第11話 「あっ…」

 〇コノ


「あっ…」


 モヤモヤして。

 これじゃダメだ。って。

 あたしは…意を決して。

 クリスマス前に…ガッくんを誘った。


 そして、ラブホに入った。


 あたしの誘いに乗るって事は…

 彼女は、いない。

 だけど…

 チョコちゃんとは…

 今も、たまに…

 二人で帰ってる所を見る。

 しかも…何だか、こっそりっぽい。


 て事は…

 セフレ。かもしれない。


 たぶん、チョコちゃんちは…できちゃう環境なんだろうな。

 うちは絶対誰かが家に居るから、無理だもん。

 お金のかからないセフレ。

 サイコーだもんね。


 …でも、まさか…チョコちゃんとだなんて…



「うっ…コノ…あっ…」


 もう、今日は…あたしの持ってる全ての力を出し切ってやる!!

 そう思って。

 ガッくんを攻めまくっている。


 どう?

 どうよ?

 あたし、チョコちゃんよりいいでしょ?



「はー…おまえ…今日どうした…?」


 果てたガッくんが、首を振りながら言った。


「何が?」


「いや…すごかったから…」


 あたしは…

 賭けに出た。



「…今日で、最後にしようかなって。」


「……え?」


 ガッくんは少しだけ…残念そうな声を出したけど…


「…だよな…いつまでも、こんな関係のままもな…」


 小さくつぶやいた。


「……」


 引き留めないんだ…


「…あたし、今ね…星高の一番人気の人と、仲良くしてるの。」


「……」


「あと…ビートランドでも…色々…声かけられてて…」


「……」


「…クリスマスまでに彼氏欲しいから、もう…こういう関係は、やめたいの。」


「……」



 わかった。

 じゃあ…

 俺が彼氏になってやるよ。


 あたしは…

 どこかで、そんな言葉を期待してたのかもしれない。

 だけど…ガッくんはそんな事言わなくて。

 反対に…



「…そっか。ま、おまえなら…すぐ見つかるさ。」


 すごく…

 ガッカリな事を言った。



「…今までの事、なかった事にして。」


 悔しくて。

 つい…そう言った。


「…コノ…」


「誰にも言わない。あたしとガッくんは、何もなかった。」


「……」


 あたしの事…

 可愛いって。

 サイコーだって。

 ガッくん…言ってくれたのに…


 彼氏になってくれる気なんて…全然なかったんだね…



「……」


 ガッくんは、ゆっくりとあたしを抱きしめて。


「…ごめんな…」


 小さく…謝った。

 あたしは…その言葉に…


「……っ…」


「…コノ?」


 涙が…ポロポロとこぼれた。


「…どうした?」


「…やっと、ガッくんから…卒業できるんだなー…って。」


「……」


「…もう、あたしに彼氏いなくても…誘わないでね。」


「…ああ。分かった。」


 顔を上げると…


「……え…」


 ガッくんも…涙目で。

 それ見てたら…なんだか…あたし…


「…バカ…泣かないでよ…」


 ガッくんの首に腕をまわして。

 ギュッて、抱きしめて。


「…いっぱい…気持ち良くしてくれて、ありがと…」


 心をこめて、言った。

 それにガッくんは答えなかったけど。

 あたしの背中に回した手には…


 すごく…気持ちがこもってるように思えた…。



 さよなら、ガッくん。


 * * *


 ガッくんに別れを告げ…って。

 別に付き合ってたわけじゃないから、そんな言い方おかしいけど。

 ガッくんっていうセフレと、お別れをして。

 あたしは…

 ガツガツに華音くんに…と思いきや。

 意外や意外。

 王寺くんに…って言うか。

 王寺くんの、お母さんが集めてるというコルネッツに魅了された!!

 お母さんの集めてるコルネッツがキッカケで、あたしは王寺くんと付き合う事になった。


 最初は、何となく付き合ってる感じだったけど…

 優しい。

 バカ正直。

 あたしの事…真っ赤になって『コノちゃん』って言う…

 気が付いたら、そんな彼を好きになり始めてた。


 だけど、恋に試練は付き物。

 結婚とか出産とか…もう、とにかく先の約束が欲しくなってたあたし。

 だって…

 音は園ちゃんと婚約したし。

 相変わらず、甥っ子の廉斗は可愛いし。

 もー!!早く結婚したーい!!

