第百六十話 誕生する八体の邪神

 巨人同士のステゴロ頂上決戦、いや正確には『機神』対『八尺様&猿夢』の都市伝説タッグという二対一の図式で、突如シャンガリア王国付近で始まったこの対決は当初都市伝説タッグ側が有利に戦っていた。

 黒い女性の巨人『八尺様』は、まるでレスリングのオリンピック代表“アル〇ックの戦士”の如きタックルと体裁きで『機神』の動きを翻弄して背後を取り、更に無限に車両が続いているかのような電車『猿夢』が大蛇の如く激突しては絡み付き、動きを阻害する。

 物語としてはどちらも致死性の高い猟奇的な描写が多いから、そんな見事な戦いぶりに以外でもあったけど、俺は達人級の動きに感動すらしていた。

 しかし、その戦いぶりも時間が経つにつれて変化が現れ始める。


 ポ……ポ……ポ……

『……!?』

「あ………!」


 ゴシャ……


 それは最早何度目になったか分からない八尺様の高速のタックル、その動きに『機神』は今まで一度の反応できずに下半身の動きを封じられていたのに……今の動きだけは今までのモノとはワケが違う事だけは遠目であるからこそ理解できた。


 誘われた!?


 その事実が明確になったのは、『機神』の下への隙をついてタックルしていた八尺様の顔面に『機神』の膝が突き刺さった瞬間だった。

 しかし人間であればこの時点で完全にKO負けだっただろうが、鈍い音を響かせても『八尺様』は特に脳震盪を起した様子もなく立ち上がる。


『グウゥ!?』


 しかし代わりに召喚者である九尾狐巫女が苦悶の表情で呻いた。

 召喚獣が受けたダメージのフィードバック、召喚獣は基本的に呼び出された者の魔力を使う事で現出していて、ダメージなどは術者の魔力が肩代わりするから戦闘は常時最高のパフォーマンスを行えるものだ。

 術者の魔力が枯渇すれば召喚獣は具現化する魔力を失い強制的に送還されるのが基本。

 当然だが都市伝説の受けたダメージは九尾狐巫女かのじょたちの魔力にフィードバックされて、『機神』の破壊力はあっという間に女神チートで貰ったはずの膨大な魔力をガリガリ削っていく。


「大丈夫か二人とも!!」

『まだ大丈夫…………でも今の一撃で神通力の半分近くを一気に持ってかれたよ……』


 彼女は空中で“こっくりさん”を展開しつつ苦悶の表情を浮かべるが、俺の声に反応して頷いて見せた。

 半分近く……女神チートで貰った魔力に稲荷神のコノハちゃんと同化した状態なのに、一体どれだけ凶悪なパワーを……。

 そんな中でも戦いは続いている……一度倒れた『八尺様』と入れ違いに背後から突撃する『猿夢』だったが、『機神』は背後から迫りくる車体をまるで後が見えているかのように最小限の動きでかわしたかと思えば、車体を横から掴んで立ち上がった『八尺様』目掛けてぶん投げる。


 ドガアアアアアアアアアアア!!


 轟音と土煙を上げて二つの都市伝説が激突する。


『『アアアアアアアアアアアアア!! 邪魔するんじゃねええええええええ!!』』





 …………これは大変素晴らしい力でございます。我々『猿夢』、これほど純粋な憎悪との出会いは稀に見る事でございます……。


 ポ……ポ……ポ…………





『ウグアアアア!? ちょ……どういう事よ? 幾ら憎悪の融合魔法の化身って言っても都市伝説より強いっての!?』


 またもフィードバックで魔力を削られて苦悶の表情を浮かべる九尾狐巫女が愚痴っぽくそんな事を言うが、その言葉で俺も何か妙な気がした。

 確かにシャンガリア憎しで動く『機神』の力は絶大だ。

 都市伝説の力をも凌駕すると関連付けてもいいかもしれないが……そんな単純なモノなのだろうか?

