閑話 最低な別れの言葉

 自分は勝ち組だ、リア充だ、カーストトップだ!


 そんな事を本気で考えていたのがつい半年足らず前だと思うと、今の状況の方がよっぽど夢物語みたいなのに……今となっては過去そっちの方を夢だったと思いたいくらいだ。

 自分がいかにちっぽけで、何の価値も無い人間だと思い知ってからは……な。

 それほど俺は“元の世界”の事を無かった事にしたかった。

 よくクラスのオタク連中の会話に『黒歴史』ってセリフがあったのを「オタク用語キモ!」とか言ってバカにしていたが……今となってはその字面の的確さに笑えないのに、笑っちまう。

 そう……正に黒歴史だ。

 

 俺はそこそこ顔も運動神経も、それに人間関係もガキの頃からそれなりにこなしていた事もあって、いつも周りにはダチがいた。

 当然女も切れた事は無いし、俺の言葉に、行動にみんなが注目していた。

 俺は集団のトップ、選ばれた存在なんだ……と思っていた。

 そんな日々ゆめがいつまでも続いて行くのだと、その時の俺は本気で思っていた……滑稽な事に。

 夢が冷める時なんて一瞬……本当に呆気ないもんなのにな。


 原因になったのは、学校でもトップクラスの美人と評判の女を自分の物にしようと思って色々とやった事だった。

 でも今考えてみるとそれは決定打じゃなかった。

 言っては何だけど俺も狙った女を百発百中で落とせていたワケじゃ無い……色々とあの女の幼馴染の介入とかあって上手く行かなかったのは事実だが、それだけなら俺は数日もあれば忘れて同じような事を別の女子にやるだけだっただろうさ……。

 目を覚めさせられたのは……俺の根拠のない軽い自尊心を粉々にしたのは“彼女にしてやっているつもり”だった、キープのつもりでいつも一緒にいた女。

 その女が別れ際に向けた目だった。


『あら? 殺してくれるの?』


 俺はその目を見ただけで、全身が動かなくなった。


“お前には何も期待していない”

 

 たった一言、怒るでも見下すでもなく……ただただ“諦められた”瞳を向けられた時、俺は思い知らされたんだ。

 自分は他人にとって“何でもない”という事実を……。


 それから俺がいたと思った場所が崩れるのは早かった。

 積み木崩しなんて言葉を聞いた事はあるが、俺自身がダチだと思っていた連中は俺とつるんでいるメリットが無いと少しでも思っただけでいなくなった。

 意外な事に一番ショックだったのは……女友達がダサイと恋愛対象外として去っていくよりも、男友達と思っていた連中がアッサリといなくなった事だった。

 つまり俺には最初からダチなんていなかったって事だったから……。


 見知らぬ世界、異世界何て場所に突然召喚された時には“勇者様”とか持て囃していた連中も同じだった。

 俺に特別な力が無いと分かったらアッサリと手の平を返して地下牢にぶち込まれたんだからな。

 だから……結局俺が地下牢で出会ったエルフのガキを助けたのも自分の為でしかない。

 地下牢が燃え落ち、見張りの兵すらも炎に巻かれた絶好の逃げる機会だと言うのに、足が無いからと自分は行かないとぬかしたガキが……あの時のカオリと同じ目をしていたから……。

 俺に何も期待していない目で見やがったから!



 それで何かが変わるワケじゃ無いだろうが……こんな何もない俺がクソッタレの異世界においてよりどころにするのはそこしか無かった。

 見た目13~4くらいのエルフのガキ……初めて面を見た日からいつも笑っているのに目が全く笑っていない……いつも何かを諦めて、死んだ目をしているそんなヤツに違う目をさせる……そんな小さい目標だけだったから。

 警察も自衛隊も無い世界に放り出されて衣食住もありはしない……そこそこのスキルで適当に生きていけていた俺に役立つスキルなんてあるワケも無く、俺みたいなクズでも真剣にならざるを得なかった。


 魔物の中でも雑魚に分類されるらしいゴブリンと戦うのだって命がけ……一応俺も武器を持ってはいるが、技術が必要な剣なんか使えるワケも無く長柄のハンマーを手に振り回すだけ……攻撃を主に担当してくれるのは背中に背負ったエルフのガキの魔法だった。

