23:本当は遠い存在
「そう! かっこいいよね、凄いよね! 本当に非の打ち所がない人なんだ、マーレイ団長は」
自らをテオと名乗ったその青年は、興奮覚めやらない様子で自分の太ももを叩いた。
人の少ない小さな公園。一つだけあったベンチに座って、テオは先ほどからずっと瞳を輝かせながらヴァイオスについて語っている。
ヴァイオスのどこがかっこよくて、どんなに強くて優しくて。そんな彼に自分がどれほど憧れているのか、マシンガントークよろしく喋っている。
かれこれ一時間ほどその状態が続けば、ふつう相手はドン引きだ。
しかしドン引きしないのが、愛莉という人間だった。
〈わかるわかるー! 私もね、この前は消滅させられそうになってたところを、こう、シュバっ、サッと助けてもらったんだ。かっこよすぎてやばかったんだから! それにそれに、おにーさんってなんか、良い匂いがするの。甘くて瑞々しい花の香り。男の人だけど、そんなの気にならないくらい良い匂いで、安心するんだよね〉
「いいなぁ。アイリさんはそれを許されてるんだね」
〈それ?〉
「匂い嗅いだりとか」
〈……なんかそれだけ聞くと、私ってばかなり変態じゃない?〉
「でもマーレイ団長の前では仕方ないよね」
〈だよね!〉
何が仕方ないのか。たった数時間で意気投合してしまった二人は、側から聞けばアホ丸出しの会話を繰り広げる。
〈あ! あとね、寝顔がかわいいの!〉
「えっ、寝顔まで拝めたの⁉︎」
〈ふっふーん。拝めましたとも〉
胸を張る要素なんかどこにもないのに、調子に乗った愛莉は止まらない。
「あーもう羨ましすぎる! 俺なんか、マーレイ団長に近づきたくても全然だめなのに……」
〈騎士団の試験に落ちちゃったんだっけ?〉
そう、テオは第五騎士団〝志望〟である。つい二か月ほど前に行われた試験では、残念ながら不合格をもらってしまったらしい。
「うん。次の試験はまた来年だから、それまでにもっともっと頑張らないと」
〈テオはなんで落ちちゃったの?〉
呼び捨てでいいと言われたため、愛莉は遠慮なくそう呼んだ。ついでに遠慮なく不合格の理由を聞く。
「んー俺、魔力は持ってるけど、少ないんだよね」
〈そうなの? 少ないとだめなんだ?〉
「だめってわけじゃないけど、それを補える何かを持ってないと難しいかな」
〈そっかぁ。やっぱり大変なんだね〉
「でも、だからこそ憧れるんだ、マーレイ団長に。あの人はその試験を首席で突破して、さらには最年少で今の地位についたんだよ。魔術だって、普通は詠唱がないと展開できないのに、あの人は無詠唱でやってのける。それくらい魔力が多くて、魔術のセンスが抜群ってことなんだ! しかも剣の腕も相当で、王太子殿下にかなり重宝されてるって話でね」
〈ほあーすごい……〉
「でしょ! だから魔力持ちとか関係なく、マーレイ団長に憧れて騎士団に入る人が結構いるんだよ」
おかげで倍率も高いけど、とテオは続けた。
まさかそこまで凄い人だったとは知らず、愛莉は素直に驚き嬉しくなる反面、どこか遠くに彼を感じてしまう。テオの語るヴァイオスが、まるで知らない人になっていくような。
愛莉の知るヴァイオス・マーレイという男は、優しくて、大人で、なんだかんだ部下に慕われている、笑顔の素敵な身近な人だ。
(でもきっと、本当は違うんだろうな。おにーさんがそう思わせてくれるだけで)
ただの小娘である愛莉でも親しみやすかったのは、おそらくヴァイオスがそういう雰囲気を出してくれていたからだろう。そこまで地位と実力があるのなら、踏ん反り返っていてもおかしくないのに。
けどそんな彼だから、愛莉は好きになってしまったのだ。
「あー今日は楽しかった! いっぱい話を聞いてくれてありがとう、アイリさん」
〈いやいやこちらこそ! おにーさんの知らないところもいっぱい知れたし、私のほうこそありがとう〉
「ね、また会えない?」
〈え?〉
「その、またマーレイ団長について語りたいなって。それに、アイリさんの語るマーレイ団長のことも、もっと知りたいなって」
照れくさそうに頬をかくテオは、まるで恋する乙女のようである。
もともと彼が愛莉に声をかけたのも、実は以前、愛莉がヴァイオスと一緒にいるところを見かけていたからなのだとか。
〈うん、いいよ。私もまた語りたい〉
「本当⁉︎ ありがとうアイリさん! じゃあ明日、またここでどう?」
〈了解! 頑張って抜け出してくるね〉
「え、抜け出して?」
〈あ、いやっ……と、とにかく明日ね、約束ね!〉
バイバイ、と離れていくテオに手を振って、愛莉も上機嫌でこの場を去ろうとした。
しかし。
〈この泥棒猫! あんた彼とどういう関係⁉︎〉
いきなり鬼の形相で睨まれ叫ばれて、愛莉はぎょっとした。いったい誰、と思いかけて。相手も自分と同じように透けていることに気づくと……
〈彼に手を出したら、末代まで呪ってやるんだから!〉
その透ける相手がものすごく見覚えのある
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