第百五十五話 小夢魔ノンフィクション劇場
本当は誰もが分かっていた。
シャンガリア王国が目に見えて貧しく、疲弊して行き出したのは2年前の事……前国王が“崩御”し、第二王子が“隣国アスラルの手によって”暗殺された頃からである事を。
現国王カルロスが即位し、報復であると高々に宣言し隣国アスラルへ戦争を仕掛けた時からであるという事を……。
元から軽い、どこの国でも少なからずある種族間差別程度であったのに、人間以外の種族は劣等とし、更に急激に課せられる増税に……国民はみるみる疲弊し国内へ入ってくる外貨は減り、全て軍事費として消費される資金に国庫は枯渇していった。
インフラなど瞬く間に消滅、取り締まる側への補填がされなければ当然のように犯罪係数は増加の一途を辿る。
本当は誰もが分かっていた……それは誰のせいなのか……。
しかし“それ”に付いて少しでも口にすれば、他の犯罪行為には盲目的だと言うのに“それ”に関してだけは速攻で軍が、兵士が動く。
非国民、売国奴とののしられて捕らえられ粛清、もしくは断罪……爵位を持つ者であれば良くて左遷か追放、悪けりゃ即日一家諸共断頭台に送られる。
シャンガリア王国で生きる者は分かっていても本当の事を口にする事は出来なかった。
……だから、連中が用意した安直なはけ口に飛びついた。
『我が国が苦境に立っているのは隣国アスラルの劣等種どものせいである!』
『不遜にも奴らは我らが第二王子と婚姻政策を画策しただけではなく、あろう事かこちらの友好を破棄し暗殺する暴挙に出た! 正義は我らシャンガリアにある!!』
『この世にエルフなどと穢れた種族がいる限り、我らの戦いは終わらない。奴らを根絶やしにせよ! その時こそ諸君らは神に愛され永遠の平穏を約束されるのだ!!』
口々にそんな事を触れ回る王国上層部に、シャンガリア国民は“それ”を無視してストレスのはけ口とした。
自分たちは正義だ、自分達は悪くない、アスラルの事なら何を言ってもいい、エルフになら何をしてもかまわない……。
いつしか本当の事を忘れたふりをして楽な思考へと流されて行った。
シャンガリア王国は正義、自分達のトップであるカルロス陛下は間違っていないのだ・……そんな誰もが間違っていると分かる
だから……突如中央都市に現れた白い巨人『機神』の襲来に、シャンガリア王国の連中を怯え、恐れ、そして憎しみを哀れみ持って睨み、呪詛を嘆願を口にする。
自分たちに非があるなどとは欠片も考えずに
『何で自分たちが!? 何にも悪い事はしていないのに』
『神よ! 善良な私たちに何故かような試練を与えるのか!?』
『あの紅い巨人は味方じゃないの!? さっさと遠くに連れて行けば良いのに……使えないわね!!』
『せめて、せめてこの子だけでもお助けを!! 貴方に慈悲が欠片程でもあるなら……』
まるで被害者であるように、哀れな弱者であるかのように……対抗する『
そんな愚かなシャンガリア王国国民たちが『魔力防壁』に生命力、体力を極限まで吸収され身動きできずに都市外で激しい戦闘を繰り広げる2体の巨人を眺める事しか出来ない絶望を噛み締める中……突如発生した黒雲に太陽の光は遮られ、都市部全土が暗闇に閉ざされた。
暗闇が恐怖を加速させて行く……一体、今度は何が起こるのだ……と。
そんな中、シャンガリア王国都市部上空にエメラルドグリーンに輝く何か……いや何者かが姿を現した。
それは闇夜の中でもハッキリと確認できる……まるで魔王の如き禍々しい衣装をまとっているのに妙に衣装に着られている風の、眼鏡をかけた一人の少女だった。
しかし一見愛らしくも思える少女が遠目でも分かるほどに空虚な瞳で自分達を見下ろしニヤリと嗤った時……誰もがゾクリとする。
