10:コント
*
予想はしていたが、本当にそれが現実になると、案外人は対応できなくなるものらしい。ようは思考のストップだ。
愛莉が呆然と見上げるのは、漫画やアニメでしか見たことのない壮麗な宮殿だった。夜だからか、ところどころから漏れている灯りが、よりその宮殿を幻想的に見せていている。
(はぁ〜、これぞザ・お城って感じだ)
それはもちろん、日本にあるような城ではなく、元の世界で言うところのヨーロピアンな城のことではあるけれど。
しかし二人は正面の門を素通りすると、それよりもずっと小さい別の門から中に入っていった。正面はいわゆるお客様用なのだろうと、今ではヴァイオスの肩に手を置くような形で彼についていく。
「アイリ、ここから先は、絶対に俺から離れるなよ」
〈? うん〉
言われたとおり、肩に置いた手にぎゅっと力を入れる。
途中、門兵に気づかれないかとドキドキしたが、それも杞憂に全く気づかれることはなかった。
「ゲート、先に兵舎に行くぞ」
「え、なんでですか? 報告は?」
「後でいい。どうせ先に戻ってるラビスがほとんどしてるだろうしな」
そう言って庭園を横目に、二人は王宮だろうと思われるひときわ大きな建物とは別の、L字型の建物の中に入っていく。
日本の家屋とは違う内装に、愛莉は好奇心むき出しで周りを眺め回した。まずもってタタキがない。日本玄関でいうところの靴を脱ぐスペースだ。今まで何の違和感もなく受け入れていたが、異世界は――少なくとも愛莉がいるこの国は、どうやら元の世界のヨーロッパに近い文化のようである。
燭台に灯された火が周りを照らしているが、ホラーが苦手な愛莉にとってはちょっとばかり心許ない。霊がどういう存在か理解はしたが、さすがにすぐ克服というわけにもいかないらしい。
階段をのぼり、三階に辿り着くと、先頭のヴァイオスがどんどん奥へと進んで行く。
「団長、もしかして……」
何か思い至ることでもあるのか、愛莉の後ろにいるゲートが控えめに口を開いた。
「団長の部屋に行くつもりですか? え、俺個別のお説教?」
「お望みならそうするが」
「嘘ですごめんなさい」
ゲートが真顔で応える。この二人は見ていて面白いかもしれないと、愛莉は今になって思う。
「まあ、あれだ。アイリの部屋を用意しようと思ってな」
〈へ?〉「え?」ここで愛莉とゲートの声が重なった。
「なんだ、まさか俺が、ここまで連れてきておいてアイリに野宿でもさせると思ったのか? 心外だな」
「そういうわけじゃ……」
「といっても、なにぶん急な話だったから、王宮の中で安心安全な場所といって思いついたのは、ここだけなんだ。そんなわけで」
がちゃり、とヴァイオスが一つの扉を開ける。
ぱっと見シンプルな部屋だった。余計な物がない、悪く言えば殺風景な部屋。広さは元の世界でいう二十畳くらいで、まるで書斎のように本棚やテーブル、ソファが配置されている。
ゲートは部屋に入るやいなや、声を震わせて言った。
「ま、まさか、アイリちゃんの部屋って……ここっすか?」
「そうだが」
「でもここ、団長の部屋ですよね⁉︎」
――なんだって?
愛莉は目を見開いた。
「だから言ったろう。急だったからここしか思いつかなかったって。ここにはもともと俺の結界が張ってある。その術式を一つ増やそうが、誰も怪しまないだろ。そういうわけだからアイリ、もう俺から離れてもいいよ」
何が〝そういうわけ〟なのだろう。意味はわからなかったが、とりあえずヴァイオスから手を離す。
戸惑いの瞳を向けてみたら、ヴァイオスが心配するなと苦笑した。
「大丈夫、ちゃんと説明するよ。なにもアイリをとって食おうって話じゃない。ゲート、扉を閉めてくれ」
「は、はい」
そうしてヴァイオスは、王宮に魔物が入り込まないよう結界が張ってあること、その結界は霊にも反応すること、そして王宮内には、微弱な霊の気配さえも敏感に感じ取る曲者――第六騎士団長エウゲン・レディントンがいることを教えてくれた。
「王宮の結界は俺に触れていたから問題ない」
ヴァイオスの気配を纏わせることで、結界の目を誤魔化したのだと言う。同時に、ヴァイオスの気配を纏っていたから、エウゲンにも気づかれていないだろうと。
「だからといって常に俺に抱きついてるのもなぁ。ちょっと互いによろしくない」
よって、ヴァイオスの部屋に張ってある結界をいじり、愛莉の気配を隠したらしい。
「なぁんだ。俺はてっきり団長『役得だぜ』って鼻の下でも伸ばしてんのかと思ってましたよー」
「はは、おまえじゃないんだから」
「っだ⁉︎」
ヴァイオスが右手の人差し指を軽く上下に振った。
すると、見えない何かに上から殴られたように、ゲートが勢いよく机に突っ伏した。
「だいたい、俺には朝議やら何やらあるだろうが。そこにアイリを連れていったら大騒ぎだ」
「そ、すね……っ」
突っ伏したままゲートが応える。なんだろう。宿屋のときから思っていたが、この二人は拳で語り合う仲なのだろうか。主に一方的ではあるけれど。
そんな愛莉の心情を読んだように、ヴァイオスが言う。
「悪いなアイリ。この馬鹿にはこれが一番効くんだ。何度注意しても余計な口が減らないから、俺も疲れて手が出るようになった。アイリにはしないから大丈夫だよ」
〈あ、はい。そこの心配はしてないかな〉
「なんか二人とも俺に酷くない⁉︎」
それでもすぐに回復するゲートが信じられない。たれ目で優男風なのに、意外とタフなのが驚きだ。
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