第百六十二話 お目覚め前、最後のお節介

 横から蹴りを喰らった『機神』はシャンガリア都市部へ着地する事なく吹っ飛ばされて、都市からほど近い……丁度神威さんがダラけてポテチ食ってた岩山へと激突した。

 轟音と共に土煙が立ち上り、大抵の者であればタダでは済まないほどの威力はあったと思うけど……。


『…………この程度で倒せるワケは無いよな』

『そうでしょうね……』


 もう声を出して意志疎通しているワケでも無いのだが、アマネの意識とタイムラグも無く同調してしまう。

 この感覚は……正直ヤバイ。

 アマネの全ての感情が俺に流れ込み、俺の全ての感情もアマネと混同する……知っているけど当然アマネの正の感情も負の感情も全てが混同してしまう。

 喩え恋人であろうと、夫婦であろうとも知られたくない心の奥底まで共有してしまうのは……普通であれば、普通の感覚であれば発狂するかもしれない事なのだが……。

 俺は……いや“俺たち”は正気を保つのに必死になっている。

 この“快感”に身を委ねないように…………。



『……アマネの全部が…………俺と混ざり合って…………』

『ダメ……意識を持ってかれちゃ…………う…………そんなに私の事ばっかり考えているだなんて……もう……』

『そ、そんな本音を高校生の俺が知ったら…………アカン! さ、猿になる!!』


 今の俺たちは『憑依体』すら失って意識だけの存在だと言うのに、意識を保つ事が難しくなっている。

 心も体も一つになって尚、拒絶反応が起こらないという俺たちは本当に異常者なのは分かっているが……今の目的はたった一つ。

 注意深く『紅鬼神』を土煙が立ち上る岩山へと着地させると、予想通りに『機神』は何事も無かったように瓦礫から立ち上がった。

 その憎悪に満ちた気配を一心に受けて俺たちの意識も辛うじて保たれる。


『アマネ……出し惜しみは無しって事で』

『分かってるよ…………炎焔魔神イフリート火吹蜥蜴サラマンダー鳳凰フェニックス火炎龍ファイアードラゴン……我が炎に魅了されし眷属たちよ、今一度我が呼びかけに現れ出でよ……』


無忘却わすれずの魔導師』の呼びかけに答え、左上半身を袈裟状に両断された『紅鬼神』の周辺に灼熱の炎に彩られた四体の炎獣たちが姿を現す。

 イフリート、サランダー、フェニックス、ファイアードラゴン……すべてがアマネの巨大な、超新星の如き熱く重い想いに魅せられ眷属になった獣たち。

 それらは召喚獣と言うよりもアマネの魔法を一時的に強化してくれる補佐役となってくれる連中なのだが……当然呼び出しに魔力は莫大に食ってしまうのだ。

 四体が呼び出された瞬間、一瞬俺たちの視界に今の現状とは全然違う風景がチラついた。



 それは……照明がムードのある、窓の外には月明かりに照らされた海が実にロマンチックなロケーションのベッドルームのようであり…………ドアの向こうから数センチ単位で開いた隙間から…………我が妹『天地夢香』が嬉々として覗いている姿が見えた。

