第百五十四話 我は英雄に非ず、夢を葬る者なり

 喫茶店『ソードマウンテン』の看板娘にして大学生の剣岳美鈴、そして高校2年にして神崎天音の親友の一人神威愛梨は今までシャンガリア王国中央都市が一望出来る数十キロは離れた岩山の上で、『紅鬼神』に張り付いていた彼女たちは今までこの場所から『機神』と『紅鬼神』のバトルを眺めていたのだが……弟子との熱いやり取りを終えて、託された役目を果たす為、美鈴ことスズ姉は自慢のバイクに跨り次元の穴へと猛スピードで消えて行った。


 そして、ただ一人その場に残された眼鏡っ娘はと言うと……。


「むう、ロボットプロレスからの脱却の為に御大はリアルなロボット戦争を目指したって事ですけど……実際に目にするとやはり見ごたえありますね~」


 現状で自分に出来る事は無いだろうと早々に見切りをつけて、ポテチ片手に巨大ロボットバトルを呑気に観戦していた。


「おお!? 今のは魔法ですかね? まさか天音さんがあそこまで火属性以外にも達者だったとは……むう、アレは最早賢者ですね」

“賢者? あの無忘却が?? それは間違い……だね”

「……む、何でそう思うの師匠? あらゆる属性の魔法を使いこなすのは賢者って言うんじゃないの?」


 行儀悪くポテチを喰らいながら喋る小夢魔でしに緑色の宝石はピカピカと光りながら……笑っているかのように話し出す。


“賢者とは30過ぎまで純粋であった者に送られる尊い称号、未成年の内から愛欲塗れなあの女にはふさわしくない……でしょ?”

「ぶふ!? あははは! その通りですねぇ!! もはや天音さんは賢者にも聖女にも程遠いです」

“反対に、あんな重たい女に手を出した夢葬は真に勇者だな。普通の男では手に負えないだろうから”

「なるほど、魔王を勇者が封印したという事ですね? 熱い熱い愛の力を使いまくって」

“ふふふ……封印先はベッドの上か? 言い過ぎでしょう?”

「私はそこまで言ってませんよ~。否定する材料は皆無ですけどね~」

「「アハハハハハハ!!」」



『アンタ等、この非常事態に何を呑気に人を肴に下世話な話をしている!!』

「うひゃい!?」


 女子会の悪乗り状態で話していた神威たちの耳に突如『通信魔法』によるアマネからの怒号が響き渡った。

 それが今も『機神』の猛攻を必死に受けている『紅鬼神』からのリアルタイムな通信なのは明らかで……一瞬確かに紅い機体の視線がこっちの方をギロリと睨んだ。


『こっちが! 大変な思いしているって時に! コーヒーブレイクとか!! 良いご身分じゃないの!!』

「いや、そうは言いますけど天音さん。私の出来る事はもう無さそうですし……言ってしまえば私はロボットを開発して主人公に託した博士ポジですよ? もう出来る事は無事に帰還するのを秘密基地で祈るのみですし……」

『だったら、せめて固唾を飲んで見守りなさいよ!』

「心外です! 私は固唾を飲んで観戦してました!!」

『観戦って言ってる時点で最早スポーツ観戦の気分でしょうが!!』


 数十キロも離れていると言うのに聞こえてくる金属同士がぶつかり合う轟音は、人間のみならず、周辺の動物や精霊たちですら震撼させるぐらいであるのに……肝心の乗り手が通信でこんなバカ話をしているとは誰も思わないであろう。