 そう思ってたあたしに。

 王寺くんは、まだまだそんなの先だ。みたいに言うから…

 あたしは、拗ねた。


 そして、ただ拗ねただけなのに…

 彼は、他の女の子とキスなんてして…

 もう、最悪。


 だけど、そんな時に…

 あたしの好きなサラブレッドが…通りかかってしまった。

 あずま えいくん。

 希世ちゃんのバンドでベース弾いてる人。

 ビートランドの会長さんの娘さん夫婦の一人息子。


 って…

 超サラブレッドよね!!

 もちろん、両親共にアーティストだし。

 頭もかなりいいし、ベースの腕もすごい。

 最初は冴えない印象だったのに…さりげなく優しくて、ちょっと厳しくて…

 なんて言うか…

 甘えん坊なあたしには、すごく…グイグイ来る感じが…魅力的に思えた…んだけど。


 それでもあたし。

 やっぱり…

 王寺くんの事。

 好きだった。

 童貞だし、煮え切らないし、優しいだけの男なんて。って。

 そんな風に思ったのに…



 だって。

 王寺くんは…

 善隆は…

 ガッくんの事、いつの間にか…忘れさせてくれてたんだもん。

 しかも、体の関係がないのに、それって。

 すごいよね。


 だけど、あたしは揺れてた。

 善隆は、他の子とキスしてたんだもん。

 ついでにホテルなんかも行っちゃったみたいだし。

 もう、あたしには戻って来ないよ。



 あたしは、映ちゃんとデートしたり。

 …習い事なんかもして…


 らしくない事ばかり。



 * * *

 〇ガク


「……」


「……」


 俺とチョコは…かれこれ一時間。

 無言のまま、チョコの家のソファーに座っている。


 俺達は、桜花の大学に進むことにした。

 俺は漠然と…まだ夢が見つからないなら、大学に進んで決めるのもいいかなと思ったからだ。

 チョコは…夢に向けて、前進しつつある。

 と言うのも…

 チョコの裁縫の腕を認めてくれたのは…

 音の、おばあさん。

 七生頼子さん。


 七生さんは、ロンドンにデザイナーを育てる学校を持ってて。

 どうせなら、桜花から留学って形で行った方が得だ、と。

 留学って形ならではの特典が多い。

 箱入り娘なチョコには、もって来いな話なんだけど…

 現在、両親からは渋い顔をされてるチョコ。


 …体が弱いからなあ…



 一時間前…

 俺とチョコは…

 人様のキスシーンに遭遇した。


 それは…

 コノと、映ちゃん。

 DEEBEEのベーシスト、東 映。

 あきらかに、二人はデートの帰りだった。


 車から降りたコノに、映ちゃんは…大きなプレゼントを渡して…

 キスをした。

 その一連の動作のスマートな事…

 そして…

 二人は、絵に描いたように…お似合いだった。


 ショック…も、あった。

 が…

 それより…安心っていう気持ちも湧いた気がする。

 俺、これでコノから卒業できるかな。って。


 …俺って、ダメな男だな。

 告白できなかったクセに…いつまでも、こんなに引きずって…


 それにしても…コノ。

 良かったな。

 映ちゃんなんて、頭いいし…ベースもすごいし。

 きっと…



「…ガッくん。」


 ふいに、チョコが小さな声で俺を呼んだ。


「ん?」


「…五分したら、部屋に来てくれる?」


「え?」


「新しい作品…並べておくから。」


「ああ…分かった。」



 俺はいつからか…

 こうして早乙女家に来ては、チョコの作品を見るようになった。

 それがどうした?と思われそうだが…俺は、意外と…服飾関係に興味を持った。

 だから当然…

 七生さんが経営するデザイナーの学校にも、とても興味がある。

 俺も、チョコのように服を作ったり…なんて気はないんだが…



 五分経ったと思って、一階の奥にあるチョコの部屋に向かった。

 南向きの明るい部屋。


「チョコ、入るぞ。」


 ドアの前でそう言って、ドアを開け…


「……えっ?」


 ドアを開けて入ってすぐ。

 いきなり…チョコに抱きつかれた。


「え?え…えっ?」


 し…しかも…

 チョコは、裸!!


