第百五十一話 起動するバカップル専用機

 突然現れた、自分達の日常を壊し死を齎そうとする強大な存在を前に恐怖と絶望、そして怒りで朦朧とするシャンガリアの者たちはその紅い姿を前に思った……助かったと。

 救世主が現れた、自分達を守ってくれる正義の味方が現れたのだと。


『『ジャマ……スる気カ……紅き同胞……。貴様ハ……シャンガリアを……アノ国を守護するツモリか!?』』


 しかし……自分たちに都合の良い英雄ヒーローの出現を期待した者たちは一様に耳を疑った。

 巨人同士から洩れ聞えた会話の内容に……。


『舐めんな! 誰が守るか、あんな何にも分かってねぇクソ野郎共なんぞ!!』

『強盗に入っておきながら反撃されたら被害者振る恥知らずの国何て私たちの知った事じゃないわ!!』

『心情的には協力したい気持ちも無くはない……アンタらの気持ちは死ぬ程理解できるからな……けど、そのせいでお前らが地獄に堕ちるのは納得できねぇ!!』


 その紅い巨人は自分たちを、シャンガリアという国そのものを注視していない……むしろ状況が許すなら同調しても良いと言い始める始末。

 それはまるでゴミ掃除で手が汚れる事を心配した友人の忠告のようでもあり……都合の良い救世主と喜んだ者たちは再び絶句する。

 あれは味方ではない……一瞬期待した者たちは再び絶望した。

 そして、幾ばくか心に余裕を取り戻した一部の人々は思う……紅い巨人の発した言葉、何も知らない恥知らずと言われる程の意味を。



『せめて夢では愛する人と再会してくれなきゃ……寝覚めが悪いんだよ!!』

『こんな奴らの業を背負わないで! 不当な憎悪を買う必要は無いのよ!!』

『『!? よ……ヨケいナ…………オセわダアアアアアアアアアアアアア!!』』


 自分達が“手が汚れる汚物”とまで唾棄されてしまうほどの罪業とは……と。


                 *


 話は数時間前に遡る。

 ロケットスタートでカタパルトよろしく『大洞穴』から空のかなたへとぶっ飛んでいった『機神』の勇士に……さすがに最早これまでと俺たちはシャンガリア王国跡地に世界最大のクレーターの出現を最早しょうがないと諦めかけていた。

 音速とまでは言わないけど、あんなもん喩えドラゴンであっても追いつけない。

 しかし俺たちが肩を落とす中、一人我らが問題児、小夢魔こと神威さんがミノムシのままドヤ顔で“今がその時!!”とばかりに言った。


「こんな事もあろうきゃと!!」


 大事な所で噛みやがったけど……。



 それからミノムシに誘われるままに俺たちが辿り着いたのは『大洞穴』の最奥も最奥、数日いても存在に気が付かなかった事が信じられない程巨大な地底湖だった。


「ふえ~こんなとこが『大洞穴』にまだあったんだ。大概の場所は散策したつもりだったけどよ…………ん?」

「なに……あれ?」


 そして地底湖に着いた俺たちの目に真っ先に飛び込んできたのは、湖面中央に上半身だけ出した巨大な一体の機体。

 色合いはグレーに近いけど、頭部に一本だけ突き出た角のせいで何となく鬼を想像してしまう厳ついフォルム……これって……。

 俺たちがジトっとミノムシ(現在スズ姉に担がれている)に目を向けると、彼女は得意げに語り始めた。


「あれこそが私が秘密裏にエルドワのみんなと結託して作り上げた夢の機体! 師匠に融合魔法を聞いた日から常々妄想して来た結晶! 二人で一つの機体を操縦して最強を名乗れる男女のパイロット……燃える!! 超燃えるぢゃないですか!!」

「はあ……」

「ただ、どうしても融合魔法を機体の運用に回すやり方は話に聞いていただけでもエネルギー過多です。本来は魔力を増幅して機体を運用するシステムの魔導回路ではどうにもなりません。F1のエンジンでミニ四駆動かすみたいなもんです」


