第六章 王子様と妖精のお姫様
王子の旅立ち
アルバートは、一言で言うと破天荒な王子だった。
銀糸の美しい髪をあごのあたりで切りそろえ、長いまつげに縁取られた瞳は海の色を写したがごとくの輝く青さ、形のいい鼻と唇。
母の美しさと父の魔術の才を引き継いだ、まさに才色兼備の王子。
しかし、見る者全てを魅了する、まるでお人形のような美しさを持つ彼は、一度何かに興味をもつと、探求心に火がついてしまい、じっとしていられないという性格であった。
幼いころは、その身からあふれ出んばかりの好奇心も、城の図書室や庭でなんとか消化されていたのだが、年々手の届く場所だけでは解決できないことにも興味を持ち始めた。
十歳になったころから、城を抜け出して城下町で貴族や商家の子供たちと遊んでいる姿もよく見られた。
ひどいときには街からも抜け出して、三日三晩、野草を観察していたなどということもあった。
父王が旅商人から薬草だの、書物だの、なんとか外に出なくともいいようにと買い求めても、澄ました顔でこう言った。
「父上。私はこれら草花の生きた姿が見たいのです。これは地面から引っこ抜かれているではありませんか」
ならばと鉢植えを買い求めると、肩をすくめてため息をついた。
「父上。私は自然の中、どのような空気の中で、どのような水を吸い、どのような脅威にさらされながら、どのように陽を浴びて生きているのか。それが見たいのです。これらは、自然な姿とは言えないではありませんか」
父王の悩みは大きかった。
そんなアルバートが十六歳になったばかりのある日。両親が突然失明したと、教育係のネイサンに報せられた。
両親の病名は輝石病。
はるか昔の王族が作って、井戸に流し、土壌深くにしみこませてしまったという負の遺産。
これについて、アルバートは、こっそり忍び込んで読んだ重要機密図書で理解していた。
そして、治療法も。
「ネイサン。私はデュナミス大森林に行く」
「殿下。急に何を仰います。今は国王ご夫妻のお側に……」
「そんなことをしていても、父も母も、助からん」
ネイサンは、息を呑んだ。
「しかし、今の世では、輝石病を治すことは……」
「できないというのだろう。知っている」
「ならば……」
「今の世では、と言うことは、過去は治せていたのだ。なぜ治せていたのか、私は調べた。お前も知っていることだろう」
「……何のお話をされているのか」
アルバートにまっすぐに見つめられたネイサンは、一瞬の躊躇のあと、いつものような軽薄な笑顔を作ろうとした。
だが、アルバートはそれを許さない。
「お前の家には伝わっているはずだ。ネイサン・ザカリー・ラジェール。
お前の家の領土にある、デュナミス大森林が、妖精の里につながっているというのは、御伽噺ではない。そして、過去に妖精が、デュナミス公爵領地内に、当たり前のように存在していたというのも史実だ」
「殿下……」
「その昔、輝石病で途絶えかけた王家の血を救ったのは、お前の領地にいた妖精の王だ。彼から、泉の水の提供を受けたためだと私は睨んでいる」
「なぜ、そのようにお考えに?」
「輝石病によって一族が死に絶えそうになったところから復活した時期と、お前の領地から妖精が消えた時期がおおむね一致している。これには何らかの関係があると見ている」
「ふむ、しかしそれだけで?」
「輝石病は人の頭部の内側が宝石のようになって死に至る病だ。
妖精は、死んだら宝石のようになると書かれていた。結晶化というらしい。その点も無関係とは思えん理由だ」
しばらくにらみ合っていた二人だったが、アルバートが沈黙を破った。
「お前に森に入る許可証を都合してもらおうと思っていたが、お前が協力してくれなくとも、私は森に行く」
この一言でネイサンはため息をついて、眉尻を思い切り下げて微笑んだ。
「貴方はずるい。そんなことを聞いたら、協力せざるを得ないではありませんか」
「……感謝する」
微笑んだアルバートの横顔を、窓から夕陽が照らしていた。
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