第百六十一話 式が始まるまであと十分繋いで下さい
「う……く…………今……どんな状況?」
色々と今後の面倒事を考えていると、腕の中のアマネが目を覚ました。
魔力切れで少しの間強制休眠状態になっていたが、目を覚ましたという事は少しは魔力の回復をした証明だろう。
あくまでも“少しは”だろうが……。
「お目覚めか、奥様。たった今お友達のお友達が非行に走ろうとしていたから半強制的にお家にお帰り願ったとこ……」
「……あ~~~そう……あんな闇の化け物を呼び込むリスクを考えれば仕方が無いわね」
俺の適当なようで、要点のみを伝える説明にアマネはどういう状況なのか理解する。
魔法に関しては絶対に忘れない『
当然闇属性の魔力や邪神の特性や危険性も重々知っているから。
「どれくらい協力して貰えたの?」
「せいぜい20~30分ってところかな? それ以上は無理……俺たちも神楽さんたちも“あれら”の気を引けるほどの不幸や憎悪を抱えていないからな」
「……義理だけでそこまで動いてくれたなら……上等と思うしかないね」
ふう、と溜息を吐くアマネは疲労感を拭えないようだ。
それは魔力的に圧倒的に劣る俺も例外じゃないが……。
「今の休眠でどのくらい回復できた?」
「……文字通り雀の涙程度、攻撃魔法1~2発は撃てるけど極大魔法何か論外……ましてや“この子”を動かせる程は……」
……だろうな、今俺が感じるのは抱きしめ続ける柔らかく温かい……疲労でちょっとしっとりとした感触がたまらないアマネの体温のみ。
アマネの意識が戻ったと言うのに『紅鬼神』を起動していた時のような一体感を体感出来てはいなかった。
単純に俺達には最早融合魔法で『紅鬼神』を動かせる魔力が無い…………。
ただし…………。
「アマネ、一個朗報……お姫様は見つかった。さっき“彼女たち”がメリーさんから連絡を受けた」
「……え? モモハちゃん本当に!?」
最早この状態は『モモハちゃん』に定着したらしく、そう呼ばれた九尾狐巫女は苦笑しつつも“もういいや”と訂正しなかった。
『まさに今連絡が来たとこよ。物理法則を無視した走りの
そう言う九尾狐巫女はすまなそうに言うが、金色の長い髪が徐々に元の『神楽百恵』の茶髪へと戻りかけ始めていた。
コノハちゃんとの合身が解けかけている……彼女たちの限界も近いのだ。喩え10分ほどの制限とは言えもう彼女に頼るわけには行かない。
もう一人の味方『小夢魔』も戦闘での貢献だけは期待が出来ないのだから、10分どころか数秒あればシャンガリアを焦土に変えれる『機神』の足止めが出来るのは……。
「……花嫁さんが到着するまで場を繋がなきゃならんよな。当事者でも関係者でも無いけど、ここまで来たからには……な」
「…………まあ私たちはこの世界にとって異物であるからね。出しゃばりもこの辺が限界って事でしょ?」
以心伝心、俺がそう言うと腕の中のアマネは覚悟を決めた目で俺を振り返って笑う。
さすがは俺の最高の嫁……考えている事はそれだけで伝わったみたいだな。
「一応この場合、先に婚姻関係のある俺たちが向こうの仲立ちをするから……仲人って事になるのか?」
「う~ん? 近いような遠いような?」
そんな軽い言葉を交え、俺はアマネの首に腕を回してアマネは俺の首へと手を伸ばし……キスが出来るほどまで顔を寄せ合う。
『ちょっと!? 何イチャ付いてんのよこんな時に!! そう言うのは全部済んでからにして欲しいんだけど!?』
その様はまるで情事の如く淫靡に見えたとのか、九尾狐巫女が真っ赤になってこっちを見ていた。
まあこれから“一つになる”のは否定しないが……ご想像とは少し違うんだがね。
そんな親友の文句にアマネが苦笑する。
「モモハちゃん、カムちょんの事を頼むね! もしかしたら異世界が楽しすぎて帰るのやだって駄々こねるかもしれないから」
「神楽さん、後始末を頼む! スズ姉に宜しく言っておいてくれ!! 俺たちは一足先に戻ってるから!!」
『…………え?』
俺たちの脈絡のない言葉に“彼女たち”は混乱した様子だったけど、それ以上の説明をしている時間は無かった。
俺もアマネも、既に魔力の残存はほとんだない……融合魔法どころの話ではないし、すでに“通常の方法”で『紅鬼神』を動かすなど不可能の状態だ。
だから……俺たちに残された最後の魔力、こっちの世界に存在する事が出来ている力の全てを『紅鬼神』の機動に注ぎ込む事にする。
意識の全てをアマネへ集中する……魔力も精神も、肉体や自我ですらも全部アマネと溶け合う事を是とするくらいに“アマネと俺”の全てが同化するくらいに……。
やがて抱きしめ合う俺たちの体は『水人形』としての原型を失い、この世界で存在出来る『女神の力』すら全て魔力に変換して混ざり合い、溶け合って一つの光へと変わって行く。