 それは……確かにその通りだ。

 事実通常の魔導回路を積んでいた『ステゴロ』は俺たちの融合魔法の全力に一分も持たなかったからな。


「話に聞いた限りでも融合魔法に対抗できる魔導回路を作り上げると、どうしても巨大かつ頑強になって行きます。そして当然ですが出力もデカくなる分燃費も悪くこんな物を動かせるエネルギー源になりうる乗り手は存在しませんでした…………今までは」

「……つまりこれは融合魔法での運用を想定した機体って事?」

「本来は空想上……ナナリーさんが復讐の念で『出来たらいいな』で作り上げた機神とコンセプトは似てますけどね」


 自嘲気味に笑う彼女のコンセプト……確かに元は同じ『出来たらいいな』からの本来は動かせないハズの物だろうが、怨念を糧にしたナナリーさんとは作った想いは違うのだろう。

 コイツを作り上げた時、彼女の想定する融合魔法を使う男女の乗り手は俺たちじゃ無かったはずだ。

 もしもシャンガリアの王子とアスラルの王女が手を携えてコイツを動かすという、あり得たかもしれない未来を……この問題児は妄想していたのだろう。


 ……それはいい。

 喩え使われる事が無くても見果てぬハッピーエンドを思い描いて、少しでも戦争が終結するエンディングを、最早実現しないかつての二人の想いを引き継ごうとした心意気は正直共感するものがある。

 その辺は神威愛梨という娘の優しさであり、感傷とも言えるのだろう。


 ただ……その機体のフォルムについてはど~~~~もイタだけないというか。

 鬼のような見た目、上半身を水面から出したフォルム……機体の色が紫ではなく“グレー”であるのはせめてもの良心なのだろうか?


「本当は機体色は紫にしたかったんだけど、生憎装甲に着色する塗料が手に入らなくて……あと本当は浸かっている水も赤色なら完璧だったけど、演出で水を汚すのはさすがに憚られたというか……」


 違った……無かったからやらなかった……それだけらしい。


「富〇だけでなく庵〇まで…………何処までやらかすんだよアンタ……」

「だって! 融合っつったらユニゾン!! 男女でユニゾンだったらこれしか無いでしょうが!! 人型汎用決戦兵……」

「もう良いから……」


 突っ込みだすとキリが無い……会話を切った俺の肩をアマネが優しくポンポン叩いてくれた。

 煤けた彼女の表情に……今までも色々あったであろう事は察せられる。

 ここはもう……憧れのシュチュエーションを体験できると開き直ってしまった方が心情的には楽そう……と、そう思った矢先に操縦席は胸部の装甲が開いて現れたのだった。

 しかしその操縦席を目の当たりにして俺もアマネも疑問を持った。

 操縦席が“なんとかプラグ”とかでは無かった事はこの際良いとして……問題なのは操縦席が一つしか無かった事だ。


「カムイさん? 確かこいつは融合魔法を想定したタンデム式じゃないのか?」

「その通り! この機体は二人の男女専用で開発された、まさにカップルシート仕様の兵器……その名も人型決せ……」

「あ~しつこい、それ以上言わんでいい!! それより、最初から二人乗りを想定していたなら何で座席が一つなんだよ? これじゃあどうやっても二人で乗れない……」


 融合魔法=男女関係とさっきまで思い込んでいた彼女が『カップル専用』として開発していたのは当然だとして、二人で魔力運用と操縦を役割分担するタンデム式の機体はバトリングで俺達が使っていた『ステゴロ』だって座席は二つだった。

