第9話 「サクちゃんの彼氏ってどんな人。」
「サクちゃんの彼氏ってどんな人。」
サクちゃん。
西野さんが亡くなって、一か月。
なぜかその後も時々キャメルに一緒に行く真島くんは。
いきなり、あたしを馴れ馴れしく呼ぶようになった。
…まあ、秘密の共有をしている仲?だからか…
彼の社内での態度と、あたしに対する態度は随分違うように思える。
あたしには。
かなり、素に近いのかも。
そんなわけで。
あたしも、真島さん、から、真島くん、にシフトチェンジ。
『昨日、二万負けた。』
相変わらず、チラチラと店内を見ながら。
真島くんの調査は続く。
西野さんが亡くなっても、調査はなくならないらしい。
本人は、早く本社に戻りたいらしいけど。
「どんな人って…何が?」
「カッコいい?」
「…うん。」
「ふーん…見た目重視か。」
「そうじゃないけど…」
「性格もいいの?」
「うん。」
「ふーん…完璧なんだ。そんな奴いるのかな。」
真島くんは会社ではニコニコしてるけど。
あたしの前では、不機嫌な顔もするし、愚痴も毒も吐く。
最初は戸惑ったけど…
慣れた。
「真島くんは?彼女いるの?」
「いたらこの調査も一緒にやってるね。」
「ああ、すみません。」
「ま、サクちゃん目立たないから、いいんだけどね。」
「…軽くムカつくわ。」
「言葉が悪い女は、彼氏に嫌われるよ?」
「余計なお世話よ。」
『常務に…セクハラされて…』
「常務セクハラ…と。」
こうやって話しながらも、時々飛び込んでくる会話を携帯に記録する真島くん。
「…うちの会社の人じゃないかもよ?」
「二つ隣のテーブルだろ?うちの会社じゃん。」
もはや真島くんは、そこを見ずとも分かってしまうらしい。
…この能力…いったいなんなんだ。
「真島くん、兄弟いる?」
何気なく聞いた一言。
だけど真島くんは一瞬ピクリとした後…
「……」
無言になった。
「…え?聞いちゃいけなかった?」
遠慮がちに言うと。
「別に、いいけどさ。弟がいんだけど、家出してんだよねー。」
投げやりに言った。
「…家出…」
「そ。全く…」
不機嫌になってしまった。
余計な事聞いちゃったな。
「あたし、そろそろ会社戻るよ。」
火に油を注いで悪かったけど、機嫌の悪い時に一緒にいても作業の邪魔になるだけの気がして。
あたしは、席を立とうとした。
すると…
「あ、ちょっと待って。」
真島くんが、あたしの腕を引いて。
あたしが前のめりになってしまった瞬間…
「あっ…」
「あ。」
カチャン
しーくんにもらった、あたしがいつもしてるネックレスが。
切れた。
「えっ…ど…どうして…」
「あ…ごめん…一瞬掴んだけど…それぐらいで切れるかな…」
真島くんは床に落ちたペンダントトップを拾うと。
「…あー、ごめん。傷がついた…」
申し訳なさそうに、あたしに謝った。
「……」
あたしは切れたチェーンを手に、呆然としている。
「知り合いがジュエリーショップやってるから、直してもらって来るよ。貸して。」
「え?」
「大丈夫。ちゃんと元通りになるから。」
「…元通りに?」
「うん。」
あたしはネックレスを真島くんに渡すと。
「…お願いします。」
頭を下げた。
「僕が悪いんだし。」
「大事なネックレスなの。お願いします。」
「…うん。ごめん。分かった。」
最近…しーくんは忙しいみたいで。
マンションに行っても、会えない事が多い。
あたしは…待つのは嫌いじゃないけど。
何となく、わざとそうされてるような気も…しなくはない。
そんな時に…ネックレスが切れるとか…
なんて言うか。
すごく…落ちる。
…いけない。
今日は気分を変えて、久しぶりに『あずき』に寄ってみようかな。
こうして、ちょっとブルーなお昼休みが終わって。
なんか、やっぱり最近ツイてないな…なんて思いながら。
あたしは仕事に戻った。
* * *
『もしもし、真島です。』
「はい。」
『…ネックレス、直ったよ。』
「え…?もう?」
『うん。』
「ありがとう…」
昨日切れたネックレス。
何日かかるかな…なんて。
もう、そこにあるのが普通になってたから、昨日はあれから首元が気になって仕方なかった。
『サクちゃん、今日、1時から休憩入れない?』
「キャメル?」
受話器を手で覆って、小声で話す。
『そう。僕、ちょっと遅れるかもだけど、ちゃんと行くから。その時渡す。』
「うん。分かった。」
1時になって、あたしはボードに休憩と書き込んで外に出た。
さすがに時間差だとキャメルもお客さんが少なくて、あの奥の席にも座りやすい。
どういう契約が成されているのか分からないけど。
真島くんの指定席は、彼が調査員として働く間はずっとだそうだ。
昨日…しーくんにネックレスの事は伝えなかった。
最近はメールの返信も少なくて。
きっと仕事が忙しいんだと思うと、余計な事は書きたくなかった。
…元気なら、それでいいよ。
そう思おうとするけど…
抱き合った日々を思い出すと、胸が締め付けられる。
…本当は、毎日でも会いたいのに…
『そうそう。あの時の中沢ってさー。』
『えっ、知らなかったの?』
そうは言っても、人が増えてきた。
…真島くん、遅いな。
ああ…お腹もすいた…
先に買って食べようかな…
テーブルに突っ伏して、あれこれ考えながら声を拾ってると…
『外で会うのはどうかと思うけど。』
するどい声が聞こえて来た。
外で会えない関係…?
