第百五十九話 一番タイプじゃない女……それは

「こりゃ~まさに阿鼻叫喚って感じだね……」


 自慢のバイクをかっ飛ばして目的地に到着したスズ姉こと美鈴は、目算20人くらいはいるだろうシャンガリアの兵士たちが各々のたうち回ってる光景を前に顔を顰める。

 彼女も前の世界では『聖剣士』と謳われた歴戦の戦士、死霊系統の敵と相対した事は何度もあったが、目の前の“ソレ等”は次元が違っていた。

 戦うという概念すら通用しない魔神、邪神の類に近い連中が“戯れ”で人間を魂から脅かしているのだから……まともな神経ではまず平静を保っている事は出来ないだろう。


「そんな連中に初対面でお願い出来るこの娘も相当だけど……」


 美鈴が視線を投げた先にはもう一台の黒いバイクに跨った頭部を失ったバイク乗りの都市伝説“首なしライダー”とニケツ状態の“足のない”エルフの少女がいた。


「お兄ちゃん!!」


 少女はのたうち回り悲鳴を上げる兵士たちには目もくれず、連中の先で座り込んで身動き一つしない一人の少年に向かってバイクから転がり落ちた。

 美鈴はそんな彼女の無茶な行動にギョッとして手を貸そうとするが、少女は地面に激突した痛みも構わずに、そのまま少年へと這いずって近寄る。



 亡国アスラルの王女アンジェリア……手がかりも何も無いと言うのに理不尽なくらいに探し人を追跡できる『物語』である“メリーさん”の発見の報告に急行した美鈴たちだったが、色々と説明するより真っ先に彼女が望んだのは『自分のせいで死にそうなお兄ちゃんを助けて!!』という悲痛な言葉だった。

 都市伝説たちは通常の契約や使役で召喚に応じるような、人にとって都合の良い存在ではない。

 美鈴は当初、ユメジたちの要請とは別の彼女の頼みを『都市伝説かれら』が聞く事は無いだろうと、その要請は自分だけで請け負おうと思ったのが……意外な事に彼女の要請にノリノリなのがいたのだった。

“ケケケケ…………へぇ~……あの男がねぇ~~~~~”と嗤いながら……。



「お兄ちゃん! しっかりしてお兄ちゃん!!」


 しかし泣き叫びながらようやく座り込む少年に縋り付くアンジェリアの言う“お兄ちゃん”の姿に……美鈴は2重の意味で驚いていた。

 それはこの世界の衣装ではない……相当に煤けてボロボロではあるものの、簡素ながらしっかりとした作りのシャツやジーンズ……髪を少し染めてはいるものの、顔立ちは自分達と同じ種族の……日本人のモノ。


「まだいたって言うの? 強制召喚者が……」


 美鈴は休日中、強制的に異世界に召喚されてしまった日本人の回収に当たっていて、女神たちからも全員回収したと聞いていたので、まだ残っているとは思っても無かったのだ。

 ましてや、そんな計算外の人物が重要人物の王女を命がけで守っていたなど……。


「あ……? なんだ……アンジー?」

「お兄ちゃん!?」


 泣き叫ぶアンジェリアの声に少年が薄目を開けて口を開いた。

 相変わらず意識は朦朧として夢うつつな感じであるものの……それでも目の前に自分が守ろうとした少女がいる事だけはしっかりと理解しているようだった。


「なんで……私なんかの為にこんな……」

「……うるせぇよ……誰がお前みたいなガキの為にこんな事するか…………」

「……え?」

「後々もっと成長して、イイ女になってたら食ってやろうと思ってな~。今のうちに恩を売っとこうってだけだったんだよ……自惚れんな」

「お兄ちゃん…………」


 その言葉が本心なのかどうか……そんなのは誰から見ても明らかだった。

 少年は自分が守り通した少女の目を見ると、ため息交じりに苦笑する。


「あ~~~あ……そう思ってたのによ~。んだよ……そんな目も出来んじゃね~かお前」

「……え? はえ??」

「ついさっきまでとは全然違う目~してんじゃねぇかよ……あんだけ一緒にいても俺には死んだ腐った目しかして見せなかったのに、生き生きとした目になりやがって……俺が一番ムカつく目だぜ」