少女はそんな連中に向けて、この場に似つかわしくない明るいテンションが高い“ような”声色で語りだした。
「さ~~て、さてさてお立合い! 自分たちに降りかかる出来事を不当とか何にも知らずに明後日の方向に嘆く哀れなおバカちゃんたち~~~~!!」
それは完全に自分たちを、シャンガリアという国その者をコケにした罵りの言葉だった。
国辱の言葉を朗々と発する何者か……その登場に戸惑う国民の中、少数の王国上層部の連中は次の言葉に凍り付いた。
「我名は
牙城を崩す……その言葉を正確に理解出来た者は少ない。
召喚当初は3人だったのに不安定な魔法陣のせいで他の二人が別の場所に飛ばされたのが約半年前……その事件自体が緘口令が出されていたからだ。
王国が戦力増強目的で使用した召喚魔法で化け物を呼び出したなど、国内外含めて知られるワケには行かなかったから。
『獄炎の魔王』はそのまま城を超高熱で溶解させた。
『金色の獣使い』は“不死病の森”を消滅させ、国境の壁を取っ払ってしまった。
最後の牙城……冷や汗と共に誰もが思う、それはシャンガリア王国中央都市そのものの事では無いか……と。
だが……『小夢魔』は更に大衆を嘲るが如く嘲笑を繰り返す。
「ウフフフフフ……心配ないですよ~。私は君たちみたいなおバカちゃんを殺すような、そんな野蛮な事は出来ません~。君らにそんな価値も無いですし~」
そう言うと少女は胸の間に手を添えて、エメラルドグリーンの光を放つネックレスをはるか上空、黒雲立ち込める天空へと向けた。
「シャンガリアの愚か者共よ! 私が崩す最期の牙城が何であるのか……とくと見るが良い!! 『共有夢・幻影映写』、ノンフィクション映画の開幕だああああ!!」
ブワリと膨れ上がったエメラルドグリーンの強烈な光が遥か天空の黒雲へと照射され、それはシャンガリア王国中央都市のどこからでも視聴できる巨大なスクリーンになる。
そして始まる映画の内容はノンフィクションの歴史物であり、恋愛悲劇。
とある王子と侍女長が見続ける悪夢を共有する、ただの真実、過去の物語であった。
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シャンガリア第二王子マルロスは姑息なアスラルとの友好の証として王国の為に悪辣なエルフの王女との婚姻政策に応じた。
しかし、嫌々ながらも王国の為に婚約を了承したそんな王子を、あの王国は卑劣にも暗殺しシャンガリア王国王家の殲滅を計った。
彼はその犠牲となってしまった悲劇の人物であり、約束を違えたエルフの王女は心の腐った魔女でこの世で最も唾棄すべき者である。
そう……親から、教師から、そして国王の演説でも聞いていた少年は見た。
初めて出会った人間の少年とエルフの少女が、恥ずかしがりながらも微笑んで挨拶する姿を。
仲睦まじく、草原を共に駆け回り、そして少女が花で作った冠を少年の頭にのせてあげる姿を。
誕生日にプレゼントされた赤い靴を心から喜び、侍女長に見せる可愛らしい姿を……。
国同士の友好のため、という建前を良い事に心から愛情を深め合う二人の……種族も国も違う王子と王女の、戻らない在りし日の姿を……。
「仲…………いいじゃん……」
空を見上げてポツリと少年は率直な感想を呟いた。
*
2年前の隣国アスラルとの戦争。
シャンガリアは勝利を納めはしたものの、帰らぬ人となった者たちは実に半数以上にも上った。
戦場で散った兵士たちをシャンガリア王国は邪悪なるエルフ共の巣窟、アスラルを滅ぼすための尊い犠牲であると言った。
彼らは正義の犠牲である、シャンガリアの英雄なのだ……と。
