第百六十六話 夢葬の勇者、最後の悪あがき
「じゃあ予定通り、裸の王様はアスラルに送られたワケだ……生きたまま」
「はい、貴方が神楽さんに託した『隷属の首輪』と共に……あの者にはこれから長い長い贖罪の日々が待っています。自分が蔑んだエルフたちにすら懇願して尚許される事無い長い長い孤独の日々が……」
「ヤツも元々は武断派の連中の野望の結果生まれた存在……哀れと言えば哀れっスが」
静かに瞳を閉じて淡々と語るアイシア様に対して痛まし気な表情のイーリス様……同じ慈悲深い女神であってもこの辺の腹の座り方にキャリアの差があるのだろう。
事が起こったのは自分の担当世界だからな……割り切れない想いがあるんだろうな。
「それを言い出したらキリが無いでしょうよ。過去に不遇な事があったから、知らなかったからで許せる範疇をゆうに踏み越えた犯罪者を許すかどうかは、当事者じゃ無ければ出来ない事、口出しできる事じゃありませんから……喩え神様でも、勇者であったとしても」
「それは……その通りっス。それは分かってはいるんっスが……やはり世界を受け持つのは容易な事じゃ無いのを改めて実感したっスよ……」
溜息を吐く後輩の頭を撫でてアイシア様は苦笑する。
「……それは世界の重責を負った神々の誰しもが思う共通の悩み事。残念ですが、それが分かる者でないと神は務まりません。難儀な事ではありますが」
「先輩……」
そう慰めるアイシア様自身、俺たちを前に自分を卑下したり“女神失格です!”何て罪悪感全開に謝罪される事が何度あったか……。
でも、本人たちにとっては残念な事なんだろうけど、そうやって思い悩みながらそれでも世界を見捨てる事はしない二人の女神が相応しくないとは俺も思えない。
人の不幸を見る事無く、何も感じないような輩には務まらないだろう……あのシャンガリアの裸の王様のように。
そうしているうちに一つ息を吐いたイーリス様はこっちに向き直り、ペコリと頭を下げた。初登場時の大仰な土下座では無い軽い会釈程度で。
それでも女神様のお辞儀だから恐縮は恐縮なのだが……。
「改めまして……天地夢次さん、そして神崎天音さん……この度は貴重な休日だと言うのに私の世界の厄介事に巻き込んでしまい、誠に申し訳ありませんでした。本来であれば二度と思い出す事は無かった『夢葬の勇者』と『無忘却の魔導師』の記憶すら引っ張り出す事態にまでしてしまって……」
そんな事を言い出すが、俺はアマネと顔を見合わせて笑う。
「ま、そんなに気にしないで……俺としては久しぶりに夫婦の関係に戻れたって事で、むしろ逆の意味で貴重な休日になったし」
「そうね~。向こうの世界では出来なかった新婚旅行をやり直した気分でもあったし……カグちゃんとカムちょんの件が無ければもっと堪能出来たのは確かですけどね」
「……お前らの場合、ある意味それがブレーキになってくれたんじゃないの? お姉ちゃんとしてはもう少し弟分と妹分の恋愛模様をニヤニヤしながら見守りたいのに、一足飛びで飛び越えるところだったじゃなの……」
ライダースーツのスズ姉がため息交じりに突っ込みを入れて来た。
そんな『向こうの世界』では定番だったやり取り終了の時間になってようだ。
最後には微笑ましく見ていた二人の女神様が軽くお辞儀をする。
今度こそ土下座とかじゃなく会釈と言えるくらいのお辞儀を……。
「それでは天地夢次さん、神崎天音さん……私たちはそろそろ神界に帰還しなければならないので、お暇させていただきます。色々とありがとうございました……もう二度と会う事が無いよう祈っております」
聞きようによっては随分寂しい別れの言葉だが、俺たちが女神様と再会するのは異世界の記憶を元にしたバトルありきだ。
アイシア様は俺たちを二度と戦いに巻き込まない事を前提にしているから、そう言うしか無い……それは彼女なりの気遣いなのだ。
「いつか……戦いとは関係なしに逢えれば良いですね」
「ええ……悠久の時を過ぎた先、いつかはそんな日が訪れるでしょう。その時が来る事を楽しみにしておりますよ」
「その時は一杯奢るっス。私の担当世界で極上の酒でも出来りゃ~良いんスがね~」
イーリス様の言葉も軽く言っているようで実は大変な事。
戦乱渦巻く世界では味の向上など二の次……美味い酒の開発ってのは世界的にもハードルが高い事なのだ。
