第百六十八話 幼馴染が終わる時

 時刻は午前1時を回った頃だろうか。

 一般的には深夜に当たる時刻で、普段なら俺もしっかり夢の中……最近じゃ『夢の本』の影響で十代にしては早寝の傾向だったくらいだった。

 だが今日は何時もとは全く違う……こんな時間だと言うのに眠気など一かけらも感じない、バリバリに目が冴えてしまっている。

 そしてそんな状態で俺は幼馴染の神崎天音と……すでに消灯後であるホテルのロビーのベンチに腰かけている。

 大体人間一人分くらいの隙間を空けて、互いの指先をちょっとだけ重ね合わせて……時々チラ見した時に目が合って真っ赤になりつつ慌てて目を逸らす……そんなまるで付き合いたての“キスすらまだ”なカップルのようなやり取りをしつつ……。

 ……自分でも思う“何を今更”と“あそこまで行ったのにまたヘタレたのか!?”と……。

 さっきまでの状況を考えればこの時間帯に俺達がいるべきはここじゃない……スウィートのダブルベッドの上であるべきはずなのだ!(血涙)

 ただ今回に限って言えば俺の根性すけべごころが足りなかったという事では断じてない……理由をあえて俺にあるとするなら…………時間をかけ過ぎた事だろうか?

                 

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 約一時間前……午後零時過ぎに俺は幼馴染に、天音に告白した。

 どう言うワケなのかいつの間にか彼女にキスをしていたという状況に乗っかる形で勢いそのままに……。

 そして俺の決死の告白はOKを頂くという、まさに近日中に爆破予告が届くレベルの今世紀最大の事件級の幸福な結果であり……調子に乗った俺は勢いそのままに顔を赤らめる、堪らない表情の天音に唇を重ねた。


「んむ……ん……」


 ファーストキスが幼少期に俺が許可も得ずに奪ったというのは覚えているけど、それ以降は順番も回数も何故か記憶があやふや……神楽さんの事件で落ち込んだ時に慰める為にしてくれたのがセカンドかとも思っていたのに、何故か違う気もする。

『明晰夢』のつもりが『共有夢』で、夢の中でのやらかしを考えれば最早何度目なのかは分かりはしないが……最早その辺はどうでも良い。

 今、現実リアルの天音とキスをしている……それ以上の事は必要ない。

 長年想い続けた幼馴染、愛しくてたまらないひととのキスがこんなにも自分を満たしていくなんて……夢の中の自分が狂ったように彼女を求めていたのが良く分かる。

 これは…………たまらない!

 そしてあまり経験は無いはずなのに、合わせるだけだったはずなのに……思い出されるのはさっき“いつのまにか”していたディープなキス。


『もっと彼女あまねを味わいたい……』


 本能も理性も一致したのか重ねるだけだった唇を深く吸い付かせ、それに呼応するように天音の唇が恐る恐るといった感じにゆっくりと、徐々に徐々に開いて行く。

 そして探るように……二人の舌が触れ始める。


「ふ……んむ……」

「んん……」


 漏れる声と水音が自分達だけの耳に届き、更に興奮が増していく……。

 頭はボーっとしていくのに体は更なる快感を求めて彼女を貪り始める。

 確信は最初からあったけど、それは最高であり、そして満たされるのにもっと欲しくなる、もっと味わいたくなる底なし沼のよう。

 段々と“さっき”と同じように俺は天音の体を抱え込むように抱き、天音は俺の首にホールドする形で全身を密着させていく。

 ドンドン目が蕩けて行く……呼吸が“また”苦しくなるのに止める事が出来ない。


「んん……ハアハア……んむ……」

「あ……んん……はあ、はあ……」


 何度も何度も、呼吸が怪しくなるたびに唇を離しては“まだ足りない”とまた重ねる……俺たちはもうこの時点で正気を失っていたのだと思う。

 それくらい俺はこの時天音の全てを頂く事しか考えていなかったし、貪り合う天音だってそのつもりだった核心はあった。

 告白からのディープキス…………からの~~~だなんて、まるっきり○○漫画の常套展開だと思わなくも無いが、知った事か!!