 俺は戦いにおいてガキがいないと何にも出来ねぇ……オンブに抱っこ、しているのは俺なのに状況的には全くの逆、年上のつもりなのに情けない事この上ない。

 おまけに口癖のようにガキはいつも言っていた。


「お兄ちゃん、私はもう生きる意味なんか無いの……危なくなったらいつでも囮に使って良いから」


 そのガキが諦めているのは俺に対してではなく“生きる事を諦めている”という事に気が付いたのはしばらく経ってからの事……。

 むしろ暗に“早く死なせて”と訴えているのが、俺みたいなヤツにも分かっちまう。

 その度に……俺は情けないけど自分の力の無さだけを唯一の武器として、事実を口にしていた。


「うるせぇな、お前は俺に死ねってのか!? 満足に雑魚モンスターすら狩れねえ俺が自分の身を守れるとでも思ってんのかよ。魔法でお前が俺を守らなけりゃ俺が死ぬだろうが!」


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 当ても無く村や町をめぐり、道中遭遇した魔物を狩っては討伐の給金や素材売買なんかで日銭を稼ぐ……そんな毎日を過ごしていて少しは心を開いてくれたのか、ガキは俺に話してくれた。

 戦争で滅ぼされた故郷の事、そして小さい時からずっと一緒だった婚約者の……今となっては敵国になってしまった王国の暗殺された王子の話を……。

 その話をするガキの瞳は目に見えて落ち込んでいて……それでも、いつもと違う感情が浮かんでいるように見えて妙にイラっとしてしまった。

 そして同時に思い知る……俺ではどうやってもこのガキの生きる事を諦めた目をどうする事も出来ない事を。

 両足にかかっていた呪いを解かれ、切断されてから長期間あった事から回復に時間が掛かるものの着実にガキの足は治る……そう知った時ですら変わらない目で「ごめんね」なんて言いやがったクセに……。

 少し前までは女引っかける為に中身のない事ならベラベラ喋れていたのに、ガキ一匹慰める事も出来やしねぇんだから……本当に俺は何もない、情けない男だ。

 迷いまくり、無い頭を絞ってようやく出て来た言葉は、自分でも意味不明だった。


「……墓参りにでも……行くか?」

「…………うえ?」

「お前らエルフって奴らの宗教観念がどうなってんのか知らねーけど……何もしねーのも何だしよ……大事な男だったんなら……よ」


 唐突に思いつきを言った俺をガキはキョトンとして見ていた。

 後で考えりゃそれは彼氏の死を再認識させようとする残酷な提案だった気もする。

 暗殺された王子は隣国へ亡命する途中の渓谷で襲撃され谷底へ馬車ごと転落したらしく、墓参り=彼氏の死んだ場所って事になるのに……。

 もっと気を使うべきデリケートな提案だったとも思うけど、この時の俺にはそれしか言葉にする事が出来なかった。

 けれど……そんな俺のダサイ提案をガキは……アンジーは小さく頷いて見せた。


「うん……行って……みたい……」


 相変わらず全てを諦めた死んだ目をしたままではあったけど、それでも俺たちの次の目的地は決まった。

 シャンガリア王国の南部から北部……暗殺された王子が亡命するために向かったらしいドワーフの集落に近い国境付近を目指して。


 ……その俺の安易な判断が間違いだった事に気が付いたのは、それからしばらくしてから……小さな村の冒険者用宿舎に泊っている時。

 日銭を稼ぐために冒険者として登録していた俺たちは冒険者専用の格安な宿舎を転々としていたワケだが、その日の深夜……唐突に俺たちの部屋にギルド職員のオッサンが神妙な顔で訪ねて来た。


「お前さん方、王国の連中に目を付けられているぞ」

「……は? 王国に……」


 何で俺みたいに何のとりえもない、剣も魔法も使えない召喚勇者としても利用価値は皆無な俺なんかを? と一瞬思ったが、オッサンの情報ですぐに理由が分かった。

 捜索対象は召喚勇者とかじゃなく『足の不自由な魔法を使う女児を背負った冒険者』だったから。

 幾ら俺でも察しが付く……バレたんだ、あのガキの事が。

 城の崩壊で死んだように思われていたアスラル王国の王女、アンジェリアが生きていた事が……。

 焦る俺にオッサンは静かに、そして心配するように言った。


「兄ちゃん、夜のうちに村を出な。明日には王国の兵隊がこのギルドにも来るはずだからよ。俺らは“この村にそんなのが何日前かにいた”って事にしておくからよ」

「……いいのかよ、それ」

「本当ならウソ言ってしらばっくれたいところだけどな……それをすると俺たちは村ごと粛清されるからよ。悪いがこのくらいが精一杯なんだよ」


 すまなそうにそう言うオッサンに俺は泣きそうになった。

 この国シャンガリアは最低の国……それは地下牢にぶち込まれてから今までの逃亡生活で嫌と言う程味わってきた。

 日本で聞くだけで本当にそんな国があるなんて毛ほども思わず、完全な他人事だとしか思わなかった身分差、貧富の差、人種差別が平気で横行する……そんな創作でしか無いと思い込んでいた悪の王国。

