16:変わった副団長
発生源に目を移せば、そこにはこの中の誰よりもがたいの良い男がいた。団服の上からでもわかるくらい、筋肉がムキムキと隆起している。
「みなさん、先ほどから女性に対して、あまりにも礼を欠いてはおりませぬかな。そんな野蛮な自己紹介では覚えられるものも覚えられませんよ。ね?」
誰よりも見た目は暑苦しく、雄々しい男なのに、その態度は誰よりも紳士的である。見た目と中身のギャップに、愛莉は口を開けて呆けた。
そのせいで、問いかけられたことに気づかない。
「ほら見なされ。驚いて声も出ないとは……なんておかわいそうに」
筋肉質の男が、どこからか取り出した桃色のハンカチを目元にあてて、よよよと涙を拭う。
もちろんそれにもぽかん、だ。
だって。
(も、桃色のハンカチ、だと……⁉︎)
似合わなさ過ぎるにもほどがある。むしろハンカチなんて持ってるんですね、と言いたくなる見た目だというのに。
愛莉からすれば、鼻の下にあるW型のお髭も相まって、自分のことを「我輩」と言ってそうなイメージだ。
「アイリ殿、部下たちが失礼をいたしましたな。私はこの第五騎士団の副団長を務めております、バートラム・ウォーレンと申します。部下たちに粗相があれば、いえ、団長も含めて何か粗相があれば、私に何でも言ってくだされ。貴殿に代わって懲らしめてやりましょう」
ふんっ、と上腕二頭筋を強調するようにポーズをとる。
愛莉は思わず気圧された。濃い。何がって、もちろんキャラが。
そこに、ヴァイオスの不満げな声が上がる。
「おい、バートラム。俺も含めてってどういうことだ。おかしいだろう。そしておまえのほうが怖がられてるぞ」
「何を言いますか。アイリ殿はこの筋肉美に驚いておるだけですぞ。それに団長の女性関係については事実でありますからな。紳士として、巻き込まれた場合の逃げ道を提示しておかなければ」
「おまえ、ほんと俺に対して辛辣だよな……」
頬を引きつらせるヴァイオスに、バートラムがくわっと目をかっぴらいた。
「当っ然でございましょう! 見なされ、この机に溜まった書類の山を! 貴方が落ち込んで無茶をしている間に、こんなに溜まったんですぞ。いい加減に片付けていただきたいものですな!」
バートラムが指すほうに視線をやれば、確かに一つの机の上に、いじめかと言いたくなるほど紙の束が重なっている。崩れないのが不思議なくらいだ。
そこは他の机と違い、決裁用と書かれた札のようなものが置いてある。椅子はなく、おそらく書類を置くためだけに用意されたスペースなのだろう。
さすがの愛莉もその量には引いた。
〈おにーさん、仕事はちゃんとしないとダメだよ?〉
「ぐっ」
自分よりも年下の女に言われたくないだろうが、それでもつい口にしてしまったくらい、溜まっている書類の量が尋常じゃない。愛莉はバイトしかしたことがないからわからないが、これではバートラムが苦言を呈したくなるのも頷けた。
「ほっほっほ。どうやら団長殿は、私よりアイリ殿に言われたほうが効くようですな。アイリ殿、もっと言ってやってくだされ」
そんな無茶ぶり。と思った。
ヴァイオスの顔を横から覗けば、叱られた子供のような、気まずい表情を浮かべている。彼自身にも罪悪感はあるらしい。
でも、そんな顔をされると、ついつい庇護欲が掻き立てられてしまう。世に言う惚れた弱みである。
〈ほら、私も手伝えることは手伝うから、一緒に頑張ろう?〉
励ますように言えば、ヴァイオスは眉尻を下げて微笑んだ。
「ありがとう。でもこれは俺が悪いから、ちゃんと自分で片付けるよ。アイリに仕事のできない男だと思われたくないしな」
〈そんなこと……〉
「では決まりですな。団長は執務室でこれを片付けてきてください。全て急用のものですから、なるべく早めに。そして我々はアイリ殿の協力の元、被害者を見つけ出しましょう」
しかしこれに異を唱えたのは、ヴァイオスだ。
「待て。アイリは今、エウゲンに見つからないよう俺の術の中にいる。離れるわけにはいかない」
その言葉には、ここにいる全員が納得の顔をした。「ああ、エウゲン団長か」と。その名前だけで、ヴァイオスの言いたいことは全て伝わったらしい。
これにはバートラムも考え込む。
が、少しして、彼はこう提案した。
「では、私がその役目を引き継ぎましょうぞ。私ならレディントン殿の目も、なんとか誤魔化せるでしょう」
それは、ヴァイオスも一瞬だけ脳裏に浮かんだ案である。
でもすぐにその案を脳内で削除し、口に出さなかったのは、ひとえに想像したからだ。
愛莉が自分以外の男に抱きつく、その光景を。
「却下だ」
「何故です?」
「エウゲンの目を誤魔化せると、確信がないなら任せられない」
「九割は確信しておりますぞ」
「百パーじゃないだろ」
「どうされました、団長。非効率的なことに食い下がるなど、貴方らしくもないですな」
だんだんと雰囲気が悪くなってきた二人を、周りはハラハラしながら見守っている。仲裁に入らないのは、とばっちりが飛んできたときの悲惨さをよく知っているからだ。過去、そうして餌食になった新人団員は、その日から筋肉の悪夢を見るようになったとか。
けれど一向に終わらない睨み合いに、とうとう愛莉が痺れを切らした。
〈もうっ、この時間がもったいない! 私のことを心配してくれるのは嬉しいけど、私はバートラムさんの案に賛成します〉
「アイリ⁉︎」
〈だっておにーさんが急用の書類を片付けてる間、私は暇なんだもん。おにーさんだって早く事件を解決したいんでしょ? だったら効率的に動かなきゃ。大丈夫! たとえ見つかっても、私、全力で逃げるから。せめて事件が解決するまでは、
ヴァイオスを安心させるために言ったのに、それでも彼の表情はまだ微妙なまま。
どうしたのだろうと首を傾げるも、最終的には折れてくれたのか、渋々、本当に嫌々といった体で、ヴァイオスが「わかった」と頷いた。
「速攻で終わらせる。それまで絶対に守れよ、バートラム」
「承知しました」
そうしてヴァイオスを除く第五騎士団全員で、愛莉が目撃した被害者霊を探すこととなった。
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