11:大したことない新発見


「話を戻すが、ゲートもここに連れてきたのは、俺に一切やましい気持ちはないとアイリに知ってもらうためだ。アイリがここにいることを他にも知っている奴がいれば、俺も変なことはできないだろう?」

〈なるほど。なんとなくわかりました。私としてはそっちの心配は本当にしてないし、むしろご不便かけて申し訳ないくらいです〉

「気にするな。協力を頼んでるのはこちらだ。むしろこれくらい当然、って顔でいてもいいくらいだぞ。アイリは変なところで遠慮深い」

 そうかな? と首を傾げた。でもそうなら、それは生まれ育った国の習性だろうと思う。

(なにせシャイで無駄に気遣い屋の日本人ですから)

 もちろん、人によるとは思うけれど。ただ少なくとも海外では、日本人はそういう目で見られている。

 となると、このルヴェニエ王国の人から見ても、日本人は大人しい人種に見えるのだろうか。比較対象が自分しかいないのが残念だった。

「ちなみに、アイリに泊まってもらう部屋は隣だから」

〈へ? ここじゃなく?〉

 てっきりこの書斎のような部屋を貸してもらえるのだと思っていた。

「こんなところじゃ満足に寝られないだろう? 団長クラスにもなると、特別に二部屋与えられていて、隣は寝室になってる。そこも結界の範囲内だから、好きに使ってくれて構わない」

〈いや、いやいや! 待って。それは本気で遠慮します。私なんて幽霊なんだから、寝なくても平気だよ! ……たぶん〉

「でもなぁ、女をソファでっていうのも、男としてどうかと」

〈そこは幽霊なんだから気にしないで〉

「そう言われても」

〈今その紳士さはいらないから!〉

「というより、俺がソファで寝かせたくないんだが」

〈うっ。そんなこと言っても無駄だから! そもそも私は幽霊で、寝ない――〉

「いや、寝る霊もいるぞ?」

〈え?〉

「この前見た。気持ちよさそうに浮きながら寝てたな」

 マジか、と間抜け面を晒す。

 そうか、幽霊も寝るのか。新発見だ。

〈てそうじゃなくてっ……ん? 浮きながら? そういえば私、今気づいたけど、ベッドもソファも通り抜けちゃうんじゃない?〉

「ああそれなら、魔力を纏わせればそうでもない」

〈魔力を?〉

「霊は魔力に弱いって言っただろう? それは魔力が霊にも通じるからだ。つまり、魔力が媒介になって霊にも触れる物になる。俺たち魔力持ちが霊に触れて姿を視ることができるのも、全ては体内を巡っている魔力のおかげなんだ」

〈へぇ、そういう仕組みだったんだ〉

 なんて感心している場合ではない。

〈と、とにかく、おにーさんが寝室を使わないって言うなら、私、ゲートさんの部屋に行くから!〉

「ちょっと⁉︎ なんでここで俺を巻き込むの⁉︎」

 急に話を振られたゲートが、勘弁してくれと顔の前で腕を交差した。

「そうだぞアイリ。ゲートは俺と違って見境がない。襲われても知らないぞ?」

 さすがに襲いませんよ! とこちらにも抗議する。

 しかし愛莉も引かなかった。これは日本人特有の遠慮なんかじゃなく、愛莉の性格上の問題だ。

 そもそもの話、たとえ霊も寝るのだとしても、部屋の主を差し置いて安眠するなんて愛莉にできるはずがないのである。

 二人はしばらく見つめ合っていたが、先に折れたのはヴァイオスだった。

「はぁ、わかった。そこまで言うなら、寝室は俺が使おう」

 よしっ。愛莉はガッツポーズを決めた。

〈では、よろしくお願いします〉

 満面の笑みでお礼も言えば、ヴァイオスは「こちらこそ」と苦笑する。

 そのあとは、ゲートが団の詰所に戻ると言うと、ヴァイオスもまた用事があるといって出て行った。

 が、何の問題もなく朝は来る。窓から差し込む光に、眩しいなと愛莉は目を覚ました。

 そう、目を、覚ましたのだ。

(……幽霊も寝る説は正しかった)