それは一重に『今度こそあの世界を平和に導く』というイーリス様の決意表明でもあった。
「お互いプライベートで会える日まで…………それではお二人とも、お元気で」
「失礼するッス」
「お二人も……無理すんなよ?」
「あまり根詰めないでよ、女神様」
人間である俺達からの言葉が仕事への労いである事に二人の女神は苦笑しながら部屋のドアから出て行く。
どうでも良いが神様なんだから、この場で虚空に消えるとか空に飛んでいくとか、はたまた光の柱がこの場に現れて転移~なんて演出を勝手に想像していたのに、普通にドアから出て行くのな……。
俺が何となくガッカリしていると、ドアから出て行く間際でアイシア様が振り返って軽く重要な事を言い放った。
「ああ言い忘れていましたが、お二人があっちの記憶を保持できる制限時間は日付が変わる瞬間までですから……」
「……は?」
「……え?」
「ではリーンベル、いいえ美鈴さん。神界までの移動をよろしくお願いします」
「ハイハイ……異世界どころか神界まで移動できるとか……あまり私の愛車に妙な機能つけないで欲しいんだけど……」
突然齎された情報に思考が停止する。
そんな俺たちを置いてけぼりにして、女神様たちはスズ姉を伴って部屋から出て行った。
タイムリミットは日付が変わる瞬間……つまり午前零時……。
俺はその意味をようやく理解して吠える。
「午前0時がタイムリミット……後五分しかねぇじゃねぇか!!」
壁掛け時計が示すのは23時55分……とてもじゃ無いが何か事を起すには短すぎる!
クソおおお女神様たちもスズ姉も狙ってやがったな!? 二人きりになってもギリギリ出来る事が限られるくらいの時間を!!
確かに5分では出来る事は少ない……く……何とか、何とかならんのか? 不可能を可能にするからこそ勇者ではないのか!?
俺は残り時間を考えて頭をフル回転させて…………ある結論に行き付く。
「……仕方が無い、ここは最後の瞬間一緒に星空の下としゃれこむか」
「ふふふ……さすがの貴方もここまで短い時間で出来る事は無さそうね」
絶望に喘ぐ俺とは対照的に、どこかホッとした表情でアマネは言う。
それは異世界で結婚したパートナーとしての記憶がそうさせるのだろう……まあ何というか下世話な事も織り込み済みで俺もアマネも“そう”なると長い。
それは“いたす前”も同じ事で……そうなると5分と言うのは余りに時間が無さ過ぎる。
つまりアマネは思ったのだ……俺はもう諦めてロマンチック方向で〆る方向に切り替えたのだろうと……油断したのだ。
しかし俺は『夢葬の勇者』……タダでは終わらん。
「お~~~結構星が見えるんだな。天気が良いのもあるけど、向こうの世界を思い出すな」
「向こうは灯が少ないから、こっちよりも遥かに凄かったけどね……」
それは間違いない……振ってきそうなって表現がぴったりくるくらいの夜空の星を始めて見た日はビビったくらいだった。
向こうの世界……異世界。
俺たちが二人で寄り添い命を繋ぎ、苦楽を共にして結ばれ愛し合った過去の記憶。
その事を覚えていられる時間も残りわずかだと思うと感慨深く……俺は自然な動作でアマネの肩を抱いて抱き寄せる。
アマネももう俺が不埒を働く危険は無いと思ったのか、特に抵抗も無く身を預けてくれる……抵抗された記憶は余り無いけど、そこはまあ置いとこう。
「ヤレヤレ……こうやって自然と嫁さんを抱き寄せられる時間も残りわずかか……ヘタレ高校生の俺だとしばらくの間はお預けだろうな~」
「そう言わないの、自分の事じゃない。それに明晰夢の中じゃ随分ハッスルしてたから……その辺も時間の問題じゃないの?」
「ど~かね?」
高校生の俺は『夢の本』を使って『明晰夢』内では相当やらかしているし、ぶっちゃけ『共有夢』で“天音”に対してもう何度も“いたしている”事がバレている。
もう俺の気持ちなんて天音にはバレバレで……外野から、いや別人格のような俺でさえも分かる程天音はもうスタンバっている状態……暴論を言えば押し倒したってイケるだろう。
個人的には前科もあるから最初はプラトニックに行ってほしいが……。
高校生の俺に引っかかっているのはただ一つの事実……現実世界で自分から何かしたというワケではない……と言う辺りだ。
まあ高校生であろうと、まだ童貞であろうと所詮は俺だ……そんな理由で天音に対する犯罪的な想いを押さえる事なんて出来るワケがない。
