第百四十八話 伏線が主人公の味方するとは限らない一例

『機神大社』を出てから俺とスズ姉はアマネたちが待機している宿屋を目指して『大洞穴』の繁華街を歩いていた。

 まだ昼間とは言え、そこかしこで酒をかっくらい大声で笑うドワーフたちの豪放磊落な姿は以前と変わらないが、その景色に少しだけ違いもある。

 そんなドワーフたちの姿に眉を顰めるエルフたちが眼に入る事だ。

 

「ついこの前までは同じ事に付いてエルフもドワーフも一緒に語り合っていたのが信じられないね」

「両方とも“元に戻った”ってだけなんだが……」


 元々特別友好でも無ければ仲違いしているワケでも無い両種族は共通の話題“ロボット”の知識を持ち込んだ神威さん《もんだいじ》によって先日までは同じ目的に向かった同志としての仲間意識が高かったけど……本来この辺が正常な距離感なのだ。

 ……少々寂しい気分になるのは仕方が無いが。


「別の種族同士が仲良くするのは悪い事じゃないけど、大本の原因は共通の敵を前にした戦争だもの……健全とは言い難いよ」

「ゆっくりじっくり時間をかけて……それでも成功するかは分からない、それが普通なんだよな。タイミング的にロボット技術をねじ込んで強力な軍を作ろうとしていたとか……本当に恐ろしい統率力だよな……」


 先頭に立ってみんなを鼓舞し、熱く楽しく盛り上げて異種族間の中を取り持つ。

 一見すると非の打ち所がない平和的な光景にも思えるのに、スポットライトの中、煌びやかな衣装に身を包んだ強力なロボット兵団を引き連れる『アイドル魔王』が異世界を席巻する……今はアマネに説教されているだろう人物がもうしばらく放置されていた未来を想像するだけで震えが起きる……。


「アイドルが統率するとかはアニメの中だけにしておいて欲しい…………ん?」


 その時、俺は足元から小さく地面が揺れる感覚を覚えた。

 それは人力によるものではない事は分かる断続的なモノ……しかし微妙に感じ取れていたほどの小さい振動は次第に大きくなっていく。

 

「地震か? それにしては随分と一定な感じが……」

「どした夢次君? 何かあ…………!?」


 俺が不意に足を止めた事を気にしたスズ姉が話しかけてきたが、言葉の途中で慌てたように後ろを振り返った。

 俺たちがさっきまで調査に行っていた『機神大社』の方角を驚愕の表情で……。

 そしてそれは俺達だけじゃない、道行くエルフたちも、さっきまで大声で笑って酒を飲んでいたドワーフたちも一様に『機神大社』の方角を振り返って唖然としていた。

 ……こういう状況は何度も経験があった。

 俺以外のみんなが恐怖するのに俺だけが分からない……アマネの隣にいるとこういう事がよくあるのだ。


「スズ姉、魔力か? 異常な魔力を感じたのか!?」

「な、何を言って……いやそうか、そう言えば君は普段魔力を感知しないようにしていたんだったな」


 一瞬スズ姉は“何言ってんだコイツ?”的な顔になったが、俺の特殊性を思い出したらしいな。

 普段夢操作で“寝溜め”をしている俺は異世界に置いて一般人でも軽度なら感知するような感覚すらも微細に魔力を使うから閉じている。

 その代わり別の感覚“五感”を駆使する事で別方面からの気配察知には敏感になったワケだが……こういう時、一般人でも感知してしまう程の膨大な魔力ですら気が付けない事がある。

 それが恐怖に怯え腰を抜かすエルフがいようと、驚愕にジョッキを落とすドワーフがいようと……スズ姉が冷や汗を流して警戒の目で『機神大社』の方を見ていたとしても。

 だがそれ故に……微細な振動が断続的に伝わってくるのが同じ『機神大社』である事はいち早く感知できる。


「……こんな魔力の高まり、まるで自然災害、台風や火山活動にも匹敵する馬鹿げた力の奔流は久々だ。私の経験では前の時……リーンベルを名乗っていた時以来出会った事の無い程だよ」