 ……どうやら昼間の貧血からは回復したみたいだけど。

“それ”が見えたという事は…………。


『アマネ!? 今一瞬…………』


 元々俺たちは『夢渡り』でこっちに世界に来ていた。

 今見えたのは本体が眠っている場所、つまり『カムイ温泉ホテル』の最上階スウィートルームのベッドだろう。

 最早一刻の猶予も無し、魔力を全て使い切った時点で覚醒して『夢渡り』は解ける。


 『…………目覚めかけた……ね。時間は無さそう………………我が眷属たち……集まり結び、勝利を掴む腕となれ!!』


 アマネの命に従って四体の炎獣たちは『紅鬼神』の失った上半身、左腕の辺りに集中して炎の腕へと変化していく……さすがに頭は再現しなかったみたいだけどな。

 最後まで自分たちの目的を邪魔しようと力を振りしぼる『紅鬼神おれたち』に、立ち上がった『機神』がうわ言のように呟いた。


『『ナゼ……じゃ魔ヲする…………異界の勇シャ…………何ゼ!?』』


 邪魔をするな……邪魔をしてくれるな……そんな悲痛な想いがその呟きからは痛いほど伝わって来た。

 大切な人を奪われ憎悪に満ちた、恨みを晴らそうとする恐ろしく禍々しい『機神』の、マルロスとナナリーの気持ちは俺達にはとても共感できるモノ……。

 人を恨み、世界を憎み、破壊に身を委ねる……それは決して正しくも美しくもない姿なのだろうけど、それは俺もアマネも……好きな感情だった。

 それは俺が勇者なんて不名誉な称号を得ていた“あの世界”にいた時から……。



 神の名を騙り、人々の信仰と善意を利用し、そして己に都合の良い教義をして正義面をしていた教会上層部に親友を殺された聖女が『天罰を下してくれる!!』と叫んだ時。

 一族の聖地から国の利益の為に追い出した挙句、一族を虐殺した連中を『皆殺しにしてやる!!』と怒鳴った時。 

 自分たちがハーフエルフだった事が原因でエルフや人間たちから迫害され、挙句その存在が害悪だと一族郎党滅ぼされた男が魔王を名乗り『人間もエルフも根絶やしにしてくれる!!』と宣言した時も…………奪われた者が復讐してやろうと憎悪の炎を燃やす姿は嫌いでは無かった。

 すごく……とてもよく分かる当たり前の感情で……共感出来てしまうから……。

 だから……怒りを鎮めろだなんて軽々しく言えない。

 人を恨むなとか自分が出来もしない事は口が裂けても言わない……言えるワケない。

 だけど……それ以上に…………。


『そんな当たり前の感情を共感できるお前らの事が……嫌いじゃ無いんだよな……』


 象られた炎の左腕と『紅鬼神』の残ったミスリル製の右腕を構える。

 そんな嫌いじゃない同類ダチが不幸になるのはどうしても見たくないから……どうせなら良い現実を味わって欲しいから……。


『どうせなら……お前らに憎悪の炎を上げさせたクソ共にこそ最悪の悪夢を見せてやりたいじゃないか! お前らが幸せになるって最高の結末でよ!!』

『脇役の私たちはおぜん立てをするのみです。貴方たちが地獄に堕ちた連中を指さして笑ってやれるようにね!!』


 怒りで我を失っている『機神ヤツラ』に伝わる気はしないけど……俺たちは『紅鬼神』を操り大地を踏み出した。

 一直線に、倒す決意なんて欠片も無く……ただ同類を留め置く為だけに。


『さあお目覚めの時間だ王子様、侍女長! お前らの憎悪ユメは俺たちが葬ってやる! 悪夢はもう終わりだ!!』

『『ウア……ウガアアアアアアアアアアアアアアアアア……ア?』』


 憎悪のままに復讐を果たそうとするのを邪魔するために迫りくる『紅鬼神』を迎え撃とうと『機神』も踏み込もうとしたその時、踏み出した足が突然ガクンと落ちた。

 耐久力の限界……さすがに魔力については『地龍神の魔石』を元にしていて無尽蔵な『機神」とは言え、駆動系や金属の疲労は無傷とは行かなかったようだ。

 正直……その事実に俺たちはホッとした。

 さすがに『紅鬼神』や『都市伝説』などと言ったド級の攻撃を喰らい続けているのに無傷って言うのはおかしいと思っていたからな……ダメージの蓄積すら無いんじゃこっちとしては、なけなしの魔力を絞りつくしても10分も耐えれる気はしない。

 ……奥の手や最後の手段が最大の攻撃になるのは、それこそアニメや漫画に限った話。

 ロボットに限らず人間だって一番のパフォーマンスが出来るのは五体満足な時に決まっている。


『正直言って、また無限戦斧なんかやられたら秒で終わっただろうな……』


 最早互いに機敏な動きなど皆無。

 拳を固め、真正面に向き合った二体の巨人は足を止めた状態で、拳をくり出す超接近戦へと移行する。

 