 これでは二人同時に乗る事が出来ない……、まさかこの機体は一人乗りなのだろうか? そう思い始めた時。神威さんがニヤリと笑った。


「何をおっしゃいますか夢次さん。これの乗り方は貴方たちが決勝で魅せてくれたじゃないですか……」

「「は?」」


                  ・

                  ・

                  ・


「そうそう、まずは夢次さんが座って、その前に天音さんが腰を下ろしてください。ちゃんと二人用に作ってますから余裕で座れるはずです」

「はあ……」

「……まあ、いいけど」


 それから俺たちはミノムシに言われるがままに操縦席に……何というかある意味予想通りの格好で乗り込むことになった。

 俺がアマネを包み込む座り方で……。

 まあ、なんだ……無理やりバトリング決勝で一人用の席に詰め込んだ時に比べれば遥かに座りやすいし、何よりも常時アマネの体温を感じるこの格好……嫌いじゃいなけどさ。

 しかし抵抗なく座った俺たちに、当の神威さんは少々不満気である。


「く、個人的にはもうちょっと初々しく触れ合う体にドギマギする二人を見たかったのですが……」

「ダメよ神威さん、今のこいつ等にそう言うのを期待しちゃ……今更この程度の事で照れる次元にはいないんだから」

「そのようですね……」


 何やら人をダシにして勝手な事を言うスズ姉と神威さん……若干この二人が意気投合し始めている事に一抹の不安が……日本に戻った時に面倒が起こらなければ良いけど。

 俺が今後の高校生活に不安を覚えていると神威さんが操縦の説明を始めた。

 

「では天音さんは操縦席前方にある二つの宝玉に手を当てて魔力を流してみてください」

「う、うん……こうかな?」


 一度は別の機体だけど経験のある作業、しかし一度は魔導回路をショートさせているアマネは恐る恐るゆっくりと自分の魔力を二つの宝玉へと流し始めた。

 そうすると魔力に呼応したようにゆっくりと機体の体色がグレーから赤に変化して行く。

 そしてアマネは『ステゴロ』の時に比べても大丈夫であると踏んだのか、自分の魔力を加減なしで宝玉へと流し込むと……体色は鮮やかな炎の如き紅色へと変わっていた。

 気が付くと装甲付近の水面がボコボコと泡立っている。


「これは炎の魔力……って事はミスリルか!?」

「その通りです夢次さん! 魔法世界の必須鉱物ミスリルをこの機体は全身に使う事で魔力伝達を極限まで効率化しました。しかし同時にこの巨体を維持できる魔力の持ち主がいなくなる原因にもなりましたけど……」


 そりゃそうだ……ミスリルの武器で有名なのは『魔法剣』だけど、例えば火属性魔法で刀身を強化するなら“刀身の大きさに見合った魔力”が消費される。

 単純に言えばこの巨大ロボットはバカでかい魔法剣……『無忘却の魔導士』と呼ばれたアマネでも無ければこの機体を稼働状態にするのは不可能だろうな……。

 機体が紅色に、火属性の体色に変わったのもアマネの一番得意な魔法が炎に寄っている事が原因なんだろうが。


「良いですね紅色の鬼……『機神』に対抗してこの子の名前は『紅鬼神』としましょうか!!」


 興奮して上気する神威さんが機体名を命名……人型汎用決戦何とかにするよりは遥かに無難なチョイスである。

 それは良いのだが、俺は操縦席に乗り込んでからずっと気になっていた事を神威さんに聞く事にした。


「神威さん、この機体は基本はタンデム式と同じで操縦と魔力運用が別なんだろ? それにしてはコレ、操縦桿がどこにも見当たらないんだけど……」


 が……神威さんは含みのある笑顔をニヤリと浮かべて言う。


「何言ってるんです。あるじゃないですか目の前に……貴方にとって最高過ぎる操縦桿が」

「目の前……って……もしかして……」


 俺の目の前にある、と言うか“いる”のは機体へ魔力を流し続けるアマネのみ……という事は……。

 

