第百五十六話 緊急車両が通ります

 シャンガリア王国中央都市全土から見る事が出来るスクリーンに映し出された悲劇の映像、それはシャンガリアに住むすべての人々に真実と共に現実を突きつける。

 アレは止まらない……と。

 大事な女の国を、命を奪ったシャンガリアと言う国が消滅しない限りあの白い巨人は、マルロス王子は止まる事は無い。

 こっちが納得するかとかそんな次元ではない、自分は関係ないとか納得いかないとかそんな事を口にする資格すらない。

 何故なら自分たちの国は“ソレ”をすでにやった後なのだから。

 やられたからやり返されている……その真実と、自分達がこれから確実に皆殺しの目にあうという現実が……突きつけられる。


 そして……シャンガリアの国民は自然と膝を折り、未だに『紅鬼神』へ激しい攻撃を繰り返す『機神』に向かい頭をたれ始める。

 圧倒的強者からの逆襲に後悔の念、謝罪の念、恐怖の念、絶望の念……あらゆる感情が入り乱れるも誰からも怨嗟の声は上がってこない。

 心からの罪悪感から謝意を込める者もいれば、最早これまでとあきらめの境地の物もいる。

 自分たちはもう終わりだ……誰もがそう思ったのだ。


 ただ一人を除いて……。


「あれが……あの白い巨人がマルロスだと? これは……なんという僥倖!! やはり天はこの俺を、シャンガリア王国国王たるカルロスを見放してはいなかった!!」


 動かなくなって杖を突きながらではあるものの、次々に『機神』にひれ伏し始める国民を他所にその男、現国王カルロスは唯一この場に似つかわしくない下卑た笑みを浮かべる。


「クハハハハ、ヤツがあの愚弟マルロスであるとするなら、ヤツの力を意のままに我がものとすれば愚かにも王国に反旗を翻した反乱軍など一掃できるではないか! まさかアスラルと友好を結ぶなど愚にも付かん親父の政策でエルフの魔女に入れ上げた愚か者が役に立つ日が来るとは思わなかったぞ!!」

「し、しかし弟君……今のマルロス殿下の目的は……」


 現状では誰もが分かる事だが『機神』と化したマルロスが、この期に及んで兄だから言う事を聞くとか考えているのだろうか?

 目のまえの巨人の力と、その者から向けられている圧倒的な憎悪がこの人には分からないのかと。

 しかしカルロスはそんな大臣たちの心情をも分かった上で更に笑いだす。


「くくく、分からんか? あのエルフなどと言う劣等種の色に狂った愚弟を操る唯一のカギ……あの様子ではそれがまだ生きているという事を知らないのではないか?」

「……あ!?」

「な、なるほど!!」


 それは大臣自らが不機嫌なカルロスの目を逸らすために報告したアンジェリアの目撃情報……国王が何を企んでいるのか理解した大臣たちも一筋の希望を見出したが如く、似たように下卑た笑みを浮かべた。


「逃亡中の王女アンジェリアの捜索をしている連中に至急連絡を入れ捕縛を急がせるのだ! 何としても生きたまま捕らえよ!! な~に息さえしていればあの巨人を意のままにする人質としては役に立つだろう」

「さすがは陛下! この土壇場で逆に力を増す発想が出来るとは……まさに歴代稀に見る知謀に優れた偉大なる国王!!」

「貴方に付いて来た我らの判断に間違いは無かった!!」


 2年前の無策の戦争で圧勝のはずが半数以上の犠牲を出した辛勝、その後戦後処理についてはザルも良いところで国庫を悪戯に消費するだけの王。

 本当は何度も何度も『コイツに付いて行ったらヤバいのでは?』と思ったのに踏ん切りがつかずにここまで残ってしまった大臣たちだったが、生命の危機に瀕したこの期に及んで有効そうに思える策略をするカルロスに、この時初めて尊敬の念を抱いたのであった。

 その判断こそが……最期の最期の分岐点であったとも知らずに……。

 所詮は今この場でカルロスと共に“今この地で”立っている者たち……本質的には同類でしか無いのだ。


                 *


「…………な~んか、都合のイイこと言ってるバカがいるな」

「ったく……カムちょんの上映会でようやく静かになったと思ったのに……」


 俺たちは二人そろって舌打ちをする。

 外道はどこまで言っても外道……こういう“ありきたりな”発想に行き着くのもどんな世界であっても変わらないんだろうか?