 そればかりか自分たちの利益の為に他国へ戦争を平気で仕掛ける……本当に分かりやすくクソみたいな、死んでも観光に行きたくない国。

 そんな国に現地人が不満を持たないハズは無いけど、不満を口にすれば不敬だ反乱分子だと平気で死罪を下される。

 それでも、そんなギリギリの状況であるのに、保身を考えれば黙って王国の兵隊に俺たちの身柄を渡せば良いのに……俺たちに情報を伝えて“逃げろ”と言ってくれる。

 王国への不満とか、良心への打算とか色々な想いもあるだろうが……それでも赤の他人のオッサンがそんな事をしてくれるのが骨身に染みる。

 何も真剣にやってなかった頃だったら絶対に出会う事の無かった矜持と善意に……俺は「ありがとう」と言う事しか出来なかった。


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                 ・


 俺たちはオッサンの助言に従い深夜のうちに村を出た。

 要人の為に街道を選ばず山中を移動する事にして目的地を目指す事にして。

 だけどオッサンが稼いでくれた時間はあんまり長くはなく……数日後には俺たちは王国の兵隊っぽい輩に見つかって追われる羽目になっていた。

 それはそうだ、味方してくれる人がいれば密告するヤツだっている……そんな簡単に捜査網から逃げ切れるもんじゃねぇ。


「いたぞ! 待て亜人種と背信者め!!」

「森の奥に逃げやがった! クソエルフめ……やはり奴らは森の獣と同じか、厄介な」

「もう少し成長してりゃ楽しみもあるってのによ……ガキじゃ食うとこもないな」

「いや、部隊長はあのくらいが好みだったろ?」

「うへ~マジかよ」


 必死で山中をガキ背負ったまま走る俺の背後から聞こえるゲスな会話に胸糞悪くなる。

 つーかこいつ等本当に国の兵隊なのか?

 幾ら奴らが卑下するエルフだとは言えの敵国の王女だぞ?

 人質として使いたいなら人質は無事でこそ価値があるもんじゃねーのか!?

 見つかったら取り合えずで俺は殺されるだろうし、捕まった後でガキがどんな目に合うかわかったもんじゃねぇ。

 走り回る中俺は偶然発見した、元々は獣か魔物の巣だっただろう洞穴に身を隠した。

 一度背中からガキを下ろして座り込んだ瞬間に、滝のように汗が噴き出して心臓が破裂するんじゃねぇかと思うくらいバクバクいってるのが分かる。

 特に息切れは凄まじく、無理やり深呼吸をして息切れを抑え込まないと連中に聞きつけられる危険があるくらいうるさい。


「ハア、ハア、ハアーーーー、ハアーーーーー」


 しかし今この場でこのガキを守れるのは俺しかいないんだ……その矜持だけで、か細い意地だけで俺は動いていた。


「ねえ……もう良いよお兄ちゃん」


 なのにガキは……アンジーはそんな事を言いやがる。

 確かに俺の事を心配してはいるだろうが、相変わらず何も興味のない……自分の生すら諦めた、初めて会った時から変わらない瞳のまま。


 「アイツらの狙いは私だけ……いつもお兄ちゃんは私の魔法が無いと死んじゃうって言ってたけど、今度は私と一緒にいると死んじゃうよ……」

「ハーーーーーー、ハーーーーーーーー、ハーーーーーーーー」


 ……知ってた。俺がコイツにとって余計な事をしているって事は。

 コイツが一番好きだった男の代わりにはなれねぇ事は……。

 都合の良い2時間ドラマじゃねーんだ……少し関りがあったからって、呪われていた足が徐々に回復するようになったって、そんなのは早く彼氏の元に行きたいコイツには余計な事でしかない。