『話が進まんからアマネ、いったん通信変われ!』


 このままでは天音の説教に時間を取られると危惧した夢次の声が二人の会話を寸断した。


『神威さん! ヒマ持て余してんなら、少し俺たちの“ヒマ潰し”に付き合わないか?』

「ヒマ潰し……ですか? お判りでしょうけど私は戦闘の力は皆無ですよ? 精々師匠から受け継いだ小規模な夢魔の力が使える程度で……」


 神威自身それを心から自覚していたからこそ、慌てても仕方が無いと観戦していたのだ。

 戦闘では役に立てないのなら、邪魔しない事こそ最高のサポートである……と。

 ポテチ片手に~と言うのはいささか落ち着きすぎだが……。


『ああ問題ない。むしろ『大洞穴』で小夢魔やっていた時と同じ事をしてもらいたいだけだからな。スクリーンはもっとデカいけどよ』

「…………お聞きしましょう」


 親友の彼氏の言葉から“楽しそうな雰囲気”を感じ取った神威は……満面の笑みを浮かべて立ち上がった。


                  *


「さ~ってと……それではこれから最低でも一時間は時間稼ぎしなけりゃならなくなったワケだが……そこらの茶店で~ってなれば楽な事この上ないんだが」

「王子の惚気話だったら幾らでも付き合ってあげるのにね……」


 同感……それでいいならついでにバカップルの先輩としてこっちの秘話まで含めて一晩でも語らってやるのに。

 そんでもって傍らにいい加減にしろ的な呆れた目をするナナリーさんが侍女として控えている……そんな風景ならどれだけ平和で楽しい事だったか。

 いや……そうでなくても『機神』との戦闘かたらいのみだったら今のまま俺たちの精神力が尽きるまで存分に付き合ってやってもいいくらいだけど……。


 ここは語り合う場としては耳障りな雑音が多すぎる。


 未だにシャンガリア王国から聞こえてくるのは自分たちにとって都合の良い正義を振りかざし、自分達が救われて当然であるとでも言いたげな言葉ばかり……。

 上から齎された情報を信じているから持つ事が出来る幻想ユメの言葉。

 自分達は正義の側にいると盲信できるからこそ言える無知からの妄想ユメの言葉。

 ハッキリ言えば放っておいても良いと言えば良いのだが……。


「……ムカつくな」

「ええ、心の底から……」


 こんな連中を俺たちは以前にも見た事があった。

“全部魔王が悪い”そう常々口にしていれば自分たちは正義であると“抜かしていた”王国、教会など大小問わずにあらゆる集団……。

 自分は悪くない、悪いのは向こう側である……そう言っていれば自分達は善良な者でいられると思い込んでいる、何があったかも知らない無知な連中の言葉の暴力。

 そしてそんな無知な言葉の暴力が真実でも偽りでも『勝者が塗り替えるのが歴史』という良くある言葉で真実として認識されてしまう。

 ただ好きな娘と一緒にいたかった……そんな少年少女の仄かな想い。

 それを引き裂いた連中が自覚も無しに正義は自分達だと高らかに言いやがる。


“知らないから…………”



「やっぱり俺には常識的な歴史の解釈は性に合わないんだよな~」

「ふふふ……“人々の心を動かすのは勝者ではない”だっけ?」


 それは尊敬する御大系列作品の名言だが……俺もアマネもその言葉の方が性に合った。

 強大な力を力で滅ぼす勇者には興味がない。

 勝者として敗者の全てを否定する英雄も趣味ではない。

 だからこそ俺たちは言われたのだ…………夢を葬る者と……。


「じゃあ……まずはスクリーンの準備からね。来たれ宵闇、地上の光を遮り一時の暗闇を……『天空の暗幕ブラック・クラウド』」

『『!?』』


『紅鬼神』の右腕が水属性の青、左腕が風属性の緑に変化したのを警戒したようで一時的に『機神』が距離を取った。

 しかし放たれた魔法の光は自分たちにではなく、遥か天空へと放たれた。

 そして、数秒も立たない内に今まで快晴だった空に不吉なほどに黒い雲が立ち込め始めて辺りを夜の如き闇へと閉ざしていく。

 無論『機神』に対して目くらましをしようとかそんな意図はない。

 というか、そもそも俺たちが操縦する『紅鬼神』は魔力で光る仕様のせいで暗闇の中でも分かりやすく光るから闇に紛れるとかは不向きだ。

 本当の理由は別にある。

 

「では……行かせてもらいますよ奥様」

「ええ……存分に、お気に召すままに……旦那様」


 そして俺たちは『紅鬼神』を動かしていた魔力の全てを、唯一アマネが使えない属性とも言えない俺主導の魔力の使い方『夢操作』へと変換して行く。

 これまでは魔力の属性に沿って体色を変化させていた『紅鬼神』は紅や青など分かりやすかった色では無く……色々と混じった虹色の輝きへと変化していく。

 何にでもなれる、何でも見せる夢という不可思議なモノの示す“何色でもある色”に変化した『紅鬼神』に俺は自らが最も使用頻度が多い『夢操作』を全身へと張り巡らせる。

 

