閑話 死に逃げる事は許さない
「おい、そこのお前……」
不自由な足を引きずりようやく東区に辿り着いた辺りでカルロスは見知らぬ男に声を賭けられる。
みすぼらしい格好に足を引きずる姿で哀れみの新線が民衆の注目度を下げる結果になっていたのだが、とうとう自分を探し回る民衆の一人が自分に注目した事に緊張が走る。
「…………」
「汚ねぇ恰好だが年は若そうだな。そう言えばあのクソ王もあの日の映像じゃ片足引きずってたような……」
「なあおい、ちょっとフードを取ってもらえるか?」
「!?」
たった数日前までなら不敬罪を恐れて公言できなかったはずの国王への罵詈雑言自然と出て来る事に憤りるカルロスであったが、それ以上に見つかったという恐怖で冷や汗が流れる。
『マズイ……マズイマズイマズイマズイ!!』
その時点で取り繕おうとか考える事も出来ず、カルロスは自由に動かない足であるのに可能な限り急ぎこの場を離れようと慌てる。
その行動自体がアウトであるなど、今まで戦場どころかケンカすらもした事が無かったカルロスには想像も付かず。
「あ! 待ちやがれ!! さてはアレが!!」
「みんなああああ!! 集まれええええええ!! いやがったぞ逆賊カルロスの野郎がアアアアアア!!」
「ひ、ひいいい!!」
たった二人の叫び声だと言うのに、その瞬間あらゆる場所からあらゆる人々が集まり始める。
軍人でも無いはずの者が多数であるのに殺気だった者たちは暴徒と化す事は無く、怒りを称えてはいるものの冷静に、確実にカルロスを取り囲んでいく。
『くそ……何故我がこんな目に……庭園まではもうすぐだと言うのに……』
「観念しろクソカス王! この国の為に断罪を受け入れろ!!」
「せめてマルロス様に詫びろ! 地べたに這いつくばって!! この国のお前の価値はもうそれしかねぇ!!」
口々に罵倒の言葉を浴びせ続けるカルロスが思うのは絶望だった。
誰もが自分を罪の証としてしか価値を見出していない、王とは認めていない……まるで自分こそが、自分の存在そのものが過ちであると言わんばかりの民衆に絶望する。
『間違っていない……俺は間違っているワケが無い!!』
むき出しの、交じりっけない殺意を大勢から向けられ、カルロスはそう思い込もうと必死になっていた。
『誰もが自分を認めない……数日前から、いやもしかすれば自分が国王になる遥か前から』
そんな現実にようやく気が付き始め、怒りのままにカルロスに襲いかかろうとする民衆の前に……突然黒いマントを纏った一団が現れて襲いかかろうとする民衆を押さえつけた。
それはカルロスも良く知っている……以前は一番信用していた兵団の連中と師団長。
「お、おお! おぬし等は魔術師団!! 良くぞ、良くぞ我が窮地に駆け付けてくれた!! 貴様らこそ真の忠臣である」
異世界召喚に加担した魔術師団と師団長ドワルゴンの登場に、沈みかけていた瞳に再び光が宿る。
まだ自分を王として必要とする者がいるのだと……。
しかし、合わられた魔術師団はカルロスを守ろうと民衆の前に壁になりはしたものの、それ以上の行動は起こさなかった。
罵倒し殴り、石を投げつけられても攻撃魔法も防護結界も使用せず、ただ民衆を体で押さえつけて耐えるのみであった。
師団長ドワルゴンでさえも……。
「何をしておるドワルゴン! さっさと攻撃魔法であの暴徒共を薙ぎ払い駆逐するのだ!! いや、そもそもなぜ防護結界すら使わん!!」
魔術師団の魔術師たちが攻撃を受けているのに一切の魔法を行使しない……行動の意味が全く分からないカルロスにドワルゴンは額に当たった石で血を流しつつ、静かに笑った。
「カルロス殿……我らは魔法と共に生き、我らの罪は魔法と共にありました。魔導という世界の礎として多くの罪を犯してきた我らは……もう魔術を行使する資格はないのです」
「は……は? 何を言っておるのだ貴様ら……身の危険がある、王たるこの俺が危機に瀕している……今こそ魔術師団が魔法を行使する時では無いか!!」
ドワルゴンが魔法を否定する……それはカルロスにとって自分を王と呼ばなかったこと以上にショックであった。
狂気への否定、過去の自分への否定……魔導の深淵を知るためなら他人の命は元より自身の命、何なら国王や王国そのものですら実験体に出来る、それは自分の気に入っていた師団長にしてマッドサイエンティストであった彼がもう存在しない証明であった。