ガシャアアアアアアア…………


『機神』の拳は『紅鬼神』の胴体へ、『紅鬼神』の拳は『機神』の顔面へそれぞれぶち当たって落雷の如き轟音がシャンガリア都市部へと響き渡る。


『ハハハハ!! 最後の勝負が足を止めてのステゴロってか!? 随分泥臭い王子様だなぁマルロスさんよ!!』

『やっぱり似合ってないよナナリーさん!! バトルは侍女長の仕事じゃないでしょ!! ご主人様のお出迎えを準備なさいな!!』

『『ウルサイ……ウルサイ……ウルサアアアアアアイ』』


 その殴り合いは最早技術も何もない、感情をむき出しにただただ拳に激情を乗せて振りぬくのみ。

 一撃一撃、憎しみを込める『機神』の拳をかわす事も出来なくなった『紅鬼神』が受け止めつつ返礼の拳を返す。

 喩えその憎悪が俺たちにとって関係のないものであったとしても……最後まで付き合ってやろうじゃないか……。


                 ・

                 ・

                 ・


『俺は……あの娘がいれば良かった…………アンジェリアさえいれば何もいらなかった!!』



 その怒り、その悲しみ、全部叩きつけろ……全て吐き出せ…………。


                 ・

                 ・

                 ・


『あの娘に幸せになって貰いたかった…………それだけだったのに!!』



 そうだ! もっと、もっと!! 怒りを乗せろ! 絶望を叩きつけろ!!

 全部使い切れ!! もっと……もっと……もっとだ!!


『『憎い、憎い、憎い憎い憎い!! シャンガリア、カルロス…………アンジェリアを奪った全てのモノが憎い!! 死ね死ね死ね死ね死ねエエエエエエエエエ!!』』


 ゴガアアアアアアアア!!


 巨大ロボットの殴り合いが始まってから最早何発目になったのか分からない。

 しかし無限の殴り合いの果てに、憎しみを込めた『機神』の拳はとうとう『紅鬼神』の胴体部分を貫通した。

 まあダメージの蓄積なんて『機神』よりもこっちのが深刻だったから先にガタが来るとは思っていたけどな。

 ただ生物であれば致命傷、ロボットでもコックピットに人がいれば一巻の終わりだっただろうけど……俺たちはもう“そこ”動かしているワケでは無いので……。


『さあ……そろそろガス抜きは出来たかな? お二人とも……』

『『!?』』


 慌てて貫通した右腕を引き抜こうとする『機神』だったが、『紅鬼神おれたち』はそのまま炎の左腕を“絡み付かせて”抑え込む。

 腕の形に具現化していても元は形の無い炎の魔力……変形しないという事は無いのだ。

 そして突っ込んでしまったのは魔力伝導の高いミスリル……装甲の全てがミスリルである『紅鬼神』は意志を宿したように『機神』の右腕を締め付ける。

 さすがの『機神』も貫通したミスリルと具現化した炎の魔力に捕縛されては簡単に動く事は出来なくなる。

 そして俺たちは超至近距離でがら空きになった『機神』の頭部……『地龍神の魔石』に取り込まれた一人の男、マルロスに向けて残された右の掌を広げ……ワシ掴みにする。

 いわゆるアイアンクローってヤツで……。


『『ナニをする……何のつもり……ダ……』』


 直接目にした『地龍神の魔石』に取り込まれたマルロス王子の瞳は閉じられていて……なのに瞳から流れ落ちるのは真っ赤な血の涙。

 死にかけて尚求め続けた女を失った……深い憎悪はそれだけで見て取れる。

 ただな……。


『怒りに我を失い絶望に閉じた目をしっかり開け……このバカヤロウ』

『暗闇に沈み閉ざし続けた耳を澄ましなさい…………不良メイドめ……』


 ワシ掴みにした『機神』の頭部をどっかの必殺技のように握りつぶすことなく……俺たちは無理やり都市部とは反対側の平原へと顔を向けさせる。

 そこにいるのは『都市伝説召喚』で神通力まりょくを使い切って女子高生と子狐に戻った神楽さんとコノハちゃん。



「ギ……ギリギリだった…………。全部の都市伝説の帰還までよく持ったもんだわ……」

『焦ったのです。今後しばらく神降ろしはご勘弁なのです……』



 座り込む二人は遠目でも疲労困憊のようだ……お疲れ様です。

 それにこっちも『師匠サキュバス』共々魔力を使い切り座り込む神威さん。



「意外とキツイんですね、大人数への魅了魔法の運用は……」

“それでも君は筋が良い……出来れば帰還後も手ほどきしたいくらいだね”