 少年は一発で気が付いていた。

 今のアンジェリアは知っていた……知らされていた。

 自分の一番愛しい、最愛の男が生きていたという事を……美鈴たちがその男の暴走を止める為に自分を探しに来たという事情を。

 自分を心配していても、死にかけの自分に涙を流していても、少女がそれを知らなかった時とは比べ物にならないくらい目が生きている事に少年は少し苛立つ。

 それは……以前も見た事のある、自分にとって気分の悪い目でもあったから。


「何があったかは知らねぇけど……そんな目をした女が寄り道してんじゃね~よ。外野がどうこうしたってぜ~ったいに靡かない目~しやがって……その手の女に関わるのは二度とゴメンだっつーの……」

「…………」


 少年はしがみ付くアンジェリアを力なく引きはがし……笑った。


「さっさと行っちまえクソガキ…………俺は人の女に興味はね~…………元気でな」

「お、お兄ちゃん…………」


 その言葉を最後に少年は再び気を失った。

 アンジェリアは心配して縋り付こうとし……しかしあえて自分を引きはがした少年の言葉を思い出して出しかけた手を引っ込める。

 人の女が俺に構うな……それは傲慢にして不遜な態度であっても彼にとっては大切な矜持なのだから……。

 代わりに外野であった美鈴が近寄って崩れかけた少年を支えた。


「大丈夫息はしてる。重症なのは間違いないけど速攻で“帰れば”何とかなりそうだ」

「そう……ですか……」

「ああ……この男の事は私に任せてください。コイツの言う通り貴女は貴女が寄り添うべき男のところへ……」

「……………………よろしくお願いいたします」


 美鈴にそう言われたアンジェリアは袖で乱暴に涙を拭い、そして再び生の炎を灯し始めた瞳に決意を宿し……首無しライダーの後部座席へと再び跨った。

 自分の唯一の男を救う為に、自分の為に命を懸けてくれた男を踏み台にするような罪悪感を噛み締めて……。


“兄貴の役目なんてそんなもんだろ……”


 少年の意識があったら、多分こう言っただろうが…………。


              ・ 

              ・

              ・


 運搬役の首無しライダーが走り去り、他の都市伝説たちも“満足して”いなくなった現場では美鈴以外の人間は全員気絶していた。

 ただ傷だらけで満足げに気を失っているカッコよさ気な同郷の少年に比べて、シャンガリア兵の連中は恐怖や驚愕の表情で、色とりどりな汁を全身から垂れ流し……実に汚らしく無様な気絶の仕方であった。

 美鈴は同郷の少年をバイクの後部へと積み上げて、懐からスマホを取り出し連絡を入れる……自分の雇い主に向かって。


「…………あ、アイシア様? そうそう、至急戻りますので治療の用意を…………はい、どうやら半年以上前からですね…………ええそうです名前は確か…………」


 美鈴は意識を失ったままの少年に見覚えがあった。

 余りに態度も行動も、自分が記憶している人物とは違い過ぎた為に確証を持てなかったのだが……さっきのアンジェリアに向かって口にした“絶対に自分に靡かない女”の件で確信を持ったのだった。

 一度は妹分の天音にちょっかいをかけていて、彼女から相談された事もあった印象は良くなかった男。

 虚栄心と自尊心ばか増長した典型的なチャラ男だったように思えるのに、こんな明らかに自分が主人公には成り得ない状況だったの、たった一人の命を守り切った“凄く親近感を覚える”人物と同一人物であるとは思えなかったから……。


「…………男子三日会わざれば…………か……」


               *


 歴史に残るシャンガリア王国の大罪の記録……その中で一人の勇者の存在がある。

 その勇者は巨悪に立ち向かった猛者でもなく、民衆をまとめ上げた英雄でも無い……ただただ己の矜持に殉じて王国では敵対の対象であったエルフを、ましてや敵国の王女であったアンジェリアをたった一人で守り通した勇者の伝説……。

 命の危険すら顧みず、しかも報酬すらないのに『王女を最愛の男に会わせる為』に行動した彼は、主に聖職者や愛する家族を守る親兄弟に崇拝される事になる。

 見返りも名声も求めず、王女アンジェリアを守り通した英雄は最後の最後まで憎まれ口を叩いて“自分は善人ではない”と嘯いていた事からこう言われた。


 偽悪の勇者 キュウイチ……。

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