「早く……この場は我らにお任せを! 数分はかせいでみせますゆえ!!」
ドワルゴンだけではない、他の魔術師団の団員達も数か月に及ぶ『地獄の業火』を受けた事で己の罪と向き合う結果となり、それが自らの贖罪とばかりに殴られようと罵倒されようと魔法を行使しようとしない。
「……腑抜けおって……使えぬヤツ等め!!」
そう吐き捨ててカルロスは踵を返し、目的地の庭園へと入って行った。
最後まで感謝の言葉も謝罪の言葉も紡ぐことなく……。
「おさらばです……カルロス殿下……」
その身を切り裂かれようと殴られようと、地獄の業火を受けた罪人たちは心から罪を認めるまで消えぬ炎、認めて贖罪を求めるようになれば死を許してくれない炎のせいで死ぬ事が出来ない。
魔術師団たちは己の体がバラバラに引き裂かれ、民衆に踏み荒らされて尚戻ってしまう体に嘆きつつ……それでも民衆を押さえ続けた。
断罪する資格のある者に、その役目を受け渡す為に……。
*
「これは……転移魔法陣……か?」
東区の庭園に足を踏み入れたカルロスは、その時自分の侵入に呼応するように芝生に現れた魔法陣に驚くが、すぐにそれが古代魔法で紡がれた転移魔法陣である事に気が付いた。
特定の人物に対してのみ反応する魔法陣……それが王族である事、弟であるマルロスが自分自身の為に用意した逃走経路である事を思い、カルロスは生れて初めて自分の弟を心の中で褒めたのだった。
「あのような劣等種の女に狂った愚弟でも我の役に立つ日が来るとはな……」
そう呟き、何の躊躇いも無くカルロスは魔法陣へと飛び込んだ。
ここにいても待ち受けるのは王国の滅亡と自分自身の断罪……カルロスにとって最早シャンガリアは敵地以外の何物でも無かったのだから。
「覚えておれ……今まで我が王として君臨してやっていたものを、恩を仇で返しおって……いつか我が再び返り咲いた日には、全ての者たちに極刑をくれてやる……」
誰もが最早実現不可能である
「逃げおおせた……のか? しかし、ここは一体どこなのだ? 森か?」
周辺に目立つような建物どころか人が手を加えた様子もなく……ただただ目の前には光を遮るくらいに木々があるのみ。
知識にあった王族の逃走経路はあくまで国内から隣国への脱出を想定されていたハズなのに、ここは経路どころか道すら碌に存在しない。
背後を見ると、通って来たはずの魔法陣はすっかり消えている……どうやら一方通行の仕様らしく、最早戻る事さえ出来ない。
「……まあ良いわ。今シャンガリアに戻るのは自殺行為でしかないからな」
カルロスは取り合えずこの場から離れようと足を引きずりつつ歩み始めた。
この時彼は生命の危機から脱したと安堵していた事で少々楽観的でもあった……自分はもう無事であると。
何時かまた自分が王として配下に命令を飛ばし、都合の良い事を聞き入れ、耳障りな連中を排除し、自分の目に届く範囲のみを快適に過ごせればそれで治世が成り立つと思い込んで居られた時に戻れるのだと。
…………見知らぬ森に転移してからおよそ一週間が経過する頃までは。
・
・
・
「お……おかしい……いくら何でもこの森は……。歩いても歩いてもいつまでも抜けられん…………ウグ!?」
疲労困憊、空腹に激しい頭痛に嘔気……元々逃走の為にみすぼらしい格好をしていたのだが、この一週間でその様相は更に“らしく”変貌を遂げていた。
カルロスとて最低限度の軍事教育は受けていて、当然今まで手にする事も無かったが軍事中の食糧調達、森の中で手に入る食料の知識も浅いながら持っていた。
しかし……そんな知識を利用しようにも肝心の食糧、木の実や食べられる草木、小動物の類も見当たらず、目に付くのは一見食えそうに見えるキノコなど。
キノコ類などは知識がない者は不用意に口にしてはいけない……そんな知識程度はカルロスとて持っていたのだが、空腹に耐えかねてそれらを口にして激しい腹痛や頭痛と共に嘔吐を繰り返す。
更に人気に寄って来る魔獣や魔物の気配に怯えまともに休息をとる事も出来ない状態。
戦場、サバイバルどころか碌に城を出た経験すら無いカルロスに知識を活用する事など出来はしないが、それなのに何故なのか草木に溜まった水や池などで水分の確保だけは叶うという……状況であった。
