閑話 血涙の融合魔法
物足りない……そう感じた時、最近ナナリーは『機神大社』に祭られている神々の抜け殻の一つを見学しに来るのが定番になっていた。
その中でも黒く他の神より遥かに小さいにも関わらず最強の2神の一つとされる黒く所々が破損した『ファントム』を前にすると……不足していた何かが少しだけ満たされた気になった。
『この黒き神と私は何か因縁でもあるのだろうか? まるで戦友と再会したような気になるのだが……』
知らぬ間に記憶を改変された今となってはナナリーにその理由を知りようはないのだが、一番長く、深くこの機体に関わっていた彼女の体は確かに覚えていたのだ。
自分に不足していた、求めていた己の“鋼鉄の腕”の存在を……。
「そして、中央部左右に位置するこの二神が八傑衆の中でも最強にして最大のライバル同士。この二神に寄る決闘は三日三晩に及ぶ熱い戦いであったと言われる『黒侍神ファントム』と『拳闘神ステゴロ』さ!!」
「へえ~コレが……」
「この2神は機神の中でも決闘の象徴として伝えられる……特に暑苦しい戦死の連中に絶大な信仰を集める別名『好敵手の二柱』とも言われているのさ」
そんな風に何か忘れ得ぬ感覚を思い出そうとしても思い出せないナナリーがその場を立ち去ろうとした時、不意に神々について説明する声が聞えた来た。
それはナナリーにとっても馴染みのある同胞のサリーの声、そして聴きなれない声は『機神大社』に訪れた観光客の類であろうと予想する。
『男女の冒険者……人間ですね……今日は奥方と一緒では無いのですね……』
ナナリーがチラリと視線を送ると、一目で“出来る雰囲気”を醸し出す二人が仏殿に入室するのが見えた。
それだけだった……それだけのはずだったのに……ナナリーは男性の方を見て、自分でも意味不明な感想を抱いていた事に、しばらく経ってから気が付くのだった。
「? 私は今、何故にあの二人が夫婦ではないと断定した?? そんなの確認もせず分かるはずも無いのに……」
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それからナナリーは『機神大社』の奥……関係者以外立ち入り禁止の『機神』が祭られているとされる場所まで訪れていた。
そこは配下の神々が安置される場所よりも更に広く深く……まるでドラゴンを象ったような人型の巨人……『機神』の全身が埋まるような形で安置され、巨人の頭部には巨大な琥珀色の魔石が埋め込まれている。
その中に……一人の男性が2年半前から取り込まれている事も変わらずに。
「ナナリー殿……いらしていたのか。どうかなされたのですか?」
「バロック殿……いやすまない、特に事情は無いのだが……自然と足が向いてしまった」
「いえ、貴女であるならこの方も咎めますまい」
そして機神の前に変わらず待機していたのシャンガリア王国の元将軍であるバロックは、大分疲れ切った顔をしていた。
その事情はナナリーには痛いほど分かる……もしも自分の主が“こう”なっていたら、自分も気が気では無かっただろうから……。
「それで……まだお目覚めにはならないのですか……マルロス殿下は」
「はい……2年以上も変わる事無く…………」
疲れ切った顔を更に沈ませて、バロックは己が守り切れなかった主の現状を答えた。
機神の核である『地龍神の魔石』に取り込まれたまま2年半も目覚める事の無い主、シャンガリア王国第二王子マルロスを前に……。
「そう……ですか……」
ナナリーは自分の目が失望に染まるのを自制できず……溜息を吐いた。
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約“2年半前”の事……主を犠牲に生き残ってしまった絶望を胸にドワーフの国『大洞穴』へと身を寄せたナナリーは、そこでの意外な人物のとの再会に更なる絶望を味わう事になった。
王女アンジェリアの犠牲を確認し絶望に打ちひしがれる彼女は、自らの兄の策略により事故に見せかけられ谷底に馬車ごと転落、死亡したはずの主の婚約者が……右腕と左足を失って昏睡状態に陥っても尚、『地龍神の魔石』の力で生きていた残酷な現実を知る事になったのだった。
