第百五十七話 背の高い美女
突然現れた電車が来た上空へと目をやると、そこにいたのは金色の光を纏った巫女服を着た九つの尾を持つ狐耳の獣人。
それは我らが金色の獣使いこと神楽百恵さんと、神楽家の守護神狐神のコノハちゃんが融合した姿。
彼女は虚空にこの世界ではなじみが無いけど、
『いらっしゃいませ、第八都市伝説“見下す黒き美女”!!』
そう唱えた瞬間辺り一面に途方も無い殺気……いや纏わりつく闇の気配と言えば良いのか……生物ではあり得ない“ナニか”がこの世界に現れた事が分かった。
そう思った次の瞬間に暴走列車『猿夢』の扉が全て解放され、中から黒煙とも思える膨大な影……いや闇があふれ出していく。
それだけでヤバイ事は予感できるのにその闇は徐々に集まり一体の黒い巨人、女性の姿へと象られて行く。
プロポーションだけなら中々整ったモデル体型の髪の長い女性にも見えるけど……纏わりつく闇の気配と、その巨大な女性が呟いた言葉で俺もアマネも凍り付いた。
ポ……ポ……ポ……
見下される程に巨大な女性、闇の塊のような存在とその呟き……どう考えてもそれは他の都市伝説に引けを取らない恐怖の存在。
「ま……まさか……八尺様!?」
「かかかかかかカグちゃん!! 何てモンを呼び寄せて……」
こっちの緊急要請に応えて異世界まで来てくれた事はありがたいが……いきなり登場した色々とビッグな都市伝説に悲鳴に近い声を上げてしまった。
しかし巨大な闇の塊に戦慄する俺達とは裏腹に、土煙を上げて倒れたはずの『機神』は恐怖する様子もなく、突如現れた闇の塊へと立ち向かう。
それは新たな脅威、それは自分たちの障害であると認識したらしい。
『『アアアアアアアア!!』』
ぽ……ぽ……ぽ……
『機神』は転倒のダメージなど毛ほども無いかのように、手にした巨大戦斧をそのまま闇の塊へと振りかぶる。
しかし“当たるか?”と思った瞬間、闇の塊は形状を変えてスルリと……いや感じ的にはヌルリという動きで『機神』の背後へと回った。
そして姿を見失った『機神』が反応するよりも先に背後から胴体を掴むと、そのまま臍を支点にしてエビぞりに投げる。
ドガアアアアアア……
再び轟音を立てて『機神』は地に伏す事になった。
それはまさかまさかのジャーマンスープレックス……巨体からは想像もできない程の美しい曲線を描く見事なまでのプロレス技だった。
そして地に伏した『機神』から距離を取ると両腕を前に出し腰を屈めたレスリングにも似た構えを取る。
ぽ……ぽ……ぽ……
「え~~~? もしかして八尺様って武闘派だったの? 何かプロレスって言うかレスリングって言うか……」
「まさかの肉体派? 都市伝説って翌日に死体で発見された~とかってオチが多いけど、どうやって殺されるかって描写は余りないもんだけど……」
独特な八尺様の不吉な声が、まるで『立ちな……まだまだそんなもんじゃないだろ?』みたいにも聞こえてくる不思議。
俺たちが呆気に取られていると狐耳の神楽さん……アマネ命名は『モモハちゃん』が俺たちのそばに飛んできた。
『無事なの二人とも!? 美鈴さんに頼まれて急遽来たけど、エラいもんとバトルってたわね。何かロボットも半分になっちゃってるし……』
「何とかギリギリ……ありがとうモモハちゃん!」
『繋げて言うなっての! 何かその字面じゃ忍者みたいじゃん!!』
合体状態での主人格は神楽さんの方なのか?
