第6話 「コノ。」

 〇コノ


「コノ。」


 冬休み明け。

 学校帰り、一人で歩いてると…腕を取られた。

 振り返ると、ガッくん。


「あ…久しぶり。」



 一日中のセックスの後。

 あたしには、すぐに彼氏が出来た。

 田中さんと別れた事が瞬く間に知れ渡り、その日だけで四人から告白された。

 だけど…

 あたしは見た目で人を選ぶから…

 どいつもこいつも、ろくでなしばかり。

 付き合ったその日に押し倒して来たり…

 まあ、キスまではいいとしても…ってキスすると、大したキスはできないわ、乱暴に胸を触るわ…


「いやっ!!バカっ!!」


 結局、そう言って三人と別れた。


 ああ…つまんない…


 ちょうどそう思ってた所だったから…

 この、ガッくんの登場には…少し胸がときめいた。



「何?」


「うち、来ないか?」


「…ガッくんち?」


「うん。」


「……」


 何だろう。って思いながら、二階堂家にお邪魔した。

 紅美さんがいなくなったせいなのか…

 今までも家の人が留守の時しか入った事のない家でも、何となく…雰囲気が違って思えた。

 花が飾ってなかったり…

 カーテンが閉めっぱなしだったり…

 光が足りない感じ…


 ガッくんの部屋に通されて、あたしはどこに座ろう…って、部屋を見渡す。


「座れよ。」


 考えてる所に、ガッくんがあたしの手を取って…ベッドに座った。

 …ここって、彼女の席じゃ?



「相変わらず、モテてんだな。」


「んー、おかげさまで。」


「今は?」


「別れたばっか。知ってて声かけたのかと思った。」


「まさか。偶然、一人だなと思って。」


「タイミング良かったね。」


「ああ。」


「……って…」


 唇が来て。

 あたしは、ガッくんの唇に手を当てる。


「…部屋でしちゃダメなんじゃない?」


「……」


「…明日、行く?」


「…別に、ここでいい。紅美いないし。」


 あ。

 そっか。

 確か…ここでダメなのは…

 紅美さんが帰って来るから。って言うのも理由の一つだったっけ。

 じゃあ…って言うのも…

 うーん…

 さすがに大きな声は出しにくいしなー…

 あたし、いまだにラブホ以外でのセックス、経験ないし。


「…コノ…」


 あたしが迷ってるのに。

 ガッくんは早速あたしを押し倒した。

 んー…

 弱いなあ。

 この、耳たぶの甘噛み…

 上手過ぎる…!!


「あっ…」


 あたしが小さく声を漏らすと。

 ガッくんはあたしの制服を脱がし始めた。

 あたしも…ガッくんの制服のボタンを外して…

 …うん。

 燃えるわ。

 このシチュエーション。

 今までにないし。


「ガッく…ん…」


「コノ…」


 当然だけど、ラブホのベッドより狭いわけで…

 そうすると、自然と密着具合も違う気がして。


「あっ…」


 何だか、今日はいつもに増して…

 感じるかも!!


「やっ…やば…どうしよ…声…」


 快感に溺れながら、かろうじてそんな事をガッくんに言ってみる。


「……」


 すると、ガッくんは無言で唇を重ねて来た。


 えー?

 キスだけで、あたしの声が殺せると思ってるの!?

 ますます出ちゃうよー!!


「んっ…んんんっ…」


 胸に響くような声が出ちゃって…

 ああ…やばい…これ…絶対お隣に…



 ピンポーン。


「……」


「……」


「…誰か…来たよね…」


 今までなら、鍵なんてかけてなかったガッくん。

 今日は、あたしが入った時点で鍵しめてるのを見て。

 珍しいなあ…なんて思った。



「…いい。ほっとく。」


「でも…」


 ピンポーン。


「……」


「……」


 ガッくんは『ふう』って溜息をついて、あたしの胸に頭を乗せると。

 しばらく、何か考えてるみたいだった。

 あたしは…そっと、そのガッくんの頭を撫でる。


 …正直…

 部屋で…なんて、思わなかった。

 ちょっと、嬉しかったりする。

 だから、どうせなら…最後までしたいけど…

 でも、そしたらさ…あたし…夢見ちゃうよ…

 ガッくんの、特別になりたい。って。


 そんなの…

 きっと、苦しくなる。


 ピンポーン。



「行って?」


 頭を撫でながら、小さな声で言うと。

 ガッくんはゆっくりと起き上がって…シャツのボタンを留めた。

 そして、立ち上がって…少しして、部屋を出て行った。


 その間に、あたしは制服のポケットから携帯を取り出して…音にメールした。



『音、今どこ?何してる?』


『佳苗とダリア。あんたどこ』


 う。


『まだ学校の近く』


 ごめん、音。


『来るなら待ってるけど』


 …どうしよう。

 実は…今、あたしは…あまり、家に帰りたくない事情がある。

 そして、ダリアに行きにくい事情もある。


 と言うのも…

 上の兄、希世ちゃんが…

 ダリアのオーナーの娘さん、沙也伽ちゃんを…妊娠させた。


 2人とも18歳。

 希世ちゃんはバンドのために学校辞めたからいいけどさ…沙也伽ちゃんは、まだ現役高校生だよ。

 まあ、結婚の意思はあったみたいだけど…本当にあったのかな?