そう生きていた……主であり妹の様でもあった王女アンジェリアに生きる希望を失わせ、死後再会する
彼女は己の内から溢れ出そうになる全ての感情を押し殺した。
瀕死の重傷を負った主を命からがら『大洞穴』まで運び込み、偶然にもその頑迷な精神を『機神』に気に入られた事で辛うじて命を長らえさせる事の出来たバロック元将軍を含めた忠臣たちの前では決して、絶対にその時に感じた思ってはならない事を考えないように……。
溢れ出そうになるそれを押しとどめる為に、そして何よりも主の仇を討つためにナナリーは過酷な訓練を重ねて行き……今では『大洞穴』で彼女に敵う者はいない戦士へと変動を遂げていた。
しかし……そこまで強くなっても、いや強くなったからこそどうしようもなく理解できる事実が彼女を更に絶望させる。
幾ら鍛えようとも、2年以上前の王女アンジェリアの力には及ばない事を……。
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『……ここ半年ほど、その事を考えていなかったのは何故なのでしょうか? 私にとって最重要事項だったはずなのに』
狂おしいほどの憎悪の感情が無くなる事は無い。
しかし自らが強くなれない、自分はどうあっても“あの時”アンジェリアの隣で死ぬ事は出来なかったのだという現実、今もって侵略を諦めない憎きシャンガリア王国への復讐が叶わないという激しい焦燥感が“ここ半年の間”ポッカリ思いもしなかった事にナナリーは違和感があった。
“魔力の運用と扱う技術の併用が難しいなら、最初から別々で良いんじゃないです?”
「つ!?」
ズキリ……と唐突に走った頭痛と共に、知らないハズなのにどこか聞き覚えのある少女の姿がナナリーの脳裏に浮かんだ。
それは顔も名前も思い出せないのに……何故か妙に楽し気であり、そしてどこか力強い自分とは違う得体のしれない恐ろしさすら感じる。
『な……何今の記憶……今の少女の形をした何かは…………』
「!? どうなさったナナリー殿!? 体調が優れんとか?」
突然の頭痛に思わず頭を押さえたナナリーをバロックが心配するが、彼女は「……心配ないです」と手で制し……そして「少しの間一人にして欲しい」と伝えた。
互いに婚約者の部下として、そして主を守り切れなかった者同士として思うところもあるバロックはその言葉に「無理はなさなぬように」とだけ言い残し、その場を後にした。
そして……『機神』を前に座り込んだ途端、記憶の断片が再び頭痛としてナナリーを襲う。
“でも戦闘の運用で同時に合わせるのは今のところ難しそうです。
『ソロ』だと実戦に活用できますけど操縦者の体力的に活動時間が短い。『タンデム』ですと長時間の活動は可能ですけど、どうしても遅くなりますから”
“ならば……『ソロ』で長時間動ける体力さえあれば問題無いのでしょう? 私にはその方が性に合って良そうです”
ズキリ…………
「クッ!?」
今度の映像の中には自分がいた事にナナリーは驚愕する。
それは何か忘れ得ぬ強烈な記憶として残っている……己の怨念を、執念を血肉の通わぬ鋼鉄の体で全てを受け止めてくれた相棒の存在が……。
『何だ……ソロ? タンデム? 私は何を思い出そうとしている? 何を忘れていると言うのですか!?』
『夢幻界牢』の記憶改竄は概ねは上手く行っていた。
……が、記憶改竄に置いて若干のややこしい見落としがあった事で侍女長ナナリーの記憶に付いては綻びが多く残っていたのだ。
その最たるものが『地龍神の魔石』と『マルロス王子の存命』に関する事……ナナリーはこの件については客人であり力を与えてくれた
それは重要人物の情報を極力流さない目的で『大洞穴』の中でも特定の者たちしか知り得ない事で、余計な情報を客人たる神威に漏らさない目的もあったが……これ以上この世界の重圧を与えるべきではないという配慮でもあった。
ただ……偶然にも『地龍神』からの寵愛を受けて膨大な魔力の塊である魔石に取り込まれた王子に何か出来ないか……シャンガリア憎しで強力な何かを心の底でそんな事を考えていたナナリーは、ある日神威がドワーフたちを前に熱弁していた『禁断の機体』について聞いてしまう。
“制御不能のエネルギー源を乗せた機体、しかも機体自体に意志があるとか尚燃える!!”
