第百五十三話 出来れば避けたい捜索の方法

『……この! 氷結の牢獄!!』

『!?』

ボ……ドドドドドオドドド…………


 再び『機神』の動きを封じようとアマネが魔法を放ち、今度は至近距離の『紅鬼神』ごと足元から大量の水柱が立ち上がる。

 しかし今度は水しぶきが『機神』に降りかかる寸前、あの巨体では考えられない程俊敏に、まるで猫の如きしなやかさで大地を蹴り上空へと逃れた。


『げぇ!? マジかよ!?』

『ウソでしょ!? あのガタイで物音一つ立てずに!?』


 ビキビキビキビキ…………

 そして立ち上った水柱は『紅鬼神』だけを包み込んで、急速に凍り付いて行く……自爆も良いところである。


『マズイ! アマネ魔法解除ディスペル!!』

『わわ……解除!!』


 アマネが氷の魔法を慌てて解除した瞬間、急速に凍結していた氷は全て水に戻り流れ落ちて行く。

 しかし相手はその隙を逃してくれるほど甘い『機神』……いや侍女長ではない。

 氷結の監獄を飛んで逃れたその動きのまま今度は岩山の側面を蹴り、所謂三角飛びの要領で『紅鬼神』へと蹴りをくり出してきた。


『アアアアアアア!!』

『うわあああああ!? もうかよ!?』


 ガギイイイイイイ……


 咄嗟に動けた右腕だけで俺は何とか高速の蹴りを受けようとするが、片腕で全ての威力を吸収できるほど『機神』の蹴りはヤワく無かった。

 アッサリと右腕のガードを弾き飛ばし、更に空中で回転したと思えばそのまま勢いを殺さないまま踵をがら空きになった頭部を狙う。

 いわゆるソバットというヤツだが、食らったら幾ら融合魔法で動くミスリル製の『紅鬼神』でもタダでは済まない。

 俺は弾かれた右腕の勢いに“逆らう事なく”後方に転倒する姿勢で『機神』のソバットを寸前でかわし、お返しに下から蹴りをくり出した。


『『雷神招来サンダーリボルブ!!』』

『ガ、ガアアアアアアアア!?』


 そして『機神』の足にヒットした瞬間に雷の魔法を発動、スタンガンと同じ要領だが威力はその比ではない電流が一気に流れ込る。

 幾ら暴走状態の『機神』でもその威力にはたまらないとばかりに瞬時にバックステップ、距離をとった。

 俺もこの隙に『紅鬼神』を立ち上がらせて剣を構えた。


「く……怒りで我を忘れているってのに技に乱れがない。こういう場合って雑になってスキが生まれるものじゃねーのか?」

「いつもいつも……復讐の一念を抱きつつ極限まで追い込む鍛錬を繰り返していたからかしら? バトリングの時よりも精練された動きに思えるよ」


 ずっと抱きしめている状態だからアマネが極限までに緊張し震えている事は手に取るように分かる。

 俺自身だってそうなのだから……。

 

「あの巨体で動き回っているのに機体の駆動音の方が大きく聞こえるくらいに足音が全くしないとか……あり得るのか? ロボット同士の戦いで武術の達人みたいなマネが出来るなんてよ」


 無駄のない摺り足と体重移動、血の滲む訓練を繰り返した戦士としての技量をこの巨体で実現できている事が脅威なのだ。

 融合魔法の要領で無尽蔵に『地龍神の魔石』の魔力を使え、更に自身の技術すらも機体に投影する……憎悪により融合魔法の力はやはり凶悪に強力だ。


「く……怒りと憎悪の同族嫌悪の融合魔法に、ベッドの中で培った俺たちの融合魔法が負けるのはこういう展開では避けたいところだが……」

「残念ね……そう言う事なら一晩は頑張れるけど、多分向こうの耐久力はこっちの比じゃないだろうから」


 俺の軽口をアマネも苦笑交じりに肯定する。

 アマネがこういうノリに軽く乗っかってくる時は、状況が結構ヤバイ証拠。

 本来だったから火事場の馬鹿力の類である融合魔法を常時発動できる俺たちの異常性が、今回ばかりは優位に働かない。

 あくまで人間である俺たちには魔力的、精神力的に限界があるのだから。

 憎しみからの力よりも愛の力が勝るとか……そう言うのは本当に幻想ゆめなんだろうなと思わざるを得ない。

 そもそも俺たちの本音は『機神』に乗る二人には欠片程の恨みすらないから、戦意と言う意味では低い。

 おまけにこっちの戦いの気を削ぐ要素がもう一つあった。




「何をモタモタしている! 早くあの怪物を殺せ!!」

 

「化け物同士のケンカなら別でやれば良いのに……シャンガリアの近くでなんて……」


「お前は無慈悲に弱者を襲う化け物を倒す正義の味方なんだろ!? 正義の国シャンガリアを守ってくれ!!


「……どうせなら互いに殺し合えば良いのに。どちらかが倒れて瀕死状態の生き残りを殺す事が出来れば救国の英雄として手柄が……」




 融合魔法で俺とアマネが感覚を共有している事で、五感に優れた俺と魔力感知に長けたアマネの感覚が共有されて……さっきからシャンガリア方面から耳障りな“雑音”が聞えてくるのだ。

 恐怖の悲鳴や怨嗟の声ならまだマシな方……連中の声の中には何を勘違いしたのか俺たちを自分たちの都合の良い正義の味方だと思い込んだ声援も聞こえてくるし、無関係だと思い込む輩、この期に及んで漁夫の利を狙おうとか考えている奴もいる。

 みんなの声援を受けて力に変えるってのはロボットアニメの王道展開だと言うのに、どうでも良いヤツらの声はこっちの戦意をとことんまで下げてくれる。


「何かもう……段々あの二人をほっといても良くね? とか思ってきたな……」

「奇遇ね、むしろ仲良く一緒に更地にした方がお話聞いてくれるんじゃないかな?」

『気持ちは分からんでも無いけど、それは勘弁して!!』


 二人そろって目に覇気が無くなっていく状況で、不意にスズ姉の声が聞えて来た。

 それは互いの魔力の波長をリンクした人同士が行える通信魔法による声だった。

『紅鬼神』の飛行の際に魔力障壁を展開しつつスズ姉と神威さんは張り付いていたのだが、声の様子からは疲労感が伺える。

 さすがに長時間生身での高速飛行は堪えたらしい。


「そうは言うけど、俺たちはあくまであの二人の為に戦っているつもりだぜ? な~んか勝手な事抜かす奴らがついでに助けて貰おうとか……気分悪くね?」

『……その辺は心から同意するがな、だからこそ連中に余計なものを背負わせない為に止めようとしているんでしょうに』

「そうなんだけどね…………う!?」


 こっちが通信している間に『機神』の攻撃は再開される。


ド! ゴ! ガキ!! 


 相変わらず無駄の美しい武術でいて凶悪な怒り秘めた攻撃に、大気を連続した轟音が響き渡るのに移動する足音が聞こえてこない。

 その動きを多分遠目から見ているんだろうスズ姉と神威さんの感嘆に満ちた声が聞える。


『凄いね。まるで徒手空拳のお手本みたいな動き……状況が許せば一度手合わせ願いたいもんだわ』

『やっぱりナナリーさんは最強かもしれませんね~伊達にバトリングの頂点に君臨していたワケじゃないと言いますか』

「呑気に言ってんなよ! こっちは切羽詰まってると言うのに!!」 

『やっぱり王女様本人じゃないと耳を貸してくれないのは我を失った魔王の定番なのでしょうか? 二人の怒りを鎮めるのは想い人本人のご登場でないと……王女様を夢枕で呼び出す作戦じゃ無かったんですか?』

「呼べなかった…………目的の王女……死んで……無かったんだ……よ!!」

 

 継ぎ目のない連続攻撃を何とか炎の剣で防いでいたが、段々と早く、強くなって行き……捌ききれなくなって行く。


『……え? まさか……王子に続いて王女の方も?』

『え……マジか!?』

「この状況で冗談言えるかよ! ほんのちょっと前だったら聞いて貰えたかもしれないのに『機神』を暴走状態で動かしてるこの二人にはもう他人の言葉が届いてねぇ!!」


 ナナリーさんでもマルロス王子でもどっちでも構わない、冷静に話を聞いて貰えれば猶予が出来たのだ。

 アンジェリア王女を探し出すための時間が、それこそ年単位でも確保できたかもしれない……。

 だけど話も聞かずシャンガリアを滅ぼす事にしか意識の無い状態では時間的猶予なんてあるワケが無い。

『紅鬼神』を操る俺たちの体力が尽きた時点でゲームオーバーだ。


『何とか王女様本人を今から探し出す事は出来ないんですか? RPGのお約束としてご本人の登場以外に仲間イベントは発生しないんじゃ?』


 オタク同士特有のゲームの喩えをする神威さんの意見ではあるが、それしか方法が無いのは分かり切っているけど、それが絶望的に難しいのは明らか。

 

「それしか無いのは分かり切ってるけど、俺たちの限界を迎えるまでに見つけるのは不可能だ! 異世界こっちに来る前に女神様たちからその辺に付いて何も聞いていないからな……恐らく王女様の生存は神様ですら探知できていない」


 神楽さんに比べて神威さんの探索が手こずったのは強力な魔力の発動を確認できていなかったからだ。

 そう考えると凶悪な魔力を秘めた『地龍神の魔石』については女神様たちは知っていたと今なら分かる。

 神と言う立場から地上に関わる事柄を不用意に口に出来ないあの二人は直接的には教えていなかったけど、小出しにヒントだけは寄越していたからな。

『我々に発見されないって事は“身を守るほどの魔力を発動する理由が無い”って事で……』今考えれば直接教える事の出来ない女神様たちの最低限の情報開示、『発見できる程の強大な魔力が存在する』という事だからな。

 肝心の魔石に封じられていたマルロス王子に思考誘導されてしまって、この女神様たちの助言を無駄にしてしまったが……。


「あの心労女神二人の口振りではアンジェリア王女の生存は認識出来ていなかった……つまり呪いなのか封印なのかは知らね~けど、魔力系の力は封じられているって事になる! 探そうにも手がかりが何一つ無いんだよ!!」

『か、神様でも……ですか!?』

『……残念だけど、夢次君の言う通りでしょうね。今頃“向こうで”必死にマップ検索している姿が眼に浮かぶわ。時間があれば発見するかもだけど、目印が無い現状では……』


 通信からスズ姉の難しい声を聞いている間にも『機神』の猛攻は続く。

『紅鬼神』と同調したアマネと融合魔法を使って自らの手足の如く動かし、その猛攻を住んでのところで捌く事の繰り返し……しかし致命傷は避けてくれるからまだもっているくらいに徐々に徐々に速度が上がっていく。