「おっおまっ…」


「お願い、ガッくん…」


「はっ?なな何を…」


「お願い…あたしの事…嫌いじゃなかったら…」


「……」


 手のやり場に困った。

 チョコは裸なわけだし。



「…嫌いじゃなかったら…?」


「……言わせないで…」


「分かんねーよ。」


「……」


「なんで、俺に?」


「……」


「てっとり早いからか?」


「ちが…!!」


 俺を見上げたチョコは…泣いてて。

 その涙の意味が、俺には分からなかったけど…

 分からなかったけど…

 その、チョコの涙は…

 すごくきれいで。

 そして、その涙を見た俺も…

 なぜか…泣けてきた。



「…ガッくん…?」


「…ふっ…なん…だろな…俺まで…」


「……」


 チョコは、そっと俺の涙を拭って。

 俺の頬に…キスをした。


「…チョコ…」


「…寂しいから…でも、いいの…」


「……」


 コノから、卒業するために。


 俺は、そのまま。



 チョコを抱いてしまった。


 * * *


 大学に受かって。

 留学の話を本格的に持ち出したチョコは…


「言葉が通じるのかって言われた…」


 俺の前で、あからさまにガッカリしている。


「チョコ、英語喋れないのか…」


「普通喋れないよ。」


「授業でやっただろ?」


「あんなので日常会話なんて無理。」


「じゃ、諦めるんだな。」


 俺の言葉に、チョコは唇を尖らせてムッとすると。


「分かった。あたし、誰かに習う。」


 パラパラとアドレス帳をめくり始めた。


「…今更かよ。」


「今更で悪い?何もしないより、いいじゃない。」


「……」


「もう…何もしないで後悔したくないの…」


 チョコの言葉が、意味深に聞こえた。


『何もしないで後悔をした』と。


 それはまるで…俺にも当てはまった。



 チョコとは一度寝ただけで、それから二人きりになってもそういう雰囲気にはならなかったが…

 …あの日のチョコは…可愛かった。

 腕の中で、小さく震えて…

 あんなタイプと寝るのは初めてで…

 俺も、らしくないセックスをしたような気がする。


 当然と言っては悪いが…チョコは初めてだった。

 …なんで俺を選んだんだろう?



「…園ちゃんはフランス語も英語も行けるんだろ?一緒に習えば良かったのに。」


 チョコの手からアドレス帳を取って。


「とりあえず、一週間で日常会話ぐらい何とかなるようにしてやるよ。」


 溜息をつきながら言う。


「一週間で?」


「その代わり、スパルタだからな。」


「……覚悟する。」


 教科書や参考書なんか要らない。

 楽しく英語を学ぶには…やっぱアレだよな。


「親父さん達に、勉強で一日中出掛けるって言えよ。」


「…毎日出かけるの?」


「ああ。」



 翌日から。

 俺は、チョコを連れ出した。

 初日は。

 俺がバイトで家教してた生徒のお母さんが園長先生をしている、インターナショナルスクールの幼稚園。

 全く日本語を話せない子供達ばかりだ。


「このお姉ちゃん、英語全然喋れないんだよ。教えてやってくれる?」


 園長に許可をもらって、チョコを幼稚園に一日登園。


「んじゃ、夕方なー。」


「え!!ちょっ…置いてくのー!?ガッく…!!」


 何か叫んでたチョコをほったらかして、俺は俺で…自動車学校に。


 夕方迎えに行くと…グッタリしていたチョコだが。


「…厳しかったけど、可愛かった…」


 両手いっぱいに、画用紙を持っていた。

 そこには、子供達に書かれた英単語や、チョコが描いた絵。


「一日英語に囲まれてると、外人になった気分になるだろ。」


 チョコの頭をポンポンとしながら言うと。


「…まあ、分かる気はするけど…勇気出して話しかけても、ハッキリ『何て言ったの?』って言われたら…ちょっとへこんじゃった。」


「ははっ。子供は正直だからなー。でも、だんだん度胸はついただろ?」


「…うん。確かに。」



 何だろうな。

 チョコが変わったような気がした。

 昔から、自分の主張を通すタイプじゃなかった。

 体が弱くて、おとなしくて。

 いつも、詩生くんと園ちゃんの後ろにいて、守られてるみたいだったチョコ。

 そりゃあ…親父さん達が反対する気持ちも分からなくはない。


 だけど…


 最近のチョコは…

 本来そうだったのか?

 頑固で、負けず嫌いだ。

 …俺は、その方が好きだな。


 チョコには、夢がある。

 夢があるなら…

 追わせてやって欲しいと思う。


 何とか…


 留学出来ないかな。

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