『機神』の初撃を防ぐために生命力を魔力変換されたシャンガリア国民たちが動けず、そして口を噤む中、唯一元気に動くそいつらの会話だけが『融合魔法』で特化された感知能力で拾えてしまう。

 どう考えてもそれこそがマルロス王子とナナリーさんの怨敵中の怨敵、国王カルロスとその取り巻き連中なのだろう。


「動けず国民が避難出来ないこの状況じゃ国民すべてを人質に取られているようなもんだ。そんな状況でヤツが出来る国王としての最良の行動は一つだろうに……」

「所詮は愚王って事でしょ。アスラル国王の在り方に学ぶ事は出来ないんだからね」


 奇しくもどちらもが国内に敵に入り込まれた絶体絶命の状況。

 アスラルの国王、並びに王族、近衛騎士団は己が命を盾にして国民を守る為に動いた。

 ヤツが国王なら、国王であるのならこんな状況でやるべきなのは『機神』の最大の怨敵が自分であると知った時点で姿を現す事だ。

 一騎打ちを申し出るでも良い、自分の命一つでシャンガリア王国民の命は勘弁してくれと懇願するでも良い。

 王として国民の為に命を張る気概を魅せる……それならば喩え死してもヤツは王でいられただろう。

 万が一にも命ながら得た時にはどんな理由であれ自分たちの恩人としてシャンガリア王国民はヤツに感謝し、王と認めたであろう。

 魔王であれ亡国の王であれ、王を名乗り認められる資質……利己的なプライドだけは人一倍持っていたのに、王としてのプライドだけは一かけらもヤツには無かったようだ。


『ど~します? 何かこの期に及んで元気に走り回って悪だくみしてますよ? 局所的に魅了魔法でも使って足止めしましょうか?』


 俺たちの『共有夢』と繋がっている神威さんから声色は変わらないものの、明らかに苛立っている通信が届いた。

 流石の小夢魔様も奴らの言動やゲスい行動は苛立ちを隠せないらしいな。

 戦闘力が無い彼女だが、魅了魔法は師匠譲りで天下一品ではある……連中を足止めする事は容易だろう。

 だが、その必要はもうないと俺は判断した。


「いや、そっちはもう勝手に墓穴掘りまくってるから放置でいいや。神威さんには違う仕事を頼みたい」

『別の仕事……ですか?』

「今度は大画面じゃないけど……」


 俺が思いついた事の詳細を伝えると、彼女は再び楽し気に笑い出した。


『アハハハハハ! なるほどなるほど~。正義を滅ぼした後に今度は罪滅ぼしの目標を分かりやすく教えてあげると……確かに大画面ではダメですね~』

「出来そうかな?」

『問題ないですよ。今度は細く無数に光を散らして、映写技師では無く実況系ユーチューバーとしてデビューすれば良いんですね?』

「その通り……相変わらずこういう悪だくみは理解が早いね」

『やー照れますね!』


 褒めたつもりは無いが……俺も『夢葬の勇者』やってた時は戦闘手段は精神攻撃による戦意喪失が主だったから、夢操作を使ってのやり口は馴染みがあるけど、神威さんの汎用能力はあの当時を考えても圧倒的に強力である。

 ……つーかおっかない。

 こっちの思惑を受け取ったら勝手に何倍にも増幅してしまいそうな恐怖を覚える。


「共闘はこれっきりにしたいな……援軍も含めてよ」

「あはは、カムちょんとうとう“そっち側”に認定されちゃったか」


 そう軽く笑って見せるアマネだが、ぞの体をずっと抱えている俺にはその言葉に余裕などない事は顕著に分かる。

 いや、それは互いに……だな。

 二人とも全身から汗が噴き出て息切れし始めてから結構な時間が経過していた。

 憑依体で本体じゃない俺たちが疲労する原因などたった一つ……俺たち自身の魔力が限界に近付いているという事なのだから。


「とりあえず、新たな仕事を押し付けといて申し訳無いけどさ……神威さん、自慢のロボットはそろそろ限界……みたいだ……ぐわ!?」


 ガキイ!!