声は二人の声が重なって聞こえるけどアマネの軽口に応える口調は神楽さんっぽい。
「助けて貰っといてなんだけど、大丈夫なのか? あんな大物の都市伝説にご足労頂いちゃったりして……」
『仕方が無いでしょ! こんなロボットバトルに介入できる都市伝説、私にはこれしか浮かばなかったし!!』
そういう彼女の声は若干震えている……それは呼び出した存在の恐ろしさを十分に理解した上である証明でもある。
『獣使い《ビーストマスター》』と呼ばれた彼女だが、力の根幹は神代の存在に協力を要請できる『
しかし稲荷神の子狐コノハちゃんと同化する事で彼女が発現する事の出来る召喚術で呼び出せる存在は本当に特殊。
それは神楽さんが知りうる恐怖し崇める物語『都市伝説』を呼び寄せる凶悪な儀式のような物なのだ。
元より見た目のワリに信仰心の強い方の神楽さんは、話は知っていても近づいたり利用したりなどは決してしないタイプ……当然だけど召喚に使っている魔法陣“コックリさん”だってこんな事が無ければ絶対にやる事は無かっただろう。
そう考えると本当に申し訳ない。
「わりぃ神楽さん。この状況を覆せる人って言えば君しか浮かばなかったんだよ」
「カグちゃんゴメンね? 折角記憶を封じてから日本に戻って貰ってたのに……何しろ探し人に手がかりが全くなかったから」
俺たちが謝罪の言葉を述べると狐耳の神楽さん、モモハちゃんが溜息を吐いた。
『美鈴さんから大まかには聞いたよ。確かに今まで死んだと思われていたお姫様の捜索を手掛かりなしで何て……私も“あの人”以外には知らないわ。女神様たちも血眼になって捜索してたけど……』
「あ~やっぱり女神様たちは王女の生存については把握して無かったか……」
『アマッちの作戦を把握してすぐ私の封じた記憶を解除しに来たしね。医務室に突然売店の売り子さんが二人血相変えて現れた時には驚いたけど……』
医務室……なぜそこに彼女がいたのかは今追及するのは止めよう。
多分傍らには我が妹もいたのだろうけど、貧血になった理由は何となく分かるから。
「じゃあ王女様の捜索の方は?」
『すでに足の速い連中に動いて貰ってるよ。美鈴さんも“ライダー仲間”と一緒について行ったけど……あの人凄いね、あの連中にバイクで付いていけるなんて』
「……ちなみに足の速い連中ってのは?」
『戦闘用に『地を這う最速』、『末代への贈り物』、『追走の老婆』を。運搬に『無首級の騎馬』に行ってもらった』
その豪華すぎるラインナップに俺は顔面が引きついた。
『地を這う最速』は確かテケテケ、『末代への贈り物』はコトリバコ……そして字面から『追走の老婆』と『無首級の騎馬』も何となく想像が付く。
どれもこれも追いかける、先回りするで有名な都市伝説ばかりじゃねーか……。
「幾らスズ姉でも大丈夫なのか? そんな濃いメンツと一緒にとか……」
『一応監視の目的もあるみたいですけどね。彼らにとって今回の起用は本業ではないから』
本業じゃない……まあそうだよな。
以前に本人たちが自認していたのは“物語は物語で恐怖を与え広める存在”であるという事……直接手を下すと言うのは本懐では無いだろうし、ましてや“人助け”に呼ばれると言うのは不本意な事でもあるだろう。
そう考えると彼らに協力要請した事への不安が今更だが強くなってくる。
「これって大丈夫なのか? 良いように利用したって事で俺たち都市伝説に目を付けられたり……」
……まあ、今回は大目に見ますよ。
我々『猿夢』としましては貴方には借りもございました事ですし……。
ゾワッ!?
唐突に聞こえて来たどこの駅のホームでも聞くスピーカーのような駅員の音声、聞きなれている類であるはずなのに人間では決してない事の分かる声に全身の毛が逆立った。
慌てて振り返ってみても誰もいないと言うのに……。
実際の『猿夢』は『八尺様』を車内から吐き出した後、今度は『機神』の全身を蛇の如く巻き付いて動きを封じる役目に徹している。
目の前にいるはずなのに背後から気配もなく声だけ寄越す……戦闘経験のない高校生の俺だったら“無線かな?”くらいにしか思わないんだろうけど、五感に優れた『夢葬の勇者』状態の俺には声から滲み出る闇の気配のあり得なさが如実に分かってしまう。
それに我ら都市伝説一同、世界を渡っての伝聞の機会は滅多にございません。
恐怖の拡散と言う意味では今回はいわゆるウィンウィンといったところでしょうか?
若干の不本意があるのは認めないでもございませんが……。
淡々と丁寧に、しかししっかりと殺気を感じさせる闇の声……。
俺は背筋に冷たい物を感じつつ、『猿夢』の……いや都市伝説たちの言いたい事を正確に受け取った。
「わ……分かってるって今回だけだ、アンタらに協力してもらうのは。色んな意味でもリスクが大きすぎる……」
…………………プツ……
こっちがしっかりと恐怖し警戒している、都市伝説に親近感を持ったつもりは無い意志を伝えると、背後からの声はワザワザ無線を切ったような音を残して聞こえなくなった。
「……出来れば二度とお目にかかりたくないな」
「同感……伝説なんて距離を置いているからこそ楽しめるモノだからね。何度も当事者になるのはゴメンよ」
全身から噴き出していた大量の汗がさっきとは違ってスッカリと冷えてしまった……抱きしめたままのアマネの体も小刻みに震えている。
本当に……これっきりのお付き合いにしたいものだ。
伝説なんてものは他人事だからこそ楽しめる……まさにその通り。
勇者伝説でも都市伝説でも、登場人物が楽しそうにしていた描写はまずないからな。
『何ですか何ですかアレ!? 呟きを聞く限り、もしかして八尺様ですか!? 凄いです! カッコいいです!! 恐怖を具現化した闇の巨人……うわああ中二心にズシンと来ます!! それに金色の九尾はもしかして神楽さんですか!? ヤバイですよカッコ可愛い過ぎます!! これはもう私たち3人でユニット組むしかありませんね……グループ名はベタに“運命の三女神”で行きましょうか? それともこの世界に習って“破滅の三魔女”なんてのも……』
「…………」
「…………」
『………………カムちょん』
訂正……楽しむ例外もいるらしい。
通信の先からテンション高めの
闇の存在である都市伝説を目の当たりにしてもブレない……ダメだ、やはりヤツは早いとこ日本に連れ帰らないと……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます