第9話 「ガッくん。」

 〇ガク


「ガッくん。」


 夏休み。

 腕を取られて振り向くと…


「…久しぶりだな。」


 コノだった。


「何してるの?」


「本屋にでも行こうかと。」


「ふーん…」


「おまえは?」


「何となくウロウロしてるだけ。」


「一人か?」


「一人じゃないと声かけないよ。」


「……」


「……」


 そうして。

 俺とコノは、久しぶりに…ラブホに行った。


 俺は…恋をしたいと思った後…

 こいつに恋心を…

 抱いた。

 たぶん。


 そして、それは今も…ある。

 たぶん。



 だけど進路が決まってないせいか…その恋心もちゃんとした形にできない。

 形には出来なくても…コノを抱けるという美味しい立ち位置にいる俺は…

 …役得だよな…



「あっ…」


 相変わらず…いい声を出す。

 そして、感度もいい。

 誘いに乗ったって事は、今は男はいないんだな…

 …付き合おうって…言ってみるか…?


 いや…

 コノは、結構なハイペースで男を作っている。

 でも、たぶん…誰とも寝てない。

 俺にしか分からないかもしれないが…たぶんそうだ。


 て事は。

 コノ的には…自分の男として認められるような誰かを、常に求めてるって事なんだよな。

 …だとすると、今俺が告った所で…それはないよーなんて言われると…

 俺は、この役得さえ失ってしまう。


 …うん。

 告るにしても…

 もう少し、機が熟してからだ。



「はあ…激しかったね…」


「…久しぶりだったからな…」


「あたしも…」


「……」


 甘えてくる所も…可愛い。

 て言うか…

 こいつ、男をとっかえひっかえしてるだけある。

 どう言えば男が喜ぶか…

 どうすれば自分が可愛く思われるか…

 ちゃんとわかってやがるな。



「…きれいな髪の毛だな。」


 コノの髪の毛を手にして言う。


「ほんと?嬉しいな。ガッくんに褒められるのが一番嬉しい♡」


「………それってさ…」


「ん?」


「みんなに、そう言ってんのか?」


「…え?」


「みんなに、褒められるたびに…一番嬉しいって。」


「……」


 俺の言葉に、コノはキョトンとしていた。

 …俺、何言ってんだ?



「…嬉しいから嬉しいって言ったんだけど…ダメなの?」


「…いや…」


 大きく溜息をついて。


「…悪い。何でもない。」


 枕に顔を埋めた。


 何だよ…

 告らないって決めたのに…

 勝手に妄想してヤキモチとか…

 俺、あり得ねー…



「…帰る…」


「え?まだ時間あるけど。」


「もう、いっかなって。」


「…悪かったって…」


 起き上がりかけたコノの手を取って、引き寄せる。


「ほんと…おまえ、いい女になったからさ…」


 首筋にキスしながら言うと。


「…それは…ガッくんのおかげでしょ…?」


「セフレのおかげか?」


「ふふっ。」


 それから…

 あまり、変わった事はしなかった。

 普通に…指を組んで、コノの名前を呼んで。

 いつもよりずっとキスをして…

 ほとんど正常位。

 いつもはあれこれ試したがるコノに合わせて、色んな事をするけど…すげー普通にした。

 コノは物足りないって思うかなと思ったが…



「…なんか…良かった…」


 果てた俺の下で、コノがつぶやいた。



 癒された。


 すごく。



 * * *

 〇コノ


「……」


 あたし、鏡の前で自分の体を見て…

 照れた。


 夏休み。

 今日、久しぶりにガッくんに会った。

 偶然を装ったけど…

 本当は、ダリアの前で見かけて…尾行してた。



 ずっと、会いたかった。

 だけど、ガッくんは進路で悩んでるみたいで…

 ずっと彼女もいないみたいだし…

 何となく、あたしからは誘いにくくて。



 あたしはと言うと…

 相変わらず、日替わり週替わりみたいに彼氏を作っては。

 ヤリ○ンなんて陰口をささやかれたけど。

 やってないもーん。


 なんて言うか…

 みんな、会話がつまんない。

 下心丸見え。

 見えてもいいんだけど…

 明らかに、童貞。


 …無理っ!!