ズキリ…………
「機神は……神ではない…………これを作り出したのは……作らせたのは……私?」
ナナリーがそう呟いた瞬間、それまで全く何の反応もなかった琥珀色の魔石が淡い光を放ち始め……まるで呟きに応えるように『機神』の胸部と思しき箇所が歪な金属音を立ててゆっくりと開いて行く。
その光景にナナリーは確信する。
“コレ”は神ではない……『地龍神の魔石』という凶悪なエネルギーを乗せた、乗物であり巨大な兵器である事を……。
『だが巨大すぎる大地の魔力を秘めた地龍神の魔石を魔術師でもない自分が使いこなう事など不可能……』
アスラル王国のエルフであった常識が唐突に浮かんだ“発想”を否定しようとする。
しかしそれとは別の、己の中の声が訳の分からない荒唐無稽な事を語る。
『いや違う……ヤツは、あの男はほぼ魔力的な力を感じなかった。それこそエルフの中では魔術が得手では無かった自分よりも……』
そしてまたも知らないはずの自分が知っているかのように心の中で勝手に語りだす。
まるで自在に持たない何者かが絶大な魔力を使いこなすのを“見て来た”かのように。
「痛……!?」
そして知らないハズなのに知っているような曖昧な記憶の片隅に燻ぶる、断片的に思い出される熱い戦いの残り火が、ナナリーにその答えを思い出させる。
「融合……魔法?」
ナナリーは口にした魔力運用の一つの形を思い出した。
自身の魔力が低いなら、魔力の高い者と共に魔力を共有する事が出来るのならば……もしかすれば伝承に残る実在の『機神』すらも動かす事が可能なのでは……。
そしてナナリーは地龍神の魔石に取り込まれたまま瞳を閉じ続ける『王子マルロス』へと視線を向ける。
『だからこそ……たった一度だが主が婚約者と共に融合魔法を成功させ、膨大な光を生みだした時は色々な意味で大騒ぎになったものだが……』
当時そんな曰くの有る魔法を成功させたアンジェリアは顔を真っ赤にして大いに慌てて『もう揶揄わないで! べ、別に融合魔法の成功例は恋人や夫婦だけじゃないじゃない!』
と言っていた事をナナリーは思い出す。
照れ隠しに口走っても、あの成功例は確実に二人の“恋心”からであった事は誰の目にも、そして口にしているアンジェリア自身も分かっていただろうと……。
だからこそナナリーは向けてはならない瞳を向ける。
他国の、敵国でも王族である王子に対して侍女長が向けてはならない瞳を……。
主であるアンジェリアの婚約者に対して向けてはいけない瞳を……。
妹のようにかわいがっていた娘の最愛の人物に対して向けてはならない熱い瞳を……。
膨大な憎悪の、殺意の炎を込めて…………。
ゴッ!! そして瞳を閉じ続けるマルロスを包んだ魔石を力一杯に殴りつけた。
地龍神の魔石の硬度は半端では無く、戦斧ですら砕く事敵わない。
そんな物を殴ったナナリーの拳から、たった一撃で血が噴き出し魔石の表面に血痕を残した。
「何故貴方は……ここにいるのですか?」
それは彼女が2年半前にマルロスと無言の再会を果した時から抱き続けた……今まで感じないように封印し続けた感情。
“何故生きていた……”
ゴッ……ゴッ……誰もいない空間に拳を叩きつけ続ける鈍い音が連続する。
何故なのか分からないが、ここ半年ばかりは忘れていられた……封じている事の出来た感情が、一度蓋を開いてしまうと後から後から止めども無く湧き上がってくる。
「あの時……あの娘は既に死んでいた。貴方が殺されたと知らされた時からずっと……貴方の国に卑劣にも奇襲を受けるその前から生きてはいなかった!」
何度も何度も、感情のままに殴り続けるナナリーの両の拳から流れ出た血は機神の核、地龍神の魔石に無数の血の跡を増やし続ける。
「貴方が! 貴方が存命である事だけ……それだけを知る事が叶えば! あの娘は……アンジーは絶望しなかった!! 死に場所を求めて死に逃げる事はなかったのに!! 私は……あの娘がいないのに今生きている貴方が許せない!!」
ゴキィ……
