第百六十九話 女神様の置き土産
さて、時刻は深夜2時を回っただろうか……俗にいう丑三つ時。
『本当の本当にこれ以上の邪魔だては決していたしません』との宣誓を行った三人の主犯たちは部屋へと戻って行き、俺たちは再び二人きりの時間となった。
二人だけ……その状況に俺たちは自然と体を寄せ合う…………事も無く、二人してベンチの端っこに離れて目も合わせずに明後日の方を向いていた。
理由は……何というか少しだけ冷静になってしまったから。
告白してオッケーを貰って晴れて恋人同士になった……そこまでは良いのだが、その後の盛り上がりからのヤツらの介入でインターバルを置いてしまった事で“盛り上がっていた自分たち”を振り返ってしまい……物凄い恥ずかしさが沸き上がっていたのだ。
……何しとったんだ俺は……と。
キスが告白の前なのかそれとも後なのか、もうそこは重要ではない。
告白からのテンションマックスで自主的にやらかした全ての行動……R18指定を完全に踏み越える行為である事を分かった上でノリノリに、あの
それは天音も同じなんだろう……さっきからチラチラと目が合うけど慌てて逸らしては耳まで真っ赤になっている……無理も無い。
お互いに見せ合てしまったのだから……溢れんばかりの己の愛欲の心根、『抱きたい』『抱かれたい』というドラマとかで聞くアレな本音を。
急に鎮静化して清純高校生に戻った気分で……まともに顔が見れん。
「ねえ……夢次君……」
「あ……ああどした?」
誰もいない消灯後の暗いロビーに天音の声が響く。
その声はさっきのように聞くだけで奮い立つ熱を帯びたモノじゃなく、どこか恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうな幼い頃に一緒に遊んでいた頃の声色に近いモノに感じる。
「何か私たち……ちょっと浮かれすぎてたかな?」
「…………はい、それは間違いないと思います」
「あはは……そ、そうだよね~やっぱり……」
「告白成功のテンションで完全に調子に乗ってました……。何ならもう天音をお嫁に行けない事する気満々でした」
「……ハッキリ言わないの」
正確には“お嫁にするつもり”であった事に心の底から熱くなってくる……後悔などと言う感情が欠片も湧いてこない、強いて言うならさっきまで“責任取る”つもりすらあった自分にビックリする。
そしてこの辺も良く分からないのだが、告白成功以降自分の中に妙な自信が生まれている気がする。
今まで心のどこかで『もしかしたら天音にその気は無いんじゃないか?』という後ろ向きな感覚が消え去って、内なる自分が自信満々に語り掛けて来るのだ。
イケる……と。
そして、だからこそ確信出来る事があった。
「今の私たち……スウィートに戻ったらヤバイよね?」
「それは…………間違いないかと……」
どこがとか、何がとか言う気は無いが……現状の俺は完全なる臨戦態勢、もしくは捕食形態……公共の場、倫理観という防壁がある状態だからこそ自制できているものの、許される環境になった瞬間そんな防壁は崩壊する。
いや正直にいうとそれを望んでいないという事は無い……むしろ乗っかりたい気持ちは大いにあるが……ここに来て少しだけあの三人におぜん立てされて~ってのは気か引けるモノもあった。
せめて何か自分発信のアプローチを挟んでから……そんな自分よがりな事が頭をかすめて……いや違うな、正確に言うとガッツリとイチャイチャしてから事に及びたいという物凄いキモイ発想が浮かび上がる。
帰結する結論は同じだろうと言われるかもしれないが…………その通りだ!