そして俺たちは意志だけを宿した“魔力の塊”として『紅鬼神』を包み込んで左上半身を失っていた機体を起動させる。
グレーに戻っていた装甲を激しく輝く、黄金にも似た紅く激しい炎の色に染め上げて。
文字通り最後の力を振り絞って10分間の時間を繋ぐために……俺たちは『紅鬼神』を発進させた。
『全部使い切った瞬間、俺たちは夢から覚める!! 後の事は頼んだ!!』
『またカムイ温泉ホテルで会いましょう、みんなで!!』
中途半端に残った機体がドンと地面を蹴って『機神』へと駆け出す。
そんな最後の戦いに赴く雄々しい姿を九尾狐巫女となってる女子高生と稲荷神が若干呆れて呟いていたのを俺たちが知る事は無かった。
「何で最後の奥の手まで微妙にエロいのかしら……あの二人」
『……突っ込んだら負けなのですモモちゃん』
*
都市部の人間の大多数が限界ギリギリまで生命力を失い、暗闇の中絶望するシャンガリアの上空では、未だに黒い煽情的な衣装に“着られた”眼鏡っ娘、『小夢魔』神威愛梨が嬉々としてとある動画をレーザーのように放っていた。
ただし、さっきとは違って上空の雲に大主力の光を投影するのではなく、無数の光を下方向、つまり都市部へ向けて……。
無数の光はあるモノは地面に、あるモノは壁に投影されて小さなプロジェクターとして映像を流し続ける。
「どうですか~? 自分たちがどんだけ言われた事だけを鵜呑みにしていたおバカちゃんか理解できましたか~? 今見ている“それ”はまさに今起こっている事を実況しているですよ~。生中継ってやつですね~」
そしてニヤニヤ笑いでそんな動画にナレーションを付けている小夢魔は、誰もが不快になるだろう声色や口調を意識してシャンガリア全ての国民を煽っていた。
だが……そんな煽りにシャンガリア王国民は『小夢魔』に怒りの感情を向ける事は無かった。
自分たちの愚かさをこれでもかと見せつけられたから、そして怒りを向けるべきモノを見せつけられてしまったからには……。
「私はあくまで情報提供したにすぎませ~ん。それを見てどう判断するのかはこの国の人が決めれば良いじゃない。私はかんけーないし~」
一見無責任に思える『小夢魔』の言葉を、満足に動く事も出来ないシャンガリア王国の人々は虚ろな目で聞くしか無かった。
信じていた、間違いないと思っていた自分たちの正義が、『真実』と迫りくる『暴力』で脆くも崩れ去り、罪人は自分たちの側であると突きつけられた者たちには……。
情報提供と称して見せられた『生中継』で示された人物が、自分達にとって一体何であるのか……その答えこそが唯一の贖罪であり、そして生き残るための方法であると思うしか無かったのだ。
『まだ確保の連絡は無いのか!? あの劣等種の女さえ手に入ればシャンガリアは世界を牛耳る力を手に出来るのだぞ!!』
『そ、それが……王女発見の報は通信魔法で届きましたが、その後の連絡が無く……』
『ええい! 使えないヤツらめ……』
シャンガリア王国を守る為に生命力を限界ギリギリまで吸いつくされて動く事も避難する事も出来ない国民を差し置いて…………自分達だけはこの中でも悠々と動き回り、この期に及んで相手の怒りの要因であるアンジェリア王女を人質にしようとしている国王カルロスを筆頭にした上層部の連中の生配信を見て……。
そこに偉大な王の姿など何処にもなかった。
自分たちが犯した罪を認めず、更に反省する事も無く自らが死地に赴くでも無く生存していたアンジェリア王女を人質にする為に捕らえる指示を飛ばす。
博打のコインはシャンガリアの国民すべてであるという事すらどうでも良い事のように。
自分たちは……シャンガリア王国民は全て連中の盾として利用された……裏切られた。
その生配信はその事実を知るには十分すぎるデキであった。
「思えばあの人たちも哀れと言えば哀れよね……アスラルの事もエルフに関する主観も、確かに無知から来た罪と言えなくも無いけど、こういう国じゃ知る事が出来なかったワケで……突き詰めれば生き方を選べなかったとも言えるから」
各々が真実を知り呆然とする人々を見下ろし、
社長令嬢である彼女は少なからず経営に関する教育も受けていて……上に立つ者次第で簡単に従業員が路頭に迷う事も十分に知っていたから……。
“王政、封建、独裁政治の典型ではあるけどね……。喩え上が愚かでも民は上を選ぶ事が出来ない”
「無能な二代目が家を潰すならまだしも、国が巻き添えでは笑えませんねぇ~師匠」
“その辺の機微が分かるなら、貴女は本当にこの世界を掌握する魔王になれるのかも”
「え~~? そうですか? でももしかしたら行けるのかな? 世界征…………」
そんな風に上空で師匠と微妙に物騒な話していた小夢魔の目に……高い城壁の向こうからシャンガリア王国都市部を見下ろす一体の龍にも似た白い巨人の姿が見えた。
