第百四十九話 約束された未来《しっぱい》

「スゴイですよアレは! ドラゴンぽいフォルムですけどキッチリロボットしてて、しかも地下から現れる輝く巨体! 完璧じゃないですか!!」

「カムちょん……取り合えずいったん黙って……」


 アマネの突っ込みに構わずみょいんみょいんとミノムシは興奮して捲し立てる……その気持ちが少なからず分かってしまうのが少々悔しい。

 地下から地響きと共に現れた巨体から恐ろしいほどの魔力を有しているのが、魔力を感知できない俺にも理解できる。

 振動が、空気が、そして何よりも圧倒的威圧感が五感を刺激して“ヤバイ”という事を明確に伝えて来るのだから……。

 当然魔力を感知できる『大洞穴』の住人も、そしてアマネやスズ姉たちの感じる恐怖は尋常では無いのだろう。

 二人とも顔面を蒼白にして現れた巨体を見据えていた。


「こんなモノ……動いただけで『大洞穴』が崩落するんじゃ……」


 誰が口にしたのかは分からない……しかしそれは『機神』の姿を目撃した誰もが抱いた圧倒的恐怖と不安。

 なのに圧倒的な強者、膨大な魔力を前に誰もが足がすくみ……逃げようとする判断すら出来ないでいた。

 だが、誰もが神の気まぐれで死ぬかもしれない恐怖心に駆られる中……『機神』から少々幼くも感じる男子の、しかし威厳を感じる声が静かに、しかしハッキリと『大洞穴』に響き渡った。


『道を開けよ……『大洞穴』に住まう盟友たち。私の名はマルロス……祖国に裏切られ、あの非道な戦争を止める事の出来なかった何の価値も無い男……。私は今日まで『機神』に生命を救われ、本来であれば恨み言を吐き処刑するべき敵国の王族だった私などを諸君らの寛大な慈悲にて生き恥を晒す……愚物である』


 ザワリ……大洞穴内では大半の人たちが『地龍神の魔石』でマルロス王子が生きていた事実を知らなかった。

 故に突如敵対国の第二王子が自国に、しかも自分たちの神である『機神』と共に現れたという事実に戦慄してしまう。

 そんな中、一人の壮年の男……将軍ぽいオッサンだけがうわ言のように「マルロス……殿下」と呟いている。

 そして、次に聞こえて来たのは別人の声……。

 それもエルフたちにとってはなじみ深い、2年以上も共に切磋琢磨して来た戦士たちには毎日聞いていた女性の声であった。


『道を開けよ同胞たち……我らは今『機神』に認められた。悍ましき外道共に裁きを下すために……我らが祖国を滅ぼした罪深き敵国を滅ぼす為に……そして、我が主を……我らの最も大切な方を亡き者にしたシャンガリア王国を焦土とする為に!!』

『『機神は答えた! 我らの尽きぬ憎悪の炎に! 魂に!!』』


 オ……オオ……オオオオオオオオ!!

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 その声は物凄いスピードでエルフたちに、ドワーフたちに、大洞穴に住まう全ての人々の心を直撃して行く。

 アスラルに住む者なら知っている……そして恐怖で忘れかけていた悲劇を思い出す。

 友好国として戦乱を止めようとし、兄に殺されたはずの王女の婚約者の物語を。

 帰らぬ人となった王女と、その王女を守れなかった侍女長の苦痛に満ちた物語を。

 誰もが怒った、誰もが悲しんだ、誰もが同調した……誰もが……憎悪した。

 そしてその想いに『機神』が答えてくれた……膨大な魔力への恐怖が、恐ろしい巨人への絶望が歓喜に、熱狂に変わって行く……。


「うおおおお! やはり機神は俺たちの味方!! 悪逆非道の王国に正義の鉄槌を!!」

「マルロス王子いいいい!! クソ兄貴に目にモノ見せてやれええええええ!!」

「今こそ復讐の時だああああ! ナナリーいいいいいいいい!!」


 そして物騒な声援が広がる中、『機神大社』から出口の要塞に至る道から徐々に両側にみんな寄っていき……完全に道から人影が捌けた瞬間、両側に防護柵がせりあがって来た。

 

「安全柵って……なんつー用意の良い……」

「用意周到過ぎるでしょ!? 一体どこまで計算してたっての!?」


 俺たちの文句などお構いなしに状況は進んでいく。

 完全に地上へ姿を現した『機神』が腰をかがめてクラウチングスタートの態勢になると、背後から勢いよく熱風が吹き上がり始めた。

 ジョットエンジン、そうとしか思えない挙動……そしてそうなればこの後に起こるのは当然……。


『さあ行くぞ盟友たち……今こそ我らの怒りを愚王……いや、クソ野郎に叩きつけてくれる!!』

『見せてやろう同胞たち! 私から……私たちからあの娘を奪った外道共に裁きの鉄槌を下すその瞬間を!!』


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


『『ミナゴロシニシテクレルアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』』


ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


「ぶわあああ!?」

「ふおおお!? まさか飛ぶ気か!?」


 超物騒な宣誓が『大洞穴』に響き渡った瞬間に起こる爆音と衝撃破……風圧で民衆が吹っ飛びかける中、背面からジェット噴射を吐き出した『機神』は急加速で滑走路を一直線……あっという間に大空へと飛び去った。

