09:これだからモテる男は


 そのあと、ヴァイオスはなんとか気持ちの整理をつけ、ゲートは意識を回復させ、愛莉は動揺から飛び回るのをやめ、一行は落ち着きを取り戻す。

 自分でも自分の行動の意味がわからなかったのか、ヴァイオスは疑問符を浮かべながらも、愛莉にしっかりと謝ってくれた。

 ただ愛莉としては、こちらも不思議なことに、ゲートに舐められたときのような嫌悪感はなかったので、そこまで気にしていないというのが本音である。

 そうしてやっと。

 やっと、三人は本題に入る。

「俺たちは今、とある事件を追っている」

 ついついヴァイオスの唇に視線がいきそうになるのを抑えて、愛莉は真面目そうに頷いた。

「その容疑者の潜伏先をいくつか絞って調べ回っていたんだが、残念ながら今日、その全てが空振りに終わった」

 思い出すなと脳内で繰り返すことで、思い出し笑いならぬ思い出し照れをしないよう、必死に顔に力を入れた。

 うんうん、と二回ほど頷いて、愛莉は真剣に聞いてますよアピールをする。

「だが一つだけ、容疑者がヘマをしてくれた。それがおまえだ、アイリ」

 なるほどなるほど、とまた頷きかけて。

〈――ん? 私⁉︎〉

 思わず叫ぶ。全く関係ないと思っていたところで――なんならちょっと不埒なことを考えていたところで――まさかの関係大アリという発言に、愛莉は大げさなほど首を横に振った。

〈待って! 知らない、何も知らないよ私。どんな事件を追ってるのかも知らないけど、絶対無関係だから!〉

 それもそうだ。愛莉は霊になって初めてこの世界に来たのだから。事件らしい事件にも遭遇していないし、強いて言うなら魔物に襲われそうになったこと以外、愛莉はただ飛び回っていただけである。

「安心しろ。なにもアイリが容疑者だと言っているわけじゃない。ゲート」

「はいはい。えー、何から説明すればいいのやら。とりあえず、魔術師にはそれぞれ得意分野があってねー。で、俺は分析系が得意なんだけど、痕跡を探った結果、一か所だけヒットしたとこがあったわけよ」

〈ヒット?〉

「そ。人が死んだ痕跡ね」

〈ひ、人が……〉

 ごくり、と息を呑む。ゲートはさらりと告げたが、さらりと聞き流せるようなことじゃなかった。自分も死んだ身である今、他人事には思えない。

「て言っても、死体はない、血痕もない、魔法の使用痕跡も認められないの無い無い三拍子で、これ見つけるのもかなり苦労してさぁ」

「その痕跡があった場所というのが、初めてアイリと出くわしたあのぼろ家だ」

〈あそこ⁉︎〉

 なるほど、そこで初めて自分に繋がるというわけだ。

 でも。

〈私、特に何も見てないよ?〉

 そう。あのときは混乱していて、周りなんて気にしていなかった。とにかく逃げられる――ひいては隠れられる場所を求めて、適当に入った場所なのだ。

 そのあとも、ひたすら縮こまって隠れていただけで、ヴァイオスが来るまでは怖くてほとんど目を瞑っていた。

〈だからごめんなさい。あんまり役に立てないかも〉

「本当に? 本当に何も見ていないか? ゲートが掴んだ痕跡からして、容疑者が立ち去ってからそう時間は経っていないはずなんだ。アイリがどれくらいあそこにいたかは知らないが、すれ違ってる可能性もゼロじゃない」

