幸せを請う
身支度を整えると、机の引き出しを開けた。そこには金の栞が入っていた。折れて歪な形のそれはもう、栞としての機能を果たさないだろう。だが、康太にはそれを捨てることはできなかった。
下駄箱の上には手紙が置いてあった。きちんと封筒にまで入れているところを見ると、昨日のうちに書き終えて後は送るだけだったようだ。
だが、そこで思い出した。
彼女は実家に暮らしてはいない。今から送ったところで彼女に届く可能性は低い。
どうすればいいのか。
一つしか方法はなかった。
急いで教授に午前中は研究室に行かないことを連絡し、再び電車に乗って地元へ戻ってきた。
(この時間ならまだ葬式を行っている最中だろう)
そう思いながら彼女の家まで行き、手紙をポストに入れた。
どうか届くように。そして、彼女が自分のことを忘れてくれるように。そう願わずにはいられなかった。
お昼過ぎ、研究室に戻るとすぐに、おとといの資料の件で教授に呼ばれた。
どうやら、徹夜して作成した資料は突貫工事にしては出来が良く、すぐに提出できるという。全てのことが終わってほっとしたのか、アパートに戻った後はすぐに寝てしまった。
翌朝、スマホを見ると、百合さんから一件、梓さんから二件メールが届いていた。
『来週行う初七日の法事に必ず来てください』
百合さんからのメールにはそう書いてあり、必ず、という部分が赤字で太く強調されていることからも、強く願っていることが窺えた。
『君は全く素直じゃないんだから。いい加減、優ちゃんに素直になったらどうなんだい?』
『これで初七日の法事に来なかったら、優ちゃんにはいい男見つけてあげるんだから』
どういう意味だろうか。
というか、こうなるだろうと分かってはいたのだが、百合さんだけでなく梓さんにまで、優華に書いた手紙のことが知れ渡ってしまっていた。
康太は諦めた。
その日、研究室にいった康太は、研究室で共有している予定表に法事の予定を書き込んだ。
そして、一週間後。
再びフォーマルスーツに身を包んだ康太は地元に戻ってきていた。
法事が始まるギリギリのところで会場入りした康太は、扉の開閉音に気付いた優華と目が合ってしまった。あんなことを言ってしまい、書いてしまった手前、気まずい空気の中、その時間をやり過ごし、法事が終わるとすぐに実家に戻った。偶々休みを取っていた母親が驚いていたが、軽食を出してくれ、それを食べ終わるとすぐに仁科家へ向かった。
親戚一同で昼食を取っているのだろう、人のいる気配はなかったが、それでも待ち続けた。
やがて二時間ほど経った時、家主とその娘が帰ってきた。
彼女は最初、驚いていた様子だったが、母親に背中を押され、康太の方に歩み寄ってきた。
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