第百五十話 罪を知らない愚者の国

シャンガリア王国、隣国を滅ぼした事で今でこそ種族差別の塊のような印象だが、元々は世界的に見ても普通な差別意識しか無かった。

 と言うのも種族差別は特別珍しいモノじゃ無く人から亜人に対しては明らかだが、亜人から人間に対しての差別意識だってあって……平たく言えばお互い様なところがあった。

 逆に言えばだからこそ住み分けが出来ていたし、嫌いなら関わらなければ良いし利用できるなら利用し合う、そんな感じに距離感を保ち共生するというスタンスが普通なのだ。


 だが隣に亜人の国アスラルが隣接するシャンガリアではそうも言っていられない事情もあった。

 多少の諍いや言動で隣国間で戦争が起こりかねないのだから、国家間としては緩く浅く、どちらかと言えば友好であるスタンスを見せて置く必要があったのだ。

 前国王が第二王子とシャンガリア王女の婚姻政策を画策したのもその一端、それこそシャンガリアの現状を維持しようとする国王の絶妙な采配であるのは明らかだった。

 一部の他種族排斥主義の者たちは国王の采配を“弱腰”“亜人に媚を売っている”と揶揄する者もいたが、大概の国民にとっては自分たちの生活さえ保てればどうでも良い事としか思われておらず、決して悪くは思われていなかった。


 だからこそ多くの国民は2年前の開戦で『アスラルが一方的に友好国を破棄、卑劣にも国王を亡き者とし、婚約者であったマルロスまでもを手に掛けた! シャンガリアは報復として憎き亜人共に宣戦布告をする!!』と現国王カルロスが宣言した事を特に考える事も無く信じ、漠然としたアスラル王国への怒りを覚えたのだ。


 多くの国民は本当の事など知らず、そして興味も無かったから……。

 対岸の火事、所詮は他人事と考えていたのだから……。





 ようやく考える事が出来るようになる時、それは自分たちの生活に直結する出来事が起こり始めた時であり……その時には最早取り返しがつかない状況であった。

 まずは聖戦と称して戦いに赴いた兵士たちは大まかに言っても半数以上が帰ってくることはなく、大量の稼ぎ頭を失った未亡人や遺児が発生した。

 王国の為に死んだ英雄だの誇りだの言われようと、生きる為の腹の足しにはならない。

 幼い子供を抱えた家は王国からの遺族年金により何とか生活を保っていた。

 ……が、当初は支払われていた給金は日を追う毎に減額、または支給日が遅れるなどし始め……とうとう今から約半年前の『王城溶解事件』を皮切りに一切払われなくなった。

 説明を求めて役所には毎日大勢の人が押し寄せたが、国側は『非常時にて一旦停止』の一点張り、暴動になりかけたが遂には国軍が出動する事になり鎮圧される事になった。

 当初は“崩壊した城の建築の為”という憶測に泣き寝入りするしかない受給者たちは王国上層部に呪詛を呟く程度だったが、それどころでは無い事を徐々に理解し始める。


 約二年前から高騰し続けていた物資の数々……それが物理的に店頭から消え始めたのだ。


 明らかに物が不足し始めている……曲りなりにも王国の首都であるはずのここで……。

 次第に怒りは恐怖へと変わっていく……生活の水準が下がるに連れて無視できない噂が聞こえ始めたからだ。

 

 シャンガリア南部で反乱軍が組織された……現在の物不足は全てそれに備えた軍備拡張に当てられているせいだと……。


 この頃になると王国への不満や罵倒は犯罪として弾圧されるようになっていて、人々がおおぴらに口に出す事は無かった。

 しかし今まで人ごとのようにしか考えていなかった国民は内乱が起きた時は“ここ”が戦場になる事に思い至り日々開戦の恐怖に怯えるしかなかったのだ。





 だが誰もが弾圧の恐怖に口を噤みつつも開戦の恐怖に怯えるシャンガリア王国に、その日は激震が走った。

 激震とは大まかに分けると二つの意味“震撼”と同義語にされるパターンと、震度7以上の地震に適応されるパターンがあるが、この日シャンガリアではどちらの意味でも激震が走ったのだ。