一際鈍い音を最後に拳振るう事を止めたナナリーの瞳から……憎悪に歪む彼女の瞳から血涙が流れ落ちる。
「ですが…………何よりも……この世で最も私が許せないのは…………ただ一目でも会わせる事が出来れば……愛する人の存命さえ知る事が出来れば振り払えたあの娘の死神を取り除く事が出来たと言うのに…………そんな簡単な事すら果たせなかった……」
そしてナナリーは静かに、しかし誰よりも、何よりも憎しみの籠った暗い瞳を“内側”に向けた。
国を滅ぼしたシャンガリア王国よりも、主人や婚約者の抹殺を命じた仇敵カルロスよりも、主人が命を落とす直接的原因になった追っ手の兵士たちよりも自身が最も憎む者へ。
「この
そう口にした瞬間、機神の核『地龍神の魔石』が突如輝き始めた。
そして光の中でナナリーは実感して行く……魔石に取り込まれたままのマルロスの瞳は変わらずに閉じられたままだと言うのに、その瞳から血涙が流れている事を……。
自分と同じように……。
「こ、これは!?」
そして今まで感じた事の無いような感覚に襲われる。
まるで何者かと“同調”して行くような妙な感覚……それが非常に心地悪い。
しかしその心地の悪さにナナリーは実感する。
『この力を使いこなせるのは自分しかいないのだ』という事を……。
『融合魔法』が男女関係に例えられやすいのは、単純にそこまで同調した関係性が行き過ぎた男女間に発生し易かった事に起因する。
つまり互いに理解し合える、お互いの気持ちが同じくらいに重なる事が最も重要なのだ。
だからこそ……ナナリーは『融合魔法』の応用を“思いついた”時、自身の溢れ出る黒い感情の蓋を開いた。
それだけは、その事だけは主人の愛する婚約者と誰よりも同調できる感情だったから。
光を増していく魔石の魔力に乗って、別の何者かの感情が自分へと流れ込んでくる『不快感』に歯を食いしばりつつも……ナナリーは嗤う。
確信した通り、それはまさしく自分と同じ感情だったから。
「…………そうでしょう憎いでしょう。最愛の女を奪った兄が……その国を理不尽に滅ぼしたシャンガリアという国が……そしておめおめと自分の一番大事な女を守り通せもせずに、この場に現れた役にも立たない侍女長である私が……」
同族嫌悪……そんな後ろ向きな感情で魔力が同調して行く。
不快感と苦痛……膨大な魔力が同調していくと言うのに欠片も高揚感の起こらない現状。
「そしてそんな最愛と再会する事が出来なかった……己自身が!!」
アンジェリアという少女を失った絶望と、互いを嫌い自分を最も憎む感情が『融合魔法』により地龍神の魔石の膨大な魔力を制御して行き……当初異世界の知識でネタのように組み上げられた、捏造された神『機神』を最悪の形で機動させて行く……。
急激に高まる圧倒的な魔力は『大洞穴』内部に断続的な振動を与え、地鳴りと共に動き出した『機神』の駆動音が聞こえ始める。
そしてナナリーは……実に数年ぶりとなるその声を耳にした。
実に憎たらしい……この世で自分の次に殺したいと願う漢の声を…………。
『乗れ……侍女長…………私を使え…………全ての怨念晴らすまで…………』
「是非もない、怨念成就……その事のみは同じ気持ちです」
その声、シャンガリア王国第二王子にしてアンジェリアの婚約者であったマルロスの声に応え、ナナリーは『機神』の開いた胸部、操縦席へと乗り込む。
相性最悪がゆえに融合魔法を可能とした『機神』を怨念成就という
『夢幻界牢』による記憶改変は一部では、というかただ一人を除いて上手く行っていたが、その一人が最も問題だったのだ。
融合魔法という覚えていなくて良い記憶を断片的に“思い出し”強くなる事で少しづつ取り戻していた理性を“忘れる”という最悪のアナグラムを果した侍女長ナナリーが『大洞穴』の『機神』を起動させてしまうなど……想定外にも程があった。
神威愛梨に秘密にしておく……それが記憶改竄前のナナリーからの置き土産になってしまうなど……。
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