 寝起きの頭でぼんやりと思う。しかも、愛莉が起きた場所は、見知らぬベッドの上だった。

(あああ一生の不覚。いつのまに寝ちゃったんだろ。これ絶対おにーさんが運んでくれたんだろうなぁ……)

 思わず目が遠くなる。そういえば、部屋を出て行ったヴァイオスがいつ戻ってきたのか、愛莉は知らない。

 ベッドの上で寝ていたということは、彼はベッドにわざわざ魔力を纏わせたのだろうか。なんて紳士。発揮どころが盛大に違うと言いたい。

 何はともあれ、朝が来たということは、今日は約束の現場に行く日だ。

 ソファで寝かせてしまったことも謝るべく、愛莉は隣の部屋に通じる扉を開けようとした。が。

〈あっ〉

 もちろんすり抜ける。

〈そういえばそうだった。慣れないなぁ〉

 まだ一日しか経っていないのだから、それも当然のことなのかもしれない。ただ、ヴァイオスたちと出会ってから、それなりに濃い一日だったので、愛莉にとってはもう二週間ぐらい経った気がしなくもないが。

 意を決して扉をすり抜け、愛莉は隣室へと入った。

 しかし、そこにもヴァイオスの姿はない。

〈あれ? いない?〉

 大きく首を横に倒す。うーん、と部屋の中を飛び回りながら、寝起きの頭をフル稼働させた。

 そして一番に思いついたのが、なぜかヴァイオスの朝帰り説だった。

〈ありえる! だって昨日ゲートさんが、おにーさんは来る者拒まずみたいなこと言ってたし。用事っていうのも実はそれで、そのまま女の人のところに泊まったんじゃ……〉

 愛莉をベッドまで運んだのは間違いなくヴァイオスだろうに、それも忘れて結論を出す。

 少々早とちりなところが、友人Mも振り回された愛莉の面倒くさい欠点だった。でなければ、最初にヴァイオスたちを悪魔や天使と勘違いすることもなかっただろう。

〈朝帰り……朝帰りかぁ。……朝帰りか〉

 ひたすらその言葉を繰り返す。ぐぐ、と眉間にはしわが寄っていく。

 この何とも言えない感情が、愛莉を微妙に困らせる。胸の奥がざわざわするのは、まず気のせいだと片付けた。

〈うーん。うーーん。うーん?〉

 ぐるぐると回転しながら、今にもむくむくと育ちそうな感情を、必死に気づかないよう、追い出すよう、意識的に唸り続ける。

 そこで扉の外から人の話し声が聞こえてきて、愛莉はぴたりと止まった。止まった体勢が逆さまでも、そこは幽霊、気にしない。

 最初は遠かったその声が、だんだんと近づいてくる。

 二人分の声の内、一つがヴァイオスのものだと気づいたところで、扉ががちゃりと開いた。

「――っ⁉︎」

〈あ、おにーさん。おはようございまーす〉

 扉を開けた瞬間に目に入った逆さまの愛莉に、ヴァイオスがぎょっとする。

 対して呑気に挨拶をしたように見える愛莉は、実は内心では緊張しまくっていた。

 というのも、ヴァイオスは朝帰りと信じて疑っていないからだ。努めて平常心を心掛けるあまり、逆にいつもより呑気な挨拶になってしまったというわけである。

〈えーと、おかえりなさい?〉

「その前にその体勢をやめてくれ。心臓に悪い」

 ですよねー。と緊張に震える声を押し隠すように笑う。

 どうしてこんなに心臓がどくどくと暴れるのか、愛莉にはわからなかった。

(心臓なんて、もう動いてないのにね?)

 自分で言ってて悲しくなるが、事実なのだから仕方ない。

 それよりも今は、ヴァイオスから朝帰りの痕跡を見つけたら、確実に自分は動揺してしまうだろうというその確信が怖かった。

 だって普通、なんとも思っていない人の朝帰りを知ったところで、動揺する人間はほとんどいない。

(あーもう、吊り橋効果にもほどがあるよ、ちょろすぎるよ私。違う違う。絶対違う)

 しかし愛莉の心配をよそに、ヴァイオスの後に続いて入ってきたのは、予想を超える人物だった。


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