 まず最初にその異変に気が付いたのはシャンガリア王国の魔術師団、王国の防衛の為に広範囲に魔力感知を担っている彼らだが、普段はそこまで簡単に警戒レベルの対象は網にかからない。

 それもそのはず、微弱な魔力に一々反応していたらキリが無いから国家レベルの危機が懸念される魔力感知以外は除外されるのだ。

 だからこそ……普段はかからない魔力感知の網に“ソレ”が掛かった瞬間は、誰もが冗談だろ? と思ったのだ。

 それはそうだ、突然遠方に発生したあり得ない程巨大な魔力の反応が一直線にシャンガリアに向けて向かって来るなど……。


「な、な……何だこの異常な魔力の塊は!? 何かの大魔術の余波……まさか召喚魔術で邪神的な何かが呼び出された!?」

「いやおかしくないか!? 異常なスピードでこの国に一直線に向かって来る!?」


 日本で言えば天気図の台風が“飛行機並の速さで一直線に向かって来る”ようなもの。

 冗談、あり得ない、誤認……あらゆる否定したい意見が魔術師団に走る……このような荒唐無稽な報告をしたら自分たちはどうなるのか……保身を考える連中は一瞬報告を戸惑ったが、消えない天災級の魔力が王国へ向かって来る現実の恐怖心が勝った瞬間に悲鳴が上がった。

 保身など考えている余裕はない……“それ”が何かは分からないが間違いなく自分たちの命を脅かす何かではある。

 前魔術師団長ドワルゴンが職を辞した後の魔術師団は、どちらかと言えば出世欲よりも臆病に分類される者が多かったのだが、この日ばかりはそんな臆病者たちの恐怖心と判断力が功を奏した。


「急げ! 上層部へ緊急連絡だ!! 特級危険生物か未確認の魔神の出現かは分からないが、こんな異常な魔力の持ち主が王国に牙を剥いたら……国が消えるぞ!!」


 魔術師団の緊急連絡……王国の上層部は既得権益に固執する連中で、派閥ごとに足の引っ張り合いが多く魔術師団の報告も“普段なら”報告が遅れる、もしくは握りつぶされる事すら考えられた。

 しかし半年前の王城溶解事件以降、王国内部では未だかつてない程外敵に対して警戒心がはびこっていた。

 突如消滅した王城の理由は対外的には『魔術実験の失敗』とされていたが、上層部は真相を知っていた事も理由に上げられる。

 それは国益の為に召喚した凶悪な魔王の逆鱗に触れ、更にその魔王は行方不明であるという完全に自業自得による王国の危機を知っていたから、再び魔王の襲来を警戒していたからであるが……。

 今回は全くの別人の襲来にも関わらず、意外にも迅速に警戒態勢を発令する事になった。


 しかしそんな戦闘行為とは無縁の王国国民たちは王国からの説明も避難勧告も知る事は無く、体感的な『激震』を持ってその襲来を知る事になったのだ。


 ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…………


 それがシャンガリア王国中央都市に至る平原へと到達した瞬間、王都全土を揺るがす轟音と共に激しい揺れが発生した。

 多くの国民が激しい揺れと、突然発生した圧倒的魔力にワケも分からず立っていられなくなった。

 半年前に王城を溶解せしめた圧倒的炎の魔力でも悲鳴を上げて逃げ惑うくらいの“余裕”あったと言うのに、それ以上の存在の登場に……誰もが心から腰を抜かしたのだ。

 気配だけで全身が震えて声も出せなくなる……それくらいの圧倒的な威圧感。

 唯一緊急招集された王国軍の兵士たちは立位を保っていて、平原に降り立った巨大な存在を目撃する事が出来たものの、その足は震え戦場でも相まみえた事の無い恐怖を味わう羽目に陥っていた。