 ゴクリと息を飲んだスズ姉は緊張の表情のまま……彼女にとっては思い出したくもない人物の名前を口にする。


「転生後に弱体化した者じゃない……正真正銘、全盛期の魔王に匹敵する圧倒的な魔力」


 引きつった表情で以前は自らの命すら奪った強大な敵の名を口にするスズ姉には……さすがに“そいつなら英語教師に捕食された”と軽口は叩けなかった。

 地面から伝わる振動、そして膨大な魔力の奔流……そこから導き出される結論は残念ながら一つしかない。

『機神大社』に魔王なみの魔力を発する物など一つしか無いし、ドンドンと大きくなる振動は最早俺以外にも感じる者も出始めて……俺は自分の策略が多少の成功を引き換えに大失敗した事を認識せざるを得なかった。


「機神が…………機動しやがった!?」

「機神が機動!? 何で!? アレは形を作っただけで『地龍神の魔石』をエネルギー源に出来ない限り動くはずは無いんじゃ!?」

「ユメジ! スズ姉!! 何事なのこの魔力は!? 邪神でも復活したの!?」


 スズ姉の疑問に答える事が出来ずにいると、向こうから慌てた様子でアマネが走って来た。

 背中に縄でグルグル巻きの神威さん《ミノムシ》を背負いながらなのがシュールだが……こんな状況なのに若干神威さん《ミノムシ》が嬉しそうなのはどういう事なんだろう?


「分からんが……少なくとも『夢幻界牢』での改竄が失敗したって事になるのか? どうやら機神そのものが動き出したようで……」

「やっぱり!!」


 俺の結論をアマネも予想していたようだ。

 まあこの状況で膨大な魔力を有する何かとなれば『地龍神の魔石アレ』が真っ先に思い浮かぶだろうが……。

 だがアマネがその結論に至った理由は別にあった。


「ユメジ、さっき聞いたばっかりなんだけど……どうやらこの娘、機神として『夢幻界牢』で位置づけたあの機体も、そして『地龍神の魔石』の事も存在自体知らなかったみたいなのよ」

「…………は?」

 

 その情報に俺は目が点になるが、アマネに背負われたままのミノムシが嬉々としてみょいんみょいんと器用に動いた。


「いや~ナナリーさんもやるものです! まさか私を出し抜いてそんな素敵アイテムを秘匿していたとは……まして暴走寸前のプロトタイプを作り出す離れ業をやってのける……真のラスボスポジションじゃないですか!!」

「出し抜かれていたなら何でアンタは嬉しそうなんだよ!?」

「ユメジ……気にしたら負けよ。神威愛梨はこういうヤツなの」


 半ば諦めたようなアマネの反応にこれがこの人のニュートラルなのだと思いなおし……そしてテンション高めな様子に本当に知らなかった事が伺えた。

 ……それって結構マズイ状況では?

 今まで俺は『機神』の建造計画は神威さんの『魔動軍』計画の一端だと思って『夢幻界牢』による記憶改竄を行ったのに……そうなると改竄した記憶に綻びが大きくなる。

 元々無理やりで強引な手法だったのに、大本も認識がズレていればどうしても揺り返しは大きくなってしまう。

 

「だけど『地龍神の魔石』だぞ!? そんなもんをどうやればエネルギー源に使えるってんだよ!? 喩えその事を秘匿していた侍女長がいたとしても、あの人にそんなもんを扱える程魔力があるとは思えないが……そんなの魔石の大本の地龍神に寵愛でもされ……」


 そこまで口にして、俺はその可能性を考えていなかった事にようやく気が付いた。

 地龍神に寵愛された存在、魔石になった後にも高いプライドを持った地龍神は滅多に人に対して力など貸さないが、気に入った者に対してなら存分に力を貸してくれる。

 地、その名に違わない巌の如き頑迷な精神にこそ共鳴する……それはアマネが最初に侵入した時に齎した情報だったじゃないか。

 ここまでの経緯が……あまりにも都合が良すぎないか?

