第百六十四話 邪神は真の勇者の名を知らない

「なるほど……勇者が魔王を倒してハッピーエンドかと思った矢先に現れる本当のラスボス。使い古された設定ではあるけど勇者が本当に倒すべきだったのは貴女だったということですか……アイシア様にイーリス様!!」


 俺は自分たちの味方であると信じていた女神たちがまさかのラスボスという悲劇的な状況に悲しみに打ち震え……しかし勇者としての使命を果たさんと決意を込めた目で現れた神々を睨みつける。

 そんな俺に対して女神様たちは“これぞお手本”とばかりの苦笑を漏らした。


「あの、我々が罪深いのは重々承知ですし、何なら刃を向けられる覚悟も辞さないつもりですが……せめて『真の黒幕』とか『世界を終わらせる真の邪神』とか、そのくらいの名目でお願いします」

「さすがにエッチ邪魔した腹いせ~では『夢葬』の名に傷が付くっすよ?」

「俺にとっちゃ世界平和以上に重要な事なんじゃい! 目覚めたベッドに浴衣がはだけた嫁さんやで!? 折角○○漫画展開にイケる思うたのにお預けは酷でござろう!? もう辛抱たまらんばってんごわすでガンスに!?」

「落ち着けこのサル……」


ゴキ!!


「ブゲ!?」


 俺が最早どこの言葉を話しているのかも分からず撒くして立てていると、背後からの重い一撃が脳天を直撃した。

 思わず目から星が飛び出たかと思い背後に目をやると、そこにいたのはライダースーツで黒のヘルメットを手にしたスズ姉……。

 どうも今のはヘルメットでの一撃のようだが、スズ姉は完全に呆れた顔をしている。


「神様に対して興奮しながら何て事言ってんだか……時間だって言ってんでしょうが」


 スズ姉の苦言に女神様二人も同時に頷く。

 いやまあ……俺だって本当のところは分かってはいるけどさ~~。


「お二人とも制限時間は残り僅かですから説明ぐらいはせねばと……それに」

「それに?」

「やはり学生の内から始めて、タガが外れるのは……女神としては倫理的に……」

「な!? 何ですって今更そんな事を!?」


 そこを否定されるとは思わず俺は声を上げてしまった。

 色々な事があった『異世界あっち』で数々の助言や手助けを世界が崩壊しないように気遣いながらしていてくれた女神アイシア様だったが、俺とアマネの事に付いて口出す事は一度も無かったと言うのに……。

 しかし俺が一言モノ申そうかとした瞬間、アイシア様は笑顔で言う。


「ご自分が『異世界あっち』でアマネさんとやらかした数々を思い返して下さい。一度でもタガが外れた貴方たちはどうなりました? さすがに高校生の内からは……」

「男側だけなら少しは抑制効きそうなのに、むしろ女側も押しに弱いっすからね~」

「しかも窓越しの逢瀬が可能なお隣同士…………溺れまくるでしょうね」


 三者三様だが確実な指摘に思わずアマネを見ると、胸元を握りしめたままそっぽを向く。

 しっかりと耳まで真っ赤っかになり……。

 否定は無い…………く、イケるのに……今なら確実にイケるのに!!

 俺が悔しがっているとスズ姉がヘルメットを俺へと放り投げて、丁度脳天にカポンと収まる……器用な事を。


「ま、少しは高校生いまの自分を信じなよ。自分の溢れんばかりの天音ちゃんへの愛情と性欲を。間違いなく長くは持たないでしょ? 色々……」

「それなら……結果は同じ事なんじゃ?」

「制限時間滑り込みとかロマンチックじゃねーだろって言ってんの! 姉ちゃんの気遣いを察しろ、この愚弟は!!」


ボフン…… 


 ハマったヘルメット(フルフェイス)をスズ姉が叩いて俺の頭にヘルメットがスッポリはまり込んだ……逆向きに。

                 ・

                 ・

                 ・


「まずはご報告させていただきます。皆様のご助力のお陰であの世界に強制召喚されていた日本人は全員帰還する事が出来ました……本当にありがとうございます」

「もう取りこぼしは無いと思うっス。二度とお二人に『夢渡り』で行ってもらう事態はないはずっス……お手間を数々お掛けして……誠に感謝してるっス」

「いや……もう良いので、神の土下座はほんと勘弁してください……」


 深々と正座で頭を下げる二人の女神様……その所作は実に美しく何も問題ないように思えるが、ベッドに座る俺たちに向かってより低い位置、床に座ってと言うのは本当にやめて欲しい。

