 居ても立っても居られず、我先に駆け寄る。団員たちも手を止めて、団長の言葉を待っている。

だ。あの男が一連の事件の犯人で間違いない」

 その言葉に全員から喜色の空気が流れた。が、なぜかヴァイオスとバートラムからは、いまだに厳しい表情が抜けない。

 それが愛莉の不安を煽る。他に何かあったのだろうか。

「それで、動機なんだが……」

 そうして始まったヴァイオスの話に、彼とバートラムの表情が暗い理由が判明した。

 というのも、ミリアーナから話を聞いたというバートラム曰く、彼女は進んで彼に殺されたというのだ。

『私だけじゃないわよ。これまで殺された人みんな、喜んでテオに殺されたわ。もともとそんな人ばっかりだったし。彼は自分の殺人願望よくを満たさせてもらう変わりに、人生に絶望していた私たちのような人間に最後の幸福をくれるのよ。そういう取引きみたいなものね』

 唖然とした。怒りが沸いた。

 同時に悲しくもなった。

 自ら喜んで命を差し出すほど、彼女たちは生きることに何の価値も見出せなかったのだ。そこまで追い詰められた彼女たちを利用したテオには怒りが沸くし、もちろん正当化するつもりはない。

 けれど、何も助けられなかった自分たちより、彼女たちにとっての救世主は間違いなくテオなのだろう。それがやるせなかった。

「……」

 だから余計に、ヴァイオスはテオが気に入らない。

 エイレーネもまた、おそらく、敵に救いを求めたのだろうから。

 彼女にはもともと、ヴァイオスの保護術がかかっていた。それは正しく反応した。あとは彼女がヴァイオスの名を呼べば、彼女の危険がヴァイオスに瞬時に伝わることになっていたのだ。

 なのに、彼女は呼ばなかった。ヴァイオスの名前を。

 その意味を信じたくないのに、ミリアーナの話を聞いてしまって、彼らとエイレーネが重なっていく。

 ――〝だからあなたは、敵の手に落ちたのですか〟

 いつか過ぎったその考えが、頭の中を埋め尽くす。

「……っ」

 そのとき、爪が食い込むくらい握りしめていた拳に、柔らかい感触が重なった。

〈おにーさん、テオはどこ〉

 いつもの愛莉らしくない低い声に、それまでの思考が霧散した。

「……アイリ? どうした?」

 誰が見ても、彼女が怒っているのは一目瞭然である。

〈どうしたもこうしたもないよ! テオに一発ガツンと入れないと気が済まない! だってそうでしょ⁉︎ いくら死にたかったからって、それは利用されたのと同じなんだよ? しかも最後に幸福をもらったって……そんなの残酷じゃない! 私だったら死にたくなくなるよ、そんなの。世界にはまだ幸せなことがあったんだって、気づいちゃったんだよね? なのに結局殺されるなんて……っ。だからミリアーナさんも、ああして幽霊になっちゃったんじゃないの⁉︎〉

 この世界の霊とは、生前に強い未練のあるものがなる存在だ。つまりミリアーナは、死にたかったと言いながら、まだ現世に未練があったというわけである。

 それは彼女の行動からわかるように、十中八九テオだろう。あのベタ惚れの様子を見るに、彼女はまだテオと一緒にいたかったに違いない。

〈それをテオは、テオは……っ〉

 殺したのだ。自分の欲のために。

 それが取引きだからと言って、無情にも。

〈私が一発殴ってやる。ついでにミリアーナさんも殴る〉

〈ふざけんじゃないわよ。なんで私がちんちくりんに殴られないといけないわけ?〉

 その声にふと視線を移せば、詰所の入口にミリアーナがいた。バートラムの取調べの後、好き好んでテオと一緒に牢に入っていたはずだが、こちらに戻ってきたようだ。

〈ミリアーナさんちょうどいいところに。歯を食いしばって〉

〈はあ? ちょっと本気……って本気じゃないの! その目!〉

〈当たり前でしょ。死ぬよりは痛くないよ、たぶん〉

〈たぶんってなにっ。ちょっと止めてよ、団長様!〉

 ミリアーナが若干涙目になって懇願する。ヴァイオスはため息をつくと、優しく愛莉の拳を手で覆った。

「アイリ、残念だが霊は霊に触れない。だからやめよう、な?」

〈…………〉

「アイリ」

 宥めるように名前を呼ばれて、ついに愛莉も折れた。力なく拳を下ろすと、聞き分けのない子供のようにぶすっと頬を膨らませる。目は潤んでいた。

 ミリアーナは殴られずに済んで一息つくも、次には愛莉同様ぶすっとした顔をした。

〈あんたに私の何がわかるの〉

〈わかんないよ。わかんないし、わかりたくもない。なにせ私はお子ちゃまですから!〉

 ふんっ、と盛大に顔を逸らす。

 なぜそこでお子ちゃまが出てくるのかわからなかったけど、まさしく拗ねたお子ちゃまのように怒る彼女を見て、ミリアーナの中には不思議と可笑しさが込み上げてくる。

〈まったく、本当にお子ちゃまじゃないの、あんた。あーあ、私なんかのために泣いて。しかも泣き顔はぶっさいくだし〉

〈ぶっさいく⁉︎〉

〈胸も平らで〉

〈たいっ〉

〈笑ったり怒ったり。表情がコロコロと変わるところなんて、むしろ赤ん坊よね〉

〈これでも十七歳なんですけど!〉

〈え、うそっ〉

〈本気で驚かないでくれる⁉︎〉

 心なしか後ろの団員たちやヴァイオスまでもが驚愕している気がして、愛莉は余計に苛立った。

〈あんたそれは……かわいそうね、色々と〉

〈今どこ見て言った⁉︎〉

 ミリアーナの視線が愛莉の胸元に注がれていた気がして、怒りよりも本気で悲しくなってきた。愛莉だってそれの大きさにはずっと悩んでいたのだ。

「んん、ゴホン。あー、それ以上はやめような? 二人とも。純情な男たちの心を慮ってやってくれ」

 ヴァイオスが少しだけ気まずそうに止めに入る。

 彼に促されて後ろを振り返れば、わずかに頬を染めて、もじもじとしている団員たちが二人の視界に入った。

 その瞬間、

〈〈もじもじすんな、気持ち悪い!〉〉

「「「え⁉︎」」」

 二人同時に叫ばれて、やはり女慣れしていない男たちの心は、綺麗にぽっきりと折られたのだった。


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