再び恥ずかしさよりも情欲の炎が猛り始める。
そうだ、もう俺たちは幼馴染じゃない恋人同士……どうせもう一日宿泊するんだから存分に使って爆殺予告必死なバカップルな休日を過ごした後で…………そんな思春期男子丸出しなヒドイ妄想的休日を思い描く。
「……そう言えばここって温泉街もプールもあるもんな。一緒にプールとか温泉街で射的とか食べ歩きして、その後は雰囲気の良い場所で…………ん?」
しかし明日の計画と思ってスマフォを開いた俺は妙な事に気が付いた。
「あ、あれ!? 月曜日……って事はもう今日が帰る日??」
「え!? あ……本当だ……」
俺の言葉に天音も自分のスマフォを確認して驚いている。
日付が一日ズレている? 二泊三日の家族旅行だったからその間丸々一日あったはずなのにその間の記憶がスッポリと抜け落ちている。
まるで俺が告白した瞬間を基点にして時間が一日分先に進んだかのように……。
「どういう事かしら? 私も夢次君も一日の記憶が飛んでいるとか……」
記憶が飛んでいるという事実に天音は眉を顰める……確かにそれは妙な事で大事件かもしれないが、俺にとってはもっと大事があった。
「つまり……もう時間が無いと? 恋人同士になって初の温泉デートと思っていたのに、数時間後にはもうチェックアウトである……と?」
「え? ……あ~そうなる……ね」
あまりにハッキリとデートの言葉を口にした俺に照れたような反応を見せる天音はカワイイが、それはそれとして……俺は無人のカウンターにある“ご自由にお持ちください”のパンフレットを拝借してきておもむろに広げてみる。
時間が無い……俺の中ではそれだけが注目する問題点であった。
「く……やはり大概の施設はもう閉まっている。飲み屋ですら閉店を過ぎて……」
「そういうお店はどの道まだ入れないでしょ? バイトで入った店も一応年齢制限も時間内だったし」
そう……最早大概の遊興施設は閉まっているし、恋人同士が行ってイチャ付ける場所など無い時間帯。
心のどこかで『もうベッドしかないだろ?』と囁く声が聞える……ええい黙れ! 今それは全力で考えないようにしていると言うに!!
しかし何とか湧き上がるスィートへの衝動に刃向かいパンフレッドに目を走らせると、一か所だけ探し求める『二四時間営業』の文字を発見する。
「こ、ここだ! ここなら二四時間営業。しかもカップル限定の施設、まさに今の俺たちに最適である!!」
「……え? でもココって…………」
だが俺が指し示した場所を確認した天音が、何故かより一層顔を赤らめて「まあ……君がどうしてもって言うなら……」と呟いた。
あ、あれ? 何かマズい事があるのか? この『相愛の湯』って温泉。
・
・
・
そして俺たちはホテルから外に出て、街頭で照らされるだけの温泉街を二人で浴衣に下駄ばきでカラコロと歩いていた。
辺りは当然真っ暗で、日の出にはまだまだ時間がありそう……なのに丑三つ時という恐ろし気な時間帯に二人で出歩くという状況に恐怖の要素は全くない。
未だにどちらも顔を合わせて離せないけど、しっかりと手は繋いでいる。
繋いだまま少し後ろで下を向きながら歩く天音だったが、顔は見えなくても耳まで真っ赤になっていて、多分それは俺もそうだろう。
こんな時間でまだ湯にも使っていないのにさっきから顔が暑い。
深夜に手を繋いで出掛けるちょっとイケない事をしている高揚感なのだろうか? さっきはもっとイケない事をしようとしていたと言うのに……。
そして上気したまま目的地である『相愛の湯』に到着した時、俺は二四時間営業だけで判断しここまで来た自分の浅はかさを思い知る。
……というかそもそも『カップル限定』と明記された温泉という時点で色々と察しろと言うところなのだが。
『相愛の湯』、そう明記された看板の隣にしっかりと見えるように書かれていたのは……男ならば一度は夢見る二文字『混浴』である。
「……えっと……」
「…………ここに誘ったって事は、夢次君……そういう事だよね?」
上目遣いでモジモジと聞いてくる天音に“そんなつもりはない”とは言えない。
確かにここに誘ったのは偶然ではあるけど、それ以前に前提として確実な俺の真なる心の声は高らかに叫んでいる。
『それはそれとして、天音と一緒に温泉入りたい!』と……。
俺がゆっくりと頷くと、天音は繋いでいた手を俺の腕に絡ませて密着して来た。
それこそ腕の触れた場所から天音の体がハッキリと分かるくらいにギュっと……。
そして彼女は耳元で囁いた。
「……エッチ」
…………顔を見ていないのに恥ずかしそうに言っているだろう事が分かる天音の囁きに全身がゾクゾクしてしまう。
それほどまでにその囁きは“来る”ものがあった。
罵倒の言葉なのに俺にとっては何処までも甘いご褒美の言葉に……むしろ俺は無意識に最高の正解を導き出したのでは? とすら思ってしまう。
裸の付き合い……言葉の意味が同性と異性でここまで変わるモノも無いだろう。
だが、入り口ある『注意事項』に軽くショックを受けてしまう。
注意事項
『相愛の湯はカップル限定の混浴ですが、湯着を着ていただくタイプの温泉です。また、仲睦まじいのは良いですが、接触は接吻以上の事はご遠慮下さい。その辺はお部屋に戻った後頑張ってください……………………管理人より』
「な、何い!? 湯着にキス以上は禁止だと!? それなら何のための混浴だっていうんだよ!?」
「こら……大声出さないの! 一応ここも公共の施設なんだからそれは当然でしょ?」
その辺は当然の配慮、なのは分かる……分かるのだが……納得しかねる。
……今の俺は激しく情緒不安定だ。
時間を置こうとか何とか色々御託並べて、帰結する結論は全て一緒。
今自分が天音と温泉、しかもこんな人気の無い時間帯に二人きりになればどんな事になるのか……やるのかやらないのかハッキリしろというところだ。
そんな状態で、一糸まとわぬ姿を目にしたらどう振り切れるのか……そんなもん想像するまでも無い。
混浴で湯着着用……倫理観的には全く間違っていない……だと言うのに納得しかねるこのパトスは~~~~~!!
