第百六十五話 問題児のお友達

 『地龍神の魔石』という動力源、そして同じ憎悪と同族嫌悪という融合魔法を使えた唯一の感情を失った今、『機神』は最早二度と起動する事はない。

 一度は死の淵に至り、それでも頑なな心を地龍に気に入られ生きながらえて来たマルロス王子は実に2年半ぶりに『地龍神の魔石』から解放され、まともに歩けない自身の足に戸惑いつつ『機神』から降り立った。

 如何に歩みが遅くても頼りなくても、それでもマルロスは立ち止まる事は無い。

 何故ならそこに、『機神』から降り立った目の前に自分が望んで、焦がれて、求めてやまかった最愛の存在が待っていたのだから。


「アン……ジェリア……」

「マルロス…………マルロス!!」


 二人とも再会した時、自分の目の前にいるのに信じられない事のような表情になり……しかし互いに名前を呼び合った瞬間、抱き合い泣きじゃくる。

 どちらも小夢魔の映像に比べボロボロに傷つき、痛々しい姿であったが……死別した事に絶望し、一度は死に場所すら追い求め、奪った者たちに裁きを下そうとする程愛し合っていた二人の奇跡の再会……その姿を尊いと思えない者はそうはいない。

 いたとすれば……それはよほど心根が薄汚れていることだろう。


「ばかああああああ!! 何でいなくなるのよおおおおおお……貴方が生きていてくれたなら私だって……」

「ごめん……ごめんよ……。俺もアンジーが死んだって思ってて……」


 色々な感情をぶつけ合う二人の姿を侍女長ナナリーは黙って見つめていた。

 憎悪に身を委ね、最強の戦士にまでなった彼女には到底浮かべる事の無かった、実に穏やかな表情で……。


 しかし感動の場面、出来る事なら気が済むまで放ってやりたいところではあったのだが、無粋な気はしても神楽は意を決して水を差した。


「二人とも、感動のシーンの最中に悪いけど……あんまり時間は無いよ? ここはあくまでも敵地だ……一旦場所を変えましょう!!」

「え……? え~っと……貴女は?」

「…………あんだけ派手にやり合ったってのに私に覚えは無いのか。ま、姿形も違うから仕方ないっちゃー仕方ないけど」


 あからさまに“初めまして”顔をするマルロスに苦笑する神楽だったが、言葉のワリ気にした様子もなく足元の子狐に視線を落とす。


「コノハちゃん、みんなを乗せて飛ぶのは問題ない?」

『飛ぶだけなら大丈夫なのです。速くとかは無理ですけど……』


 そう言いつつ子狐はその体を瞬時に巨大な金色の獣へと変貌させて行く……。

 そして、その姿を目にしたマルロスはさっきまで自分たちが戦っていた何者かとの共通点を金色の獣に見出し……驚愕した。


「あ……貴女はまさか……あの邪神を召喚していた……」

「……そんなビビんないでよ、二度とあんなもん呼び込むつもりは無いからさ。ただ一つだけ、貴方たちにお願いがあるけど……『都市伝説やつら』に助力を頼んだ代償ってヤツを」


『都市伝説』から言い渡された代償……その事をシャンガリア第二王子マルロスと、アスラル王女アンジェリアというある意味人間と亜人種の代表格へ神楽が伝えている時……もう一人の異世界人『神威愛梨』は最早動かなくなった巨大な人影の前に立っていた。


 白い龍にも似た巨大ロボット『機神』は元は紅い鬼の如き『紅鬼神』の左上半身を失った胴体に片腕を突っ込んだまま動かなくなっていて……どちらも最後の攻防から動きを完全に止めていた。

 そんな二機を前に、神威は合掌する。

 役目を終えた戦士に哀悼の意を込める如く……。

 そんな彼女を背後からエルフの侍女長ナナリーが声を掛けた。


「……色々、面倒をおかけしました。小夢魔リトル・サキュバス…………いや神威愛梨」

「…………な~んか途中から妙だとは思っていましたけど、やっぱり貴女の記憶の方は改竄前に戻されていたのですね?」

「はい……地龍神の意志によって」


 バトルの最中で神威の名を読んだこともそうだが、バトリングで散々ソロ機体で戦っていたからこそ編み出した『無限戦斧』なんて技を使っていた事で彼女は薄々その事に気が付いていた。


「断片的にですが……私が姫様アンジーを失ってから彷徨った絶望と苦渋に満ちた2年間……そしてその絶望を復讐の炎に変えてくれた危険な異世界人の事は覚えて……いえ思い出しました……地龍神も必要だと判断したのでしょう」

「あらら……それは色々問題がありそうね。こっちの世界に影響が出ないように私の親友も、その彼氏も頑張ってくれたのに……」


 場合によってはもう一度なにがしかの記憶改竄が必要かも……とか神威も思わなくは無かったのだが、そんな心情を悟ってかナナリーは静かに笑って見せた。


「ご心配なく、貴女に、そして貴女のご友人たちにも言われた通り……私は戦士にはなれません。王女が、妹がいる限り……私はしがない侍女長ですから」

「……そっか」


 それは彼女が今後二度と戦士になるつもりは無い……侍女長としてアンジェリアに仕え生きて行くという決意表明。

 だから……戦士ではない自分に戦闘のロボットは要らない……公言するつもりは無いという約束の言葉でもあった。


「……地龍神は私の戦闘経験や知識が必要だから記憶を戻したのだとか言っていましたが、本当はそうではないのではと……」

「ん? どうして?」

「短い期間ではありましたが……私の狂気を、復讐の念を親身に実現してくれた客人……そして大切な友人に対してお見送りの一つもせぬなど……侍女長の名折れですから」

「…………気を使いすぎですよ。地龍神も、そしてナナリーさん……貴女も」


 こちらの世界に召喚されてからの神威愛梨という人物を覚えている者はもういない。

 今後恐怖の存在として語られる事になっても『大洞穴』でやらかしたお調子者の存在を覚えている者はいなかった。

 一人くらい、覚えている友達がいても良いだろう……そんな心意気に神威は珍しく赤くなって照れた。


 そして神威は手にしていた二つのスイッチの一つをナナリーへ渡す。


「これは?」

「貴女に任せるべき最後の仕事……」


 そう言って神威は再び機能停止した『機神』と『紅鬼神』へと向き直る。

 自分は『紅鬼神』の自爆スイッチを手にして……。


「ロボットのロマンの一つでもあり、そして軍事的には結構重要な事でもあるけど機密保持ってヤツよ。『紅鬼神』は私が手掛けた機体だから当然組み込んでいたけど、貴女が手掛けた『機神』にもしっかり設置されていたみたいね……しっかりとパイロットが脱出した後に作動するように」


 そう言われてナナリーは苦笑してしまう。

 自分はそんなモノを組み込んだ覚えはないから、組み込んだとしたらドワーフの親方連中だろう。

 しっかり乗組員を犠牲にしないように遠隔操作で出来るように……特攻して散る事しか考えていなかった自分たちの事を『機体を捨ててでも生き残る』という道を残していたのだという事に……涙がこぼれ落ちる。


「…………ったく、みんなして余計な事を」

「戦士だろうが侍女長だろうが、ナナリーさんには黄泉路を邪魔する友人が沢山いるという事ですね~。残念な事に」

「本当です……ね」


 溜息を一つ吐いて神威とナナリーは頷き合い……同時に起爆スイッチを押した。

 その瞬間に『機神』と『紅鬼神』の内部から激しい光がそれぞれの機体を覆い、徐々に石化するかの如く色味を失い……やがて砂となって虚空へと散っていく。

 それは魔道具が力を失った時と同様の散り様であり……その光景にナナリーは思わず敬礼していた。


「さよなら我が友『機神』…………そして『敗者の亡霊ルーザー・ファントム』もう一人の私……」


                 *


 その光景をシャンガリア王国の国民は極限の疲労感の中、ただ黙って見ていた。

 都市全土に『映像』はまだ生中継されていて、その時点で意図的に音声を切られてはいたのだが、それでも目撃した者たちにはそれが何を意味するのか……察せられない者はいなかった。


 二国間の戦争の為に満身創痍、五体満足ではいられなかった王子にんげん王女エルフが、数々の苦難を経てようやく再会できたシーン。

 すべてが終わり、仕事を全うした二体の巨人が灰塵となって散っていく儚くも美しく、神々しくもあるシーン。


 美しくもあり感動的でもあると言うのに……その映像を目撃したシャンガリア国民にとってその映像を単純な感動映像としてとらえる者は誰一人いなかった。

 本当であれば二人とも五体満足に、大好きな家族に囲まれて祝福の中手を取り合えたはずのあの二人を、あの姿にしたのは一体誰なのか……。

 疑問も抱かず被害者面をして、あんなに会いたがっていた二人を引き裂いていたのは何者なのか……。

 この日、シャンガリアの国民は知ってしまった……知らされてしまった。

 この国がいかに罪深く、そして途方もなく恨まれているという“現実”を……そして。



「貴様ら、何を腑抜けておるか! 今がチャンスである!! 即刻逆賊マルロスと隣国の劣等種を捕らえるのだ!!」



 魔法障壁に生命力を奪われ国民同様動く事もままならない兵士たちに“元気”に“空気も読まず”命令を飛ばす自分達の王であるはずの『ナニか』を……。

 貴族も兵士も平民も……動きの取れない者は誰もが思い始めていた。

 いや本当はもっと前から、『小夢魔』が垂れ流していた映像を見た時から思っていたのだ。 


『何故アイツは動けるの?』


 動けなくなった大勢の人々は知っていた……自分たちの命を対価に『魔力障壁』を使った後、動き回っていたごくごく少数の連中の顔と名前を……。

 当然その中には現国王であるカルロスの顔もあった。

 その事実を当然として受け止めていた連中は気が付けない、その少数の誰もが“自分が特別なのは当然”と考えていたから……。

 現国王カルロスを見つめる全ての瞳から、『畏怖』という色が抜け落ちている事に。



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