 そう思っている間にも『八尺様』が『機神』の拳を喰らう…………まただ。

 戦いの中達人の動きにつられて『機神』側のナナリーやマルロスが成長、または慣れて来たから動きか良くなっていると言うならまだ良い。

 おかしいのは反対側…………。


「都市伝説側の動きが明らかに悪くなっているような…………」


 アマネが気を失って『紅鬼神』が動けなくなってから数十分が経ってはいるのだが、当初はかわしていたハズの攻撃を『八尺様』喰らう……最初の頃は有効に攻撃していた『猿夢』も同様に……。

 コレが『紅鬼神おれたち』なら簡単……持久力で劣る俺たちが体力、魔力共に低下してパフォーマンスが落ちただけだろうが、召喚獣は戦っている最中は術者の魔力に依存するから疲労的なパフォーマンスの低下は無いはず。

 ましてや目の前で戦っているのは現代の邪神『都市伝説』……そう思うとさっきの誘いですらワザと乗ったんじゃないかとか思ったり……。


 ゾワ…………そう思った瞬間、俺は今日何度目になるか分からない冷感を感じた。

 もしも都市伝説側に問題があるなら…………『八尺様』と『猿夢』が意図的に“手を抜き出している”としたなら……。


「イカン!! カグラさん、コノハちゃん!! 『八尺様』と『猿夢』を送還するんだ! 今すぐに!!」

『う、うえ!? アンタ一体何を言って……』


 この状況で主戦力の二体を送還と言われれば、九尾狐巫女かのじょたちが何言ってんだ? って思うのも当然だが……召喚者という畑違いの職種とは言え、魔力の扱いはまだ俺の方が経験がある。

 闇の魔力、というか闇の化身のような存在は決して味方では無いという事を俺は知っているから、あの二体の行動の危険性に気が付けた。


「あの二体、『八尺様』も『猿夢』も『機神』より弱いんじゃねぇ! 手を抜き始めてる!!」

『………………は?』

「戦っている内に『機神』に対して同調し始めてやがる! このままじゃあの二体は『機神』の味方を始めるぞ!!」


 『ウソでしょ!? まさか『機神』が都市伝説を操り、取り込もうとしているっての!? そんな事出来るワケが……』

「そうじゃない、そもそも単純に利用しようとするのは不可能だ……あんな化け物」

『じゃ、じゃあ一体どういう事よ!?』

「単純な事だ……連中がナナリーとマルロスを気に入り始めてる……」


 俺の言葉のあり得なさに九尾狐巫女の顔面が蒼白になった。

 気持ちは分かる……ただでさえ恐ろしく、気が進まないけど状況的に呼び出すしか無かった都市伝説が反旗を翻すなど……考えたくも無いだろうからな。

 ただ、間違っちゃいけないのは『闇の化身』である都市伝説は負の感情に対して実に親身であり……紳士であるという事を。


「憎悪に絶望、悔恨とかの膨大な負の感情をまき散らしシャンガリアに復讐しようとするあの二人は都市伝説にとっては、さぞや面白そうなお得意様だろうよ……俺たちに対しての義理立てで今まで戦ってくれてはいるが……」

『…………………』

「君らが倒した……いや『猿夢』に託した外道はどうなったかは聞いたか? 多分まだ目の前の車両のどこかにいると思うけど……」


 多分聞いていたんだろうな……死霊使いゾル・ビデムの顛末。

 千を、万を超える恨む骨髄な連中に無限に復讐され、それでも死ぬ事が出来ないという地獄の刑罰。

 都市伝説は真の復讐者に対して絶大に寛大であり、紳士である事を……。

 そんな連中が本音で味方をしたいのはどちらなのか……。


『く……お戻りください……八尺様、猿夢…………お戻りください!!』


 九尾狐巫女が慌てた様子で“こっくりさん型魔法陣”に浮かぶ“黒い点”をぐるぐる回すと、描かれた鳥居の部分がブワリと光を放った。

 その瞬間、人外の存在がとても残念そうに溜息を吐いた感覚がする……。

 