だからまあ……こっちの時間軸では丁度昨日、同じ場所で一歩進む為に動いたのだから…………ここはその勇気に敬意を称して。
「やっぱりタスキくらいは渡しても良いと思うんだ勇者としては……奥様?」
「タスキ? 一体何のこ…………ん、んん!?」
俺はそう言いつつ、半場強引に
肩を抱きつつ腰も抱き、逃げる事の出来ないようにガッシリと抱き寄せて……。
制限時間はもう1分を切ったハズ……その時アマネは初めて俺の最後の悪あがきに気が付いたようで目を丸くする。
「え? ちょっと待って……まさかユメ……ムグウ…………」
でも俺はその質問に答えず、代わりに更に強く抱きしめてアマネの唇を更に吸い……何度も何度もアマネの味を堪能する。
そして……俺のたくらみを理解した上で……アマネの瞳は蕩けて言葉には出さないけど語る。
『もう、しょうがないな~』
そしてアマネの両腕も俺の首に回されて、彼女の方からも吸いつき舌を絡め出して……高校生ではあり得ないような淫靡な水音が漏れ出る。
別に記憶が封じられようと俺たちが消えるワケでも離れ離れになるワケでも無い。
『夢葬の
その事は変わらない……その事を確かめ合うように俺たちは最後の瞬間まで続ける。
初心な高校生の、現実の自分たちに、爛れた“あれ”なタスキを繋ぐ目的で……。
『じゃ、また夢の中で……』
『ん……待ってる』
*
ん…………あれ? 俺は今まで何をして…………?
頭がボンヤリする……唐突に休日決まった温泉旅行、その出先『カムイ温泉ホテル』でたまたま一緒になったと思った神崎家は、実は様々な連中による策略だった。
作戦の黒幕、ホテルのオーナーの娘で天音の親友『
……そこからの記憶が若干曖昧な…………いや……段々と何か途轍もない決断を自分がしたような記憶が…………。
「んん…………」
ぼんやりした思考が徐々にクリアになって行く中、耳に届いたのはどこまでも甘い雰囲気を醸し出す誰かの声。
それは苦しげにも切なげにも聞こえて、でも何度でも聞きたいような中毒性がある。
いや……それだけじゃない。
そもそも俺は今本当に自分が起きているのか、ハッキリして来た思考と言うのが本当にあるのかと疑問を持つくらい……現実感の無い快感に包まれている。
なんだ……何なのだこの五感の全てを幸せにする幸福感?
聴覚には何度も聞きたい甘い声が……。
嗅覚には俺にとってこれ以上ないと断言できる堪らないフェロモンが……。
触覚は両手だけじゃない、全身で包み込む柔らかく温かい感触がこの先離れたくないと思わせるほどの“抱き心地”を……。
そして味覚が……何度でも何度でも味わいたい、幸福感と共に圧倒的な独占欲が沸き上がり、そして全身の全てが奮い立つヤバイ麻薬のような快感を……。
そして視覚が……いつでも、いつまでも俺が見続けていたい……愛しくて堪らない幼馴染の蕩けるような瞳の、何時の頃からか俺が心から望んでやまなかった“俺だけしか見ていない天音の顔”が…………キスが出来そうな程近くに……。
「ん?」
「……んむ?」
…………いや違う。
キスが出来そうなくらい近く……ではない。
その事実にようやく気が付いた時とほぼ同時に天音も今起こっている大事件に気が付いたようで、その瞳が目の前で驚愕に見開かれて行く。
これ以上なく見開かれ、瞳が上下左右に泳ぎまくり顔面が急速に紅潮していく。
文字通り火が出そうなほどに染まっていく現象は同時進行で俺にも起こっている事は間違いなく……全身が燃えるように熱くなり、全身から汗が噴き出して来る。
“出来そうなくらい近い”じゃない…………“している”のだ。
幼い日から知っている幼馴染。
疎遠の時期も想い続けた愛しい娘。
妙な夢を切っ掛けに再び仲良くなって、それ以上の関係になりたくて告白を決意した…………そう、そうだ! 俺はこの場所で彼女に告白しようとしていたハズなのだ!
ハズなのに…………。
「……………………」
「……………………」
たった今起こっている大事件を理解はした。
だが理解したけど……微動だに出来ない……いや正確にはしたくない!
ワケも分からずこんな状況に陥っているのだから、正気を取り戻したというなら真っ先に離れるべきだろうけど……天音の体に回した手を、密着した体を離したくない。
絡み合った自分の舌が、重なり合ったままの唇が……離れたがらない!!
