第百六十七話 戦場に帰る女子高生
知り合いの誰もかれもが『やっとかよ』、もしくは『まだだったの?』と言われるような関係性の幼馴染同士がようやくくっついた時から少し遡り……色々と後始末も終わった異世界で、今までのシリアス具合とはかけ離れた実にどうでも良い騒動が起こっていた。
「うおおおおお! 私は消えん、消えんぞおおおおお!! まだ我が野望は果たされていない! やらせはせん、我が魔導軍の栄光を……やらせはせんぞおおおお!!」
いい加減日本に帰ろうという事になり、その傍らで“異世界での出来事の記憶を改竄する”と聞いた途端に一人のメガネっ娘がごね出したのだった。
明らかに意図的なパクリ全開のセリフを“今しか言えない”とばかりに……。
そんな親友の姿に茶髪秀才ギャル神楽百恵は溜息を漏らした。
「だから言ったじゃないですかアイシア様……この娘の改竄は黙って実行した方が良いですよって」
「そうは言いますが、強烈な思い出は強引に蓋をしようとすると拒否反応が強いんです。ある程度任意で行わないと少しの切っ掛けで思い出してしまいますから……」
女神アイシアは困った顔で説明する。
記憶改竄はあくまで修正作業であって消去する事じゃ無い……いわばパスワード付きのプロテクトをかけるようなモノなのだ。
消去は強引な方法になり本人にも障害が残らないとも限らないので、アイシアとしては穏便な方法を取ろうと同意を得ようとしたのだが……。
「その本人がこの状態じゃ、任意も何もないでしょうに……」
帰還イコール、異世界の記憶が封じられるという事実を知った瞬間にトンズラしようとしたメガネっ娘、神威愛梨は今は巨大化したコノハの体で押さえつけられてジタバタしていた。
『諦めるのですよメガネのお姉ちゃん。あんまり余計な力を知る事は良くない事ってお母様も言ってたのです』
「うお!? なにその“こっち側に来るな”的なカッコイイワード! く……最早これまでか……しかし我は滅びん! いつか第二第三の小夢魔が世界に降臨して……」
「ダメだこりゃ……」
「完全拒否って感じでも無さそうっスけどね~。この状況ですら楽しんでません? この方……流石は神崎天音の、無忘却の魔導師の親友と言うか……」
この期に及んでも楽し気ですらある神威の姿に苦笑するイーリスであったが、神楽としてはその言いようがいまいち納得行かず、思わず反論してしまう。
「それって……私の事も含むって事でしょうか?」
「邪神に匹敵する都市伝説と対等に取引できる女子高生を普通とは言わんっスよ……」
「む……」
しかし非常に的確な正論で返されてしまい、グウの音も出なくなる。
神楽とて世界を滅ぼしかねないとんでもない力の使い手である事には変わりないのだ。
三女神の中では比較的常識人なのが彼女であるのは確かだが……。
「しかしこのままでは埒があきません…………あ、そう言えば……」
その時女神アイシアはふっと思い出した。
三人の女子高生、三女神たちが強制召喚された時の事、そしてその状況を作り出したのが誰だったかを……。
アイシアは巨大モフモフに囚われる神威に近付いてからしゃがみ込んだ。
「あの神威さん? お聞きしたいのですが、貴女が今回天音さんと夢次さんを結び付ける目的でワザワザ休日と実家で経営なさっているホテルも利用して作戦を立てたのですよね?」
「んえ!? あ……ああそう言えばそうでしたね。こっちに来てから体感時間半年以上だからスッカリ忘れてましたが……」
日本と
しかし次にアイシアが齎した情報に神威は目を見開く。
「お伝えしてませんでしたが今から日本に戻れば召喚からほぼ丸一日後、深夜の時間帯でして……それであのお二人の記憶は午前零時に前日の記憶に戻ります」
「…………は? 前日の……ですか?」
「はい……異世界に来る前の状態、融合魔法何て使えるような関係になる前の、少しだけ初々しい二人に……」
その瞬間、 最早出来上がってしまったカップルになってしまった親友の照れたり赤くなったりする“付き合いたて”の辺りをいじりまくると言う壮大な計画は失われてしまったと思われていたのに、その計画が日本、カムイ温泉ホテルで復活するのだという情報に……神威の脳内に現れたゲス思考が一瞬で神威の脳内から異世界征服の野望が霧散させる。
「こうしてはいられないです……アイシア様早く帰還いたしましょう! 我らが真なる故郷の地、日本へ御導き下さい。新たな戦渦を招かぬためにも異界の記憶はこの地に置いてゆく事にいたしましょう……」
「アンタね……」
見事なまでの180度の心変わりに誰もがズッコケそうになった。
それで良いのか小夢魔よ……と。
「ナナリーさんとのやり取りや『機神』と『紅鬼神』の最後を看取った辺りまではしっかりシリアスしていたクセに……この娘は」
「天音さんの赤面、プライスレスです! 正直私には世界征服に匹敵するのですよ神楽さん!! ハリーアップです女神様!!」
……かくて異世界強制召喚された最後の日本人『神楽百恵』と『神威愛梨』は記憶改竄後、元の日本、カムイ温泉ホテルへと帰還を果したワケだが……その間にも事態はしっかりと進んでいた。
