15:第五騎士団
ゲートの分析とやらが終わり、しばらくヴァイオスとゲートが何かを話し合っている間、愛莉は手持ち無沙汰に空を泳いでいた。
考えるのは、これからの自分の行く末だ。
目撃者としての役目は果たしたし、もう愛莉が彼らに求められることはない。
そうなってくると、さて、どうしたものかと頭を悩ませる。そうしてクロールから始まり、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライ……は無理だったのでもう一度クロールに戻ったとき、二人の話し合いが終わったようだ。
「……アイリ、それはダンスか?」
「最初から思ってたけど、アイリちゃんって色々と面白いよねー」
〈二人して酷い! これは立派なクロールだよ〉
「クロール?」
「アイリちゃんの国で流行ってた遊びとか?」
〈違う違う。これは……ってそんなことはどうでもよくて。話は終わった? これからどうするの?〉
「ああ、まずは該当者の探索をするつもりだ。アイリが視た霊は、話を聞くにかなり薄かったみたいだから、死んだ直後の霊であることは間違いない。そこに殺人の痕跡と、新たに微弱ながら見つけた魔力の痕跡……やはりこのぼろ家が使われたのはほぼ確定だろう。だから、まずは
〈なるほど〉
元の世界では小説にしか出てこない手法だが、この世界では普通に行われているらしい。
ただ問題は、その霊をどうやって見つけるかだ。
「犯人の手に落ちてないといいんすけどねー」
「それが問題だな。すぐに昇天しなかったことを考えると、おそらく未練はあるはずだ。まだ
言ってしまえばこれは、時間との勝負なのだとか。
「急いで団に戻ろう。行方不明者届に死亡届、洗い出すものは多いぞ」
「うわー、これ徹夜確定じゃないっすかぁ」
「当たり前だろう。犯人はもちろん、第六に浄化される前に見つけ出さないと。ほら、アイリも。戻るぞ」
〈え、うん?〉
戸惑った返事をする愛莉に気づかず、ヴァイオスは当然のように愛莉の手を掴む。
そしてまた当然のようにゲートも後に続くから、愛莉は不思議とくすぐったさを覚えた。
(私、まだ一緒にいてもいいんだ)
そんな安堵感が胸に広がる。
結局これからのことを悩んだところで、愛莉の心はすでに決まっているのだろう。
――離れたくない。
じゃあ、それなら。彼らが当然のように許してくれるのなら。
彼らからさよならを言われるまでは、もう一緒にいてしまおう。いい加減勝手に落ち込むのはやめる。
(こんなこと、本当は思っちゃいけないんだろうけど)
愛莉は胸の内に占める喜びを、しっかりと自覚していた。
仮にも殺人事件が起きているのに。この気持ちは、間違いなく不謹慎に当たるというのに。
それでも。
(ワクワク、する)
きっとここからが、ある意味二度目の人生の始まりなのだと。
――悔いのないように〝生きたい〟
そうしてまた、愛莉はヴァイオスに抱きつくのだった。
王宮に戻ると、愛莉はまたヴァイオスの部屋に行くものだと思っていた。
なぜならそこでしか愛莉は自由に動けないからだ。ましてや厳密に言えば、愛莉は部外者である。団本部に連れて行ってもらえるとは欠片も思っていなかった。
だから。
「へぇー、この子が目撃者ですか?」
「うわーかわいいー」
「結構若いなぁ。そりゃ未練もあるよなぁ」
「なのに協力してくれるとか、女神じゃね?」
「それな」
「団長いいなー」
「どこで見つけてきたんすか?」
「よ、嫁にほしい……」
わらわらとたくさんの男たちに囲まれて、愛莉はすぐさまヴァイオスの背中に隠れる。
だって、普通に怖かった。元の世界でも、愛莉はこんなにたくさんの男性に囲まれたことはない。同時に好奇の目に晒されたこともないのだ。
「おいおまえら、怖がってるだろ。離れろ」
「えー、団長ばっかりずるいですよ」
「「「そうだそうだ!」」」
「うっさい散れ! それと誰だ、どさくさに紛れて求婚した奴!」
ヴァイオスが怒鳴ると、団員たちは一斉に口を閉じ、見事なまでの一体感で一人の男を指差した。
「ほう、おまえかグルド。手ぇ出したら……わかってるよな?」
「でででも、団長は霊に興味なんか、な、ななない、ですよね?」
「……」
男が俯きながら抗議する。ただでさえ目元を隠すほど長い前髪をしているため、男の顔は判然としない。
なので、ヴァイオスの背中からひょっこり顔を出した愛莉が思ったのは、とりあえずシャイなのかな、とそれだけだ。
するとそのとき、頭上からヴァイオスに名前を呼ばれた。応えるように顔を上げる。
「いいか、アイリ。グルドには絶対近づくなよ?」
「だだ団長⁉︎ ひ、ひどいですよぉ〜」
「おまえの霊好きにアイリを巻き込むな。おまえらも。彼女は大事な協力者だ。混乱させるようなことはするなよ。もしやったら……」
言いながら、ヴァイオスが自分の手からバチバチと雷を放出させた。
そのとき団員たちから「うわ出た!」「本気じゃんっ」「相変わらず詠唱なしかよっ」と恐れ慄く声が聞こえて、愛莉はなんとなくこの第五騎士団の雰囲気を掴む。
(そっか、おにーさんは慕われてるんだなぁ)
この場面を見てどうしてそんな感想を持てるのか。友人Mがいたら、間違いなく呆れ顔を披露されたことだろう。
けれど、愛莉の感性は正しかった。ヴァイオスは部下たちから畏れられているのだ。そこには恐怖だけでなく、尊敬も含まれている。
だから、なんだかんだ言って、みんなヴァイオスの周りに集まるのだ。
(てことは、最初が肝心だよね!)
せっかくなのだから、彼らとも仲良くなりたい。愛莉はヴァイオスの背中から顔を出して、ぺこりとお辞儀した。
〈初めまして。皆本愛莉と申します。名前が愛莉。アイリーンじゃなくて、ア・イ・リです。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします!〉
ヴァイオスから完全に離れることはできないので、彼の肩に手を置いたまま。
ヴァイオスの頭上で自己紹介する愛莉に、他の団員は一瞬だけぽかんとした後、すぐに気安い笑みを向けてくれる。
「こちらこそよろしく!」
「アイリちゃんかぁ。名前もかわいいね」
「おまえさっきからそれしか言ってなくね?」
「おい、団長がこっち睨んでるぞ!」
「アイリちゃん、俺はキール。よろしくな」
「おまえなに勝手に抜け駆けしてんだよっ」
「俺はワイズ!」
「俺は――」
次から次へとされる自己紹介に、愛莉は目が回りそうだった。順に言ってほしい。残念ながら、こちらの記憶力は人並みなのだから。
「うおっほん!」
すると、一人の男の咳払いで、嵐のような自己紹介がぴたりと止んだ。
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