ただ一体……さっきまで戦っていた親友夫婦の操縦する『紅鬼神』も、途中参戦の『八尺様』の姿も無くただ一体の『機神』が悠然と……。
「……へ? 何で?? ま、まさか都市伝説の『八尺様』をも倒しちゃったって言うの!?」
“それは……さすがに無いと思うが……そうだとするなら、アレは真の化け物だ”
出会っただけでも死に至るクラスの闇の存在……それすらも超えて来たという驚愕の事実にさすがの小夢魔も恐怖の悲鳴を上げ……。
「凄い!! 闇の化け物すら制するなら真の魔王にふさわしいのはあの『機神』って事になりますね!!」
……る事はこの期のこの期に及んでもやっぱりなかった。
ただ、それでも明らかに機神が両手を構えてエネルギー充填の態勢に入るのを目撃すると焦りを見せ始めた。
「わ、わわ! もしかしてあの構えは……初っ端でシャンガリアにぶっ放して王国の魔力防壁を使用不能にした……」
“ついでに都市部の人間すべてから限界ギリギリまで生命力を搾り取った元凶の攻撃……このままだと上空の私らはともかく下の連中は……”
数十万はいる都市部の人々の生命力で一撃は防げたが、肝心のエネルギーはもうない。
そして初撃を防いたが為に人々は最早動く事すら敵わないのだ。
守りも無い、逃げ出す事も出来ない……そして正当性は向こうにある。
自分達に助かる術は無い……ほとんどの人々は魔力防壁も無く、ただ自分たちに向けて魔力を手の平に充填させる『機神』に対して膝をついていた。
もう誰も怨嗟の声も命乞いもしていない……ただただ贖罪の念を込めて頭を垂れる。
『な!? まさかシャンガリアに攻撃するつもりかマルロス!? クソ!! あの紅い巨人はどうしたのだ!? 魔力防壁は何故展開できん!! 愚弟の女はまだ捕らえられんのか!?』
上の不始末の為に謝罪するしかない国民が言葉を発していないと言うのに、この瞬間でも聞こえてくるのは散りばめられた小さめの映像から漏れ出る、この場において唯一元気に喋れる愚者の見苦しい罵声のみ。
国王になるべきでない者が国王になる……その結果が今の現状に
裏帳場や経費の使い込み、挙句その補填の為に会社運営資金でFXに手を出し全てを溶かして、なけなしの金すらも持ち逃げされた社員たちが借金取りの面々に頭を下げているかのように……。
「………………ああ、もう! 師匠!!」
“…………やれやれ……君もやっぱりヤツらの仲間だね”
そしてそんな哀れな連中を見ていられなくなった小夢魔は、『機神』が大出力のビームライフルを放つ寸前に
その瞬間に上空の黒雲に大画面で映し出されたのは、生配信で醜態をさらし続ける男の姿……。
『!!?』
『なんだあの空!? 我の姿が映し出されて…………』
マルロスとナナリーにとって最も憎い男の姿が現れた……それだけで『機神』は反応してしまう。
『『カるろス…………カルロスうううううううううう!?』』
ギュオオオオオオオオオ……………
そして『機神』は反射的にビームライフルを上空へとぶっ放してしまった。
放たれた光の強烈な風圧にアマネが作り出した黒雲は一気に散らされて、光の柱が地上へと降り注ぐ……その様は正に『機神』が神の遣いであるかのように神々しい。
しかし外野からどう思われようと『機神』にとっては攻撃を邪魔されただけであり……今回の事態になってから今まで直接的な関りは無かった小夢魔に『機神』の視線が初めてロックオンされた。
『『アいり…………アナたも……わたしノじゃマすると……イウの……?』』
「うわひゃ!? イヤイヤイヤ、何でこういう暴走状態って味方にとって都合の悪い事は冷静に判断できるのよ!? そこは私すらただの障害とする、くらいで良いんじゃ!?」
“言いたい事は分かるけど、どっちにしても問答無用でやられる事に違いは無いんじゃないか?”
さすがに慌てて戦線離脱しようとする小夢魔だったが、そんな彼女に上空高くジャンプした『機神』からの、ハエを払うような手の平が迫っていた。
着地の瞬間に足元にいるシャンガリアの民は数百単位で犠牲になるだろうが、基本的に攻撃手段を持たない小夢魔にはこれ以上何かする事も出来ない。
「あ~~~~~~余計な事したかな~~~~?」
もうどうにもならない、自分も危険であるそんな状況なのに……頬を掻きつつ小夢魔『神威愛梨』の口から出たのはそんな軽い言葉だった。
『んな事無い! グッジョブカムちょん!!』
「んえ?」
ゴガアアアアアアアアアアア!!
しかし小夢魔が吹っ飛ばされる覚悟すらしていたと言うのに、その瞬間が訪れる事は無かった。
そして『機神』の着地と共にシャンガリアの民が踏みつぶされる事も……。
『機神』が着地するよりも先に横から蹴りを食らわせた、左上半身を失っても動く『紅鬼神』に吹っ飛ばされて……。
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