「魔力を『紅鬼神』に流した事で天音さんは機体と同調しています。夢次さんは同化した天音さんを優し~く抱きしめて融合魔法の要領で動いてみてください」

「やっぱそう言う事かい! この座り方からしてそれしかない気もしていたけど、ロボットの動かし方としてこういうのはちょっと邪道と言わざるを得ないんじゃないか!?」

「とか言いながらしっかり抱きしめてるじゃないですか……」

「何を言われるか神威博士! 私は人類の進歩の為、そして平和の為にこの『紅鬼神』を操縦する、ただそれだけの為に使命感に燃え操縦桿を手に取る覚悟を決めただけでありましてですね」

「……って、ちょっとどこ触ってんのよ! ……やん!?」


 ロボット界に現れた新たなる操縦方法を実践すべく、俺は神威博士の指示に従い操縦桿を全身で抱きしめた瞬間感じる俺が一番大好きな体温と感触、そして甘い声……。

 これは新たなる技術の進歩、人類が到達すべき究極の到達点……ロボットアニメの定義からは少し外れるかもしれないが、ここまでスバラシイ操縦桿が現実空想通して存在したのであろうか……いや、無い!!(*夢次個人の感想)


 しかし俺とアマネはいつものように意識と魔力を同調させようと『ステゴロ』の時と同じように融合魔法の応用をしようとするが……前と同じように『紅鬼神』は動いてくれなかった。


「あ、あれ? 前の時はこんな感じでうまく行ったのに……もしかして失敗作なのか?」

「ええ!? そんなハズは……その機体も材質や魔導回路の規格はともかく、駆動システムは従来のタンデム式と同じですよ!?」


 動かせない……そう聞いた途端に神威さんは慌てふためいた。

 この娘が動揺する姿は中々にレアな気もするが……彼女の言う通り従来のタンデム式と同様なら『ステゴロ』のように動かないとおかしいのだが。


「ん~?『ステゴロ』の時は私たちが共同で動かす感じに魔力を使ってたけど、こっちは魔力を流してから同調しようとしているから……感覚が違うのかしら?」

「あ~~それはあるかも……」

「? どういう事なんです?」

「前に私たちが動かした『ステゴロ』は“融合魔法で”動かしていた。対してこの『紅鬼神』は私が魔力を流した後に“融合魔法を起して”動かそうとしている……順番が違うから感覚も違って来るのよ」


 魔力に関してこの中で一番詳しいアマネがいち早く気が付いた事を神威さんに説明する。

 要するに出来上がった燃料を外部から入れるかと、内部で作り上げるかの違い……融合魔法としてこの辺は慣らし運転の必要がありそうな感覚なのだが……。

 どうしたものか……そう思った矢先に神威さんの胸元にある『夢魔の女王の欠片』がキラリと光り輝いた。


無忘却ワスレズは……“いつものように”夢葬に全て委ねろ…………夢葬は“あの時のように”無忘却を可愛がれ…………“その”感覚だ……』

「え? 師匠それって一体どういう……」


 神威さんが理解できていないようで聞き返すが、俺たちはその言葉だけで瞬時に理解した、理解できてしまった。


「いつものように…………」

「あの時のように…………」


 魔力を流して『紅鬼神』と同調したアマネが肉体的にも精神的にも全てを俺に委ね、俺は委ねて来たアマネの全てを優しく抱き止める。

 誰にも渡さないよう、どこにも逃がさないように……自分だけのモノにするために……彼女だけのモノになるために……。

 俺たちにとってはそんないつもの事……いつも通りの独占欲を互いに意識する、それだけの事で…………誰も動かせるはずの無かった高出力の融合魔法専用機『紅鬼神』はゆっくりと稼働を始めた。

 その様子を目撃したスズ姉が完全に呆れた目をしていた事には全く気が付かず……。



「サキュバス師匠……あれって完全に“アレ”のアドバイスよね?」

『私を何だと思ってる……するアドバイスはソレに決まってる。それに……淫魔に勝るヤツらには……分かりやすい』

「い、今のってそういう事だったんですか師匠!? う、うわぁ……美鈴さん、あの二人日本に帰っても大丈夫ですか? さすがの私も友人が学生の内からというのは……」

「…………お守りの常備を徹底させよう」

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