 俺がそう言った次の瞬間『紅鬼神』の左肩の装甲部分が一瞬でもぎ取られてしまった。

 今のは本当にヤバかった……油断なんて欠片もしていないのに完全に反射速度でこっちの上を行かれてしまった結果。

 前のバトリングの時とは違って今度は俺たちの反射速度と『紅鬼神』にズレは無く、思い通りスムーズに動けていると言うのにだ。


「これは……マズいな。分かりやすく向こうの魔力にこっちが力負けし始めて来た」

「持久力比べの体力勝負とか……バトリング決勝と全く同じ展開じゃない。立場がまるっきり逆だけど……」

『いけません夢次さん! それは拘束具じゃありません、装甲板です!!』

「わ~っとるわい!!」

『お相手がもぎ取った装甲部もしっかりとミスリル製何ですけどね~。軽く行かれたって事は既に魔力が二人よりも上に行ったか、それとも二人の方が落ちたのか……』


『紅鬼神』が損傷を受けたと言うのに、目にした製作者カムイさんから某アニメの有名セリフをパロッたチャチャが入る。

 多分俺たちが本体じゃない事も聞いているんだろう……声色に悲壮感は欠片も感じない。

 冷静な分析だが理由は多分後者……俺たちの魔力が落ち始めていのだ。


「すでに一時間近く動きっぱなしだからな……さすがにそろそろ限界が近くてね」

『そうなんです? 師匠の話じゃお二人は一晩くらいは余裕でこなす程だと伺っていましたけど?』

休憩イチャイチャタイムも挟まず息継ぎなしは限度があるの! しっかり私のイイ時に彼が合わせてくれるから……」

『ほほう……その辺を是非とも詳しく……』

「アマネ!! サラッと夜の営みの詳細をしゃべるんじゃない! 気をしっかり持て!! 魔力集中!!」


 イカン! 総じて魔導師は魔力が付きかけると意識を保っておけずブラックアウトする事があるが、総量が人一倍大きいアマネは滅多な事で魔力切れは起こさない。

 アマネの口が軽くなっている時は基本的に強敵とのバトルで、魔力が切れかかっている証明なのだ。

 だからこそ死線を共にした仲間たち……特に女子は妙なくらいに俺たちの営みに詳しいかったりして、一度など聖女に『あんまりひどいと伝説に詳細を残しますよ!!』と怒られ土下座で“勘弁して”と願った事もあるくらい……。


『天音さん、ちなみに彼のフェチは?』

「う~ん全部好きっぽいけど、強いて言えば足ね~。ストッキングを脱がせるのが……」

「ダアアアアアアア!! マジでその辺にしといて…………は!?」


 段々と朦朧としてきたアマネが超機密事項を漏らそうとしたその時、『機神』が何か妙な行動をし始めた。

 もぎ取った『紅鬼神』の左肩装甲をそのまま手に取りジッと見つめているのだ。

 そして……そのまま魔力をミスリルの破片に流し込んだかと思ったら、次の瞬間には『機神』の両手に巨大な金属の塊、戦斧が握られていた。

 ミスリルは元々魔力の伝導率が高い鉱石だが、魔力の扱いに長けた者にとっては魔力を具現、固定する為にも有効な『武器』になりうる。

『紅鬼神』が今手に持っている炎の剣も同じ理屈ではあるが……。


『もしかして破いちゃうタイプです? 意外と強引とも聞いてますけど……』

「それもあるけど、順当に脱がせるのも大好きで……」

「コラアアアアアア前見ろ前!! あの侍女長が戦斧を手にしたって事は……」

「…………え?」

『『ガアアアアアアアア!!』』


 俺の叫びでようやく朦朧としていた意識が覚醒したようだが、その時すでに『機神』は手にした巨大な……バトリングの時の戦斧とは比べ物にならないくらいに巨大な戦斧を手元で勢いよく回転させ、そのままこっちにぶん投げて来た。


ブゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ…………


「うわあああああ!? ユメジ!!」

「うおおおおお!? まさかあの巨体で!?」

ガキン……


 バトリングの時とは違う、まるでテレビで見たジェット機か何かのような強烈な風切り音をたて一直線に飛んでくる戦斧の横腹を俺は咄嗟に肘でかち上げて何とか弾いたが、予想通りに戦斧が弾かれた先には既に『機神』が先回りしていた。

 無限戦斧……ぶん投げた戦斧を弾かれた方角に先回りしてキャッチ、そのまま投げてを繰り返す侍女長ナナリーが唯一小夢魔に名付けて貰った必殺技。


『『アアアアアアアアアアアアアアアアア!!』』

ガ! ガキ! バギ!


