第百六十三話 今試される兄妹の絆!

「ぐ……くく……あったまいてぇ……」


 意識が戻った瞬間に感じるのは結構久しぶりな頭痛と言う名の苦痛。

 向こうでは憑依体だった事で肉体的な痛みを感じる事が無かったから、それを体感しているという事は『夢渡り』が解けて俺たちは本体に戻って来たという事になる。

 日本の、カムイ温泉ホテルの一室に。

 感じる頭痛は魔力切れの影響だろうな……空になるほど魔力を使い切った事で精神面の影響がこっちにも現れたんだろうな。

 そんな事を考えていると不意に気が付く右腕にかかる心地の良い重圧……そこに視線を向けるとそこには美味しそうなのがいた。


「く~~~、く~~~~~」


 それはまだお目覚めになっていない浴衣姿のアマネちゃん。

 ダブルベッドの上で一緒に、俺の右腕を枕にしがみ付いている彼女の寝顔は愛らしく……センス良くはだけた浴衣は見えそうで見えない絶妙なラインであり……。


『これは……プールでの再来か!!』


 まだ俺に『夢葬の勇者』としての記憶が残るこの状況……これは俺に勇者としての務めを果たせと言う神の啓示に違いない!

 おまけに今は公共の目は皆無のスウィートルーム……何が起ころうともダブルベッドベッド上の男女が咎められる法律は存在しない。

 唯一の懸念はさっきからドアの隙間から一人で盛り上がっている夢香いもうとの存在なのだが……俺が起きた事に気が付いても一切邪魔だてする気配はない。

 つまり妹は敵ではない……傍観者なのだ。

 ……なるほど、良いだろう妹よ、貴様は試そうと言うのだな? この兄がヘタレなのか否か……妹としてこの俺が勇者としての力量を持っているのかを……。

 ふふふ……ならばその熱い期待に応えてやろうではないか。

 妹の豊かな情操教育の為にも、ここは実戦を見せつける事も兄として避けては通れぬ役割なのかもしれん。

 俺は意を決して自由に動かせる左腕をアマネの浴衣へ伸ばして行く……。

 プールサイドではビキニであったから幾分防御力が低かった、今は手間が増えたという事は事実だが俺はその事を不幸とは欠片も思わない。

 着崩れて見えそうで見えない絶妙な胸元や肩……そこを自らの手で開拓するこの喜びが分からない戦士おとこはこの世には存在しないであろう!

 俺は眠り続けるアマネを決して起こさないようにゆっくりと、細心の注意を払いながら『神聖のゆかた』を開門だついさせて行く……。


『お、おおおおお!? お、お兄ちゃん…………行くか!? 行っちゃうのか!?』


 そして露になった美しすぎるアマネの肩に扉の向こうから夢香の熱烈な声援が聞えてくるが……俺は美しい肩よりも新たなる壁に戦慄する事になった。


『く……やはりか……やはり聖なる神山は強固な『光のブラ』で守られていたか』


 俺は片側だけはだけた浴衣から露になった神域が強固な『光の衣』で守られていた事に落胆する。

 おのれ『光の衣』よ……貴様はまたしても俺の行く末を邪魔しようと言うのか!?


「ん……ふうん…………く~~く~~~」

「…………」


 しかし一瞬諦めかける俺にアマネの艶めかしい声が叱咤激励ゆうわくする。

 諦めるなと……幼馴染であり嫁である彼女はいつも俺の背中を押してくれる……。

 ふ……俺ともあろう者が諦めるなどと、何をバカな事を……。

 不可能を可能にし一度は世界すら救った『夢葬の勇者』たる俺が、一つの壁に挑戦すらしないなど……あってはならない!

 俺は新たなる決意むらむらを胸に強固な装具へと挑む。

 片側のみはだけた浴衣の内側に……アマネの背中へと左腕を突っ込んで……。


『ふ……おおお! お兄ちゃん……それ以上踏み込もうと言うの!? お……おお!!』


 妹の熱い声援が、小さい声ではあるが確かに聞こえてくる。

 そうだ……俺は諦めるワケには行かん! 俺は勇者なのだから!!

 だが、やはり敵の防御力は絶大……オマケに俺は今最大の武器を封じられていたのだ。


『く……利き腕が使えないとは……』


 見えないところに手を伸ばし、ホックの存在は確認出来たのだが生憎俺はソイツとの遭遇は初めてだった。

 向こうの世界で俺とアマネは何度も何度も共に数多の夜を越えた戦友バカップルではあったが、残念だが向こうの世界に現代日本の技術に追いつける敵はいなかったのだ。

 そして残念ながら、非常に残念ながら、こっちの世界ではまだ俺たちは新兵……戦場に立った経験がない。

 日本製特殊装甲ブラジャーを解除した経験が俺にはまだ無かったのだ!