言い訳が許されるなら、天音も驚愕していると言うのに拒否しようと、離れようとする気配がまるでない。
顔面を、全身を紅潮させたまま、俺の首に手を回したまま……されるがままになっていて……“どうにでも出来てしまう”という何とも俺にとって都合の良い状況。
しかし魅惑の時間も酸欠を無視する事は出来ず……俺はゆっくりと、本当に未練がましくゆっくりと天音の唇を離して行く。
「プハ……はあ、はあ、はあ、はあ…………」
「はあ、はあ、はあ……あう…………あ……ん……」
「はあ……はあ……はあ…………えっと?」
「んは……あ……あえ?」
急速に取り込まれる酸素がお互いの意識をクリアにして行く。
気が付くと幼馴染とキスしていた……それも軽いキスじゃない、大人の、いわゆるディープキスってヤツ……。
そんな状況、気分的にはまともに顔を見れない程恥ずかしいと言うのに……その顔を視ずにはいられない。
それほどまで紅潮する天音の顔は可愛らしく、愛おしく、最高にエロい。
唇を奪った俺に向ける視線に非難の色は無く……むしろ……それ以上を望んでいるかのような“錯覚”を覚える程に……。
それ以上の事…………そうだ、それは俺自身が望んだ事。
疎遠状態が解消された幼馴染と何だかんだとナアナア状態で仲良くなって、気が付くと『夢の本』って不思議アイテムで好きな夢を一緒に見るようになり、色々あって夢だけじゃなく現実でもA……いやB前半くらいまでは行ってしまった幼馴染。
そんな幼馴染に色々な
……おかしい……告白した覚えが無い。
いくら思考が鈍っていても俺が天音への告白を忘れる事があるか?
この状況が告白オッケーで浮かれての所業と思えなくも無いけど……ヘタレ思考が少しだけピンク一色の思考を冷静にさせる。
オッケーを貰ったかも分からずにそんな事していていいのか……と。
でも……もう引き返す事は出来ない。
俺は知ってしまったから……気色の悪い言い方をすれば幼馴染の、天音という女の味を……五感の全てを使って。
もう抱いた腕を離したくない、数秒前まで貪っていたらしいのに、その唇をまた味わいたい
腕の中の
この身勝手極まりない考えを正すにはどうすればいい?
どうすれば自分は…………そんなのは決まっている。
した覚えがないなら、またすればいい……それだけの事だ。
タイミングだの相手の都合だの……そんな事はどうでも良い。
ただ俺が天音を、この幼馴染を俺だけのモノにしたいから言いたいだけ……。
「天音……」
「……は、はい!?」
目を合わせると“さっき”告白しようとした時よりも更に近い距離……俺はほぼ耳元で、囁くように“言い損ねた”言葉を“今度こそ”ハッキリと口にする。
初めて会った日からの長い年月の想いを全て込めて……。
「俺と……付き合って下さい。彼女に……俺の……俺の恋人に……」
「あ…………」
やっと言えた……ようやく言えたその言葉に天音は驚いたように小さく声を上げて……柔らかく微笑んだ。
そして首に腕を回したまま……そのまま唇を合わせた。
それは年相応な、高校生らしい合わせるだけの軽いキス……でも何故だかさっきのキスに比べて言いようのない達成感があった。
「やっと……言ってくれた。ずっと待ってたんだよ?」
「……待っていてくれたのか?」
「うん……君が私を“自分だけ”にしてくれる日を……」
俺の言葉にクスリと笑うその顔は『俺が』知っている無邪気な幼馴染のモノじゃなく、激しい情念と独占欲を露にする女の瞳だった。
ゾクリと全身が震える……彼女のヤバイくらいの本音に本能が警笛を鳴らす。
それは彼女を俺だけの女にしたと言うだけじゃない……俺も彼女だけの男になってしまったという恐ろしい、呪いの契約の如き瞳。
そう……一生涯『神崎天音』という人物に束縛を約束された…………恐ろしく甘美な、終わらない夢の如き契約の言葉。
俺も自分の口から自然と言葉を紡いでいた。
「じゃあ俺も……天音の“自分だけ”になったのか?」
「……あ」
同じような瞳、互いに自分だけのモノになったのだと確かめ合った瞬間に……天音の瞳はより一層妖しく輝く。
絡み付く危険な瞳で見つめ合った俺たちは再び唇を重ねる……。
逃がさないし逃げられない……離さないし離れない……それは何故か昔どこかでかわした事があるかのようなやり取り……。
どこからか『結局はそういう関係になるのか……』と誰かが溜息を吐いた気がした。
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