 息継ぎする暇もなく四方八方から超スピードで向かって来る巨大な戦斧も投げ続ける方も段々と速度を増して来る。

 バトリングの時はこの技でナナリーさんが体力を使い切ったから辛くも勝利を納めたのだけど……。


「うわ!? マズイよユメジ! 『機神』が『地龍神の魔石』で動いている限り、今度は体力が切れ、魔力切れは期待できない!」

「こ、この……巨大ロボットの戦いじゃね~よこんなの!!」

「まず……魔力が…………く……」


 前回は相手の体力切れを目指して攻撃を耐え続けた部分もあったが、今回はその戦法を取る意味が全くない。

 向こうにエネルギー切れが無いのにこっちは残存エネルギーを使い切ったら終わり。

 オマケに……。


 パキイイイイイイン…………

「うげ!?」


 何度か戦斧を受けただけで刀身が魔力で物質ではない『炎の剣』が乾いた音を立てて砕け散った。

 それはとうとう物理攻撃でもこっちの魔力を上回られたという事で……俺は今まで『紅鬼神』の視点で見れていたのに、自分の意識が『紅鬼神』の操縦席だけに戻っている事に気が付き背筋が凍った。

 慌てて抱きかかえているアマネに目をやると、彼女は可愛らしく瞳を閉じていた。

 魔力切れによるスリープ……何もない時なら眼福ものなんだけど、コンマ数秒で巨大な戦斧が襲い来る現状ではそんな事は言っていられない!!


「だあああアマネ!! まだ寝るな!! 寝たら死ぬ……こた無いけど、今動かないと直撃を……」

「うう~~~~~ん…………網タイツはちょっと……」


 朦朧としつつトップシークレットを口にするアマネ……この様子じゃ数分は意識を戻す事が出来そうにない。

 そして迫りくる戦斧はそんな数分間を待ってくれるはずもなく……。


 バギイイイイイイイ!!

「のわあ!?」


 アマネの魔力切れで数秒間動きを止めてしまった『紅鬼神』は、次の瞬間には頭部から右腕に至るまで袈裟状に“持って行かれて”しまった!

 あえて胸部の操縦席を避ける辺りに『機神むこう』の気遣いを感じないでも無いけど……最早肉眼で向こうが見えるほどに見晴らしが良くなってしまった。

 ロボットの頭部はハッキリ言えば飾り、有名セリフで言えば“たかがメインカメラ”だから視界さえ確保できれば無くても操縦に支障ないと言えば無いが……。

 汗だくで腕の中で朦朧としているアマネの魔力が確保できなければ、今まさに真正面で悠然と戦斧を構える『機神』に抵抗する事も出来ないワケで……。


『『おワリダ…………疾クかエレ…………イ界のユう者…………』』


 それを言ったのは侍女長ナナリーなのかマルロス王子なのか、それともエネルギーである魔石の根源『地龍神』の意志であったのかは分からない。

 ただその言葉と共に『機神』は動きを止めた『紅鬼神』へと突撃して来た。


「…………仕方ない。ロボットバトルはこれまでだな」


 地響きを立てて迫りくる渾身の一撃、その圧倒的なパワーに対して俺はその時点で『紅鬼神』での戦闘を諦める。

 アマネを抱えて操縦席から脱出する事を決めた。




『第四都市伝説……“死へのカウントダウン”おいで下さいませ!!』




 ……だが、操縦席から飛び出そうとアマネを横抱きにした瞬間、聞き覚えのある声が聞えた。

 そして突然巨大ロボットの戦場に“プワーン”と警笛を鳴らして虚空に現れたのは異世界には似つかわしくない鉄の箱。

 何両編成なのかも分からない、遠目で見れば巨大な龍が大蛇にも見えそうな『電車』が猛スピードで『機神』の側面からぶち当たった。


ガシャアアアアアアアア!!

『『ナ!? グガアアア!?』』


 そして『紅鬼神』への止めで一直線に力を集中していた『機神』は、突然の横槍に姿勢制御ができずに勢いそのまま派手に転倒してしまった。

 大爆発にも近い『機神』の轟音に横抱きにしていたアマネがようやくハッと意識を取り戻した。


「あ……あれって電車? もしかして『猿夢』? ……って事は!?」

「ああ……ご到着のようだな奥様。妹様たちが……」



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