『『アアアアアアアアアアアアアア!! コロス、コロス、コロス、コロス!! ミナゴロシニシテクレルアアアアアアアアアアアア!!』』



 それが何なのかは誰にも分からない。

 鋼鉄の巨人、ドラゴンにも似た姿の神々しくも、禍々しくもある人知の及ばない魔力を行使する訳の分からない存在……。

 しかし目撃した者の誰もがその存在が怒り狂っている事だけは分かった。

 事もあろうに自分たちに……圧倒的な力を持った何かがシャンガリア王国に向けて……。


「なんだアレは……一体俺たちは、シャンガリアは何を怒らせたと言うのだ?」


 うわ言のように誰かが呟いたが、誰も応えてはくれない。

 それが何で、自分達の国が何をしたのか、どんな逆鱗に触れてしまったのか……それを丁寧に説明してくれる段階など2年も前に過ぎているのだから。


グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………


 その答えをただ暴力で示さんと、龍にも似た巨人『機神』はその腕を合わせて胸の前で魔力を集中し始める。

 巨大な、人知の及ばぬ膨大な魔力の奔流……それがただ一点へと集中していくのだ。

 魔導士でなくともその意図は実に分かりやすい。

 巨人は地上に降り立ってから一度としてシャンガリアの都市から目を逸らしていないのだから。

 城が溶解した炎よりも遥かに勝る魔力の奔流が攻撃として王国へ向けられている……それを自覚した現魔術師団団長は悲鳴を上げるように指示を飛ばした。


「マズイ!! 都市魔力防壁を最大出力で展開しろ!!」

「さ、最大出力ですか!? しかしあれは都市内部の国民すべてから魔力を吸引してしまいます!! 万が一次の攻撃があったら……」


 都市魔力防壁はシャンガリア王国の都市部に住むすべての住民から強制的に生命力を魔力として徴収する防壁で、都市部に国民が多ければ多いほど強くなるタイプの魔法防壁である。

 当然出力が強ければ強いほど生命力を吸収されて動けなくなる危険も高く、その後で避難する事すら困難になってしまう事は明白だった。

 しかし魔術師団長は魔導士として優秀だった。

 優秀だったがゆえに『機神』の魔力を正確に認識出来てしまったのだ。


「2撃目がある可能性を論じている暇は無い!! アレは万を超すシャンガリアの国民すべての最大出力ですら防げないかもしれん!!」

「!?」



『『…………卑劣にして非道な国よ…………灰塵と化せえええええええええ!!』』


ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


 それはこの世界の誰もが聞いた事の無い、熱量を持たない巨大で純粋な魔力の塊がただ一条の光として放たれた轟音だった。

 それはどこぞのドワーフたちが『ビームライフル』を目指して作り上げた技術などとは知る由もないシャンガリアの人々にとって、それは美しくも恐ろしい……裁きの光だった。


「う、うわあああああああ!! 魔力防壁最大出力展開!!」


 辛うじて魔導士団長の指示の下、展開された魔力防壁がシャンガリア王国中央都市を包み込むのとほぼ同時、人知を超えた魔力の塊が魔力防壁と激突した。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ…………


「うわああああ!?」「きゃああああああ!!」「ああああああ!?」


 巨大な魔力同士の激突の激しい衝突音に交じって都市部全土からあらゆる人々の悲鳴が聞こえてくる。

 それは強制的に生命力を吸収されている為か、巨大な化け物の出現に対する恐怖なのかは判別できないが……。

 いつ終わるとも分からない地獄の数秒間。

 シャンガリア王国中央都市の全国民の生命力で作られた魔法障壁と『機神』が放った魔力の光がぶつかり合い無尽蔵に消費され魔力の低い者から順に倒れて行く。

 それは王国最高峰の魔力を誇る魔術師団も例外では無く、ようやく『機神』の光が小さくなり始め、最終的に魔法障壁と対消滅を確認した瞬間、全員が膝をついて息を切らしていた。



「はあ……はあ……や、やった……防ぎ切ったぞ……」

「よ……よかった……何とかなった……」



 血反吐を吐く思いでようやく攻撃を防ぎ切った魔術師団は一様にホッとした表情を浮かべていた。

 それは現魔術師団長も例外では無く、自分達が突如現れた化け物の奇襲を防ぎ切った事への達成感すら感じていた。


「は……はは……か、辛うじてだが防ぎ切ったな。あのような強力な魔力を放つなど、容易には出来まい。相手が何者かは知らんが今のうちに相手の出方を…………」


 まずは相手が何者か、そして要求は何なのかを確認してから対策を立てる……そんな常人の策を思う魔術師団長の言葉はそこで途切れた。

 荒野の向こう、土煙が晴れたその先に…………既に二発目の発射態勢に入っている『機神』の姿を目の当たりにして……。

 無論向こう側に破損や疲弊などない……こちらは一撃で満身創痍であるのに。




「なんだ……それ……」


 うわ言のように口に出来た言葉は純粋なる疑問の言葉だった。

 何故こっちは全てを出し尽くして攻撃を防いだのに、平然と次を準備しているのだ?

 何故そんな都市部の国民すべての生命力にも匹敵する膨大な魔力を連発できるのだ?

 何故そんな強力なモノがシャンガリアを襲うのだ?

 何故、何故、何故…………。

 あまりに突然現れた存在、理不尽に膨大な魔力を秘めた暴力、突然すぎる眼前に迫った死への恐怖に、疑問に次いで出て来たのは本能的な怒りの言葉。

 恥も外聞も何もない……無知から出でた言葉だった。

 

「何故だ!? 何故貴様はシャンガリアを襲う!? 何故それ程の力を持った存在が罪なきシャンガリアの民を危険に晒す!?」


 命の危機、死への恐怖から次第に魔術師団長の叫びに他の魔術師たちも同調して叫び始めた。


「そ、そうだ! 何者か知らんが、それほどまでの魔力を持った強者ならば弱者に力を向けるなど正に卑劣極まる行為ではないか!!」

「宣戦布告も無しに王国に攻め入るなど、まるで奇襲ではないか!! そのような卑怯な手を使うなど恥をしれ!!」


 その声は次第に広がっていく。

 疲弊して動けなくなり、恐怖に震えていた平民たちも、貴族も王族も、恐怖から発生した理不尽な怒りの呪詛を唱え始める。


 理不尽だ、相手が悪い、汚い、卑怯だ、弱い者虐めだ、恥知らずだ…………。


 怒りを込めて大地に立った理不尽な暴力に呪詛を吐き続ける。

 まるで自分は正義に側にいるかのように……。

 何も知らずに、ただただ相手が全て悪いと決めつけた呪詛の感情を……。


“それ”が真の逆鱗であるなどとは誰一人思わず……ただでさえ怒りで我を忘れていると言うのに更に激高させる爆薬にしかならないなどとは欠片も考えずに。


 だからこそ……呪詛を込めた全てのシャンガリア王国民たちは、中央都市に響いた『機神』の言葉を理解できなかった…………この時は。


『『キサマラが…………言うシカクはネエエエエエエエエエエエエエ!!』』


ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


 そして最早次弾を防ぐ手立ても失われたシャンガリア王国へ向けて、躊躇いも無く『機神』の手に充填された魔力が解き放たれる。


“ああ……死んだ……”


 誰もがそう思った。

 その光を目撃した者たちは今度こそ自分たちの、そしてシャンガリア王国の最期を理解せざるを得なかった。










 王国中央都市を一瞬でクレーターに変える事の出来る程の膨大な威力を秘めた『ビームライフル』が……………………………都市部の上空、明後日の方角に向けて飛んでいくのを見るまでは……。



「…………え?」



 その間の抜けた声を漏らしたのは誰なのかは分からない。

 しかし確実に死ぬはずだった自分が生きていて何が起こっているのか分からないのに、重ねて何が何だか分からない状況を目の当たりにする事になった。

 確実にシャンガリアの都市を地上から消滅させようとした白き巨人『機神』の両腕を、下から拳でかち上げ魔力の光の照準を逸らしたもう一つの巨人の姿を……。

 その姿は『機神』に比べれば一回り小さく、全身は禍々しくも見える紅色に染められ……白い龍の如き機神とは対照的に、その体躯は血に塗れた紅い鬼のように見える。


『……間に合った…………相変わらず速過ぎるぜ侍女長さん』

『『! …………オマエ……』』


 そんな禍々しい紅い鬼から聞こえて来た声は、その場には似つかわしくない程にフレンドリーであった。

 まるで道を踏み外しそうな所を迎えに来た……友人のように。


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