 初めて会った時から本質的には変わらない諦めた目……カオリが別れる時に向けて来た目は本質的には何も変わっていない。


 なら……俺も変わる事は無いか。

 こっちに来てから色々な、それこそ死ぬような思いも何度もしたけど俺って人間が本質的に変わる事は無いだろう。

 自分本位に、女の事なんか考えずに、オモチャやアクセサリーみたいに欲しけりゃ手にして、飽きたら捨てる。

 俺はそんな最低最悪な、何にもない……最後には誰も残っていないクソみたいなヤツなんだからよ。


「多分、今お兄ちゃんが逃げてもエルフじゃない人間には気を配らない……用心すれば捕まる事は無いんじゃない?」

「ハーーーーー、ハーーーーー」

「今日までありがとうね、無事を祈って……」

「ハーーーーー、ハーーーーーー…………うるせぇよ、女が俺に指図してんじゃねぇ」


 最後にも自分の事はどうでも良く俺の心配をするガキの言葉をぶった切って、俺は感じの悪い笑みを浮かべた。

 そして驚くガキの髪を人房手に取り、ナイフで切り取った。


「……え?」

「ようガキンチョ、俺の故郷じゃ女が髪を切るのは失恋の証だ~なんてクソみたいな迷信があるんだけどよ……お前らの故郷じゃどうだ?」

「……あんまりそんなのは聞かないけど」


 俺の脈絡のない行動と言葉にキョトンとしたけど、それでもガキは素直に答える。

 多分こんなのはコイツには全く関係のない話なんだろうけど、それは俺には結構意味のある話だ。

 カオリが俺の前からいなくなった時にバッサリと切られていた髪……アレは失恋のせいじゃない……気分転換の為だ。

 今だからこそ分かる……俺と言う何でもない男を忘れる為ではなく、模様替えして要らない物を捨てるのと同じ気分転換。

 ただ……俺としては逆、切り捨てられた、要らない物として分類された証だ。


 こんな時になっても、状況は全く違うってのに“別れの証明”なるのが髪を切る行為だってのが皮肉な物だ。


 そして俺が切り取ったガキの髪の毛を手に、懐からなけなしの金でいつか使う事になると思って買って置いた二つの魔道具を取り出した時……それを目にしたガキは初めて諦めとは違う目で俺の事を見た。


「え……何それ、それって確か魔封じの……」


 俺は質問に答えず、そのまま地面に座ったままのガキの目の前でその魔道具『魔封じの札』を使った。

 その瞬間に淡い光の魔法陣が地面に広がって、その中では魔法の使用が一切できない空間が出来上がる。


「お~し、値は張ったがちゃんと効果はあるな。精々一時間足らずだそうだけど、おめーの足がまだ治ってなかったのが幸いだったぜ。ここから出なけりゃ少しは隠れてられるからな」

「ちょっと待ってよ! 今私の魔法を封じる事に何の意味が…………」


 ガキの質問は俺が手にしている自分の髪の毛と、もう一つの魔道具を目にした瞬間に凍り付いた。

 どうやら俺が何をしようとしているのか、察しがついたらしい。

 おれも“こっち”に来てから結構な時間が経っているから、使えないなりに魔法の知識はあった。

 まずは『魔封じ』だけど、コレは一定空間内の魔力の発動を無にするモノでこの魔法、または同じ効果の魔道具を使うと指定した空間内で魔法が使えなくなる。

 だけど逆に魔力が発生しないから『魔力感知』が出来なくなるから魔法使いみたいな高い魔力を当てにした発見は出来なくなる。

 そして魔力ってのは生き物の肉体の一部が切り離されても、一定期間であれば魔力を発する……それが髪の毛であっても。

 そしてそれをもう一つの魔道具、肉体の一部を入れる事で同じ容姿に変化する『現身の人形』へと入れれば……。


「うおお!? スゲーなこの人形……ストーカー大歓喜アイテムじゃん……」


 目の前で半年以上も背負い続けたエルフのガキと瓜二つに変化していく人形に、俺は実に場違いな感想を漏らしてしまった。

 そして完成した人形を背負う俺をガキは信じられないとばかりに叫んだ。


「まって……待ってよお兄ちゃん!! そんなの出してきて一体何するつもりよ!?」


 それは何をするのか分からないって事では無い、分かった上で何余計な事しようとしているというもの。

 その言葉は生きるのを諦めた目じゃない、俺の事を心配して引き留めようとする悲痛な目での言葉。

 ようやく、よ~やく引き出せた違う瞳が喜びに満ちたもんだったら、俺は本当に勇者だったのかもしれないけど……やっぱり俺はそう言うヤツなのだ。

 この期に及んで俺は変わらない……女の意志を尊重しない、泣かせて苦しめる事でしか“あの目”を変える事が出来ないクソみたいな自己中野郎なのだ。


「やめてよ! 私が、私一人が犠牲になればすむのに貴方が死ぬ意味なんか無いじゃない!! 囮になる必要なんか無いでしょ!?」

「うるせぇな~。お前は俺の正妻か? いつまでも彼氏の事を引きずってる女が違う男を誘ってんじゃね~よ」


 俺は本人ソックリに変化した人形を背に、俺の人生でも最低最悪な別れの言葉を泣き叫び“行くな”と懇願するエルフのガキにキザったらしく投げ捨てて、洞穴を飛び出した。


「ガキが俺様を誘おうなんざ10年早えんだよ! もうちっと年食ってから出直して来い!!」

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