第10話 「はー…いい湯。」
〇ガク
「はー…いい湯。」
毎年恒例。
二階堂主催の、温泉一泊二日の旅。
まあ…旅とは言っても近場。
毎年来てるけど、今年は沙都がいないせいで…俺としては物寂しい。
今年のラインナップは、二階堂本家の三兄弟と、空ちゃんの旦那さんのわっちゃん、桐生院の聖くん、紅美、そして俺。
あ、海くんの許嫁の朝子ちゃんもいる。
…許嫁か。
俺にも、そういう存在がいれば良かったのになー。
そしたら、その時が来たら結婚。って。
「……」
露天の湯煙の向こうに夕暮れを見ながら、一人で考える。
なんて言うか…
この、近場での入り乱れた人間関係を垣間見た気がした。
聖くんが…泉ちゃんに迫ってた。ように見えた。
でも、結局はケンカ…?ぽくなって。
その後、うなだれた聖くんに、海くんが話しかけて…
何やら、真剣な顔で話し合ってた。
一人で部屋にいた俺は、しばらくそれを眺めてたけど…
暇だったから、寝た。
で。
起きたら…顔に落書きされてた。
どれだけ熟睡してたんだよ俺…
空ちゃんは新婚で、わっちゃん(沙都の叔父さん)と二人で温泉街に消えて行ったし。
紅美も何度目かの湯に浸かるって言ってたし。
朝子ちゃんは、ロビーで一人でいるのを見かけた。
…海くん。
聖くんなんて構ってないで…許嫁の朝子ちゃんと、もっと一緒にいてやればいいのに…
近場での入り乱れた人間関係…か。
確かになー…
うちの親父のバンドは仲が良くて、許嫁制度?を導入して親戚になろうとしてたりもする。
実際、コノと仲のいい佳苗は、音の兄貴である彰くんと許嫁だし。
昔の話。で終わるかと思ってたが、何となく…上手くいくんじゃないかって気がする。
…コノには、そういうのいないのかな。
「一人か?」
声がして顔だけ振り返ると、海くんがいた。
「あれ?聖くんは?」
「ちょっと晩飯までブラブラして来るってさ。」
「ふーん…」
かけ湯をして、隣に入って来た海くんに言う。
「朝子ちゃん、ほっといていいの?」
「泉とどこか出掛けてたぞ?」
「あ…そうなんだ。」
あー、いい湯だ。とか何とか言って。
海くんが空を仰いだ。
「…あのさ。」
「ん?」
「小さい頃から許嫁って言われてて、他に好きな子できなかったの?」
素朴な疑問。
まあ…二階堂は特殊な世界だから…
もしかしたら、そう言われると、そうでしかないのかもしれないけど。
「まさか。好きな子なんて、何人もできたさ。」
俺の想いとは裏腹に、海くんは笑顔でそう言った。
「はっ…そうなんだ…今の、聞いて良かったのかな。」
「ははっ。関係ないよ。」
「…今は?好きな子いないの?」
「…本気で好きになったのは、一人だけかな。」
「へえ…それって朝子ちゃん?」
「………おまえはどうなんだよ。」
「えっ。なんで俺に話振る?」
「次から次へと女作って困るって、陸兄がボヤいてたぞ?母さんに言わせたら、『親子ソックリ』らしいけど。」
つい、湯の中に顔を沈めた。
親父がナンパ男だったのは…有名だ。
だが、俺までそうとは思われたくなかったのに。
「…今、好きな子がいるだろ。」
「えっ!?なんで…?」
ザバッと湯から顔を出して言うと。
「瞳孔が開いた。」
「………マジかよ…ずるいな…二階堂め…」
「おまえも二階堂だろ?どんな子だ?」
「…とにかく…可愛い…」
「ほお…で?告白は?」
「し…してねーよ…」
「学をここまでウブにさせる女の子か…見てみたいな。」
「……」
照れた。
そんな俺を見て、海くんはクスクス笑いながら。
「瞳孔が開いたなんて、嘘だよ。」
そう言って、俺の頭をポンポンと叩いた。
…二階堂ーーー!!
* * *
〇コノ
…モヤモヤする。
ガッくんとは、今も…ラブホに行ってるし、毎回気持ちいい。
だけど…
ガッくんは、時々…チョコちゃんと一緒に歩いてて。
どこに行くのかと思ったら…
チョコちゃんち。
それを知った時の、あたしの衝撃ったら…なかった。
チョコちゃん?
あの、チョコちゃん?
早乙女家の中では、すごく影の薄い…
あの、チョコちゃん?
体が弱くて、いつも誰かに助けられてて。
体育もよく見学してるし…
彼氏がいるって聞いた事もないし…
そりゃあ、ブスとは言わない。
だって、遺伝子はサイコーだもん。
詩生くんと園ちゃんていう、二人のお兄さんは美形だし…
チョコちゃんだって、色白で…まあ、可愛いって言うか…美人って言うか…
こけし系?