「……神威さん、上映会の準備は出来てる?」

『もちろんです! 特別上映会、シャンガリア王国御一行様への……目の醒める映像をお送りいたしましょう!!』


 俺が通信魔法の向こうでスタンバっている神威さんへと声を掛けると、今度は暇を持て余しているワケではなかった彼女からしっかりとした言葉が返って来た。


「ああしっかりと頼むぞ……俺たちが“共有”した真実の上映をな……」

『ええお任せ下さい! でも、こんな残酷な事を思いつくとは……貴方も中々ですね』

「アニメで人心操作してたどこかの御令嬢には言われたくないね」

『うふふふ、ご尤もですね!』


 そして何処までも楽し気な神威さんとの通信を終えた俺はアマネを抱きしめたまま『機神』を正面から見据える。

 未だ俺たちの行動の意図が分からず戸惑っているようではあるが……。


『安心しなよナナリーさんもマルロス王子も……今の行動に“アンタら”に対しての意図は全くない。戦い方を変える必要も、過剰に警戒する意味も無いぞ』

『………………』


 外部スピーカーで『機神』に呼びかけてみるが、相変わらず明確な反応はない。

 無理もない……今の彼らは怒りに我を忘れた暴走状態。

 互いを、自分を、そしてすべてを憎む事で融合魔法を果した二人は常時醒める事の出来ない悪夢を見続けているようなものだ。

 愛する一人の少女を守れなかったという悪夢を……。


『最早言葉が通じない事は理解した。多分目を覚ませるのはこの世でただ一人、そしてそれは俺達じゃない。アンタらの目を覚ます事は諦めたよ』

『『…………』』


 聞こえていないだろうし理解もしていないだろう『機神』に話しかけるのは、どちらかと言えば自分達への決意表明。


『悪夢を断つ……そんなのを部外者の俺たちはやれないし、やる気も無い……ただ付き合ってやるよ……制限時間付きだがな!!』

『やけ酒、やけ食いに付き合ってあげるようなもんだから……好きなだけ、全力で発散してくれればいいよ……。抱えたすべての憎悪も悲しも、全部の想いを、悪夢を……先輩として全て共有してあげるわ!!』

『『……ガ……ガアアアアアアアアアアアアアア!!』』


 その言葉が呼び水となったのか、『機神』は特にフェイントを入れるでもなく真正面から全力で拳を振りかぶり一直線に向かってきた。

 それは今度こそ暴走状態にふさわしく雑な攻撃、よけようと思えば簡単に避ける事も出来ただろう……だが。


ドガアアアアアアアアアアア!!

『ぐうわ!?』

『うぐ!?』


 俺たちは……『紅鬼神』はそんな隙だらけの攻撃を、炎の色から虹色へと変化させた剣で“あえて”真正面から受け止めた。

 ただ想いを全力で込めた一撃は物理的にだけでは無くあらゆる意味で重い……。

 そして、ぶつけられた彼らの悪夢が俺達へも流れ込んでくる。

『紅鬼神』の全身に張り巡らせた『共有夢』の夢魔法が、彼らが見続ける悪夢を俺達へまざまざと見せつけて来る。

 一撃一撃を受け止める度に、彼らの憎悪が、悲しみが、後悔が、絶望が……叫びと共に流れ込んでくるのだ。





 ……国を隣りにするシャンガリアとアスラルの架け橋となるべく幼い日にであった二人の幼子。国交の為と意気込んでいたと言うのに、出会ったその日から一目惚れをしてしまった人間の王子とエルフの王女の淡い恋の物語。


 穏やかで優しい時間で育む恋心と人と他種族の友好への使命感で溢れる二人を見守る侍女長の温かな物語。


 国交の為でも無く、ただ己が虚栄と浅慮を満たす為に友好国をだまし討ちで裏切り引き裂かれた悲劇の物語。


 愛する人を失った王女が己が命を賭して国民を逃がし、戦場に残ったのは王女の両足だけだった残酷な英雄の物語。


 生き残ってしまった、愛する人を守れなかった二人が恨み合い憎しみ合う事で結託し、伝説の『機神』を動かしてシャンガリアを滅ぼそうと決意する終末の物語。






 一撃一撃に、一話一話に気が狂いそうになるほど共感してしまう……まさしくそれは、パートナーを失った時の自分たちの姿に他ならない。


『『カエセ! カエセ!! あノ娘ヲ返せエエエエエエエエエエエ!!』』


バガアアアアアアアアアアアアア……


 強烈な金属音と共に響き渡る『機神』の、怒り狂う王子と侍女長の哭き声に胸が締め付けられる。

 だからこそ……この二人は罪人にしたくない。

 この件に関して、両成敗的なジャッジなど俺たちは望まない。


『そうだ、全力でぶつけて来い!! お前らの想いを! 奴らに見せられ続けた悪夢を!! 何も知らずに妄言吐いてるバカ共に真実の物語を!! 一緒に奴らの正義ユメを葬ってやろうぜ!!』



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