 その圧倒的な光景に、風圧で転げまわったと言うのに人々は皆空を見上げたまま腕を振り上げ大声で大声援を送る。

 内容に『ブチ殺せ!』『皆殺しにしろ!!』『地獄へ叩き落せ!!』など実に物騒かつ品の無いセリフが多く……ドワーフたちに似合いそうな言葉に感じるのに、実際口にしている大半は男女関係なくエルフたちだった。

 アスラルから逃亡を余儀なくされた、大切な人を大勢理不尽に奪われたエルフたちの気持ちを考えれば仕方のない事ではあるけど……。

 俺も風圧に立っている事が出来ずアマネと一緒にひっくり返ってしまったが、不意に頭を起すと安全柵に捕まって転倒を免れたドワーフたちが数名、飛び去った『機神』を眺めていた。

 そして安全柵を、滑走路を、現在は煌々と外の光を内部に取り入れる左右に分かれた要塞を目にして……涙を流している。


「…………事も……あろうかと……」


 そして一人のドワーフが呟くと周囲の仲間たちにも伝播するように口々にある言葉をつぶやき始める。


「こんな事もあろうかと……」

「こんな事も……あろうかと…………」

「おお…………こんな事も……あろうかと!」


 ……あれって確か俺が初めて『大洞穴』に来た時に見た建造に携わっていたドワーフたち……確かグラハム組とか言ってたっけ?

『夢幻界牢』で記憶は改竄されているハズなのに、製作者たちの情熱なのか執念なのか、何となく自分たちが“それ”を作り上げた事は分かるのだろうか?

 自分たちの仕事の成果で『大洞穴』に被害が無かった事への誇りなのか、それとも作った物が無駄にならなかった喜びなのか……グラハム組のドワーフたちは泣き笑いしながら大声で叫んでいた。


「「「「「「うおおおおおおおおおお! こんな事もあろうかとおおおおおおおおおおお!!」」」」」」 

「うんうん、分かるわ~その熱い涙。その言葉を心から言える為にメカニックたちは魂を賭けるのよね!」


 そんな漢たちの涙にもらい泣きするミノムシが一匹……確かにその言葉を口に出来た彼らの喜びは理解できなくも無いが、今はそんな呑気な状況ではない!


「何なのよアレ!? 『地龍神の魔石』での巨大ロボット建造は聞いていたけど、あんなバカげた魔力、喩えエルフであっても動かせないハズじゃなかったの!?」


 未だに歓声の鳴りやまない中、頭を押さえながら立ち上がったスズ姉が納得いかないと詰め寄って来た。

 俺もアマネも、その辺について異論は無い。

 本来であれば天災にも匹敵する魔石の力を意のままにする事は不可能……ハッキリ言えば『無忘却の魔導師』であるアマネであっても実現は出来ない。

“魔石そのもの”が協力しない限りは…………。

 それさえ知っていればこの事態は予想可能だったのに、俺たちは一番肝心な事実のみ考えないように誘導されていたのだ。


「地龍神に気に入られたのが話に聞いていたマルロス王子だったなら可能だろう。本来なら人の身で使用など出来ないのに魔石に封じられたマルロス王子と同調して機体を動かすエネルギーとして転換すればな……融合魔法で」

「融合……魔法!? そうか! だからナナリー侍女長が!!」

「私たちは最初から『地龍神の魔石』の存在を知っていたのに、正確に戦力分析すらしていたのに“マルロス王子の生存”だけは考えないように仕組まれていたのね……マズったわ」


 俺の言葉で見解を理解したアマネとスズ姉は眉を顰めて唸る。

 特にアマネはバトリングで自分たちが勝つために使っていた『融合魔法』による機体の運用法すら、対戦させる事でナナリーに体で覚えさせる為に“使わされていた”事に気が付いたようで……悔し気な表情を浮かべた。


「融合魔法って……もしかしてナナリーさんと元シャンガリア王子様が使ってるって事なんですか? え? でも確かナナリーさんって王子の婚約者の専属侍女だったハズじゃ……そんな二人が? ええ!? ナナリーさんってば……」


 ただ一人、ミノムシ……もとい神威さんだけが複雑そうな、それでいてちょっと何かを期待しているかのような表情を浮かべる。

 何を考えているのか瞬時に理解した俺は神威さんにではなく、彼女の首から下がった首飾り……『夢魔の女王の欠片』に向かってジト目を向けた。


「おい師匠……アンタ弟子に融合魔法についてちゃんと教えて無いのか? 明らかに断片的にしか理解してねーぞこの娘!」

『必要なら……教える……いらなかった……言ってない』


 鈍く光りながら『夢魔の女王』は“聞かれなかったから言ってない”的な現代っ子っぽい事を言いやがる。

 ……まあ使用された実例も少ないから若干の勘違いが生まれるのも事実だが。

 そんな神威さんにスズ姉が仕方が無いとばかりに説明をする。


「融合魔法が使える=病的なバカップルって認識は間違いよ? 確かに実例が多いのは事実だけど全部の成功者がこんな独占欲と執着心の塊で、体力の続く限り頑張るような愛欲塗れの頭が可笑しい連中ではないのよ」