 ガッくんに声をかけて。

 二言三言かわしただけで…ラブホに直行。


 もう、この…あうんの呼吸。

 さすが。



 それからは、もう…久しぶりの快楽の世界。

 最初は激しくて、壊れちゃう~!!って、思ったけど…

 もちろん、気持ち良かった。

 だけどその後…

 ガッくんに髪の毛がきれいだって褒められて。

 ガッくんに褒められるのが一番嬉しいって言ったあたしに。

 誰にでも、そんな事を言うのか。って。

 …何だか、カチンと来た。

 別に…言ったっていいじゃない。

 ガッくん、あたしの彼氏じゃないし。


 でも…

 一番嬉しいのは本当だったのに…


 悲しい気分になって、帰ろうとしたら。

 腕を取られて…抱きしめられて…

 もう一回、始まった。


 …それが…

 なんて言うか…


 今までにない感じだった。


 すごく、すごく…優しくて…

 あたし、ちょっと…錯覚しちゃったよ…

 あたしとガッくんは恋人同士…?って。


 だって…指組んで…耳元で、コノ、コノ…って、何度も言われて…

 それに…いつもは、色々試したいって色んな体位をお願いしちゃうんだけど…

 今日は、ほとんど正常位。

 ガッくん…真顔だった…

 それだけなのに…あたし、すごく…感じれたし…すごく、良かった。

 気持ちが、満たされた感じだった…。


 それに…初めて。

 初めて…ガッくんが…


 キスマークつけた…!!



「……」


 胸元に残るそれを、鏡で見て…あたしは、何度も口元が緩んだ。

 あー…ヤバいよ。

 ほんっと…

 恋人同士みたいだったよね。

 あたし…まだ、ガッくん以外とのセックス経験なくて…

 だから、恋人とのセックスの経験がないわけで…


 …あんな感じなのかな…


 ガッくん…どうして急に、あんな感じでしたんだろう…

 あたしが、拗ねたから?

 …拗ねたからって…恋人みたいにする理由ないよね…


 …やだなー…


 思い出すだけで、胸がキュンキュンしちゃう。

 ガッくん…カッコ良かった。


 あー…


 またラブホ行きたーい!!


 あたしのそんな願いは…

 意外と、すぐに叶えられる事になる。


 * * *

 〇ガク


「…コノ…」


「…あっ…はっ…はぁっ…」


 男を作る暇がないほど…誘えばいいわけだ。なんて、頭の悪い考えを起こした俺は。

 コノを誘いまくった。

 そして、極力…セフレっぽいセックスじゃなくて。

 感情のこもった、最高のセックスをした。


 …もっとも、俺はそれで満たされてたけど…

 コノは、どうか分からない。

 ただ…

 最初にそうしてから、コノはあれこれせがまなくなった。

 よく、違う体位にしよう!!なんて…途中で言ってたのに。

 おとなしく…俺に従っている。



「あっ…ガッく…あっ…ダメっ…!!」


 ああ…可愛い…

 コノとしてると、嫌な事を全部忘れられる。

 …って…

 現実逃避のためのセックスか?

 …いやいや、それは…違う。

 何としても、早く夢を見付けて進路を決めなくては…



 相変わらず、学校側からは桜花の大学へ進んで海外へってコースを切望されたり…

 数学だの化学だの物理だの、どこかの国の博士と並んで勉強する機会を設けるだのどうだの…

 別に、どうでもいいんだけどな。

 しかしなんで海外に行かせたがるんだろう。


 海外に行ったら…

 コノはいないし。

 行く気なんかない。



「もう、だ…だめ…」


 こないだから、コノが早くイク。

 意外だな。

 もっと、とか、足りない、なんて言ってたのに。

 形のいい胸を触りながら、胸元に強く吸いつくと。


「…キスマーク、そんな所に…つけたら…着る服に困るよ…」


 コノが、か細い声で言った。


 …わざとに決まってんじゃんか。

 とは言わないが。


「おまえのこの辺、たまんねーんだよな…」


「んっ…んー…ダメ…」


「胸元の開いてない服着ればいいだけだろ?」


「…暑いよ…」


「どうせ何日かで消えるって…」


「…消えた頃に…また…つけてるクセに…」


「ははっ、バレたか。じゃ…」


 俺はコノの体をゆっくりと舐めて。


「あっ…」


 胸元から、わき腹に位置を変えた。


 本来ならくすぐったい場所だが、コノは…ここがかなり感じるらしい。

 胸の下辺りから、わき腹にかけて。

 ゆっくりと舌を這わせながら…所々強く吸いついた。


「ダメ…っ…やだ…」


「…本当にダメ?」


 顔を見上げながら問いかける。

 気持ち良さそうによがってたコノは、首を振りながら…


「…意地悪…」


 小さく言った。

 …何だろうな…この優越感…

 俺と初体験をしたコノは…見事に、俺好みの体に成長したし…

 俺好みの女である事も分かった。

 …もう、これは…

 自分の女にするしかないよな…?



