閑話 もしも、また君に逢えたなら……(チャラ男side)

 ……こんな時だってのに考えてしまう事がある。

 俺は何時から全力で一生懸命に走る事がなくなったんだろうかって……。

 小さい時は色んな理由で全力で走っていたような気がする。

 徒競走で頑張って親に褒めて貰おうと、鬼ごっこで友達と遊ぼうと、一生懸命に走って沢山笑おうと、笑わせようと……。

 不思議なもんで、そう考えると俺は小学校の低学年頃から全力で走った記憶がない。

 そして皮肉にもその頃から俺は全力で一生懸命に何かをした事が無かった事に気が付いてしまう。

 そうか……こんな俺でも昔は全力で誰かと一緒に笑い合おうとしていたんだ。

 どうしてそんな単純な事を忘れていたんだろうな……。


「いたぞ! あそこだ!!」

「クソ、舐めやがって! 絶対に逃がすな!! 国王様からの勅命だ!!」

「背中のエルフは絶対に生かして捕らえろ! 生きてさえいれば良い!!」


 もつれそうになる足を必死に抑え込んで、小学校の頃どころか人生において最大限、生死すらかけての全力疾走をしている俺は……そんな絶体絶命な状況だってのに、呑気にそんな事を考えていた。

 四方八方、山の中を駆け回る俺に浴びせかけられる物騒な声には全部本物の殺気が込められていると言うのに。

 背中のエルフ(偽物)の生け捕りの算段はしているのにおれの生け捕りなんて考えてもいないようなのに……何故か俺は血反吐吐きそうなくらい息切れ、滝のように汗を流して気を失いそうに苦しいと言うのに、下らない事を考えて笑っていた。

 怖いのに、苦しいのに……これから俺は間違いなく殺されるというのが分かっているのに、ニヤニヤ笑いが止まらない。

 間違いなく俺は今、どっかおかしいんだろう。

 ある程度の期間一緒にいたとは言え、家族でも恋人でもない、ましてや最後までダチにすらなれなかった可愛くもねぇガキの為に命を張って、囮になって逃げるだなんて……俺みたいな人間がするハズが無かったんだから。


「は……は……は……は!!」


 両足が一刻も早く休みたがるのを無視して、酸素を欲しがる肺に最後の力を振り絞らせて木々の間を駆け下り、岩山を駆け上り……前までなら絶対に躊躇したはずの谷すら迷う事無く全力でジャンプする。

 体力の残りも命の危険も考えるのは後で良い。

 あのガキを隠した場所から一歩でも遠くに離れる為ならなんだってやってやる!!

 昔の自分と違っても、おかしくなったって何だって!!


「うお……躊躇なく飛びやがった……」

「バカ、感心している場合か! これでも食らいやがれ!!」

「ウグ!?」


 谷を飛び越えて着地したと思った瞬間、右肩に激痛が走った。

 チラリと目をやると右肩の“前面”に血液混じりの矢じりが見えた。

 どうやら背後から射られて貫通したらしい。

 それは焼けるような叫びたくなるような激痛、吐き気すら催すほどだけど……今の俺はそんなもんに構ってはいられない。

 俺は構わず引っこ抜き、即時駆けだした。


「チ……意にも解さねぇ……捜索隊、警戒しろ! ヤツは素人じゃねぇぞ!」

「んなろう……素人相手の楽な仕事だと思ったのによ」


 俺は背後から聞こえた捜索隊、シャンガリアの連中の声に思わず吹き出してしまった。

 素人だっての! まごう事無き人殺しすらした事のねぇバリバリのド素人だっての!


「あは……あははは……あはははははは…………」


 とうとう顔だけじゃない、いつの間にか俺は声を上げて笑っていた。

 おかしくて仕方が無かった。

 信じらんね~、俺はとうとうこんな世界で戦闘のプロの連中に素人じゃねぇって言わせちゃったぜ!

 な~んにもねぇ、何にも成した事もねぇこんな俺がよ!!


 なあアンジー、おめ~にとって俺は死にたいのを邪魔するだけのヤなヤツでしか無かっただろうがよ……勇者にゃ~なれなかったけど、何かにはなれたかもしれねぇ!


 どうよカオリ……お前にとって汚点にしかならなかったな~んにも中身の無いくだらない男だったが、顔も知らない敵に認められちゃったぜ! 捨てたもんじゃね~だろ、なあ!!