細くて、出る所出てなくて…
地味で…
……はっ…
あたし!!
なんだって、罪のないチョコちゃんを悪く思ってるわけ!?
あたし、何かされたわけじゃないよね!!
…だけど…
ガッくんを…取られた気分。
だけど、ガッくんは。
彼女できてないって言ったし…
…まさか、チョコちゃんもセフレ…って事はないよね…?
…あーあーあーあーあーあー…
モヤモヤするーーーーっ!!
そんなこんなで。
あたしは、今までだったら全然その気にならなかったであろう…
ビートランドの事務所訪問をした。
全然用はないんだけど。
むしろ、今までは来たくもなかったんだけど。
急に、その気になった。
あたしと音の夢は、一般人との結婚。
音には今、星高の佐竹くんっていう見た目サイコーの彼氏がいる。
ああ…いいな…
あんなカッコいい一般人…
なかなかいないよ…
「コノ?」
ロビーでうだうだしてると、声をかけられた。
「あ、おじいちゃん♡」
あたしはカバンを椅子に置いて、おじいちゃんに駆けて行く。
おじいちゃんはギタリストで、今も有名人。
朝霧真音って言ったら、世界のDeep Redの!?って。
バンドしてる人には、すごく驚かれる。
うん。
普通のおじいちゃんじゃないもんね。
「まーた、なんかねだりに来たんか?」
前髪をくしゃくしゃっとされた。
ふふっ。
おじいちゃんって、こういうのも年寄りっぽくなくてセクシー。
「えーっ。ねだりに来たわけじゃないけど、ねだってあげようか?」
「アホ。誰かに用事か?」
「ううん。有名人に会いに来てみた。」
「毎日家で会うてるのに?」
「ふふっ。おじいちゃん、言うねー。」
あたしが、おじいちゃんとじゃれてると…
「あれ、マノンさん、彼女?」
ゾロゾロと、人が集まって来た。
「アホか。孫や、孫。」
「えっ!!お孫さん!?」
「光史の娘。」
「えーっ!!」
「こんにちは。」
「うちの事務所に入ってんの?モデルか女優か…」
「いいえ~、そんな、全然あたしなんて。普通の女子高生です♡」
「えーっ!!もったいない!!こんなに可愛いのに!!」
「マノンさん、早く事務所に入れてあげなきゃ!!」
「おいおい…」
な…
なんて…
気持ちいいのーーー!?
業界の人達にチヤホヤされるのって、サイコー!!
こうしてあたしは、おじいちゃんからゲスト用のパスを入手して。
用もないのに、たびたびビートランドに出入りするようになる。
そうやって…モヤモヤを晴らすしかなかった。
早く彼氏を作って…
ガッくんの事、吹っ切りたい。
* * *
「……」
今日も…ガッくんとチョコちゃんが一緒に歩いてる。
あたしは、なぜか…二人の後をついて歩いてる。
…なんで、尾行なんてするの?あたし。
堂々と出て行って、聞けばいいじゃない。
どーしたの?
二人って、付き合ってるの?
って。
会話はよく聞き取れないけど…何だか、二人は楽しそう。
…よく考えたら…
あたしとガッくんって、セックスばかりして…
実のある会話なんて…しないよね。
他愛のない会話も、ないよ。
信号で二人が立ち止まって。
あたしは、そのそばにある郵便ポスト横で会話を聞いた。
「でも、マジおまえ才能あるって。」
「…ガッくんに興味持ってもらえるとは思わなかったな…」
…何の才能?
「ただの色白ひな人形じゃなかったってわけだ。」
「なっ何よそれ…」
「昔から、よく一緒に並べて座らされてただろ?色白な二人ってさ。俺は結構気にしてたんだけどなー。」
「…あったね、そういうの。」
「ま、俺はあの頃よりは黒くなったかな。」
「えー、白いと思うけど…」
「おまえは今も真っ白だよな。ケツも白いし…」
「ばっ…ばかっ!!」
………え?
な…
何…?
ガッくん…
「もう!!あの事…誰にも言わないでよ!?」
「別に恥ずかしがる事じゃねーだろ?」
「…やだ…」
「わあったよ。」
……
ガッくん…
チョコちゃんと…寝てるんだ…
握りしめた手が震えた。
あたし…もう、セフレとしても…用無し…?
最近、誘ってくれなくなったのは…
チョコちゃんちで、チョコちゃんとしてたから…?
涙がポロポロこぼれて。
あたしは…意外とガッくんの事…本気だったんだ…って…
「ふっ…うっ……っ…えっ…」
拭いても拭いても、涙が出てきて。
あたしは…
そのまま…
ビートランドに行った。
「どした?」
ロビーにいると、声をかけて来たのは…
「…希世ちゃん…」
実の兄。
もう!!
他人に慰められたいのに!!
