第7話 「ただいまー。」

 〇コノ


「ただいまー。」


 結局…あたしはガッくんの部屋で一時間待ちぼうけをくらった。

 その後、部屋に来たガッくんとは…

 寝なかった。

 お互い、もうそんな気分じゃなかったから。



「ねえ、ガッくんの夢って何?」


 何となくそんな事を問いかけると。

 ガッくんは眉間にしわを寄せた。


「何だよ、それ。」


「ううん…ちょっと聞いてみたくて。進路決めてる?」


「…痛いとこ突くな…進路、全然決まってねーんだよなー…」


 ガッくんは組んだ膝に肘をついて。


「先生たちからは、大学に行ってくれって言われまくってるけど…大学行って夢なんか見つかんのかな。」


 頭のいいガッくん。

 だけど…夢がないと、それも持ち腐れだなあ。



「おまえは?」


「え?あたし?」


「うん。」


「んー…父さんみたいな人見つけて結婚して、母さんみたいに幸せになる。」


「…なんか、人生の終わりを早くから始めるって感じだな。」


「えっ?結婚が人生の終わりだって思うの?」


「なんて言うかさ…結婚って、子孫を残すための第一歩じゃん?」


「うん…」


「そうしたら、もうそれに向かっての新たな人生がスタートするわけで。」


「うん…」


「自分の事は二の次で。」


「…うん…」


「やりたい事も満足にできなくなるっつーかさ。」


「……」


 ガッくんの結婚観を聞いてて。

 何だか…すごく違和感だった。


「…でも、ガッくんのお父さんは結婚しても夢を追ってるよね?」


 うちの父さんもそうだし…と思って言ってみると。


「…親父たちは…特別だよ。あんな風に、一生夢を追っていられるなんて、みんなができるわけじゃない。」


 ガッくんからは、とてもネガティブな返事。

 …あたしは…

 能天気なのかな。


 いくら年を取ったって、その時にしたいって思える事が出来たら、それにチャレンジすればいいって思うし…

 いくら、子供がいるから、家庭があるから、そっちが優先ってなったとしても…

 自分の夢だったら、それを理由に諦めなくていいと思うんだけどな…



「…ガッくん。」


「あ?」


「なんか…ガッくん、カッコ悪いよ。」


「…え…?」


「結婚が人生の終わりって思ったり、夢を諦める材料みたいに思ったり…カッコ悪いよ。」


「……」


「ガッくんはモテるから、分かんないのかもしれないけどさ。」


 そうだよ。

 誰かから聞いたけど…

 ガッくんは、自分から告白なんてしたことがない。

 誰かに好きになられて、付き合って…別れる。

 誰かを好きになった事がないから…分かんないんだ。



「この人となら、って。そういう人が現れたら、結婚自体が夢になるんじゃないの?」


「……」


「この人と幸せな家庭を築きたい。それって、ガッくんから見たらつまんないのかもしれないけど…すごく、素敵な夢だよ?」


 あたしの言葉に、ガッくんは無言になった。


 価値観が違う。

 体の相性は抜群だけど…

 何でも夢見がちなあたしと…

 こんなに、何でもマイナスにしか考えられないガッくん。

 …残念だな…




「コノ。」


 リビングで紅茶を飲んでると、沙都ちゃんが部屋から降りてきた。


「ん?」


「…今日、学んとこ行ってた?」


 隣に座って…いきなりそう言われて。


「…え?」


 あたしは…少し、瞬きが増えた。


「…行ってないけど…なんで?」


 かろうじて、普通に答えられた。

 カップを両手で持って、ふーって息を吹きかけるけど…

 あたし…

 手、震えてないかな…



「…そっか。テーブルの椅子の所に…コノのカバンかなと思うのがあったから。」


「……」


 そうだった!!

 あたしのカバン!!

 確かに…あそこに置いてたー!!

 て言うか…


「沙都ちゃん、今日も行ったの?」


 あの訪問者は…沙都ちゃんだったんだ…

 一時間、あたしを暇にさせたのは、沙都ちゃんか!!



「学…元気なかったな…」


 沙都ちゃんは溜息をついて、遠くを見るみたいにして言った。


「…沙都ちゃんだって、元気じゃないじゃん。」


「まあ、そうだけどさ…」


 何とか…話を逸らしたい。

 じゃないと…

 カバンの話に戻ると…

 絶対、バレちゃう。

 だって…

 あたしのカバンには、沙都ちゃんが買ってくれた、コルネッツのクマのキーホルダーがついてるんだもんーーー!!