……2年前、息子を戦争で失った一人の女性は言い知れぬ疲労感で動かない体で暗闇の天空を見上げて、呆然としていた。
息子は邪悪な隣国を滅ぼす事に貢献した英雄であると誇りに思い、そして息子の命を奪ったエルフたちを、アスラル王国を今日まで心底憎んでいたのに……彼女は知ってしまう。
当初は友好国として、対話をするという名目で入国するシャンガリアの高官たち。
それを囮として周辺の森林に火をかけ一方的にアスラル王国へ雪崩れ込もうとするシャンガリアの軍隊。
そんな圧倒的に有利の状況であるのに、アスラルの国王率いる近衛兵団の奮戦により次々蹴散らされ命を散らしていくシャンガリアの軍隊。
どちらが邪悪で、どちらが卑劣なのか……紅い巨人の“強盗に入っておきながら反撃されたら被害者振る恥知らず”の言葉の意味が、考えたくなくても、拒否したくても分かってしまう。
「ではあの子は……息子は一体何の為に死んだというのですか!?」
*
2年前の戦争でアスラル王国征伐に出向き、逃走するエルフたちの追撃部隊に所属していた男は……上空に映し出された王女アンジェリアの物語に、無くした左腕の肩に触れて歯を食いしばる。
マルロス王子を誑かし、しかも友好を謳っておいて暗殺する凶行に及んだ毒婦。
そう聞かされていた当時の彼は実際に対峙したアンジェリア王女に噂通りであると戦慄した。
まるで何にも感情の無いかのような死んだ目で淡々と追撃部隊を凶悪な魔法で屠るその姿は恐怖を煽る邪悪な存在そのものであると。
……何故“王族”が殿にいたのか。
何故彼女の目は死んでいたのか……その理由を欠片ほども考える事も無く。
彼女に受けた魔法で失った左腕を名誉の負傷としていた男は愕然とする。
実際には年端も行かない少女が軍隊相手に命を懸けて国民を逃がそうと奮戦していた事実、そして彼女を死に向かわせた最大の理由。
何よりも自分たちがしていたのが英雄の行動では断じてなかった事実……。
「俺たちは……男を亡くして泣いている少女を追い回していたってのか?」
*
ノンフィクション……そう銘打たれた物語はシャンガリア王国の人間すべてが見せつけられていた。
戦場に残った主の足を抱きしめて慟哭する侍女長……。
『地龍神の魔石』で命は長らえたものの、動く事も出来ず自分が生き残ってしまった王子の絶望……。
その二人が憎しみから同族嫌悪の融合魔法を成功させて今に至るというラストまで。
「マルロス……王子……」
誰が言い出したのかは分からない……しかしシャンガリア王国の全ての者が白い巨人『機神』の正体を知る事になった。
勝者が正義、それが戦争の理……だが今そんな事を考えれらる者は誰一人いなかった。
自分たちが勝者、自分達が正義、何も悪い事はしていない……恨まれる筋合いは無い。
そう盲信的に口にしていた者たちは最早口を閉ざしていた。
何故なら知ってしまったから……かの巨人が憎悪し激高する単純な、最愛の女を奪った奴らが憎い、シャンガアが許せない……それは分かりやすい理由なのだと。
そして……本当は分かっていたのに忘れていた振りをしていた事実が浮き彫りになってくる。
王国に起こった凶事や厄災、それれの全てをエルフの、アスラルのせいにしていたのだが、それらの全てはシャンガリアのせいだという当たり前の事を。
シャンガリア王国に正義などない……邪悪なのはこの国であると言う真実が。
「さあ~お楽しみ頂けましたでしょうか? 最後の最後の君たちの牙城……正しいのは自分たちだという矜持は~今も健在なんでしょうかぁ~?」
『小夢魔』の楽し気な声だけが、暗闇に閉ざされたシャンガリアに響き渡った。
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