 俺はもう『雰囲気で最後まで幼馴染を喰らった』という看板を背負う覚悟すら決めて、抱きかかえていた天音をそのまま横抱きに、いわゆるお姫様抱っこ状態にする。


「あ……」


 ホールド状態だった天音も俺の行動に“どうするつもり”なのかは察したはずなのに、上気した顔のまま目を潤ませるのみ。

 拒否など欠片も見えない……もう、言葉はいらないとはこの事だろう。

 夢にまで見た、何度も夢で見た天音を幼馴染ではなく自分の女にする瞬間に高鳴る胸の内はドキドキワクワクではないな。

 どちらかと言えばドロドロとソワソワ……引き返せない泥沼に沈んでいくと言うか、進んで溺れに行く感じと言うか……。

 優しくダブルベッドに横たえた天音の顔は真っ赤で、ちょっと恥ずかしくなったのか視線を逸らした顔がまたヤル気を起してくれる。

 もう引き返せない、引き返すつもりもない……激突してクラッシュするまで、行くところまでアクセル全開に……。


「…………ん?」


 しかし顔を背けた天音は今まで潤ませていた目を点にして、今まで全てが色っぽかった声色を“いつもの”トーンに戻した声を上げた。

 ……ドアの隙間から覗く、6の瞳と目が合って。


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 それが現在、深夜の他に人気の無いロビーの一角で……ベンチに腰掛ける俺達とは対照的に、地べたに土下座をかます3人の女子と言うシュールな状況になった理由である。

 

「今回の失態は誠に申し訳ありませんでした。全て我々の不徳の致すところです。厳罰は覚悟の上でございます!」

「マジでゴメンなさい。本当に邪魔する気は無かったんだよ~」

「これに関しては弁解の余地は無いです。叱責に罵倒、何なら体罰も甘んじて受け入れる覚悟ですので煮るなり焼くなり気の済むままに厳罰を……」


 天音の親友二人と俺の妹はロビーの床に頭を擦り付けて謝罪している……く……言い訳も弁明も無い全力の謝罪ではむしろ怒りにくい……。

 さっきまでは恥ずかしさと怒りで最上階から1階まで全力で追い回していた天音も不満気にしているが、幾らかトーンダウン……顔を“プンプン”と擬音が出るような感じで顔を背けている…………ぶっちゃけカワイイ。

 この三人……神楽神威の二人と夢香いもうとは繋がっていたらしく、今回の天地家と神崎家の温泉旅行も神威さん発案の大々的な計画だったらしい。

 これだから行動力のある金持ちは……。


「つーか究極的に君らは味方だと思っていたんだが?」


 あの時、コイツ等さえ発見されなければ俺は確実に最後までイケたはずなのに……俺がそう意図を込めて言うと三人ともそろって「いや~」と頭を掻き出す。


「いや当方としましてはそのつもりです。事実貴方は本懐を遂げられ、晴れて幼馴染を卒業されたようですし、我々スタッフも本来の意味でスウィートをしようしていただけるよう全力を尽くしたつもりです」

「言い訳をさせて貰えるなら、私らも本格的な営みが始まるなら撤退する予定だったんだけどね……なんかその……前が長くて…………」

「ね~~あそこまで濃密なキスを続けられた日には……見入っちゃいますよね」

「ちょっと待ちなさい……アンタたち……いつから見てたの?」


 ドスの利いた天音の声に三人ともビクリと体を震わせる……うんその怒りの程は俺にも良く分かる。

 本粋の怒りに当てられた恐怖からか神楽さんがシャキっと立ち上がり、キャラに似合わない敬礼をする。


「ハイ! 夢次殿がベランダで告白されたところからであります!!」


 そしてその軍人言葉に続いて他の二人も立ち上がり敬礼する。

 怯えた目で震えつつ……しかしハッキリした口調で……。


「最初は天音殿の返礼、軽い口付けからでしたが男側に逆襲される様を悦んでいらっしゃる様に一同鼻血なみだが抑えられなかったであります!」

「幼馴染だったはずの二人が男と女になって行く様をたっぷり30分余りのライブで見ていたであります! あっという間の時間経過で大変見ごたえがあったのであります!!」

「…………へえ」


 答えを聞きながら怒りの表情のままドンドン顔を赤くしていく天音はゆらりと立ち上がった。その様はどこかで見たかのような炎を背負っているようにも見せて……自分の恥ずかしい場面を見られてしまったワケの分からない恥ずかしさと怒りが再び再燃しているようである。


「そもそも二人してキス長すぎなのであります。いままで溜まっていたのは理解できるのではありますが」

「お二人が想い合っているのは存じてましたが、それでも味わい過ぎなのであります!」

「ね~本番前なのにあんだけ貪り合うなら、本戦が始まったら一体何時間の攻防に……ぴ!?」

「だ!?」

「いち!?」


 最後に夢香が調子に乗った発言をした時天音の姿が一瞬にして掻き消えたように動き、次の瞬間には三人の脳天に拳骨が降り注いでいた。

 まるで達人が通り過ぎた後に敵が崩れ落ちる如く、三人は頭を押さえて崩れ落ちた。


「私たちには私たちのペースがあるの! 余計なお世話よ全く!!」

「そうだぞ全く、せめて君らが見つからなければ続けていられたのに全く……いて!?」


 俺の一言は余計だったようで、天音の拳は俺の脳天にも降り注いだ…………げせん。



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