 ぶっちゃけ、割と能天気な母さんはともかく…父さんは怒った。

 あんなに温厚で、人のやる事に文句は言わない父さんが。

 かなり、怒った。

 希世ちゃんを殴って、沙也伽ちゃんの家に行って、二人で土下座をしたらしい…


 沙也伽ちゃんのお母さんは、どちらかが悪いわけじゃないからって言ったらしいけど…

 沙也伽ちゃんのお父さんは、年を取ってからの結婚で。

 さらには、年を取ってからの娘で。

 可愛くてたまらない沙也伽ちゃんが、高校三年生で妊娠…だなんて。

 怒ってるって言うより…口も利けない程、ショックを受けて、寝込まれたらしい。


 んー…

 確か、沙也伽ちゃんのお父さんって。

 うちのおばあちゃんの同級生なんだよね…

 そりゃあ…目に入れても痛くないほど…沙也伽ちゃんの事、可愛いはずだよ…


 そんなわけで、うちでは父さんと希世ちゃんが険悪で。

 さらには、紅美さん探しで躍起になってる沙都ちゃんも…元気なくて。

 家の中の雰囲気が悪い。

 で。

 ダリアは…やっぱり、行きにくい。



『ごめん、今日は帰るわ。佳苗にもよろしく。明日ね』


 そうメールを打って、携帯をポケットにしまう。


 佳苗は女優の仕事をしてるのに、携帯を持ってない。

 まあ…

 うちも、希世ちゃんと沙都ちゃんは持たせてもらってないのに、あたしだけ高等部に上がった途端、持たせてもらったもんな…

 …父さん、あたしにはやっぱ甘いんだよ。

 父親って、そうなのかも。

 あたしも…妊娠とか気をつけよう…



 随分待った気がした。

 もう、制服を着てしまったあたしは、暇を持て余して…

 ガッくんの机の上を眺めたりした。


 …進路、どうするのかな。

 ガッくん頭いいけど…何か夢ってあるのかな?



 * * *

 〇ガク


 もう、俺はストーカー並みに…コノを追っている。

 田中と別れさせたあと…コノは、何人かの男の告白に応えた。

 そんな奴らと付き合うなよ。

 心の中でそう思いながらも…

 俺は、自分の気持を伝えられずにいた。



 冬休み明け。

 相変わらず紅美は帰って来ない。

 寂しさには慣れた気がするが、心の中に空いた気がする穴は埋められない。

 …コノにしか、埋められない…


 あの日、一日中一緒にラブホにいて…思った。

 やっぱり、俺…

 コノの事、好きだ。って…



「コノ…」


 学校帰りのコノを捕まえて、部屋に連れ込んだ。

 優しくキスをして、制服のボタンを外して…

 首筋や耳を噛むと、コノは可愛い声を出した。

 ああ…癒される…


 この部屋でコノとするのは初めてだ。

 もう…このまま…

 俺と付き合おうって…


 ピンポーン。


「……」


 気分が盛り上がってる所で、チャイムが鳴った。

 俺としては、それを無視してまでコノと居たかったが…


「行って?」


 コノにそう言われて…仕方なく玄関に向かった。



「はい。」


 ドアの外に声をかけると。


『…僕。』


 沙都だった。


「……」


 無言でドアを開ける。


「…今、ちょっといい?」


「何。」


 玄関先で話を終わらせようとしたけど…

 沙都は中に入る勢いだった。


「…誰か来てる?」


「あー…」


 しまった。

 靴…

 まあ、うちの女子は学校指定の靴履いてるから、みんな同じっちゃー同じだが…


「じゃ、少しな。」


 ドアを開けて、沙都を中に入れる。


 今までは、いつもは好きに来て、紅美と部屋に居たからな…

 こんな風に…俺に入れるか入れないか。なんて悩まれる存在じゃなかったのに。



「…紅美ちゃん…見付けた。」


 リビングのソファーに座って、沙都が言った。


「えっ…」


 俺は…ビールを出しかけて、ジュースにして…

 それを危うく落としそうになった。


「ど…どこに?」


「扇町の繁華街にいた。」


「扇町…」


 遠くはないが、近くもない。


「それで?」


「…ある人の世話になってて…今…」


「……」


「…幸せそうなんだ…」


「……」


 そう言った沙都は、ひどく悲しそうな顔だった。

 ある人の世話になってて…って。

 男、か。


「…連れ戻して…いいのかなって…」


「……」


 俺は何も言えなかった。

 実際、俺は…壁を作った側だ。

 作られた側の苦しみは…分からない。


 もし紅美が帰って来たとして。

 何も知らなかった頃と同じような態度で接する事ができるのか…

 少し不安でもある。


 だけど。

 紅美は…

 俺にとって、大事な姉である事に変わりはない。



「…うちの親父に話した?」


「いや…まだ誰にも。学に先に言いたくて。」


「え?何で俺?」


「…紅美ちゃんの事、大好きじゃん?」


「…まあ、そうだけどさ……紅美、俺に裏切られたって思ってないかな…」


 沙都の向かい側に座って、溜息をつく。


「裏切られた?なんで?」


「…真相知って、ちょっと引いて…普通にしてるようで、してなかったと思うから。」


「学…」


「後悔したよ。でも、信じられない気持ちの方が強くてさ…だから…今も、本当は…会いたいような、会いたくないような…」


 俺のつぶやきを、沙都は静かに聞いて。


「…真実ってさ…時間が経つと、変わるものもあると思うんだよね。」


 指を組んで言った。


「…変わる?」


「紅美ちゃんは、二階堂家の娘じゃないけど…今は二階堂家の娘だ、とかさ。あれだけ、この家族にハマりまくってる他人って、いないよ。」


「……」


「もう、家族だよ。」


 沙都の言葉に…救われた。

 確かに、真実なんて…時間が経てば、あってないような物になって当然かもしれない。

 紅美は…殺人犯の娘だけど…

 それは、真実であって…

 でも…

 現在は…

 二階堂陸と麗の娘で…

 俺の、姉貴だ。


 うん。

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