「学はさ…デリケートなんだよ。」


 沙都ちゃんは、意外な事を話し始めた。


「…デリケート?」


「うん。昔から頭良かっただろ?」


「う…そうなの?」


「うん。それで…あちこちの学校から声がかかってさ。」


「……」


「親は、本人の好きにさせるからって一蹴してたけど、学って…望まれると応えたいってタイプだからさ…」


 …妙に納得してしまった。

 付き合って。と言われると、すぐ付き合っちゃう所とか!!


「本当はさ…あいつだってギター弾きたかったのにさ…」


「え?そうなの?」


「ああ。希世ちゃんが言ってた。昔、一緒にバンド組もうって約束した事があるって。」


「…そうなんだ…なんでダメになったの?」


「…学校側の期待に応えてるうちに、みんなと差ができちゃったんだよ。」


「…みんな?」


「DEEBEEのみんな。」


「…DEEBEEに入るつもりだったの?」


「彰くんとツインギターでね。」


「……」


 初耳…

 ガッくんの部屋には、ギターもないし…

 音楽を感じさせる物は…何一つない。



「学なら、追い付けるって誰もが思ってたんだけど…あいつ、自分から引いた。」


「なんで…引いたんだろ…」


「自分から欲しがるタイプじゃないからかな…もう、自分抜きで固まってるDEEBEEの邪魔になりたくないって思ったのかも。」


「…そんなの、分かんないのにね。被害妄想って事もあるし…」


「まあ…学は、そこまでの熱がなかったんだって言い張ってたけどね…」


「……」



 あたしから見ると…

 いつも自信満々のガッくん。

 だけど、そんな裏の顔があったなんて…



「…何か、夢が見つかるといいね…」


 あたしが小さくつぶやくと。


「そうだな…」


 沙都ちゃんも小さくそう言って。


「きっと…みんなに春が来るよ。」


 両手を上にあげて伸びをすると。


「学んちにあったカバン、コルネッツのクマがついてた。おまえ以外にも、あんな高いクマをねだる女子高生って居るんだな。」


 首をすくめて、そう言った。


 * * *


 三月。

 沙都ちゃんの言った通り、春が来た。

 家出してた紅美さんが帰って来て…

 我が家は、希世ちゃんと沙也伽ちゃんが結婚した。

 結婚に、すっっっっごく憧れがあったわけじゃないんだけど…

 ちょっと…

 ううん…

 かなり…感化されたかもしれない。



 ツアーとかにも出てしまう希世ちゃんの事を考えて、最初から同居。

 沙也伽ちゃんは、あたしや沙都ちゃんという小姑のいる家に嫁いできた。


 沙也伽ちゃんは、沙都ちゃんと紅美さんと一緒にバンドを組んでて、女の細腕でドラマーをしている。

 そのドラム繋がりで…希世ちゃんと意気投合しての…らしい。


 だから、我が家に来ても…

 沙都ちゃんとはバンドのミーティングみたいな会話だし。

 父さんとはドラムの事について延々と話してるし。

 母さんとは、特に…共通点ないかな?って思ってたけど…

 意外と、沙也伽ちゃんはお菓子作りが好きで。

 母さんと、おばあちゃんと三人でクッキー作ったりパイ作ったりしてる。



 夏には、赤ちゃんが産まれる…

 どうしよう…

 あたし、妊娠したくなったりしないかな…

 すぐ誰かに感化されちゃう悪いクセ。

 …いや、その前に彼氏だよ。



 あれから、ガッくんとは何もない。

 学校ですれ違う事はあるけど…お互い知らん顔。

 あたしは、星高の人とか、桜花の大学の人とか…

 相変わらず、見た目だけで選んでは失敗してる。

 音は、あたしに彼氏ができるたびにヤリまくってるって思ってるみたいだけど…

 なんて言うか…

 あたし、今…性欲がない。



 ガッくんと最後に部屋で…途中までして…

 あれ以来、興味が薄れたって言うか…

 何となく、純粋に彼氏が欲しくなった。


 それがガッくんならいいな。って思わない事もなかったけど…

 今は、もしかしたら…自分の気持に気付かないふりをしてるのかも。


 ガッくんを好きになったら。

 きっと、あたしは苦しくなる。

 ガッくんは、自分から誰かを好きにならない。

 そんな人に、愛される自信がない。



 佳苗は許嫁の彰ちゃん(音の兄貴)一筋。

 つまんなく思えたりもするけど、実はすごい事だよなあ…って、最近は感心する。

 あたしは…あんなに誰か一人をずっと想える自信がないよ。

 やっと自分のキャラがたったと思ったけど、中身は全然ハッキリしないまま。


 はあ…

 みんな、自分の心に素直に生きてるのかな?

 あたしみたいに、自分作って生きてる子って、どれぐらいいるんだろう…

 その子達に聞いてみたい。



 いつか…って。



 いつか、ありのままの自分を全てさらけ出せる人に、出会えると思ってる…?

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