「コノ…」


 唇を合わせて、激しく舌を絡ませる。


「んっ…ん…」


 左足を持ち上げて、コノの中に入る。


「ああっ…!!」


「コノ…あっ…う…」


「やだ…っ…ダメ…あたし…あっ…おかしくなっちゃ…う…!!」


 コノの性感帯は知り尽くしてる。

 それらを攻めながら、俺は…コノの耳元で…


「…コノ…好きだ…」


「もうダメ…っ!!」


「俺と…付き合おう…っ…!!」


「………」


 同時に果てて…

 俺は、自分の言葉の返事を待ったが…



「…コノ?」


 どれだけ良かったのか……コノは、失神していた…


「…俺、バカ…」


 コノの胸元に突っ伏して。

 生まれて初めて…自分から言った言葉が空振りに終わった事を…



 超、悔やんだ。



 * * *

 〇コノ


「コノ、帰るよー。」


「あー、待ってー。」


 九月。

 夏休みはガッくんとのラブホ通いがすごかった。

 学校が始まったら、会えなくなるし…つまんないかなって思ったけど…


 実は。

 夏休みの間に、沙也伽ちゃんが出産して。

 一ヶ月の里帰り(って言っても近いけど)を経て…

 先週、我が家に赤ちゃんが!!


 もう、あたしは甥っ子の廉斗君にメロメロ~♡

 学校から帰るのが早くなった。って、家族から笑われるけど。

 ほんっと、赤ちゃんって癒される~。


 音からは、付き合いが悪くなったってブーイングだけど。

 音だって、今は桜花の大学生の彼氏がいるんだから、いいんじゃないかな?


 今まで主に社会人としか付き合わなかった音。

 何かあったのか…最近は、大学生や高校生とも付き合ってる。

 どういう心境でのシフトチェンジなのか…

 まあ、社会人なんて、すぐに結婚してくれだのホテル行こうだの言うって言ってたもんな…

 もしかして、音も…

 純粋に、恋愛したくなったのかも?



「あんたの甥っ子、首が座ったら会いに行かせて。」


「えー、今もめちゃくちゃ可愛いのにー。」


「ぐにゃぐにゃしてるでしょ?怖いよ。」


「今日は?Dで待ち合わせ?」


「さあ、特に待ち合わせなんてしてないんだけど…」


「今の彼、カッコいいよね。」


「見た目はねー。ま、まだ付き合って一週間だから…どうなるか分かんないけど。」


 音もあたしも、すぐそこに業界人って生活環境なのに。

 付き合うのは一般人。

 でも…あたしはそろそろ…

 業界人にも目を向けてみようかな…なんて。


 だって、なんて言うか…

 うちの身内が所属してる『ビートランド』って事務所。

 あそこにいるアーティストって、何だか…みんな気品があるって言うか…

 レベルが高い。


 色んな男と付き合ったけど、やっぱり見た目だけの男が多い中…

 身内の欲目とは言え、希世ちゃんは高校中退だけど、事務所の会長さんから一般教養と英語だけはしっかりやれって言われて、相当勉強してる。

 音の兄貴も、高校中退だけど…

 おまけに、無愛想だけど…

 夢を持ってる男って、芯が強い。


 そんな感じ?



「……」


 学校を出た所で…

 ちょっと、違和感な二人を見付けてしまった。


「って、コノ、聞いてる?」


「えっ?なんだっけ?」


「もー…あたし、今ちょっと一人でいい事言っちゃったじゃない…」


「あはは。是非もう一回。」


「同じ事言えないよ。」


「えー。」


 ガッくんと…

 チョコちゃん。


 何?

 あの二人…

 何かあるの?


 いやいや…同級生だし…

 親も仲いいから、そういう繋がり…じゃない?