生物にとって最重要なのは塩分と水分。水分が不足すれば急速に死に至るモノなのだが、それだけは許されないとばかりに……まるで森自体がカルロスと言う人間を嫌い、いたぶる事を目的にしているかのように生かさず殺さずで彷徨う羽目に陥っていた。
「はあ……はあ……幾ら何でも……おかしいであろう? あの転移魔法陣を作ったのはマルロスでは無いのか? このような広大な森……シャンガリアにあっただろうか?」
空腹に腹痛、頭痛に眩暈、その上不自由な足で彷徨い昼夜問わずに魔獣の声が聞える……いっその事一思いにかかって来れば楽になれるのに……あれ程自分の命、自分の事にしか興味の無かったカルロスなのに、とうとうそんな事すら考え出す程精神が極限状態に摩耗していた。
しかし……そんな極限状態にカルロスを追い詰めていた森は、更に数日後唐突に終わりを告げる事になる。
朦朧とする意識の中、カルロスは明らかに自然や動物の仕業ではない人工物を見つけたのだ。
「道……これは道だ! やったぞ……そうなればここからどこか人里に繋がっているだろう! 良かった……コレで我は…………」
助かる……そう思い足早にその道へと飛び出したカルロスは……ようやくここがどこだったのか理解した。
鬱蒼と生い茂る木々の中に現れた巨大な大木を中心に出来た国。
少し考えれば分かるはずなのに……自分が愚弟と称していた者が国を亡ぼす程愛した王女がどこの国の何の種族であったのか。
その弟が最初に逃亡を考えるのなら、一体どこであったのか?
あれ程劣等種の野蛮な国として興味を持たなかったカルロスでも、さすがにその大木を城として、そして国の名前としている事くらいは知っていた。
アスラル大樹城……2年以上前に自分が攻め滅ぼしたはずのエルフの王国がそこに広がっていた。
「……では……ここは亡国アスラル? では我が今までいた森は…………」
「エルフたちが敬愛し、育み、共に生きて来たアスラルの森……そして、エルフの誰もが心の底から憎む者を憎悪する神聖なる精霊の住処」
「!? き、貴様は!?」
「……随分と遅かったですね、兄上。いや……父を暗殺し、王国を腐らせ財政を食いつぶし消滅の危機へ陥れた逆賊、元シャンガリア国王カルロス」
そしてそんな亡国を前にカルロスが目にした人物は……2年前に自分が暗殺を命じ、殺したはずだった人物。
生死の境を彷徨い、地龍神によって救われた事で右目は黄金色に変わり、所々竜のウロコが見え隠れするものの……先日は『機神』の力を用いてシャンガリアを滅ぼそうとした不倶戴天の敵にして実の弟であった。
「マルロスウウウウウウ! 貴様あああああ!!」
「久しぶり……いや久しいとも思えないな。懐かしくも嬉しくも無い……こんなのが実の兄であったなどと思うと」
所々人とは異なる異形の姿ではあるが、弟マルロスはカルロスに比べて落ち着いた口調で返す。
その瞳は氷の如き冷たさで……肉親に対して放つ類のモノでは無かったが……。
明らかに自分を見下すその態度が気に喰わなかったのか、カルロスは付きかけていた気力を怒りで燃やして吠え掛かる。
「それはこっちのセリフである!! 劣等種のメスに狂った恥知らずが!!」
「……言葉に気を付けろよ……自分が今どこにいて、どんな状況であるのかを判断する程度の頭はあるだろう?」
「……く!?」
暴言の直後、カルロスの喉元に付きつけられていたのは竜の爪……凍えるような冷たい瞳でマルロスは“己の右手”を付きつけていた。
そしてカルロスは冷や汗を流しつつ、ようやく周辺を見渡し……マルロスの周辺に大勢の仲間がいる事をようやく認識する。
車椅子に座り、両足共に元に戻りつつあるエルフの王女アンジェリアと、その隣で剣を手にしたまま睨みつける今代アスラル国王ブロッケンを筆頭にしたドワーフ、オーガ、獣人たちを中心にした連合軍が既に自分を取り囲んでいるのだ。
しかし、それだけならまだ良かった。
カルロスにとって最も問題だったのは、その連合軍の中に人間が……シャンガリアに反旗を翻した反乱軍“ではない”人間が含まれている事であった。
着込んだ鎧や手にした剣や槍は一様にシャンガリアの紋章があり、それは自分がアスラル攻略の為に持たせた……2年前からアスラル王国に駐留しているシャンガリア兵の武装だったはず……つまり。
「き……貴様ら……まさか貴様らまで裏切ったと言うのか!? シャンガリアを! この国王カルロスを!?」