…不倫とか?
『まだ何も終わっちゃいないんだよ?』
少しイライラしたような…女の人の声。
そして…
『こうでもしないと、あなたは会ってくれない。』
……
これ…
しーくん…?
あたしは机に突っ伏したまま、仕切りの切れ目に耳を寄せた。
『…仕事以外の事に必死にならないで。』
『それは、どの事を言ってますか?』
『…ある女性に肩入れしてるよね。』
…それって…
『捜査に必要なことです。』
…捜査…?
『…どうして、あの人なの?あたしが、あの人の身内と付き合ってるから?』
『何をおっしゃってるのか分かりません。私は仕事をしているだけです。』
『巻き込むのはやめて。』
…これって…
『誰かを傷付けるような事、して欲しくない。』
『あなたに言われたくありません。』
『…何?』
『どうして…私に護衛の話が上がった時、即座にお断りになられたんですか。』
『……』
『私の気持ちは…ご存知でしょう?』
…私の…気持ち…
『あたし、彼氏がいる。』
『身分が違います。』
『今の時代、そんなの』
『関係あります。』
『志麻。』
ドクン。
気付いてたけど…
名前が出ると…
『…話になんないわ。帰る。』
女性が立ち上がって、歩いて行く気配。
『……』
…どうしよう。
急激に冷たくなった頭で、必死に考えようとするんだけど…
何も浮かばない。
ここから…出て行くべき?
しーくんの頬を引っ叩いて、文句でも言うべき?
…だけど…。
あたし、どこかで気付いてたよね…?
しーくんは、あたしを好きじゃないって。
優しかったから…つい、期待しちゃったけど…
そっか…
しーくん…捜査だったんだ…
て事は…西野さんの事かな…
……ん?
「……」
あたしはゆっくりと頭を上げて、店内を見渡す。
そこにはもう、しーくんの姿はなかった。
とりあえず…真島くんを待つ気にはなれなくて。
あたしは何も食べないままキャメルを出た。
会社に戻ってロビーを歩いてると。
「あ、ごめん!!今から行こうと思って…」
「ねえ。」
「え?」
「あなた、二階堂の人間?」
「……」
あたしの問いかけに、真島くんは真顔になった後…
「バレちゃったか。」
笑った。
「あ、これ、ネックレス。」
差し出されたネックレスを奪うように取ると。
「…これで、彼氏に居場所を知られることはないから。」
真島くんは、とんでもない事を言った。
「…え…」
「発信機ついてたよ。」
「……」
手の中のネックレスを見る。
「…わざと、切ったの?」
「あまりにも、あなたが哀れでね。」
「…哀れ…」
「うちの
「…さっきのキャメルも…?」
「本音が聞けたでしょう?」
「……」
「ご迷惑をおかけしました。」
「…やり方が汚い。」
「え?」
「やり方が汚いって言ったの。」
「……」
ああ、もう。
しーくんには…冷静でいられたのに。
こいつには…腹が立つ!!
「それは…すみませんでした。でも」
パン
「……」
真島くんの言葉の途中。
あたしは、平手打ちをした。
ロビーを行きかう人達が、驚いたような顔で、あたし達を見てる。
「さぞかし楽しかった事でしょうね。自分の想う通りにあたしが動いて。」
「……」
「…最低。」
あたしはそれだけ言うと、真島くんを残して走り去った。
そして、必死に仕事をした。
…しようとした。
だけど…頭の中では、グルグルと今までの事が渦巻いていた。
…どれもが、辻褄が合ってしまう。
「……」
あたしは携帯を取り出すと、GPS機能をチェックした。
ずっと見張られてたって事か…
ネックレスでは、しーくんに。
携帯では、真島くんに。
あたし…なんてマヌケなんだろう。
しーくんが会ってた女性…
あれは、泉ちゃんだ。
聖と付き合ってるんだ…
そっか。
しーくんは泉ちゃんを好きで、だけど護衛さえも叶わなくて。
それで。
八つ当たりの対象が…あたし。
って事なのかな?