「…好きな人に…好きな人がいたっぽい…」
唇を尖らせてう言うと。
「…だからって、ここに来て泣く事ないだろ…」
希世ちゃんは溜息をつきながら、隣に座った。
「だいたいおまえ、業界人は嫌いって言ってなかったか?」
「…嫌いじゃないよ。興味がなかっただけ。でも、いいじゃない。」
「…何か買ってやるから、帰って泣けよ。」
「つ…」
冷たーーーーーい!!
「…じゃあ、ブレスレットが欲しい…」
「ったく…金のかかるやつだな…」
そう言いながらも。
希世ちゃんは、あたしを連れて通りの向かい側にあるジュエリーショップに行って。
「沙也伽に言うなよ?あいつには何も買ってやってないんだから。」
少しだけ、眉間にしわを寄せた。
「買ってあげなよー。」
「…もうゴキゲンになってやがる…」
「あっ!!これって、コルネッツ!?」
「こちら、コラボ商品なんですよ。」
「見て!!希世ちゃん!!」
「聞こえなかった。俺には何も聞こえなかった。」
「希世ちゃ~ん!!買ってくれたら、廉斗の面倒見るから!!沙也伽ちゃんとデートする日を作ってあげるから!!」
あたしが希世ちゃんの肩を揺さぶりながらそう言うと。
「…一泊二日でも?」
「でも!!」
「絶対、か?」
「絶対!!」
「……」
希世ちゃんは少し悩んだ感じだったけど。
「今の約束、忘れんなよ。」
そう言って、あたしにコルネッツのブレスレットを買ってくれた。
希世ちゃん!!
だ~い好き!!!!!
* * *
ガッくんを忘れる。
彼氏を作る。
あたしは…がむしゃらになってた。
あれから、ガッくんとは会う事もないし…もちろん連絡もない。
…チョコちゃんとよろしくやるのが、忙しいのよね…!!
気が付いたら、音に…
「こないだ、園ちゃんさ。」
許嫁という、親同士の決めた古い約束の婚約者がいた。
しかも…
…チョコちゃんの兄…
「昨日事務所でメロメロにされちゃったわ。」
相変わらずモヤモヤはしてるけど…それも、少しずつ薄れつつある。
と言うのも…
「メロメロにしてくれるほどいい男がいる?」
音は頬杖ついて言った。
「いたのよ。それに、あそこには間違いなくサラブレッドしかいないじゃない?」
桐生院家の華音くんなんか、まさにその筆頭!!
もっと早くに事務所に顔出してれば良かったな~なんて思う。
「…確かにね。両親共にバンドマンなんて、間近で見てたら大した事ないって思うけど…外に出たらちゃんと名前は売れてるんだなって実感する事多いもんね。」
音の両親は、共にバンドマンで。
兄の彰ちゃんもそうだ。
まあ…うちも…そうなんだけど…
自分が音楽に関わってないからか、あたしも音も、音楽業界の有名人にはピンと来ない。
「…そう言えば、音が園ちゃんと結婚したら、音は詩生ちゃんとチョコちゃんとも兄弟になるのよねぇ。」
つい、空を見ながらポツリと口から出てしまった。
「まあ…そうなるね。」
「ふんふん。」
「何?」
「いや、さあ…チョコちゃんって、言っちゃ悪いけど…」
言っちゃ悪いって思うなら、言わなきゃいいじゃん…あたし。
「なーんか、影薄いって言うかさ。」
「…どしたの?」
「何が?」
「いや、男の見た目とかは文句言うけど、あんたって知り合いの事はあまり言わないじゃない?」
「…そうだっけ?」
音…やっぱあんた、あたしの事よく分かってるよ…
ああ、言うんじゃなかった…
後悔。
「いやー、なんかね。あたしもチョコちゃんと同じで、兄、兄、妹。でしょ?末っ子女子って、影薄いのかなーなんて。共通してるのかな?って気になったのっ。」
笑ってみたものの…泣きそうにもなってた。
あたし、これ、嫉妬だよね。
超、嫉妬だよね。
「あんたは間違いなく、影薄くないけどね。」
笑顔の音。
…何となく、それに救われた。
「ふふっ。ありがと。」
あたしは気を取り直して。
「今日から園ちゃん、個展だっけ。帰りに行ってみる?」
音とカバンを持って立ち上がった。
そして。
立ち寄った園ちゃんの個展で…
虎視眈々と音を狙いつけてる、星高の生徒会長。
星高のアイドル。
みんなの王子様。
王寺グループの御曹司、王寺善隆くんを。
あたしは、適当な事を言って喫茶店に連れ出した。
こないだ、あたし…この人に胸を押し付けて腕を組んだのに。
ぜーんぜん無視して音に夢中だったのよね。
王寺ファンの女子たちから、かなりの罵声を浴びせられたけど。
もう…
なんて言うか…
女の罵声なんて、あたしには賞賛にしか聞こえないのよね。
そんな、星高の一番人気男子とお茶…
なんだけど。
童貞だ。って告白と、外に華音くんを見付けてしまってた事で。
あたしの、王寺くんへの興味は失せた。
誰か…
早く、あたしにガッくんを忘れさせて!!
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