13:女の勘


 そうして二人が向かった先に、すでにゲートはいた。

 昨日と同じへらりとした笑みを浮かべ、手を振って愛莉たちを迎えてくれる。

「団長に手ぇ出されなかった?」

〈悲しいくらいに出されなかった!〉

「はは、悲しいくらいにかー。それは残念だったなぁ」

「当たり前だ。出すわけないだろ」

 えー、つまんないなぁ。となんとも気の抜けた声で反論するゲートに、ヴァイオスが苦虫を噛み潰したような顔を向ける。

 そこでふと、愛莉は思い出した。

〈そういえば、昨日ベッドまで運んでくれたのっておにーさんだよね? お礼言うの忘れるところだった。ありがとうございました〉

 すると、ヴァイオスがニヤリと口角を上げた。

「な? 言ったとおり、霊も寝ただろ?」

〈うっ……仰るとおりで〉

 それを言われると痛い。

「なになに。結局アイリちゃんてば爆睡?」

「爆睡も爆睡だったぞ。ふわふわと泳ぐように寝て、危うく天井をすり抜けそうだったからベッドに縫いつけた」

〈え⁉︎ 私そんな感じだったの⁉︎」

「ぶっは! なにそれおもしろ。見てみたかったっすわー」

 和やかな会話から始まって、目的地まで歩いていた三人は、やがて話を事件のことに変えていく。

 そのときはさすがのゲートも真剣な顔で、愛莉の中に少しの緊張が芽生えてくる。ユリウスには脅されているし、何よりも、ヴァイオスの期待に応えたいという思いが、余計に愛莉を固くさせていた。

「――というわけで、今は団員を各地に派遣して、容疑者の足跡を追っているところなんだ。魔力持ちの関わる事件は、とにかく人手が足りなくて困っててな。どんな些細なことにも…………アイリ?」

〈へ?〉

「どうした。さっきより顔色が悪い。やっぱり聞いてて気持ちのいい話じゃなかったよな。到着する前にどこかで休むか?」

〈ううん! 違うの! そういうわけじゃなくて……なんていうか、ちょっと緊張してきたっていうか。よく考えたら私、そんな大きな事件に出くわすなんて初めてで。私なんかがちゃんとできるのかなって、今さら不安になってきて……〉

 今になって胸を占めるのは、自分は彼らの期待を裏切らずにいられるのかということだ。

 彼らは愛莉に期待しているけれど、もし自分が、本当に何も見ていなかったら。

 それは必ず彼らの落胆を誘うことだろう。そのときの表情を想像するだけで、愛莉の失われた鼓動が速まっていく気がした。

 嫌な音が、耳の奥で鳴っている。

(だって、まさかそこまで大きな事件だったなんて……)

 肺の中に溜まった嫌な空気を追い出すように、愛莉は大きく息を吐き出した。

 事件のあらましは、一人の娼婦が殺されたことから始まる。

 場所は王都の中でも外れの町で、いわゆる貧民街と呼ばれるところだった。

 発見されたのはもう二月以上前で、場所が場所だったために、最初は誰もが気に留めなかったそうだ。それくらい、貧民街では毎日誰かしらが死んでいるのだと。

 だから最初の被害者も、痴情のもつれか、強盗か、その辺だろうと町の警備隊はさっさと片付けてしまったらしい。

「せめて魔力持ちがその遺体を見ていれば、もっと早くこの奇妙な事件が俺たちの許に届いたんだがな」とは、ヴァイオスの談である。

 結論から言ってしまえば、その娼婦はただ殺されたわけじゃなかった。

 なんと、魂を抜かれて殺されていたのだ。死因となる決定的な外傷がなかった時点で、本来は疑うべき事件だった。

 けれど、魔力持ちが珍しいとされるこの世の中で、さらに、毎日誰かしらが死んでいく貧民街で、誰もその奇妙な死体に疑問を持つことはなかった。

 機械的に、ああまたか、と。

 その事件がようやくおかしいと明るみになったのは、同日に五人もの遺体が同じ場所から発見されたときだ。

「まるで儀式でもしているようだった」と語ったのは、第一発見者の老婆だったらしい。

 そうしてやっと第五騎士団――魔力が絡む事件を専門的に扱う部署――に話が舞い込んだのが、ひと月ほど前のことなのだとか。

 そしてこの事件の奇妙なところは、その殺され方だけでなく、被害者にもあった。

 最初は被害者にこれといった共通点はなかったのに、いつしかそれが変わり、貴族女性ばかりが狙われるようになった。

 そうなってくると、王家も事件の収束を急かすようになり、ついに最大の被害者が出てしまったのだ。

 それが、この国の第一王女――エイレーネ・アンナ・ルヴェニエである。

「大丈夫だ。そんなに不安がることはない。実際に何も見ていない可能性も十分にあるだろ? 頑張って思い出して、でも何も出てこなかったら、その場合は仕方ない。もう巻き込まれずに済むんだ、くらいの軽い気持ちでいればいい」

〈……うん〉

 口ではそう言ってくれるが、彼らが愛莉にかなり期待していることは明白だ。それくらい犯人は魔反師としてやり手で、同時に残虐でもあった。

 そう、ヴァイオスたちが最初に言っていた「十中八九魔反師の仕業だ」というのは、生きた状態で魂を抜くという、その残虐極まりないやり方が起因していた。なぜなら、魂を扱う魔術は、全てにおいて禁術とされているからだ。

 そして彼らが浮遊霊にまで縋るほど切羽詰まっているのは、王女がまだ完全に魂を抜かれたわけじゃないからで。

(おにーさんの護りの術が働いて難を逃れたって言ってたけど、昏睡状態のままなんだよね……)

 だから、早く犯人を捕まえて、王女を救い出さなければならない。

 そう聞かされて、彼らが焦る理由も、いかにこの事件が重大かつ非道であるのかも、愛莉はよくよく理解した。

 ただ、心に引っかかりを覚えたのは。

(王女様のことを話すとき、おにーさん、辛そうだったな)

 見ていて痛々しいくらいに。

 まるで自分のせいでエイレーネがそうなったと信じて疑わないように。

 そして、その姿が、ゲートとは全く違っていたから、愛莉の心は痛みを訴えた。

 ゲートは正しく、いち臣下として王女の心配をしていた。

 けれどヴァイオスは、臣下以上の想いを持って王女に心を配っているようだった。

(もしかしてだけど、おにーさんは王女様のこと……)

 こういうとき、女の勘は本当に嫌になる。

 認めていないはずの想いが、勝手に悲鳴を上げている。

「着きましたよー。ここがあのぼろ家っすね」

 そこでゲートののんびりとした声が届いて、愛莉は思考の淵から戻ってきた。


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