 チョコちゃんなんて、地味だし…

 ガッくんのセフレにもなり得ないよ。


 …美人は美人だけど…

 ガッくんの好みじゃない。

 …色白で、守りたくなるタイプかもしれないけど…

 ガッくんの好みじゃない。



「って…あんた、聞いてないでしょ…」


「えっ、あ、何?またいい事言っちゃった?」


「…もう言わない。」


「あっ、ごめーん!!音、お願い、もう一回。」


「もう一生言わない。」


「えー、そんな事言わないでー。」



 ガッくんとチョコちゃん…

 まさか、ラブホなんて行かないよね…?


 二人の事が気になって。

 あたしは…結局音の話なんて…全然聞けなかった。


 * * *

 〇ガク


「チョコ、今日、おまえんち寄っていいか?」


 俺がそう言うと、チョコは少しだけ丸い目をして。


「…うちに、何か用?」


 小声で聞き返した。


「前にさ、園ちゃんに聞いたんだけど。」


「うん?」


「おまえ、色んな物作ってんじゃん?」


「…うん…」


「それ、見せてくんない?」


「え?」


「見たいんだ。」


「……いいけど…どうして急に?」


「ちょっと、色んな事に目を向けたくてさ。」


 そう。

 色んな事に目を向けて…夢というか…

 漠然とでもいいから、興味を持つ物を見付けたい。


 学校側からは相変わらずしつこいぐらい色んなオファーが来る。

 聞いた話だと、職員室でも誰が俺を落とすか、なんて話も出てるみたいで…

 いやいや、先生。

 あんたらには落とさせないって。



「ガッくん、裁縫とか興味あるの?」


「いや、ない。」


「じゃあ…つまんないかもよ?」


「それは見てみないと分からない。」


 そうだ。

 今まで俺が関わった事のない世界。

 何もない所から、何かが出来てしまう世界。

 俺みたいに、ただ答えを出すとかじゃなくて…

 自分にしか作れないような物を生み出す…

 ある意味、俺からしたらチョコは天才だ。

 園ちゃんが着てた服だって、独特の雰囲気の園ちゃんにはピッタリだった。

 その人のために、たった一枚を作れるって…

 すげーよな。


 自転車を押しながら、チョコの隣を歩く。


「そう言えば、紅美ってクラスで浮いてないか?」


 チョコは、留年した紅美と同じクラスだ。


「まさか。みんな紅美ちゃんの大ファンよ。サバサバしててカッコいいし…何でもできちゃうし…羨ましい。」


 チョコは、自分の爪先を見ながらそう言った。


「…たぶん、紅美はチョコの事を羨ましいって思ってるよ。」


 俺がそう言うと。


「…え?なんで?」


 チョコは顔を上げて、まん丸い目で俺を見た。


「紅美ちゃんが、あたしなんか…羨ましいって思うわけないじゃない…」


「紅美も、あれでコンプレックスとかあるんだぜ?」


「…あんなに、自信満々に見えるのに?」


「自信ってのは、ある意味鎧だからな…」


「…鎧?」


「俺だって、自信満々に見せてるだけで…本当は全然ダメな奴だし。」


「……」


「……って、変な事言ってごめん。」


 俺が首をすくめると、チョコは少し間を開けて。


「…ううん…ちょっと、意外だったけど…」


 ゆっくり、言った。

 そして。


「…あたしは、ガッくんのは鎧じゃなくて…オシャレな服に見えるよ?」


 静かに…笑った。


「…オシャレな服って。」


 俺も小さく笑う。


「カッコつけてばっかりって感じか?」


「ううん。それが、ガッくんって感じ。ガッくんなら、破れた服でも着こなせるんだよ。」


「…よく分かんないな。」


「ふふっ。あたしも分かんない。でも、ガッくんは人を受け入れる優しさがある人だと思うから…鎧とは違うかなって。」


「……」


「あっ、もちろん、紅美ちゃんも…鎧とは違うって思うよ?」


「……ふっ。ま、よく分かんないけど、サンキュ。」



 人を受け入れる優しさ…

 俺は、自分が誰かに望まれてないと不安だったのかもしれないって思ってたけど…

 人を受け入れてる…

 そう見てくれてる人がいたなんて…な。


 必要とされなくても…いいのかもしれない。



「…頭の良さは持ち腐れでもいいと思うか?」


 小さくつぶやくと。


「もったいない気もするけど、能ある鷹は爪を隠すって言うし…出し惜しみするのもいいのかも?」


 チョコはクスクス笑いながらそう言った。

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