 ある特定の人物にとって…………。


「お、おい……まさか…………」

「? どうかしたのユメジ……」


“それ”に思い至った俺は慌てて『夢想のナイトメアブック』の『幻夢起床』のページを開いて力一杯自分の頭に叩きつけた。

 魅了などの精神支配を打ちし覚醒させる夢操作を自分自身にやった瞬間、俺はそれまで不自然に考えなかった可能性にようやく気が付く。


「……!? くそ、やられた!!」

「どうかしたのユメジ?」

「迂闊だった……何時からか分からないけど、俺たちは今まである一つの可能性だけは考えないように思考誘導されていたみたいだ。『地龍神の魔石』に守られた何者かが“誰”なのかを考えないように……」

「誰なのか………………え? あれ!? そう言えば何で今までその事だけは考えなかったんだろう? 『夢幻界牢』で機神に仕立て上げるにしても相当重要な事なのに!?」


 俺の呟き、それだけでアマネも簡単にその結論へと至る、それほどまでに小さくか細い精神誘導なのに……事ここに至ると最早遅い。

『地龍神の魔石』に誰かが取り込まれているのは分かっていたのに、それを守っているナナリーさんやら元シャンガリア将軍やら二か国の人物が守ろうとする何者かと考えなかったのか。

 つまり俺たちは……。


「……いつからだ? いつから利用されていた? 『地龍神の魔石』を動かせる方法を自分と同じ精神を持った人物に肌で学ばせるために……融合魔法を多用する俺たちが侍女長ナナリーと戦う為に…………シャンガリアを滅ぼす為に」

「…………それって!?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………………


「な、なんだなんだこの揺れは!?」

「地震!? いやしかしこのバカでかい魔力は一体!?」


 どうやら同じ結論に達したらしいアマネが驚愕の声を上げた時、突如『大洞穴』全体を揺らす程の振動が、地鳴りがし始め……今まで巨大な魔力で立ちすくんでいたエルフやドワーフたちが慌てふためく。

 それは俺がさっきから感じていた小さな振動の延長であり、みんなが恐れおののいた強力な魔力の大本である事など確認するまでも無かった。


「全部『機神』という凶悪な機体を動かすための布石……シャンガリア王国第二王子マルロスの手の平だったって事かよ!!」

「く……一番単純な結論じゃない。地属性最強の魔力の塊『地龍神』が気に入るほどの頑迷さを誇るほどに一人の女性を想い、シャンガリアを憎む媒体に相応しい人物は!!」


 暗殺されたはずのアスラル王国王女の婚約者が生きていた……その可能性を考えないように思考誘導されていた事にようやく気が付いても最早手遅れであった。

 出し抜かれたのは神威さんだけじゃない……俺たちもだったんだ!!


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………


 轟音と共に地面が割れ初め……『機神大社』、から入り口に至るまで町が、そして『大洞穴』の入り口の要塞まで左右へと別れて行き……一直線の道がせりあがって来た。

 それは俺が一番最初に『大洞穴』に辿り着いた日に目にした光景の延長、何か巨大な存在がこの道を通って発進する為の設備である事は明らか……。

 そして巨大なソレは『機神大社』の地下からゆっくりと姿を現していく。

 巨大な龍にも似た人型のフォルム。

 膨大な魔力に包まれ黄金色に輝く姿は神々しく、本当は数日前に刷り込まれた記憶であるのにドワーフもエルフも、『大洞穴』に住まうその姿を目撃した誰もがまるで昔から知っていた太古の伝承を思い出すかのように呟いた。

 畏怖と恐怖を交えて『機神が目覚めた』と。


 そしてただ一人、そんな畏怖の対象でしかない巨大な存在を前にして……輝かんばかりの瞳でつぶやく者もいた。


「か……かっこいい!!」


 この期に及んでも三女神の三女はブレない……。

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