消えていく痛み

「――――えっと、待たせた、よね?」

 康太の目の前まで来た優華は頭を下げた。

「気にしていないよ。むしろ、俺こそ待たせた」

 康太は微笑んでそう言った。優華はその言葉に首を横に振った。

 それから二人は『寺子屋』の縁側で、いろいろなことを話した。


 過去のことを話し終わった時、優華はそっと康太の左手首に触ってきた。康太はそれを避けず、彼女のぬくもりを感じた。彼女が触ることによって、この先も消えないであろう傷跡が消えていくようだった。

 やがて、夕暮れになり、彼女の電車が迫っているようだったので、慌てて駅に向かった。自分もそろそろここを出なければならないが、たまには両親と一緒に夕ご飯をとってもいいと思った。だが、彼女が準備をしているときにメールを確認すると、教授から追加の資料作成を依頼されてしまい、彼も直接帰ることにした。学会用に持っていた名刺の裏に少しメッセージを書き込んだところで、優華が鞄を持って出てきた。

「じゃあ、行こうか」

 康太は優華の鞄を持ち、駅に向かって歩き始めた。途中で彼女に気付かれないように先ほどの名刺を彼女の鞄の中に入れておいた。見るか見ないかは賭けなのだが、入れないで後悔するよりはましだった。

 駅に向かう道すがらも先ほどと同様に、過去の事や現在のことを話した。


 そして、駅についた。

 ここに戻ってくるときには毎回使う駅だが、その時と様子が全く違っていた。

「人が少ないな」

 そう独り言をつぶやくと、優華も頷いた。

「うん。なんか寒く感じるね」

 康太と全く同じ感想を抱いたようだった。


 しばらく二人とも無言でいた。やがて、優華が口を開いた。

「嫌だったらそのままでいいんだけれど」

 突然の優華の言葉に康太はまた何か自分が彼女を傷つけてしまったかと思ってしまった。まだ、康太から目をそらす優華からは、一歩引かれている感覚があったからだ。

「どうした?」

 康太の問いかけに優華は再び迷うそぶりを見せたが、結局、ある願いを口にした。


「――――――もし、よければ、私のことを優華って呼んでほしいな、昔みたいに。あ、あと、時々連絡してもいい?」

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