 魔力切れで体が機敏に動かないから土下座の阻止が間に合わんかったのが悔やまれる。

 しかし今イーリス様が口にした一言が気になった。


「ん? もうって?」

「あ~~~その、アタシらがシャンガリアの強制召喚判明から今まで召喚者の捜査をしてたんすが、どうも一番最初に召喚された日本人の男子が操作枠から外れてたんっすよ」

「当然、その方は我々が召喚に干渉する以前の召喚ですので一切の魔力供給などは行われず、あの過酷な世界に放りだされていたんですよ」

「……え? マジで??」


 俺は途端にその人物の事が心配になり思わずアマネと目配せしてしまう。

 アマネも俺と同じように心配そうな目になる……何故なら俺たちは二人ともその苦労を身を持って知っていたから……召喚特典も何もない異世界がどれ程過酷な環境か。


「その男子は魔力も無いし戦闘経験も無し。そして残念ながらお二人と違って戦士の素養も魔導の才能も皆無でして……より過酷な状況を生きていたのです。かれこれ一年近くも」

「武力皆無で一年……」

「運が良いと言いますか……良く生き残れましたね。あんな国に召喚されて……」


 日本人が単体で異世界にチートなしで降り立つ……俺達ですら戦いの術を手に出来たから生き残れたのに戦闘経験皆無の日本人のまま生き残ったなら、並の偉業じゃない。

 俺たちが感心していると女神様は静かに語りだした……その男が只のラッキーボーイでは無い事を。

 あの戦いの中で一番大事なカギを守り通していた『英雄の所業』を……。


「……マジで? じゃあその日本人の男子学生がチートも無しに王女アンジェリアを最後まで守り通したと?」

「はい……文字通りの命がけ。最後には全身切り裂かれ、焼けただれて両足も動かなくなっていました。帰還が間に合わなかったら命は無かったかもしれません」


 想像を絶する。

 俺もアマネも戦う術、強くなる方法、生き残るやり方を師匠スズねえから早々に教われた事で身に着け戦う事が出来た。

 もしも自分に力が無かったら? 敵を倒せる強さが無かったら? アマネを、この世で最も大切な女性を守り通す事が出来ただろうか?

 

「漢ね……」

「ああ本当にな……んだよ、あの世界でも俺達みたいなレンタル勇者じゃなく本物の『召喚勇者』がいたんじゃね~かよ」


 アマネの素直な賛辞に俺も頷いた。

 ハッキリ言って素直に尊敬する……そいつこそ真の勇者じゃないか。

 それが誰なのかは分からないけど“パートナーが第一、ついでに世界を救う”などと手前勝手な精神の俺達よりも何倍も勇者らしい。

 縁もゆかりも無いはずのエルフの王女、しかも報酬も恩恵も無いのに命がけで守り通す……そんな行動“自分が良ければいい”“今が良ければそれでいい”“女なんて幾らでもいるアクセサリーみたいなもの”など自己愛全開な輩には絶対に不可能な事だ。

 漢であると、勇者であると言うしかないじゃないか。


「イーリス様、是非とも伝承にはそいつを登場させて下さいよ? 飛び切りカッコイイ勇者として、本当の英雄としてさ」

「……アタシが言わんでも関わった連中全てが放っておくわきゃ無いッスけどね」


 関わった連中……本人は当然として王子に侍女長、それにスコルポノックのお兄様……まあ確かに無視する事は無いな。

 何故かしきりに『真の勇者』を褒める俺たちにスズ姉がびみょ~な顔になっているが……はて?


「それはそうと……本当に宜しいんっスか? この度一連の事件で功労者である貴方がたを呼び出された邪神として扱うなど……」

「ん?」


 そうこうしているとイーリス様が何やら心配そうな顔つきで切り出した。

 それは俺たちの間で決められていた事……具体的に決定したのは王女探索の際にどうしても都市伝説『メリーさん』の助力が必要になった時に決めた事だった。


 シャンガリア王国が戦力増強で召喚してしまった異界の脅威『破滅の三魔女』。

 不当に召喚した王国に激怒した3人の魔女は城を焼き、魔の森の防壁を崩し、遂には正義の心のよりどころまで破壊し、シャンガリアをジワジワと嬲るように侵略し……遂には異界の邪神『8体の邪神』を呼び覚まし……だれよりも王国を憎悪する二人『第二王子マルロス』『侍女長ナナリー』を利用しシャンガリアの壊滅を企んだ。

 しかしその時、生きていたアンジェリアが暴走する『機神』の前に現れて正気を取り戻した二人は邪神たちの一体『紅鬼神』を辛うじて打倒した……。

 憎悪の感情を失った瞬間残りの邪神たちは一斉に興味を失い元の世界へと還っていく。


 即興で作った流れだが『都市伝説』たちの恐怖も残せる後付けだと作戦の概要を決めた。  

 ちなみにこの場にいない神楽さん、コノハちゃん、神威さんも同意の上で、だ。

 俺たちだけで女神様たちの意見を聞いてはいなかったが、どうもイーリス様は自分の担当世界で俺たちが悪者の立ち位置になろうとしているのが気に入らないらしい。


「本当は功労者である皆さんを神託とは言え悪者として伝えるのは……」


 渋い顔して俯くイーリス様の隣でアイシア様は納得してはいない様子だが特に言葉を挟む事はしない。

 必要であるなら見意聞えの良い神託も伝承も必要である事を良く知っている先輩は……この辺はキャリアって事なのかな?