「お兄さんお兄さん、あんまり興奮しなさんな。アンタの期待も気持ちも分からんではないがな? ここは純粋に仲良く入浴する場所だでな……」
「……え?」
「ここはカップル限定って言うても子作りの湯じゃね~だでな。そう言うのはしっかり部屋に連れ込んでから頑張るもんじゃよ? フフフ……」
俺の童貞臭バリバリ、スケベ根性丸出しな態度に番台に座っていた上品そうな見た目だが、一部分が妙に攻めた色合いのお婆さんが現れた。
物腰柔らかい笑みを浮かべつつ“水色の髪”のお婆さんは手にした湯着を渡して来る。
「こんな時間帯に来るんだから、盛り上がりたいのも分からんではないがの~。実際今までもココで盛り上がってまった輩はいたが……」
「あ……はい……」
「何かすみません……騒がしくして……」
何となく気まずくなり平謝りする俺たちにお婆さんは柔らかい笑顔のまま言う。
「な~に咎めやせんよ……ここの湯は昔っからイチャ付くのが目的の湯ではあるからのう。その二人の関係が深ければ深いほど“特殊な滋養”が現れるとも言われているから」
「……ここの湯はそんなに古いんですか?」
「温泉自体は温泉街が出来上がる前からあるなぁ……この『相愛の湯』もその頃から水神様所縁のありがたい湯としてあったんよ」
思わぬ歴史がここの温泉にもあった事に俺たちは口をそろえて「「へ~」」と漏らす。
そう言われれば確かにこの湯の看板だけじゃなく他の部分も年季が入って見えるな。
「……ま、今日のところは仲良く乳繰り合う程度で終わっときなさい。でないと折角少しは回復したのにまた使い切って、もう一日起きれねくなっちまうだでな~」
「…………え?」
「そいじゃあ彼女さんは左から、彼氏さんは右から入って湯着を着てから中の温泉で合流って事になるから……先客がいるかもしれんけど、静かに入るようにのう」
何かつぶやいた気がしたのだが、先にお婆さんの説明があり聞きそびれてしまった。
しかし少しだけ気にはなったものの、ニコニコ笑うだけのお婆さんの振舞に“ま、いいか”としか思わず……俺たちは指定された入り口から別々に『相愛の湯』へと入っていく。
「ああ彼氏さん……」
「はい?」
「暗黙の了解じゃけど……Bまでは見て見ぬふりするのがココのマナーだから、そのつもりでなぁ……」
最後に悪だくみを伝えるお婆さんに俺は苦々しく顔を歪めるしか出来なかった。
「…………それってメチャクチャ生殺しになりますよね」
「そういう縛りの中で仲よう楽しむのが醍醐味なんですじゃ……ふふふ」
*
夢次と天音、二人のカップルが温泉へと入るのを確認するとお婆さんは番台へと戻って誰に聞かせるでもなく呟いた。
「ではこれにて失礼します『夢葬の勇者』と『無忘却の魔導師』…………この温泉の特殊な滋養が私からの報酬という事で……」
そしてお婆さんの髪の色が鮮やかな水色から“本来の”グレーへと戻って行き……番台のお婆さんはそのまま船をこぎ出した。
まるであの二人が来るまでそうであったように、うつらうつらと……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます