第百五十二話 白き龍と紅き鬼
そして当然と言うか、やっぱりと言うか……しっかりと『紅鬼神』の背面に常備されていた『ジェットエンジン』で空を飛ぶことになった俺たちは全速力でここから遥か南方のシャンガリア王国へ駆けつけたのだった。
向こうが先に到着してしまった事で初撃を防ぐ事は出来なかったけど、シャンガリアも腐っても大国だったという事か……都市内部にいる全国民の生命力を結界に変換する事で辛うじて消滅は免れていた。
しかし万を超す国民の限界は初撃で尽きようで、2発目を受けていたら間違いなくシャンガリアは消滅していただろう。
しかし超巨大ビームライフルを下からかち上げる事で何とか射線をズラす事に成功した俺たちの『紅鬼神』ではあったが、次の瞬間当たり前な事に『機神』の意識は完全にこちらへと移った。
間違いなく敵としての認識で……。
ガキイイ!!
『むぐわ!?』『うぐ!?』
怒りに任せた『機神』が俺たちが操縦する赤い機体『紅鬼神』を片手で振り払った。
俺たちはバカでかい金属音と共に、そのまま後方へと吹っ飛ばされる。
やっぱり魔導師として高位のアマネであっても純粋な魔力で『地龍神の魔石』をエネルギー源にする『機神』に勝る事はできないようだ。
そしてヤバいのはここからだ。
何しろ俺たちのよく知る侍女長殿の戦い方は本来距離を取っての遠距離射撃ではない。
吹っ飛ばされたその先に“既に『機神』が拳を構えている姿を目にしてその事を強烈に思い出させられた。
『ウソだろおい!? 機体の中じゃ比較的軽量だった『敗者の
『物理法則の矛盾なんて言ってもキリないわよ! 魔力の事に関しては向こうは無尽蔵なんだから!!』
アマネの言葉に納得いかないが、理解するしかない。
油断していたつもりは欠片も無かったが、その予想すら上回る移動速度とそれを可能にする無尽蔵の魔力。
考えてみれば一人で『敗者の亡霊』を操縦していたナナリーさんの最も得意としていた魔法は『身体強化』なのだから大きかろうが重かろうが、この結果は当然かもしれんが。
『にしたって速過ぎるだろう!!』
『……ソをヲ……どケ……』
そして狙いすました右の正拳……しっかり脇を締め、踏み込みも完璧な一直線の巨大な鉄拳は美しさすら感じる達人の技法。
絶対に喰らってはいけない類の代物だ!
『!? んなろ! アマネ!!』
『歯ぁ食いしばって! 爆炎方陣!!』
ドガアアアアアアア!!
アマネが詠唱した瞬間に『紅鬼神』の背後に現れた巨大な火球は『機神』の正拳が直撃する寸前に弾け、大気を震わす程の爆発を発生させた。
『ぐわあああああ!!』『くううううう!!』
その巨大な爆発に吹っ飛ばされる形で『紅鬼神』は『機神』の正拳の射線を外れる事が出来た。
急激に反対方向に吹っ飛んだせいで急激なGが掛かった辺り無傷とは行かなかったけど、直撃よりはマシである。
だがそれで終わるほど『機神』は、いやナナリーさんは甘くない、案の定正拳が空を切った次の瞬間には次の追撃行動に移って態勢を整えている。
が、それはこっちも同じ事。
俺はまだ爆風で態勢が安定しない中『紅鬼神』に収納されていた短刀を引き抜いた。
形状や装備していた場所から特定のネーミングが浮かぶけど、その事は考えないようにして俺たちはナイフに魔力を込めて短刀を『炎の剣』として延長させる。
その光景を目にして『機神』は明らかに追撃を躊躇した。
『!?』
『俺たちが剣と魔法を主体に戦う予想はして無かったか? 残念だけどむしろそっちが本来のスタイルだぜ!!』
『元々私たちは戦士と魔法使いのコンビだからね!!』
追撃を迎え撃つつもりで『紅鬼神』が炎の剣を振り回すが、向こうが一瞬躊躇した事が功を奏したようでカウンターとはならずにこっちの攻撃も空を切った。
しかしそのおかげで距離を取る事が出来て地に足が付いた。
ようやく『紅鬼神』をしっかりと構えさせる事が出来る……俺は炎の剣を正眼に構えて『機神』を見据えた。
刀身の具現化、『ステゴロ』は機体の性能からも徒手空拳寄りの戦いしか出来なかったけど本来俺の戦闘スタイルは剣主体の近接戦でアマネが遠距離と補助寄りの魔法使いだった。
『自分でもたまに忘れかけるけど俺のスタンダードは剣での戦いなんだよね』
『…………ジャま……スるな……』
『邪マ……シナいで……』
完全に俺たちを、『紅鬼神』を怨念成就の障害と認識した『機神』から初めて聞く男性……と言うよりは声変わりしかけの少年の声と聞き覚えのある侍女長の声が聞えた。
『『邪魔スルナアアアアアアアアアアアアア!!』』
ドン……
そして轟音と激しい土煙が聞えた瞬間に目の前に現れる白き巨体、一撃で大地を抉る鉄拳が、一発で都市を壊滅できる蹴り技が高速で襲い掛かって来た。
それはバトリングで見た『敗者の亡霊』の動き、侍女長ナナリーさんの動きそのもので、相変わらず連続攻撃の継ぎ目にスキが全く見当たらない。
拳をいなせば蹴りが、蹴りを外せば肘が、態勢を崩せたと思えば側転気味に“上から”踵が……むしろ前の時よりも精練された動きを見せて来る。
「バトリングの時に比べて『機神』の操縦は本人の体力で動かしていない分戦い方に余裕があるんだろうか? 付け入るスキがねえ!!」
「巨体からの継ぎない連続攻撃……武道家のおじさんより速いかも」
ドゴオオオオオ…… ガギイイイイイイ…… ズゴゴゴゴ……
炎の剣で『機神』の連続攻撃をさばき、いなす度に空気を震わす程の轟音が辺り一面に響き渡る。
すべてが一撃必殺の威力を秘めた凶悪な攻撃、最愛の
こんな戦闘の轟音……魔力防御壁の影響で動けずも朦朧とするシャンガリアの人々にとっては恐怖でしかないだろう。
だけど、そんな攻撃にさらされている張本人である俺たちは……そんな『機神』を、攻撃を繰り返すマルロス王子もナナリーさんにも恐怖は抱かなかった。
当然だ……この期に及んで、怒りで我を忘れているクセに『機神』から『
憎しみ募るシャンガリアは国ごと皆殺しにしようとしているクセに、最も障害になるはずの『紅鬼神』は頭部や手足を狙って急所である
多分無意識なんだろうけど、邪魔するなら諸共に……などという一方通行な決意は見えないのだ。
『『ナぜ邪マする……キさまラは…………関係ナい…………ジャマするナ……邪魔をスルナアアアアアアア!!』』
『邪魔するな』……その声に潜む『お前たちは関係ない、邪魔しないでくれ』という言葉がどうしても感じられてしまうから。
融合魔法なんて壊れた魔法を扱える同類の人種として……。
『……だろうな。俺だってもしアマネを殺されたとしたら……間違いなく同じ事をするだろうよ。理由や主義主張なんぞどうでも良い、関係した全てのクソを殺しつくすまで止まれないだろうな!』
ガキィイ!!
『!?』
『機神』の拳を俺は炎の剣の柄で止め、そのまま上方へと弾いた。
そして片腕を振り上げた状態の『機神』の懐が空いた一瞬だけ出来たスキに『紅鬼神』を一気に潜り込ませる。
『『ナニ!?』』
『だけど、そんな状態でも“関係ないヤツは巻き込みたくない”なんて勝手な事を言うヤツ……残念だけど俺は嫌いじゃねぇんだよな!!』
『邪魔する理由は貴方たちが嫌いじゃないから……それだけで十分じゃない!!』
ドン……ドガアアアアアアアア!!
懐に潜り込んだ『紅鬼神』が放った左の拳がボディーへと突き刺さり、『機神』の巨体は背後にそびえ立つ岩山へと吹っ飛ばされて激突した。
『『がああああ!』』
しかし初めてのクリーンヒットを喰らったにも拘わらず『機神』のダメージは浅いようですぐに立ち上がろうとする。
残念だがこの『機神』に関して言えばアマネの最大火力の魔法であっても倒し切るのは難しいだろう……それは予想通りの結果ではある。
だが……その立ち上がろうとする動きが止まった。
『『こ、コれハ!?』』
立ち上がろうとしても立ち上がれない、激突した岩山に“胴体が氷で縫い付けられて”いる事態と、『紅鬼神』の両腕が青く変色している事にようやく気が付いたようだ。
『ウチの嫁さんは優秀な魔術師なんでね! 得意分野は確かに火属性だけど不得意分野があるってワケじゃね~んだなコレが!!』
使い勝手が良い事でアマネは火属性魔法が得意で最大火力を持つ魔法も火属性ではある。
かと言って他の属性が使えないという事は無く、むしろ一般的な魔導士に比べて他属性でも強力な魔法を使いこなせるのだ。
一度見た魔法は決して忘れず自分の魔法にしてしまう……
魔力の伝導、増幅の出来るミスリルだから使用した魔法の属性によって色も変わってしまうのが次の攻撃を予想されそうで嫌な部分だけど、魔法攻撃の増大に関してはこれ程強力な増幅器は前の世界も合わせて見た事が無い。
『しばらくの間失礼! 氷結の
青く変わった両腕で魔法を放った瞬間、岩山に縫い付けられた『機神』の足元から大量の水柱が立ち上り……そして流れ落ちる事無くそのまま凍り付いて行く。
『『ギ!? グアアアアアア…………』』
瞬間的に凍り付いて行く『機神』はどうする事も出来ずに氷の中に封じられて、動きもそのまま封じられていく。
「よし、今だ!!」
そして全身が凍り付いたのを見計ってから、俺はなるべく『機神』に近付いてから『紅鬼神』の操縦席から飛び出した。
一時的にでも動きを封じる事が出来ないとこんな事は出来ない。
物理的に『機神』の操縦者の数メートル圏内に俺が到達するには……。
「アマネ! 制限時間は!?」
「もっても精々一分程度だと思う!!」
氷の檻に閉じ込めたのはアマネだと言うのに、全く楽観できない事を渋い顔で言ってくれる。
魔力の氷はそれ以上の強い力で打ち破る事が出来る、その事を誰よりも理解しているアマネの見解だから、間違っていないはずなのが本当に残念である。
つまりその時間内に事を済ませる必要があるって事で……。
「な、ん、で……こう俺の特技は使い勝手が悪いんだろうな~~~~!!」
操縦席を飛び出した俺は夢操作『寝溜め』で溜め込んだ魔力を脚力に変換して『紅鬼神』から凍り付いた『機神』へと一気に張り付く。
機神の胸元、丁度頭部と胸部の間付近に……。
そこから見上げると氷に閉ざされた『機神』の頭部に光る『地龍神の魔石』となっている元シャンガリア王子マルロスであろう少年の姿が見えた。
閉じた瞳から絶えず流れ出る赤い涙が彼の無念を如実に語る。
そして足元の胸部では融合魔法を可能にする程同じ思いの悲しい侍女長さんも同様に赤い涙を流している事も想像できてしまう。
「惚れた女が、大事な人が殺された気持ちが分かるとは言わない……俺には経験の無い事だからな。他人のたわ言になんて耳を貸す気は無いだろ……」
『『ギ……ギギ……ユルさン……』』
氷の中から締め出すように漏れ聞える言葉……俺はその二人の
夢操作『夢枕』……二人にとって唯一の存在に
「せめて安らかな夢を……下らない筋違いな憎悪なんて受ける事なく、最後の再会を」
俺は開いた『夢枕』のページを魔力を込めて叩いた。
「……あれ?」
が……その瞬間、何も起こらなかった。
予定では二人の憎悪を鎮める事の出来る唯一の存在『王女アンジェリア』の魂を呼び寄せるはずだったのに……。
「し、失敗? そんなバカな!?」
他の事であればいざ知らず、俺は夢操作に関してだけは発現に失敗した事は無かった。
それは自信とかそう言う事ではなく、使えば確実に動くと思っているスマフォの感覚に近く、普段は動作不良とかを想定していなかったからだが……。
「ページも間違ってないし、何よりも魔力だってちゃんと込めてるのに……もう一度!」
今度はさっきよりも強めで『夢枕』のページを掌で叩きつけた……しかし。
「発動しない!? 何で!?」
手ごたえが全く無い……こんな事は初めてだった。
ごくたまに魂側が『夢枕』で呼ばれる事を拒否するという事もあったが、その時はあくまでも“拒否の意志”が介在しているから『夢枕』が発現している手ごたえがあった。
魂が拒否していないのに『夢枕』が発動しない…………。
「ま……まさか…………」
パキ…………
俺がある事実に気が付きかけた時、思考を寸断するように不吉な音が聞えた。
パキ……パキ……ビキビキビキビキ…………
そしてその不吉な“ひび割れる氷”の音はあっという間に連続して行き、激しい振動が起き始め立っている事も難しくなる。
「早えぇよ!! まだ30秒も経ってない…………どわあああああああ!!」
バガアアアアアアアア……!!
そして氷の檻は内側から破裂するように割れ、たった数十秒の封印から『機神』は復活する。
『『ガ……ガアアアアアアアアアア!!』』
「うおおおおおおお!?」
巨体を包み込んでいた氷の破壊と一緒に俺はそのまま空中へと吹っ飛ばされてしまった。
しかし俺は地面に叩きつけられる事はなく、そのまま開かれたままだった『紅鬼神』の操縦席へと戻る事が出来た。
正確には吹っ飛ばされた俺をアマネが掴まえて引き込んでくれたからだが……。
俺はすぐさま操縦席を閉じて『紅鬼神』を操縦、『機神』から距離を取る。
「さすがアマネ、出来る嫁は最高だぜ……」
「それは良いけど……どうしたの!? 貴方が夢操作をミスるなんて前の世界でも無かった事じゃない!?」
融合魔法の為に再び俺の腕に収まったアマネが疑問をぶつけて来る。
しかしその認識は間違っている……ミスったのは夢操作の方ではない……俺は首を振って自分たちの最大のミスを口にする。
「アマネ……ミスったのは夢操作じゃない。俺たちの認識の方だ……」
「……え?」
「ちくしょう! 何で今何だよ!! 間違いなくハッピーなグッドニュースなのに!! 数日、いや数時間前に発覚してりゃ~『機神』が起動する事も無かったのに……何で唯一素直に喜べないこんな時に発覚するんだよ!!」
「え……ちょっと、まさか……」
俺の愚痴交じりの言葉にアマネは口元をヒク付かせる。
それだけで俺が何を言いたいのか、何故『夢枕』が発動しないのかを察したらしい。
「まさか『夢枕』でアンジェリア王女の魂を呼べなかった理由は……彼女の魂が“向こう”から来ない……じゃなくて」
「彼女の魂が、向こうにいない……つまり……」
ドガアアアアアアアアアア!!
「ふぐわ!?」「ふぎ!?」
しかし俺たちが決定的な事を口にしようとした瞬間、氷の檻を完全に脱出した『機神』が猛スピードで『紅鬼神』へと突進してきた。
『『ジャマスルナ……ジャまスるな…………シャンガリア、ミナ殺す……ジャ魔ヲするナアアアアアアア!!』』
『だあああああ落ち着けバカ共!! お前らの大事な人は……ぐわあ!?』
『お願い聞いてえええええええ! 貴方たちにとって物凄く重要かつ吉報が……キャアアアアア!!』
『『ドケ……ドケ……ソこをドケエエエエエエエエエ!!』』
怒りに我を忘れ、怒りで融合魔法を使い『機神』を駆る二人はシャンガリアを滅ぼす事しか頭に無く他者の言葉を聞き入れる事が出来ないようだ。
立ちふさがる『
だからこそ唯一聞き入れるだろう王女の魂を呼び寄せようとしていたのに……。
『『アンジーを奪ったシャンガリアに……裁きの鉄槌ヲオオオオオオオ!!』』
『だから聞けええええええ!! 生きてんだよ、お前らの大事な大事な王女様はああああ!!』
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