 俺は本当にどうでも良いと言う本音を前面に出して笑ってやる。


「別にど~でも良いよ。何言われたって別世界の出来事、他人事なんだから……俺とアマネの生活に介入してこない限り……なあ?」

「元々私たちの目的は連れ去られたお友達の救出だもの。あの世界に為に動いたつもりは一つも無いし……ね」

「ま、せいぜいそこに『真の勇者』の話を念入りに入れ込んで下さいよ」


 俺の正確に意をくんでアマネもニッと笑う。

 元より俺たちの目的は神崎天音の親友二人の帰還、そのついでに同類ダチにお節介焼いたに過ぎない。

 仮に必要だったら王国壊滅すら辞さなかっただろうから、向こうからしたら『都市伝説』の連中と何も変わりが無い。

 あっけらかんと二人そろって笑われてはイーリス様もそれ以上何も言えなかったようで、諦めの溜息を漏らし「分かったっス……」とつぶやく。

 先輩同様、この人も性格のせいで今後も苦労しそうだな……。

 

「そんな事より、あの後はどうなったんです? 『地龍神の魔石』をブン投げた瞬間に覚醒しちゃったからその後の事は全く分からないんだけど……」


 自分たちが悪役認定という事を“そんな事”と言われてしまい女神様は2人とも何とも言えない顔になったが、気を取り直してアイシア様が話し始める。


「ご心配なく、貴方の目論見通り『地龍神の魔石』は『大洞穴』にほど近い岩山に突き刺さりましたよ。質量とスピードを考えるとあり得ないほど被害も無く……」

「それは重畳……地龍神様もその辺は気を使ってくれたか」


 実害を考えて一応『大洞穴』のある岩山地帯の生物反応の無い場所を限定したのだが、その辺は余計なお世話だったみたいだな。

 だとしたら、そう遠くない未来にドワーフたちがその岩山を中心に社でも建てるだろう。

 地龍神は土と共に生きる連中にとって最高神だからな。

 

「こっちの世界との時間差は以前よりは少ないですが、お二人のご帰還後から既に丸一日の時間は経過していて、ご友人のお二人も既にご帰還済みでいらっしゃいます。若干……末っ子の方がごねてらっしゃいましたけど……」

「本当は穏便に帰還したかったんだがね……最後は『私の魔動軍の夢はまだ終わっていない』とか叫び出したから、ほぼ強制的に……」

「……うちの妹が失礼しました」


 アマネが女神様とスズ姉に深々とお辞儀をする。

 予想通りにごねたか……小夢魔リトルサキュバス


「そして一番のご懸念でしょう王女アンジェリア、第二王子マルロス、侍女長ナナリーは無事に再会する事が出来ました……。現在は合流した反乱軍の下に身を寄せていますね」

「お、無事再会したか……それは何より」

「現在は反乱軍シャンガリア南部方面部隊に身を寄せてるっス。どうやらあの戦闘の最中様子を伺っていたらしいんスよね」


 反乱軍という事は今は元『不死病の森』があった大森林付近に潜伏中って事か。

 ならギルドあにきとも再会出来たんだろうかな?

 生き別れた恋人、姉貴分、そして実の兄貴……いや本人たちは死別したと思っていたハズなのだから再会の喜びは想像しようもない。

 俺もアマネも、そんな感動のシーンを思い浮かべて少しホッコリした気分になるが、アイシア様は次の話に移る瞬間に微笑みを消し、目を細めた。


「そして貴方が残した『夢葬』ですが…………早くも始まっているようです。具体的には時間経過で体力が回復して動けるようになった人々から順に……」

「へえ……それは何より。夢は醒めるもんだからな……正義の夢も、強者の夢も、安全の夢もな……」

「その通りです。そして罪深き者たちはしばしの間は、最後の安らぎすらも許されません」


 俺がニヤリと笑って見せるとアイシア様もイーリス様も表情なく頷いた。

 気を使い過ぎの慈悲深い女神たちではあるが、それは決して甘いという事では無い。

 悪人を放置するような無責任な女神であるならそもそも俺たちのような危険人物を勇者なんかに認定しなかっただろう。

 罰を下す時はその者の罪をしっかりと見据えた上で責任を持って下す。

 そんな女神ひとであるから俺の『夢葬』について咎める事も無く、むしろ協力体制を築けてもいた。


「難癖付けての侵略戦争での虐殺、父殺しに弟殺し、国の腐敗、ネクロマンサーとの協調で生者どころか死者への冒涜、挙句は自分じゃ無く国民の命をチップにした博打で大負け……中々のもんだ」

「……弟の婚約者への暴行並びに監禁、更に誘拐未遂もあるわよ」


 ドンドンと増え続ける罪の内容に更にアマネの指摘で両手で足りなくなる。

 いや、代償含めればこの部屋にいる全員の手足を使っても足りはしない……そのくらいあの愚王は罪を重ねて来たのだ。


「死に逃げれるとは思わない事だな……元国王カルロスさんよ」



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