 そう言われて、愛莉は無意識に頬を引きつらせる。どうやら自分は、危うく容疑者と鉢合わせるところだったらしい。

 しかも、話から察するに、人殺しの犯人と。

「なんでもいい。どんな些細なことでもいい。おまえだけが頼りなんだ」

〈おにーさん……〉

 周りに怪しまれないよう、視線に気をつければ問題ないと言ったのは彼だ。でないと、魔力を持たない人間には視えない愛莉だから、周囲は彼らを不審に見る。

 だというのに、このときの彼は熱心に愛莉を見つめてきた。ぶれることのない瞳が、ヴァイオスの強い思いを伝えてくる。

 殺人犯を捕まえたい。その気持ちは当然あるのだろう。

 けれど、それだけにしてはあまりにも強く、同時に焦っているように感じられた。

「団長、ストップです。あんまり無理強いはよくないっすよー。……気持ちはわかりますが」

「っ……ああ、悪い。ついな。アイリもごめんな?」

〈いやいや! むしろ何も力になれなくて、私のほうが申し訳ないというか……〉

 力なく笑うヴァイオスを見ていると、胸のあたりがきゅっと苦しくなる。

 この人には笑っていてほしい。なぜか、そんな思いが心に浮かぶ。まだ知り合って、一日と経っていないはずなのに。

(…………イケメン、だからかな?)

 だとしたら、自分の面食い具合に恐れ入る。確かにイケメンは好きだ。元の世界でも、目の保養としてたくさん観察させてもらった。

(なるほど、イケメンだからか)

 生きていた頃の自分を振り返り、その結論に達する。やっぱり自分は面食いだった。イケメンに限らず、かわいい女の子も大好物だ。

〈わかりました。あの、確かに今は何も思い出せないですけど。たぶん現場? に行けば何か思い出せるかもしれないし! だからちょっと待っててください。すぐ行って戻ってくるんで!〉

 しかし、そう言って飛び出そうとする愛莉を、

「待て! いい、必要ない」

 ヴァイオスが片手で止める。

〈え、でも……〉

「言い忘れていたが、容疑者は俺たちと同じ魔力持ちだ。いや、と言ったほうが正確か。魔力持ちってのは広義の呼び名で、その中に俺たちのような魔術師と呼ばれる者がいる。ようは王宮騎士団員たちのことだな。そしてもう一つ、魔力持ちの中で違う呼ばれ方をする奴らがいる。それが魔反師またんしだ。今回は十中八九、その魔反師の仕業と見ている。魔反師は禁術を使い、違法なことも平気でやってのける連中だ。迂闊に近づけば、消される」

 その言葉の意味を、愛莉は正しく読みとった。

 基本的にどんなものも通過できてしまうあいりだが、その弱点として魔力が挙げられる。

 つまりヴァイオスは、こう言ったのだ。魔反師である犯人に万が一出くわせば、愛莉は容赦なく消されてしまうだろうと。

「けど、その心意気は嬉しい。正直手詰まりでな。できればアイリには何でもいいから思い出してほしい。そこでだ」

〈?〉

「明日、日が出ているときに一緒に行こう。奴が行動するのはだいたい夜だったから、日中なら出くわす可能性も低いはずだ」

 そこで愛莉はふと思った。

〈でもおにーさんたちからしたら、出くわしたほうがいいんじゃないの?〉

 一刻も早く犯人を捕らえたいなら、きっと偶然でもなんでも、鉢合わせたいに決まっている。

 すると、ヴァイオスとゲート、二人が同時に目を丸くした。と、ヴァイオスがまた、あの優しげな面差しで微笑む。

「確かにそうだ。さっさと出くわして拷問でもかけて、色々と訊きたいことはある」

 拷問、なんて。今までの愛莉には無縁の言葉にぎょっとする。が。

「それでも、こちらの都合で巻き込むおまえを、命の危険にまで晒すわけにはいかないだろう?」

 見惚れるほどの美しい男にそう言われて、胸がときめかない女なんているのだろうか。いや、いるわけない。すでに動いていない心臓が、また激しく暴れ出したような錯覚を覚える。

(ああもう、そりゃあモテるわけだよ、この人)

 これは惚れる女側が悪いんじゃない。魅力的すぎるこの男が悪いのだ。愛莉はそう思った。

「よし、じゃあ話はまとまったし、出るか」

「ラビスは先に戻ってますかねー?」

「戻ってるだろ」

 二人が席を立つ。支払いを済ませて外に出ていくのを、愛莉も追った。

 夜気は感じない。それが少しだけ違和感だ。代わりに夜特有の静けさが、なんだか身にしみるようだった。

(これからどうしよう)