「ほうほう……つまりこの二人のようにドロドロネチョネチョで無くても発現は可能であると……」

「そう、肉体関係の有無は実は関係ないのよ。一番必要なのは精神……心の同調ね」

「同調……つまりこの二人はそんなものを常時使用できるほどに互いの事を考えていると?」

「具体的には“互いの事しか”考えていないわね」

「スズ姉……ちょいちょい説明に私たちを含めるのは止めてくれない? 色々と表現が……その……」


 アマネが若干顔を赤らめて抗議する……確かに“事実”ではあるけど説明の引き合いにされるのは恥ずかしい……特に肉体関係云々は。

 おのれ……“こっち”ではまだ未経験であると言うに!!


「融合魔法の魔力融合の本質は心の同調……火事場の馬鹿力的な一撃が欲しい時、神威さんに分かりやすく言えば最終決戦でラスボスを倒す時に“みんなの力を一つに!!”みたいなものだと言えばわかりやすかな?」

「あ! 分かりやすいです!! …………あれ? という事はあの二人が同調した理由と目的は……」


 分かり切った結論……知識を得る事でようやく俺たちと同じ思考へと至った神威さんが珍しく青ざめた。

 ようやく事の重大さに気が付いてくれたらしい。


「天災に匹敵する魔力を秘めた『地龍神の魔石』を使いこなす怒りに身を任せた“シャンガリア絶対に滅ぼすマン”と化した王子と侍女長が、怨敵王国に向けて急発進したって事だな~有言実行する為に……」

「シャ、シャンガリア絶対滅ぼすマンとか……ナナリーさんたちの無念は分からなくはないですが、いくら何でもやり過ぎでしょう!? それでは一方的な虐殺に……」


 すこーし凶悪な『魔動軍』を作り上げようとしていた彼女に“おまいう”と言いそうになったが……彼女が色々と策を弄して被害を最小限にとどめようとしていたのは事実だ。

 命の軽いこの世界で圧倒的な力を持って守りたい者たちを守ろうとしていたのだから。

 やり過ぎと楽しんでいた事実は変わらないけどな……。

 

「確かに天災級の魔力……あんなもんが王国に襲い掛かったら、数分で焦土……建物どころか死体すら残らないかも……」


 ハッキリ言ってあの二人が怒りをぶつける矛先が“完全に憎悪の対象である極悪人”で諸悪の元凶シャンガリア現国王カルロスのみであるなら……俺たちは放っておくだろう。

 むしろ『大洞穴』の連中と一緒に声援すら送ったかもしれない。

 しかし……戦争はどれほど相手国が非道な行いをしようと、全ての国民が悪人である事はない。

 すべてを悪と断じる事は出来ないし、そもそも俺たちは目撃している。

 ……アマネの地獄の業火に、自らが積み重ねた怨念に焼かれる連中と、全く焼かれずに済んだ人々がいた事を……。

 このままあの二人がシャンガリアを怒りに任せて滅ぼせば……あの二人は背負う事になるのだ。

 罪なき人々ごと復讐を果した虐殺者の汚名を、自分達が憎悪する連中と同じ罪を。

 そうなったらあの二人に課せられる罪状は予想が付く。

 愛する者、大切な者を奪われたがゆえに狂った二人には最も重く辛い罰である……永遠に、死後ですらアンジェリアと再会できないという罰。

 自分に置き換えて考えても……その結果だけは容認できない。

 アマネも同じ考えなのだろう、目が合っただけで頷いてくれた。


「せめて……死後には再会させてやらんと寝覚めが悪いよな」

「同じバカップルとしては……見過ごせないね。怒りに我を忘れた融合魔法だから……正気に戻れば『地龍神の魔石』を使いこなせなくはなるだろうけど」


 そう言うとアマネは俺の持つ『夢想の剣』に目を落とした。


「となると、当然それは怒りの発端になった人じゃないと納める事が出来ないと思うけどね。私たちが幾ら説得したとしても所詮は他人だから」

「やっぱり……それしかないよな」


 気が重い……それしか無いとは言え怒りの理由を考えるとアンデッドたちに『死期覚醒』を使った時と同じように、その感情を利用するような夢を扱う自分の夢操作のうりょくの利便性とデリカシーの無さに辟易する。

 しかし……あの悲しい『復讐機』になってしまった二人に実行できる有効な作戦はそれだけだろう。

 俺は不承不承ながらもそう“確信して”口を開いた。


「何とか『機神』がシャンガリア王国を攻撃する前に追いつくぞ! 『夢枕』の射程距離は精々数十メートルだから、張り付くくらいじゃないと実行できん!」


 決定的な盲点があった事に気が付かず、『機神』の暴走を食い止める為の作戦を……。

『夢枕』を使って二人の怒りの原因である“死亡した王女アンジェリア”を呼び出して説得してもらうつもりで……。

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