別離の決意と過去《上》
そして、翌朝。
康太は今度こそ優華に別れを告げようと手紙を書いた。
書き終わった後、それを読み返し、自分で書いていながらも、自分自身が滑稽だと思ってしまった。
散々優華に対して嘘をつき、嘘のせいで死の淵までに追いやっていた自分なのに、別れの手紙にまで嘘をつかなければならないなんて。
でも、それでいい。彼女には今更正直になんてなれない。
ベッドの上で嘘の始まりを考えていたら、小学校まで遡った。
康太が優華のことを好きだと思い始めたのは、小学低学年のころだった。
『寺子屋』で楓先生の手伝いをしている彼女は生き生きとしていて、いつか自分の隣でその眼をしていてほしいと願った時からだった。
百合がいつも遅くなることを知った時、康太は非常に嬉しかった。なぜなら、母親が佐々木家と一緒に夕ご飯を食べることを楓先生に提案してくれ、それがすんなりと許可されたからだ。母親の手作りの料理に、目を輝かせながら一緒に食べてくれる彼女をずっと見ていられると思ったからだった。
彼女を同じ小学校に通い始めたころ、康太と同じクラスになり、康太の方から優華に話しかけるようになった。しかし、少し入学してから時間が経った頃、彼女は同じクラスの女子たちから何か言われたのか、次第に小学校の中では康太を避けるようになった。『寺子屋』では今まで通りに接してくれたものの、今までとは違う接し方をしてくるようになった。その後の夕食会も彼女から何回か断られ、こちらからも誘えなくなってしまった。
しかし、母親は出かける前に二人で『寺子屋』終了後に食べてきなさい、とおにぎりや惣菜が詰まった弁当箱を持っていけるように、作り置きしておきしてくれた。最初はそれでも遠慮した彼女だが、楓先生が説得してくれたようで、再び一緒に食べる機会が増えた。
そんな時間も長く続かなかった。
やがて、クラス委員会の仕事やクラブのリーダーなどを体よく教員やクラスメイトに押し付けられた。最初は優華がいるからと、頑張っていたが、早く仕事をこなせばこなすほど仕事量が増えて行き、だんだんとやっつけ仕事になっていった。
そして、小学五年生の春、康太はただでさえ優華に会えないにもかかわらず、駅前にある英会話教室に通い出した。ほかならぬ楓先生の紹介で通い出し、自分も行けば彼女もついてくるだろうと思ったが、彼女はそれに通わなかった。仕方なく、一人で通い始めたものの、優華の笑顔がみられないことで授業に集中できなかった。
悶々とした日々を送り、気づけば中学生になっていた。
四季・松前・染井小学校の三校の生徒が通うことになる八重中学校は、良くも悪くも地元感が強い。その中でも四季小学校の児童たちは大人顔負けの悪ガキ集団で、特に康太や優華が入学した学年には最もガラの悪い集団がいるという噂を入学前から知っていた。なので、彼らとは関わりたくないという気持ちが強かったが、入学して二日目で早くもそれは崩れた。
そのきっかけはある一人の女子、井田彩名から告白されたことだった。彼女が言うには、英会話教室で見かけたことがきっかけだという。言われてみれば、彼女もいたような気がした。しかし、相変わらず優華の事しか見ていなかった康太は即座にそれを断った。今考えれば、この告白はどちらにしても地獄しか生まなかっただろうが、当時の彼には断ってしまったのを後悔させるような暴力を振るわれた。
告白してきた子が井田彩名でなければ、そんな暴力は起こらなかっただろう。なぜなら、彼女は四季小学校の中でも随一の悪ガキ、住田亮真と彼女が仲良しだったのが運の尽きだった。
翌日、住田に呼び出された康太は、教員も知らないところで集団リンチを受けた。その日以降、彼は人当たりの良い生徒である傍らで、稀代の悪ガキの玩具になっていた。
本当は声を上げたかった。しかし、ある日、四季小学校の卒業生で、住田たちが“センパイ”と呼んでいる集団が職員室に入っていく姿を見た康太は、自分が声を上げたところで教員側にも信じてもらえることもできないと分かっていたので、黙っているしかなかった。
市と県の教育委員会に所属した両親に相談もできず、ただひたすら黙って耐えた。
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