 明日まで、はたしてどれくらいの時間を潰せばいいのか。霊なら眠る必要もないだろうし、有り体に言えば暇である。

 そして、明日までヴァイオスたちと離れるのかと思うと、どうしても心寂しさと不安が顔を出す。

 前を行く二人の背中を見つめた。

「ゲート、ラビスに報告書は明日でいいって言っといてくれ」

「えー、団長が自分で言えばいいじゃないっすかー。どうせ団に戻るんですよね?」

「いや、寄るところがある」

「うわ、サボりだ。部下に後始末任せて、自分はサボるつもりだ! 副団長に告げぐぐぐっ」

「サボりじゃない。余計なこと言うようならおまえの頭握り潰すぞ」

「もうやってます! すでにやってますマジで痛い‼︎」

 コントみたいなやりとりをしながら、二人はどんどん離れていく。名残惜しい気持ちを押し隠して、愛莉も二人に背を向けた。

「おまえはバートラムの恐ろしさを――――って、アイリ?」

 名前を呼ばれて、愛莉はぴたりと進行を止める。振り返った。

「どこに行く?」

 怪訝そうに尋ねられて、愛莉も頭にはてなマークを浮かべた。

〈どこって……どこか適当に? もしかして、まだ何かありました?〉

「いや、そうじゃなくて。おまえ、この国の人間でもないんだろう? ましてや今は浮遊霊だぞ。あてはあるのか?」

〈ないですけど、まあなんとかなるかなぁって〉

 へらりと笑ってみせる。あまり彼らに縋りすぎて、鬱陶しがられるのだけは嫌だった。だから今は我慢の見せ所だと、愛莉は続ける。

〈それにほら、幽霊だから野宿も平気でしょ? あ、大丈夫。ちゃんと明日の約束は守りますよ!〉

 頭の片隅で、そのためには道を忘れないようにしなきゃなぁと考えながら、ヴァイオスの返事を待った。

 けれど彼は、口ではなく、なぜか足を動かした。

 ずんずんと愛莉のほうに歩いてきたかと思ったら、愛莉の腕をがしりと掴む。

〈お、おにーさん?〉

「そんな寂しくて仕方ないって顔してるくせに、変に遠慮するんだな? いいから来い。もともとおまえを一人にするつもりはなかったよ」

 掴んだ手を引っ張って、彼は愛莉の返事を聞くこともなく歩き出す。

 そんな彼の後ろ姿をそっと見上げて、愛莉は心がじんわりと温かくなるのを感じた。それは不思議と照れくさくて、むず痒くて、とても幸せな感覚だった。

(この人には、何でもお見通しなのかな)

 広く、頼もしい背中に、無性に抱きつきたくなる。

(あーあ、これだからモテる男は)

 自然と微笑がこぼれて、衝動のままに彼に抱きついた。

「っと。なんだ? いきなり」

〈ねぇおにーさん、どうせなら私、こっちがいい。ちゃんと掴まってるから、このままでもいい?〉

 そんなだから子供扱いされるのだろうと、頭ではわかっている。でも、子供扱いされないと、彼に本気になりそうだった。愛莉の女の勘がそう言っていた。

 未来のない霊に、本気の恋なんて辛いだけなのに。

「仕方ないな。その代わり、ちゃんと自分で飛べよ?」

〈はーい〉

 やっぱり幼子に向けるような眼差しで微笑まれて、愛莉は複雑な思いを抱く。でも、これが正しいのだと言い聞かせて、愛莉はヴァイオスの肩に顔を埋めた。

 ほのかに香る、甘い匂い。

(落ち着く……。これ、どっかで嗅いだことあるかも)

 甘さの中にも瑞々しい花の香りがあって、不思議と心が安らいだ。

 隣にゲートが並ぶ。ヴァイオスの首に腕を回す愛莉を見て、彼もまた眉尻を下げて笑う。

 再開された二人のコントに、愛莉は静かに耳を傾けた。


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