 ジリ貧……そんな嫌~な言葉が脳裏を掠めた時、アマネがポツリと呟いた。


「ねえユメジ……手がかりが何もない状況で人を探せる方法、何か思いつく?」

「は? 何言ってんの? 今のところ全く思いつかないから焦っているワケで、何かアイディアがあるなら……」


 そこまで言葉にして気が付く。

『紅鬼神』の操縦桿よろしく抱きしめていたアマネの体が震えている。

 高揚や緊張によるモノじゃない……珍しい事に恐怖による震えで。

 自慢にもならないし、出来る事なら無関係でいたい事だが俺たちは前の世界も含めて何度も何度も死線を共に潜り抜けた事もあって多少の事では恐怖しない、というか出来ない。

 腹が座っているとは言わない……究極的には“パートナーが無事なら良い”という物凄く自分勝手な発想があるからだが……。

 そんなアマネが震えている……自分の思い付きを口にしたくないかのように、あるのなら代案を要求したいかのように。

 だけど……不本意ながら俺はアマネの望みに沿う事は出来なかった。


「悪いアマネ……今のところ俺には何も思いつかん」

「そう…………仕方が無いね……」



 そしてアマネは口にした。

 この絶望的な状況、魔力による探知が出来ない女神様ですら難しい王女アンジェリアの短時間での探索。

 手がかりすら存在しないそんな状況なのに、そんな人物を追えるかもしれない存在を。

 そして聞いた瞬間、俺もアマネと同じように恐怖で震えていた。

 もう二度と関わり合いたくないと思っていたのに……。


「……マジっすか嫁さん」

「私も極力関わりたくないけどさ……他には思いつかないもの。こんな手がかりの無い状況で特定の人物を理不尽なくらいに追跡できるナニか何て」


 アマネの発案に俺も正直躊躇しかけるが、そんな間にも『機神』の鋭い蹴りが側面から迫り、手にした剣の防御が間に合わずに咄嗟に『魔力盾』を発生させて何とか直撃を防ぐ。


パキイイイイイイン

「く!?」

『ガアアアアアアアア!!』


 しかし『魔力盾』は今の一撃で破壊、消失してしまう……数発は持つかと思っていた盾が一撃で消える……しかも既に剣だけで捌けなくなってきたとなれば。


「迷っている時間も無い……か」



 俺は覚悟を決めて……再びこれから行う作戦の要となる人物に連絡を入れる。

 そして概要を伝えた瞬間、スズ姉からは苦笑交じりの声が聞えて来た。



『……ギリギリの提案だね。ただ実行するのは良いけど、どうしてもタイムラグは発生するよ?』

「ちなみに超特急で急いで往復どれくらいになるかな?」

『ここ数か月……向こうで言えば数日の出来事なんだけど、連中が召喚魔法を使えなくなったおかげで大分緩和されたけど……最低一時間は見る必要あるかな?』

「一時間……か」

「「はあ……」」


 思わず俺が溜息を吐いた時、腕の中のアマネも同時に溜息をを吐いていた。

 以心伝心、前の世界もこの世界でも常に一緒にいた幼馴染にして嫁さんと潜って来た戦いはいつもこんなのばかりである。


「ど~して俺たちはスマートに事を運べないんだろうな~。勇者なんて魔王を倒せば大団円で終わるのが定番だってのに」

「仕方がないんじゃないの? 私の幼馴染は人殺しを武功として見せびらかす人じゃ無いし……そんな人と一緒にいたい私もそんな結果は趣味じゃないもの」

「なるほど……そりゃそうだ」


 自分達で望むからこんな事になる。

 究極的に言えば俺たちはどこまでも自分勝手なのだ。


「気に入らない未来には興味がない……後ろめたい想いを抱いたまま、アマネを抱くような事はもう御免だ。どうせなら何の憂いも無く嫁さんにかまけていたいからな!」

「……私は別にそういうのも嫌いじゃないよ? 私だけが貴方を慰めて上げれる女ってポジションもね」


 チュ……

 そう言いつつ俺たちは軽く口付けをかわして、再び『機神』へと意識を集中させる。 

 耐久時間一時間……その時間帯シャンガリアを滅ぼそうとする『機神』をこの場に押しとどめる事を覚悟して。


「スズ姉! 今日特急で頼む。実際一時間も持つかは分からないから本当に早く頼むぞ!」

『やる気……ってワケね』

「やるやらないじゃなく、やるしかないって事らしいからな。後でスペシャルメニューを注文するからよろしく!!」

「持ちこたえる戦い方はあんまり得意じゃないから、大至急お願いね!!」

『仕方が無いな~この弟子たちは……。お前ら耐久力には自信あるんじゃないの? 確か戦闘の前日ですら頑張り過ぎて聖女に叱られてたんじゃ……』

「な!? 何故その事実を!?」


 それはリタイヤ後の事なのだが、そんなのも女神経由で知っていたのだろうか?

 俺たちが驚いた事にケラケラと笑うスズ姉だったが、すぐに覚悟を決めた『師匠』の了承の声が聞えてくる。


『一分一秒でも早く戻る、それまで耐えきれよ! 憑依体のお前らに要らん気遣いはしない。限界以上に無茶して一時間耐えろ!!』


 その声は師匠として、リーンベルとして俺たちを指導してくれた頃と同じ……頼れる大人の女性のそれ。

 俺たちは実に数年ぶりの師匠によるスパルタ修行メニューにほくそ笑んだ。


「「了解!!」」

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