アスラルの駐留軍すら自分を裏切った、自分を取り囲む敵として姿を現した事にカルロスは思わず声を上げる。
だが……そう言われて元シャンガリア王国駐留軍の兵士たちは、すっかり“痩せこけた”顔に落胆の表情を浮かべ、中には泣き出す者まで出始めた。
その反応が余りにも予想外だったカルロスは言葉を失った。
「な……なんだ貴様ら……」
「哀れな…………貴様は何故彼らが落胆しているのか分からんようだな」
「な、なに?」
「貴様は彼らの姿を見て何も思わんのか? 彼らの人数を見ても何も感じないのか? 貴様の愚劣極まる命をこれまで守り通し、生き残りが50名を切ってまで駐留し続けた者たちの苦しみが……」
怒り、そして情けなさに震えつつマルロスがそう口にした瞬間、数名のシャンガリア兵たちはいよいよ耐え切れないとばかりに泣き崩れる。
そんな様は奇襲をかけられ殺し合い、憎悪極まる相手であったはずのエルフたちですら哀れに思い見ていられなくなった。
「彼らの嘆きはただ一つ……命令を出し命を懸けて戦った彼らの事を貴様が、母国の国王が何一つ知りもしなかった事だ! 2年以上前から意図的に精霊から拒まれ続けるアスラルの地で駐留し、とうとう頼みの綱であった物資すら届かなくなったと言うのに、それでも必死に命令を遂行しようと、戦線を維持しようとしていた彼らによくもそんな事を言えたものだな!!」
「…………は?」
「貴様がたかだか一週間程度体験した地獄を2年以上耐え忍んで来た彼らに、何故“良く生きていた”と言ってやれない! シャンガリアの誇りと称えてやらない!! 裏切り者だと? どの口がほざくか!!」
カルロスは言われた言葉に意味が全く分からなかった。
分からない、いや興味が無い……だから“知らない”。
常に守られ、無駄に豪華な城に籠り、好き勝手な命令を出すのみであったカルロスは前線の兵たちがいかに過酷な地獄を過ごしていたかなど、どうでも良かった。
飢えに苦しみ、魔獣に襲われ次々と仲間たちが倒れ死んで行く……それでも自分たちの仕事であると生き残っていた兵たちの僅かな矜持は今ここで砕かれたのだ。
他ならぬ自分たちのトップだった男によって……。
「数日前、反乱軍と共に我らもこの地の奪還に赴いたが……駐留軍は最早戦えるだけの体力も気力も無かった。それでも戦おうとしていた彼らもシャンガリア崩壊の知らせを第二王子から告げられてしまえば気力を保つ事など出来ん……彼らが降伏したのはその時だ」
「な……に?」
敵からの偽情報という可能性も考えられる事だが、疲弊しきった駐留軍にはその辺を判断する気力すら無かった。
現に現在、反乱軍が到達する遥か前から本国からの支援物資はストップしていたのだから……。
そしてカルロスはようやく、彷徨い苦しんだ一週間よりも遥かに長い期間を過ごしていた唯一の配下だった者たちを自ら切り捨ててしまった事実に気が付く。
だが今更気が付いた所で発した言葉は戻らない……気力を無くした駐留軍たちは一様にシャンガリアの紋章が付いた武器や防具をその場で放り捨て始める。
そんな様を前に動揺し視線を彷徨わせるカルロスは両脇から拘束される……それは駐留軍の隊長と副隊長のだった者だが、彼らの目に最早“敬意”などは欠片も存在しなかった。
「な、何をする貴様ら!? シャンガリアの軍人が国王たる我に触れるなど……」
「もう…………黙っていてくれないか……」
絞り出された声に怒りは無く……ただただ情けなさとやるせなさだけがあった。
そして黒いベルト状の物を手に近寄るマルロスに、押さえつけられたカルロスはギョッとする
「な……そ、それは!?」
「見覚えはあるだろう? これは自国の戦力低下を安直に異世界に求めた愚王が強大な力を持つ三魔女の長女を強制的に従わせようとし、激怒させた一品『隷属の首輪』。主と定められた者になら喩え“死ね”という命令でも実行してしまう、かの呪術王が作り上げたおぞましき呪具」
今そんな物を目の前に出され、何をされるのか……カルロスは表情を青くし悲鳴を上げ暴れるが、両脇を押さえる者たちはそれを許さない。
「や、止めろ……止めるのだ! 貴様実の兄である我に……」
「……実の父を殺し、実の弟を殺そうとし……挙句その弟の最も大事な女に壮絶な絶望を与えた外道が……血筋を、家族を語るな! 貴様には“死に逃げる事すら許されない!!」