 おや……もうお役御免なのでしょうか? 素晴らしい怒りをお持ちの方と語らう時間は楽しいモノでしたが……残念です……。


ポ……ポ……ポ…………




 そんな不吉な言葉を残して『機神』と対峙していた黒い巨人『八尺様』と電車の『猿夢』は徐々に黒い霧となってコックリさんの鳥居へと吸い込まれて行く。




 もう少しで……分かり合えそうでしたのに……………気付かれてしまいましたね。




 膨大な闇の力はまるで衰える気配もなく、最期の最後で言い残した言葉に俺たちは凍り付いた。

 まるで悪びれた様子もなく……向こうもこっちの隙を伺っていたという事実に。

 九尾狐巫女は危うくもう少しで2体の都市伝説が『機神』に嬉々としてシャンガリアを滅ぼす手伝いをしようとしていた事に、滝のような冷や汗を流す。


『警戒はしていたつもり、礼儀も尽くしたつもりだけど……やっぱりなるべくなら頼るべきじゃない連中って事ね』

「絶対に間違っちゃいけない大切な事だよ……連中は利用出来る相手じゃない。闇の化身は殊の外気まぐれなモノだからな」


 現実には数十分は時間稼ぎをして貰ったのだから良しとするしかない……そう気持ちを切り替えて俺は前を見据えた。

 今まで戦っていたはずの都市伝説二体が急遽消失した事に『機神』も戸惑っているようではあるが、警戒するより邪魔ものが消えたと言う事実の方が彼らにとっては大事な事。


『『…………ミナ……ごロス…………シャンガリア…………カルロス……ミんナ……みんナ……みな殺しに…………』』


『機神』はシャンガリア王国に向けて再び歩み始める。

 以前憎悪は尽きず、当然その感情で動く『融合魔法』も健在……今まで対応出来ていた都市伝説も、こうなればもう多用するワケには行かない。

 頼みの綱の『紅鬼神』は左上半身が持って行かれはしたが、辛うじて他の部位は動かす事が出来そうではあるが……魔力源となる俺の半身アマネは腕の中でまだ気を失っていた。

 最早『紅鬼神』を捨てて生身で攻撃に転じるくらいしかないけど、『地龍神の魔石』と『融合魔法』に対抗できるとは到底思えない。

 万策尽きた……か?









 私メリー…………今そこから10分くらいの森にいるの…………。

 耳の長い女の子と一緒に…………。





 だが諦めが頭を過ったその時……さっきと同じように不吉ではあるけど、少しだけ希望が持てる“ナニか”の声が聞えた。

 それは俺たちが待ち望んだ報告でもあったから……。


『メ、メリーさん!? じゃあ王女様を見つけたのね!!』

「マジか! 流石『理不尽な追跡者』……手がかりも何も無いのに逃げ隠れする事が出来ないとは……」


 普段であれば絶対に逃げられない都市伝説の存在に恐れおののくだけだが、今回に限っては感謝しかない。

 畏怖を望む『都市伝説』にとっては不本意以外の何物でも無いだろうが……。

 そんな俺たちに釘を刺すかのように、都市伝説の面々から寒気のするいしが飛んでくる。



 私メリー…………約束……忘れないでね……。


 ケケケケ……我らに協力を望んだなら……代償はそれ相応…………。


 私たちは約束を守りました…………違えた時はお覚悟を……ね。


 

 全てが少女の声色であるのに全てに強烈な闇の気配、有無を言わさぬ恐怖を与える冷気が込められている。

 召喚者である九尾狐巫女は青い顔を引きつらせて言う。


『分かってるけど……最早必要無いんじゃないの? この短時間で貴方たちの存在は恐怖と共に刻まれたっポイけど…………異世界において新たなる邪神として……』


 恐怖の物語は多くの人々の記憶に残り伝えられる事で拡散し、更に多くの人々から恐怖される事を望む……。

 それは喩え異世界であったとしても……だ。

 緊急事態とは言え『都市伝説』に協力を要請した結果、この世界に新たなる8体の邪神を生みだす事になったのは……果たして正しい事だったのだろうか?


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