24:誰が殺した


 *


 愛莉はただ今、絶賛空気正座中だった。

 理由は簡単。王宮を抜け出したことがヴァイオスにバレたからである。

「俺は何度も言ったな? 絶対外に出るなと。部屋にいろと。そう言ったよな?」

〈はい、仰るとおりで〉

「アイリはあれか? 人の忠告を面白がって無視するユリウス殿下と同じたちか?」

〈違うしあの人と一緒ってなんかやだ〉

「だったらなんで忠告を聞かなかった」

〈だって! ……だって、おにーさんが私を置いてくから〉

 しゅんと項垂れる。寂しかった、なんて言えるはずもないけれど。

〈私だって、みんなの力になりたいのに〉

 本当は誰よりも、ヴァイオスの力になりたいのに。

「はぁ、わかった。何もなかったようだし、これからは連れていくほうが安心ってこともわかった。それで? 抜け出した先でまた、凄いのを見つけてきたな……」

 ヴァイオスの視線が愛莉の隣に移る。同じようにふよふよと浮いていたミリアーナが、ヴァイオスの視線を受けてにっこりと微笑んだ。

 さすが、元娼婦としてそれなりに稼いでいただけあって、彼女は豊満な肉体をしている。その豊かさの象徴を押しつけるように、彼女がヴァイオスの腕に抱きついた。

〈うふふ。やっとお説教終わり? 待ちくたびれたわ〉

「……あなたがミリアーナ嬢で間違いないか、確認させてほしい。誕生月と出身地は?」

〈誕生月はルーン歴二十四年の二月トネリコよ。出身はカナン。まあ、あんまりいい思い出はないけどね〉

「なるほど。確かにミリアーナ嬢で間違いなさそうだな。自分が死んだことは?」

〈もちろん知ってるわ。それと、こうして魔力持ちには触れることもね。だから、ねぇ騎士団長様。あなた、私を探していたのでしょう? あなたの欲しい情報をあげるかわりに、私とイケナイこと、しない?〉

 ミリアーナが艶然と微笑みながらヴァイオスにしなだれかかる。団員たちはみな、赤い顔で口をパクパクとさせていた。

 けど、愛莉だけは目の前で何が起こっているのか理解できず、頭を混乱させる。

「これはこれは。麗しいレディからあからさまに誘われるなんて、俺もまだ捨てたもんじゃないのかな?」

 しかし、ヴァイオスまで楽しそうに彼女の手を取るものだから、愛莉の中で何かがキレた。

〈そんなの絶対にだめーっ! 離れて!〉

 力ずくで二人を引き離し、ミリアーナを思いきり威嚇する。

〈ちょっと邪魔しないでよ。別にいいじゃない。結構タイプなのよ、その人。死んでからずっと男ひでりで、ちっとも楽しくないんだから〉

〈だからっておにーさんに手を出さないでくれる⁉︎〉

〈あら、なんでその人だとだめなの? 騎士団長様も乗り気だったんだから、別にいいでしょう?〉

 ね? とミリアーナが意味深な流し目をヴァイオスに送る。

 愛莉もつられて後ろを振り返った。お願いだから断ってほしくて、縋るように彼を見つめてしまう。

 そんな愛莉を見て、ヴァイオスは安心させるようにくすりと笑うと、ミリアーナに向けて首を横に振った。

「残念だが、うちのお姫様が泣きそうだから別の条件でお願いしたい」

〈おにーさん……!〉

 感極まって抱きつく愛莉を、ヴァイオスは難なく受け止める。嬉しくていつも以上に強く抱きついた。頭には慣れ親しんだ彼の温もりがあって、これなら子供扱いでもいいと本気で思う。

〈ちぇ、なあんだ。相思相愛ってわけ? 仕返ししてやろうと思ったのに、つまんないの〉

 途端面白くなさそうに顔を歪めたミリアーナに、団員たちが目を点にした。気づいた彼女が鼻を鳴らす。

〈なーに、揃いも揃ってその顔。ああ、態度が変わりすぎって? 当然でしょ。確かに前の私ならそこの団長様も喜んでいただいてたけど、今は嗜好が変わったのよ。本気でとって食いやしないわ〉

 続けて素っ気ない態度でそう言われて、団員たちはさらに慄く。なぜなら、浮名を流すヴァイオスやゲートと違い、彼らの大半は女性にモテず、ゆえに女性に夢を持っているからだ。

 早すぎる本性のお出ましに、青い男たちの夢は壊された。

 そしてその例外は、休暇のゲートを除けば、もちろんヴァイオスだけである。むしろ彼は打って変わって、警戒心を丸出しにする。

「ちょっと待て。仕返しってどういうことだ? アイリに?」

〈やあね、怖い顔。せっかくの美貌が台無しよ? それに、最初に喧嘩を売ってきたのはその子のほうよ〉

〈わ、私?〉

 本気で心当たりのない愛莉は、頭の上にクエスチョンマークを乱立させた。

 ミリアーナの目がキッとつり上がる。

〈しらばっくれないで! あんたさっき、私の彼と仲良さそうに話してたじゃない! しかも明日の約束まで取り付けて〉

「明日の約束? いや、その前に、だと?」

 ヴァイオスの声に剣呑さと動揺が滲む。同じように何かに気づいたバートラムが、真剣な眼差しでミリアーナを窺った。

〈そうよ。彼は私が愛した最初で最後の人。なのにその子、私に見せつけるように彼と仲良くお喋りなんか……っ。許せない!〉

〈いやいや、本当に心当たりが〉

〈テオのことよ!〉

 名前を言われて、ようやく愛莉にも思い至る人物がいた。

〈え、テオ⁉︎ ってついさっき会った、あの?〉

〈それ以外のテオなんか知らないわよ! さっきも言ったけど、彼は私の恋人よ。手を出したら呪い殺してやるんだから!〉

 や、もう死んでますけどね。とはもちろん言えない愛莉である。

 そんなことよりも。

〈ミリアーナさんって、テオの彼女さんだったの⁉︎〉

〈ええそうよ!〉

 ふふん、と胸を張って答えるミリアーナに、愛莉は意外そうな顔を向けた。こう言っては失礼だが、ミリアーナはどちらかというと派手な見た目のため、彼氏も女慣れしてそうな人物で、間違ってもテオのような地味顔が彼氏だなんて、想像もできなかったのである。

 そういう意味で驚いた愛莉とは別に、ヴァイオスは違う意味で形相を変えた。

「それは本当か⁉︎ じゃあ君の恋人は、そのテオという男で間違いないんだな?」

〈何度もそう言ってるじゃない。でもまあ……団長様が訊きたいことが何なのか、なんとなく知ってるわ。私を殺した犯人のことでしょ?〉

 これには誰もが固唾を呑んだ。それを知るために、ずっとミリアーナを探していたのだ。

 正確には、魂を抜かれて殺された、被害者の霊を。

〈それもテオよ〉

 だから、なんともあっけらかんと告げられた犯人の名前に、全員が自分の耳を疑った。または言い間違いかと思おうとしたとき、彼女がそれをあっさりと覆す。

〈私を殺したのは、テオで間違いないわ〉


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