破滅の三魔女から伝えられた最後通告をマルロスにより、元国王カルロスの
新たな醒める事のない悪夢の始まりによって……。
抵抗虚しく『隷属の首輪』を付けられたカルロスは命令を順守する首輪に三つの指示を与えられた上で……放逐された。
命令を違えれば激痛を持って意識を奪う『隷属の首輪』に込められた3指令は『他者を害せない』『アスラル国内から出られない』『自害できない』というもの。
処刑でも拷問でも無く放逐……この処遇を甘いとみる者もいないでは無かった。
事実その刑罰についてはカルロス本人すらマルロスの事を“結局は身内を殺す事の出来ない甘いヤツ”とほくそ笑み、『いつか必ず自分を生かした事を後悔させてやる』などと思えるほどだった。
しかし時が経つにつれ……カルロスは思い知る事になる。
*
新生アスラル共和国。
それは数年前に起こった隣国シャンガリアの歴史上最大の愚行である『アスラル侵攻』から始まる悲劇を経て、疲弊したシャンガリアがアスラルの『属国』として吸収される形で生まれた人間と亜人が共に住む国の名。
先の戦争による蟠りがある事は確かだが、シャンガリアの人々もアスラルの人々もこれ以上の争いはゴメンであり……そして何といっても『破滅の三魔女』や『世界を滅ぼす八体の邪神』呼び込む事になりかねない事態を避けようと必死であった。
それに互いに殺し合いをした両国だから突然の共生は難しいが、自分達のせいで引き裂かれた王子と王女にまた同じ想いをさせる事は憚られる。
距離は保ちつつ、互いの存在は認めあう……愚王カルロスの悲劇は二度と起こさないと心に決めた人間たちはその事をスローガンに国の再建に尽力して行くのだった。
*
そして月日が経つにつれて……徐々にだが人と亜人たちの交流が増え始めて行くのを、カルロスはただ見ていた。
アスラルから出られないのだから、接触の機会があるのは亜人ばかり……当然だが当初、先の戦争の首魁であるカルロスは“一部の”エルフたちに憎悪の対象として暴行を加えられ、投石を持って追い払われ迫害を受ける事になった。
しかしそんな迫害、憎悪の発露という接触すら徐々にされなくなっていき……気が付けばエルフたちはカルロスの事を気にもかけなくなって行った。
当初はそんなエルフたちの行動にこれ幸いとも思ったのだが……元々王宮で過ごしていたカルロスは寝食も何もかも人の手が入っていた。
命令を下すのみで何もかも済んでいたカルロスにとって一人で狩猟し、一人で食事を作り一人で食い、一人で寝起きするという生活は……徐々にその心を蝕んでいった。
初めてたった一人生きる中で、そのやり方を教えてくれる人も共に食事をする者もいない、喜怒哀楽を見せてくれる他人が一人もいない…………『寂しい』……と。
本当に一人でいる孤独ではない……誰も相手にしてくれないという孤独。
かつて自分が存在を否定した亜人、エルフたちですら憎悪の対象としてでも相手をしてくれない。
最早人がエルフよりも上と言う矜持すら無くなり『話がしたい』と思い立っても『他者を害せない』呪いはカルロスが声を掛けようとするだけで激痛を持って意識を奪う。
当然だ、迫害せずともエルフたちは大切な人を、国を理不尽に奪ったカルロスを許す事は無い……嫌いな者が近寄る事を害と思わないワケがないのだから。
そして『アスラルから出られない』カルロスは徐々に人とエルフが共生していく、自分が強固に否定して来た事を“羨ましく”思いながら見ている事しか出来ない。
輪に入る事すら敵わず孤独に耐え切れず、死にたくなっても……最後の『自害できない』呪いがその逃げ道すらも封じる。
自分が、自分こそが最初から何もかも間違っていた……。
その事をようやく自覚した時……カルロスは更に絶望するしか無かった。
彼の心からの謝罪の言葉……それを聞いてくれる者すら誰一人いなかったのだから。
『死に逃げる事は許さない……』
最後に弟から聞いた言葉は剣よりも鋭く重い憎悪の刃であった事を、永遠に許さないという意味であった事を……カルロスは白髪の老人になって尚死ぬ事も出来ず思い知るのだった。
たった一人……孤独に……。
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