「……」
はあ…。
あのキスも…
優しい言葉も…
全部…
全部全部全部、嘘だったんだ…。
まあ、良く考えてみてよ。
あたしに、こんな上手い話があるわけないじゃない。
…夢を見させてもらった。
それで…もういいよ。
あたしはまた…
地味に静かに働いて、息をしていればいいんだ。
…結局、真島くんは…
あたしとしーくんを別れさせるために、あたしに近付いたって事よね。
何が西野さんよ…
最初から、東と別れろって言えば済む話だったのに。
何なの。
おかしな事に。
悲しくても、悔しくても、涙が出なかった。
あたしは…その理由を知ってる。
…感情的になるほど…
あたしは、自分に自信がない。
* * *
「…なんなんだ、それは。」
晩御飯の最中、父さんに気付かれてしまった。
「…何って、ピアス。」
あたしは黙々とご飯を食べながら答える。
父さんは、ピアスが嫌いだ。
誰がしててもかまわないけど、我が家の誰かがするのは許さない。
モデルをしている華月でさえ、あけていない。
「咲華。」
父さんがすごんだ声で言ったけど。
「あたし、もう25なのよ。」
あたしも、低い声で言う。
「自分の思うようにしたいわ。」
「……」
「……」
「……」
「……」
「お…重てぇよ。誰か喋れよ。」
沈黙に耐えれず口を開いたのは、聖だった。
「て言うか、なんで急にピアス?今更。」
聖があたしの耳元を見ながら言った。
「…別に。何か変えたかっただけ。」
「何か変えたくて変えるなら、外見じゃなくて中身だと思うけどな。」
「千里。」
「まあ、好きにすればいい。」
父さんは不機嫌そうにそう言って、席を立った。
…そんなの…分かってる。
中身を変えなきゃ、どうにもならないって。
だけど、今のあたしに何が変えられるの?
せめて外見…それも、父さんじゃないと気付かないような小さな所。
ささやかすぎて、自分でも笑いそうになった。
今日、思い立って…会社の帰りに病院に寄ってピアスを開けた。
それから、ショップに寄って携帯も変えた。
もう…あたしの携帯には、身内の連絡先だけでいい。
「咲華。」
晩御飯の後。
みんなそれぞれお風呂や部屋に戻って。
洗い物を済ませた所で、大部屋に残ってた母さんとおばあちゃまに呼ばれた。
「…何?」
「ピアス、見せて。」
「……」
あたしは二人の前に座ると…
「…はい。」
髪を耳にかけて、二人に見せた。
「へえ~…これ、18金?」
「うん。」
「いいわねえ。耳元が華やかになって。」
「本当。咲華、どんなピアスが欲しい?」
「…え?」
母さんとおばあちゃまは、キラキラした目であたしの耳を見てる。
「あたし達はできないけど、咲華があけたなら、買う楽しみはできたじゃない?」
「ねー。」
…二人は顔を見合わせて…楽しそう。
「あけたら?」
「まさか。」
「…でも、おばあちゃまは関係ないんじゃ?」
「んまっ、関係ないなんて寂しい事言うわね。私だって、千里さんには嫌われたくないよ。」
「…嫌わないと思うけど…」
「この家に婿養子に来てくれた人だからね…大事にしてあげたいの。」
「……」
そうか…
父さん、母さんの事…大好き過ぎて、婿養子になった。なんて言ってたっけ。
…いいな…母さん。
愛されてて。
「…お母さん。」
「ん?」
「ごめんね…紹介する前に…ダメになっちゃった。」
「……」
何かの雑誌を開いて、ピアスのページを眺めてた二人は。
あたしの言葉に、その顔を上げた。
「だからって、ピアスあけるのも…なんだけど…」
「…分かるわよ。あたしだって、昔…変わりたくてショートカットにした事あるもの。」
「ああ、あったねえ。」
「本当?」
「ええ。変わりたかった。外見が変わったからって、中身が変わるわけじゃないんだけど…小さなことでも、そこから何かが変わる気がしたの。」
母さんの言葉は。
本当に、今のあたしの心境そのものだった。
「ショートカットにした後は、いい事だらけだったね。」
おばあちゃまがそう言うと。
「あはは。まあ…タイミングがそうだったのかもしれないけどね。」
「ショートカットかあ…」
あたしの髪の毛は、ずーっと肩甲骨の下辺りの長さを保ってる。
もう、かれこれ10年以上。
「失恋して髪の毛切るなんて、古いよね。」
「そうよ。」
「でも、ピアスが見えて可愛いかもね。」
「……」
「……」
「……」
母さんの一言で。
あたしは…決めた。
「あたし、今から切る。」
そう言って立ち上がると。
「え。」
二人は驚いた顔をした。
「ど…どこにそんなお店があるの。」
「自分で切る。」
「……」
二人は顔を見合わせてたけど。
あたしはさっさとハサミや櫛、鏡を用意して。
何のためらいもなく、髪の毛にハサミを入れた。
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