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「う……ん? あ、あら? ここは……」
「む……う……ありゃ? 外真っ暗……げ!? もうすぐ0時じゃん!」
カムイ温泉ホテルのとある一室……そこは客室では無い関係者用の宿泊部屋。
神崎、神楽、神威の仲良し3人は休日のお泊りでよくこのホテルをオーナー権限で利用しているのだが、その時いつも使うのがこの部屋なのだ。
客室からは離れたこの部屋は関係者以外入れない事から、多少騒いでも一般客には聞こえないくらいには離れているという理由もあった
しかし見慣れている部屋にいる事は分かるのに二人とも起き抜けで状況が判別できない。
一体何時この部屋に戻っていて、二人そろって寝ていたのだろうか……と。
「……え~~っと? 私が私は妹ちゃんとプールサイドでラブシーンのデバガメしてて」
「あ~それで興奮しすぎて倒れたとか聞きましたね。私が別件でいない間に……まったく、何ゆえに二人とも動画を残していないのですか……」
「いや、あの状況でそれをやったら犯罪になるだろ?」
「覗きも立派に犯罪になるのですが、やった事は公共の場でイチャ付くバカップルを見ただけなのでセーフなのか判断が難しいところですね」
まだ若干思考がボンヤリしている二人が徐々に眠る前の状況を思い出し始めた頃、不意に神楽のスマフォがライン電話の着信を告げる。
着信の相手は『シスター』となっていて……まさに“数時間前の昼間”似たような事があったのを思い出して慌てて通話にすると、ビデオ通話状態の『シスター』天地夢香の興奮気味な顔が映り込む。
「どうした妹ちゃん、何かあったの?」
『あ、ようやく気が付きましたね『フォックス』。遅いじゃないですか! 深夜の二人っきり、ダブルベッドのバカップル誕生の瞬間だったかもしれないのに!!』
くわ!! その瞬間女子高生二人の瞳に覚醒の光が灯り、起き抜けのボンヤリ思考が吹っ飛ばされる。
ターゲットの最新情報……二人は一瞬で臨戦態勢にチェンジした。
「状況を説明せよシスター! 私たちがリタイヤしていた間の全ての状況を!!」
『その声は神威先ぱ……ホテルマン? やっと帰って来たんですか……も~肝心な時にいないんですから』
「それはすみません……何分こんなでも社長令嬢ですので色々と」
しかし謝罪の瞬間にまでゴッコ遊びは維持できないようで、素の言葉で謝罪をしてしまう神威であった。
そしてシスターから齎された最新情報に
特にターゲットαが『光の衣』を妹との熱い兄妹愛で攻略した件には涙を禁じえなかった。
しかしターゲットβの覚醒を切っ掛けにシスターが戦線離脱したと聞いた瞬間にホテルマンは激高する。
「バカモノ! 何故戦線を維持しなかった! 貴様それでも軍人か!!」
『う、うえ? いやでも起きちゃったらさすがにそれ以上のオイタは……』
そう、シスターの判断は常識的に考えれば普通なのかもしれない。
悪戯しようとしたのにされる側にバレたとなれば、それ以上の展開は見込めないと。
しかし最近のαの根性とβの本質を知るホテルマンの判断は違う。
「シスター……肉親だからと言って兄を侮るのは戦場では死を意味する。ヤツがターゲットに気が付かれた程度で神山への登頂を諦めると思うのか!? そしてβだが……αの押しに対してだけは限りなく弱い……」
『ハ!? し、しまった!! それではヤツは既に……』
己のミスに気が付いたシスターは息を飲んだ。
そんな彼女にホテルマンは冷静に指示を飛ばす。
「攻撃はもう終わったのかもしれない……いや、もしかしたら……未だ攻略中の可能性もある。シスターよ、一時退却せよ。情報を共有後に作戦を立て直すのだ!」
『りょ、了解……く、油断したわ……』
通話が終えた神威には現在の戦況がどうなのか判断が付かず、溜息を吐くしか無かった。
「く……予想よりも天地さ、αの手が早い! もしかしたら既に侵略が終わっている可能性も……」
まだスパイ大作戦なのか、はたまた戦場の作戦本部を気取りたいのか分からない演技を続ける神威に対して、神楽も顔を赤くしつつ、しかし冷静な判断を口にする。
「でもカムちょん? ダブルベッドで男女が二人、しかも男はブラ外して女は口だけのウェルカム状態……。最後の砦っぽかった妹の目が無くなったら……」
「う……」
思わず鼻から出そうになった熱き血潮を押さえつつ神楽は呻いた。
そう、彼女自身さっき言ったように強引に行っても大丈夫な状態で男がすっかりヤル気になっているとすれば……。
「いくら何でも私はそこまでは遠慮するよ? 親友の初めてをのぞき見するのは……さすがにちょっと……」
「ま……まあ私もそれは踏み越えているとは思います。最大限耳を澄ませて行きましょう、きしむ音とか声とか……“アレ”と判断できる音が少しでも聞こえたら撤退という事で」
悪戯心と好奇心が満載の女子高生二人だが、さすがに彼女らなりの線引き、礼節はあるようだった。
そんな様子を神楽のベッドの片隅で丸くなり眠そうな目で見つめる子狐は小さく呟いた。
『平和……なのです』
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