 ……マジでそれは勘弁してくれ。

 今回はアンタらに助けられたのは事実だが、原因作ったのも自分たちなんだからよ。



 そして………………『機神』は、マルロスとナナリーはようやく気が付いた。

 俺たちにとって馴染みのない人物がもう一人いる事を……。

 そのもう一人が自分達にとって何者であるのかを…………。






「マルロス…………、ナナリー…………」

『『……!?』』



『機神』が、マルロスとナナリーが息を飲んだのがロボット越しにも分かる。

 二人とも自分たちが見ている者が本物だとは思えないのだろう。

 死んだはずだった……戦場に残酷に残された足だけがその人がその時までいた、生きていた証だった。

 だから恨んだ心の底から……最愛の女を、親愛なる主人いもうとを奪った全ての元凶を……皆殺しにしても飽き足らない程激しく、狂おしく。

 なのに……いるはずが無いのに…………その二人の目には確かに映っていた。

 回復しきっていない両足で大地に膝立ちになっているけど、色々な苦難があったのか決して清潔とも整った格好とも言えない……けど。

 それでも二人にとって見間違えるわけの無い美しい緑色の瞳に、か細くても聞き間違える事は無い心から待ち望んだあの声……。


『『ア……アア………………』』

「なに……してるのよ………………婚約者をほっといて……どこ行こうっての? 妹の男をどこ連れて行く気よ……お姉ちゃん……」


 アスラル王国エルフの王女、アンジェリアの姿がそこにあった。


『『ア、アアア……アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』』


 その瞬間……ただ一人の女性への想い、最愛を奪った全てへの復讐という強固な意志で繋がれていた『地龍神の魔石』と『マルロス』の魔力の連結が切れる。

 大地の如き頑なで強固な憎悪とは全く違う感情、この世に存在する限りマルロスがもう二度と感じるはずの無かった『歓喜』の感情に乱されて……。


『女との逢瀬に、余計な飾りは不要だぞ、王子様!!』


 連結が解けたその瞬間に『紅鬼神おれたち』は実体のない魔力の炎で具現化した左腕を『機神』の頭部、『地龍神の魔石』へと振るい“魔力の塊のみ”をかすめ取った。

 連結を失った“異物”を含めない純粋な魔力の塊……『地龍神の魔石』だけを……。


「………………え?」


 頭部に残された異物は自分の身に一体何が起こったのか理解できず……思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。

 実に二年と半年ぶりの地声だと言うのに……。 

 ただ、俺たちはそんな事を気にかけている余裕もなく……本当に最後の、全ての魔力を総動員して『地龍神の魔石』を握った左腕を遥か彼方、北の方角に向けて振りかぶる。




“ヤレヤレ……他世界の厄介事だと言うのに……お節介な事だな……”


 その瞬間、手にした『地龍神の魔石』から今まで聞いた事が無かった何者かの声が聞えて来た。

 空気を震わす声ではない……意志だけを伝えて来るそれは魔石の下になった地龍の声なのだろう……。


『お互い様だろ。アンタだって人間の男に肩入れしてたんだから……』

『方向が違っても……アイツらを気に入っていた……そう言う事でしょ?』

“……真っすぐで頑な…………ワシの力を使いこなす魔の王へと成るかと思ったが……仕方があるまい……女が生きていたのなら……”


 復讐の為に破壊と殺戮をする為に同調したはずの地龍の意志からは悔しさも無念さも感じない。

 ただただ苦笑交じりの“アイツが望まないなら、しょうがねぇな”という感情が伝わって来た。

 

『……アンタの事も結構嫌いじゃないぜ…………それじゃあ』


 炎の左腕を使って『紅鬼神』は遥か北の空へと『地龍神の魔石』を砲丸投げのようにぶん投げた。

 元々魔石が安置されていたドワーフたちの里『大洞穴』の方向へ。


『…………あばよ! 地龍神!! 機会があったら一杯やろうぜ!!』

『時間も場所も種族も全て超えて、また出会える事があるなら……またその時に……』


 その瞬間が……『夢葬の勇者』と『無忘却の魔導師』に残された本当に最後の魔力を使い切った瞬間だった。





 その言葉を最後に…………俺とアマネは目を覚ました。

 最後の結末を見る事無く……カムイ温泉ホテルの最上階、オーナーの娘の計らいで貸し切り状態のスウィートルームのダブルベッドの上で……。


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