 ボ・・・・・・・

「え?」


 妙なテンションで追っ手の兵士相手に命がけの鬼ごっこをまだ続けるつもりだった俺だったが、唐突の足元で何か音がしたと思った瞬間、自分の視界が上下反転していた事に何が起こったのか理解が出来なかった。

 足元に仕掛けられた爆発のトラップ魔法に引っかかり体ごと吹っ飛ばされたという事を自覚出来たのは、俺が地面に背中から叩きつけられた時だった。


「がは!?」


 息苦しいとか息ができないとかの次元じゃない、強打して“息が止められた”。

 肺の酸素が強制的に吐き出されて全身から脂汗が噴き出す。


「やった! やっと動きを止めれた!!」

「気を付けろ! まだ何か隠しているかもしれん!!」


 気が付くと後ろからだけじゃなく周辺から兵士たちが囲むように現れる……どうやらこの罠まで俺は誘導されていたらしい。

 俺は動かない体を何とか動かそうと、立ち上がろうとして……立ち上がれずに倒れてしまった。

 両足に全く力が入らない事を不思議に思い……足に目をやると両足共に変な方向を向いていて、真っ黒に炭化してしまっていた。

 ああ、なるほど……これじゃあ立てないワケだ。

 痛みも苦しさも感じないから気が付かなかった……。


「ちょっと待て!? あの背中のエルフ、形が崩れて……」

「な、なんだ!? まさか……現身の人形…………こ、このクソガキ!!」


 兵士たちの声を聞いて、俺はその時初めて背中のアンジーを模した『現身の人形』が砂のように崩れている事に気が付いた。

 買った時に聞いたっけ……強い衝撃を受けると効力を失うって。

 ぼんやりとそんな事を考えていると、一人の中年兵士が殺気全開な様子で俺近付いてきて、片手で胸倉をつかんで持ち上げた。

 おお、意外と力強いな……。

 そしてもう片方の手で構えた剣の切っ先を俺の首元に突きつける。


「おい小僧!! エルフを、あのガキをどこに隠しやがった!? 正直に吐かないと命は無いと思え!!」

「…………」


 首元を絞めつけられ、更に酸欠で喋りたくても喋る事が出来ないんだが……中年兵士は拷問目的なのか切っ先を俺の首元からモモの辺りに向けて、そのまま突き刺した。

 ズグっと鈍い自分だけに聞こえる音がした。

 しかしそんな嫌な音がしたと言うのに痛みどころか最早恐怖すら感じず、それはどこか他人事のように思える。

 あ~俺はここまでなんだな~と……思った。

 死を目前にしていると言うのに、激痛を伴っているハズなのに身動ぎ一つしない事に中年兵士が逆に慌てた顔をするのが少しおかしい。


「おい!! 素直にあのエルフの居場所を吐けば怪我の治療もしてやるぞ。オマケにあのガキの捜索は国王の勅命だ! 協力すれば報奨金は思いのままだぞ!!」

「貴様があの亜人種と何があったかは知らんが、所詮他種族の劣等種であろう? 下手な義理立てなどせず素直になろうや……」


 今度は懐柔するように語り掛けて来る。

 以前の自分だったら乗っかりそうな感じの悪だくみを含んだ誘い文句でニヤニヤと。

 

「……へ」


 今の今まで殺す気で追いかけていたクセに、白々しくも言う連中に思わず笑ってしまう。

 約束を守る気なんかハナッから無いだろうにな……。


 俺はこんな事になってから、こんな世界に来てしまって妙なエルフのガキと一緒に旅をする事になってから考えていた事があった。

 それは最早叶う事は無いだろうけど、万が一にも元の世界……日本に帰れたとしたら……カオリともう一度会えたならば……言ってやりたいと。

 あの日、カオリが俺に別れを切り出した時……何も期待していない空虚な目で俺に言った一言への返事を……。

 情けなくあの時は何にも言い返せずただビビッていただけだったけど、今ならハッキリと言える。


 まさか死ぬ間際……何の関係も無いオッサン連中相手で、シュチュエーションも全く違うのに同じ事を言う事になるなんてな……。

 全身全霊、最期の力を振り絞って俺は口を開いた。

 それだけはあの頃と全く変わらない、人を不快にさせるだけに笑みを浮かべて。



「ヤなこった…………イイ女をいたぶる趣味は……ねぇ…………死んでもゴメンだ」


「…………良い度胸だ」


 中年兵士はパッと手を離して俺の事を地面に下ろすと、座り込んだ俺目掛けて躊躇いなく剣を振り下ろした。

 その表情に迷いなど欠片もなく、ただ作業的に口を割らないヤツを殺そうとしている事実だけがあった。


 ど~しようもない人生だった。

 最後の最期、少女の為に囮になるとか華々しい事をしたって言うのに……この期に及んで浮かんでくるのはアンジーの泣き顔じゃなく日本で振られた元カノの冷めた瞳なのが悲しいな……。

 俺にとっての最大の心残りが……ソレなんだと最後まで突きつけられる。


「一言…………謝りたかったな…………弁当食わなかった事…………」




















 …………私メリー…………。

 今、ちょっと驚いてるの…………。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る