 利き腕では無いのに見えない敵をはずす…………日本ではそれが出来たら上級者であるという伝説すらあるのが納得できてしまう程の強敵であった。


『違うお兄ちゃん、そこは捻るように行くの! そうすれば片手でも……』


 しかし最早これまでかと諦めかけたその時……なかまの助言が聞えて来た。

 それは孤立する戦場に救援に駆け付けた仲間のように頼もしく、そして待ち望んだ救世主の登場であった。


『な……なるほど……』


 その的確な助言に従い、俺は掴んだ敵に捻りを加える……すると……。

 プチ…………

 『光の衣』の小さな崩壊の音色が聞えた。

 遂に、遂に絶対の防御を誇る『光の衣』を破る事に成功したのだ!

 俺は嬉しさのあまり思わず夢香がのぞき込んでいるドアへと視線を送る。

 目が合った瞬間、夢香はビクリと体を震わせたが……俺がサムズアップをかますと向こうもイイ笑顔で親指を立てて来た。

 兄妹の熱き絆……それを感じずにはいられない。


『がんばれお兄ちゃん! 勝利は目のまえだ!!』

「ありがとう……ありがとう妹よ!!』


 絶対の防御力を誇る『光の衣』さえ攻略できたのだから、最早怖いものなどない。

 俺は『光の衣』に閉ざされた未開の神域へと……。


「君は一体何をしているのかな?」


 しかし俺の人類未踏、そびえ立つ偉大なる神山へのアタックは阻まれる事になった。

 しっかりと目を見開いて寝転がりながらこっちを睨むアマネによって、しっかりと浴衣の胸元を閉じられてしまい…………ちょっと顔を赤らめてのその仕草もセクシー。

 どうやら外れた『光の衣』がずり落ちているようである。


「なに!? 人類にはまだ早すぎたと言うのか、神の山への登頂は……」

「ワケわからない事言って誤魔化すんじゃないの! 完全に現行犯でしょうが!! それに夢香ちゃん!? 覗きは一応犯罪になるんだけど?」


 ビシっと俺の脳天にアマネのチョップが炸裂、そしてアマネはドアの向こうにいる夢香に対して声を上げる。

 ドアの向こうなのに妹が瞬間的に直立したのが分かった。


「!? こ、これはその、覗きとかそう言う事では無くてですね……あくまで兄が達成しようとしている偉業を妹として目に焼き付ける義務があると愚考した次第でですね……………………………御免!」


 だが上手い言い訳も浮かばなかったのか、忍者のような言葉を残して夢香はドアの隙間から姿を消した。

 向こうから部屋のドアを出て行った音も聞こえてきた辺り……逃げたな。

 中々の去り際の良さにアマネは思わず目を丸くする。


「何か……こういう場面での反応を見ると、やっぱり兄妹よね……貴方たち。言い訳でウソを付けないと言うか、馬鹿正直と言うか……」

「妹よ……それほどまでに兄を応援してくれていたのか……。よし、やはりここは勇者として夢香の兄としてその期待に激しく答えて……」

「きゃ!? ああもうダメだってば!」


 隙を見て俺は再び登頂を試みるのだが、アマネは素早く立ち上がってスルリと身をかわした。

 ぐ……魔力枯渇の影響は魔導師であるアマネよりも俺の方が大きいようだ。目覚めたばかりなのにアマネの方が動きが機敏だし……。

 俺が未練がましく見上げると、アマネは駄々っ子を諭すように言う。


「自分でも分かるでしょ? 私たちがこの状態でいられる時間もあと僅かしかないのよ? 多分長くても数十分そこそこで元の高校生、初心で未経験な幼馴染の夢次と天音に戻るんだから……」

 

 それはもう分かっている。

 向こうの世界で全ての魔力を使い切り、更に女神由来の『憑依体』の魔力も無理やり使い切ったのだから……『夢葬の勇者』も『無忘却の魔導師』もそろそろお役御免の時間が迫っている。

 そんな事は俺だって理解していた。


「下手にその……そんな事を始めて…………最中で戻っちゃったら……ダメでしょ? 色々その……ね?」

「いや……俺はむしろ“ソレ”を狙っているんだが……。アマネだってそういうのは嫌いじゃ無いはず……意識すら同調して“いつも”待っていた事は分かってるし……」

「や……それは……その……」


 アマネが懸念する状況こそ俺が狙っている最後のチャンス……。

 そして口では言いつつも互いに精神すら同調した後では最早隠し事も出来ない。

『神崎天音』でも『無忘却の魔導師』であっても、その辺の思考に違いなどなく……そしてそれは『夢葬の勇者』も同じ事……。

 天地夢次という男は常日頃からその事ばかり考えているのは彼女も知っている。

 ……だから、やっぱり彼女は強く抵抗も非難もしない。

 押せばイケる! 俺はそう確信して頭痛を推してベッドから立ち上がり、顔を赤らめ視線を逸らす彼女の体に手を回して……。




「…………すみません。誠に心苦しい限りですが……その制限時間をそっちに使って頂くのは遠慮していただきたいのですが……」

「申し訳無いっスが、アタシらも制限時間一杯なんすよ……」


 しかし……俺の最後の野望は、唐突にベランダから現れた二人の女神様の登場により儚く散る事になった。

 実に気まずそうに頬を掻く、アイシア様とイーリス様によって……。 

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