第百四十五話 偶像と信仰を足して二で割る感じ
そして数日前は巨大格納庫として認識していた場所に至り思い出されるのは京都の観光名所“三十三間堂の千手観音” あるいは山道に並ぶ“並び地蔵” もしくは中国の古墳から見つかった遺跡“兵馬俑”か……。
何故俺がそんな事を思い出しているのかと言うと、研究所の巨大格納庫にそれらの仏像や石像のようにズラリと『ロボット』が整然と並んでいたからだ。
その機体は先日の改竄前の『大洞穴』を縦横無尽に行き交っていたターレーにも似た運搬用ロボットたち……それらを前に一人の見覚えのあるエルフが得意げに説明する。
ズボンガ組のレミーさん……俺とアマネが世話になったズボンガ組のエルフだったが、どうやら改竄で“機神の巫女”と位置づけられたみたいだな。
「ここにズラ~っと並んでいるのがドワーフたちの神『機神』に使える下級神と言われる通称『リョウⅢ型』だ。伝承ではもっと多くいたらしいけど、今ではここに鎮座するのが全てと言われているね」
「へ~コレが神様……」
「……の抜け殻って言われてるよ。この世の終わりに再びこいつ等に宿って動き出すって伝承があるんだ」
まるで“初めて聞いた”風に応じる俺たちにレミーさんは得意げに『伝承』を語ってくれる。
「太古の昔、地上に破壊を齎した存在に挑んだ『機神』とその配下が再び地上に降り立つその日まで……その体を整備し続ける事がドワーフたちに伝わる使命とされてるのよ」
そう、それこそが俺が『夢幻界牢』で刷り込んだ記憶。
実際には数日前まで普通に手足の如く操縦していた機体を仏像のように、神々しい信仰の対象として位置付ける事で手を出しにくくする算段。
元々義理堅く暑苦しいドワーフたちは戦いの神に関する逸話に熱心、というか大好きだ。
つまり伝承に基づいて『自分たちの使命』として“太古の昔から存在するなら何故こんなに新品みたいなの?”みたいな当然の疑問を『先祖代々自分たちが守り通した結果である』と刷り込んだのだ。
整備はしても乗り込むだなんて考えにくいように……我ながら苦しい改竄なのは否めないが、それでもレミーさんの様子を見るに今のところは問題ないように思える。
「そして下級神『リョウⅢ型』よりも上位に位置する機神様の直属の部下の八神、いわゆる『八傑衆』がこの先にいる」
名調子で観光ガイドをしてくれるレミーさんの後を付いて行った先、格納庫の更に奥に両サイドの広がる形で並んでいたのは……俺にはどれも見覚えのある機体たち。
あの日バトリングで死闘を繰り広げた鋼鉄の、決勝トーナメントに生き残った“八体のロボット”であった。
ただ、改竄前の破損の修復は完全ではなく所々鉄柱で補修されて形だけを繕ったモノも多く、当然ながらそれは俺たちが壊した機体も含まれていて……。
「コイツが“閃光の神ホーネット”だ。伝説では何百何千もの距離でも百発百中で敵を貫く砲撃をする名狙撃手だと言われているね。そいで、こっちの一番破損が激しいのが“演舞の神アクス”……名前のワリにこの神は機神を楽しませる事を役割とする役者の神様らしいよ」
そのニアミスなネーミングセンスに、不覚にもドワーフたちと同調してしまう俺の中の中二精神。
『夢幻界牢』で記憶の改竄はしたものの、ネーミングまでは決めてなかったんだがな。
主武器をもぎ取られたホーネットはまだしも、元々ガタが来ているのに無理やり合体変形していたアクスの方は最終的にバラバラにされていたからな~酷いもんだ。
人型を保とうとしているが、ほぼスクラップである。
「一説では機神を楽しませる為に体を張った結果、再起不能になるほどボロボロになったとか言われてるのよ。こればっかりは修繕しようにも原型が分からなくてね~」
「そら~大変だね……」
レミーさんさんの説明にそう答えると、スズ姉が『当事者が他人事みたいに……』と背後で呟いていた。
ガイドさんはそんなスズ姉のジト目に気が付く事は無く、八体の機体の中でも最も目立つ場所にある……俺にとっては非常になじみ深い機体を得意げに示す。
「そして、中央部左右に位置するこの二神が八傑衆の中でも最強にして最大のライバル同士。この二神に寄る決闘は三日三晩に及ぶ熱い戦いであったと言われる『黒侍神ファントム』と『拳闘神ステゴロ』さ!!」
「へえ~コレが……」
「この2神は機神の中でも決闘の象徴として伝えられる……特に暑苦しい戦士の連中に絶大な信仰を集める別名『好敵手の二柱』とも言われているのさ」
そう騙りつつ二つの機体を見上げるレミーさんも中々に熱い視線である。
「私は見ての通り大洞穴出身ではないエルフだけどね、何というかこの二つを見ると……こう、熱いモノが込み上げてくると言うか……高揚してくると言うか……」
「はは……それは何というか……」
多分だけど彼女が感じているのは改竄して尚感覚的に残っている興奮の残滓。
寝起きに薄っすら残っているバトリングに魅せられた観客としての感情だろう。
無意識化に置いて俺たちの激戦を褒められているようで……何とも気恥ずかしい。
俺は苦笑しつつ、もう二度と乗る事は無いだろう
『よ……久しぶり』……と。
しばらくの間個人的には旧友と再会した気分に浸っていたが……スズ姉は本来の目的を忘れずにレミーさんへ質問する。
それは答えが分かっている確認の為の質問……。
「じゃあ後はこれら属神の上司、ドワーフたちの最高神である『機神』を見る事が出来ればコンプリートって事になるのかな?」
サラリと“お次の観光名所に案内して?”みたいなニュアンスを装って問われたレミーさんは“案の定”とても困った顔になった。
「んあ? あ~確かにそうなんだけど……実は今『機神』は一般公開して無いんだ。悪いけどね」
「ええ? 折角はるばる大洞穴まで来たのに、メインが見られないって事!?」
「ここまで見事な配下の神々なんだから、メインの機神は相当立派な姿なんじゃないの?」
観光地で若干のワガママを言う観光客という体で俺たちが詰め寄ると、彼女は苦笑を交えながら、しかしハッキリと首を横に振る。
「確かに『機神』はここにいる配下の神たちより遥かに立派なお姿をしている……折角ここまで来てくれたアンタ等に見せてやりたい気もあるけど……けど、事情があってな」
「ん? その言い方じゃ前は一般公開してたって事なの?」
「……ああ“2年前”までは柵を作って結構距離を離してはいたけど、実際に見る事は出来たらしいが……今はちょっと、ね」
「……もしかして老朽化が酷いとか? 補修作業中ってヤツ?」
「!? そうそう! 前からガタは来ていたらしいけどその頃から限界が来たらしいんだよね~」
言い淀み本当の理由を話せない彼女は俺が放り投げた素人っぽい予想をアッサリと肯定してくれる。
見せられない理由はしっかりと設定して置いて欲しいものだが……。
巨大な竜を象った人型ロボット『機神』の核である『地龍神の魔石』には2年前から何者かが取り込まれている。
その人物が何者なのかは分からないが、世界の魔力根源の一つである地龍神に共鳴……気に入られるという事は『大洞穴』にとって信頼できる重要人物なのだろう。
その辺の事を大洞穴にとっては新参者であるエルフが『見せられない』としっかり言ってくれた事で、俺は結構な安心を覚えた。
『夢幻界牢』実行前にも起動した事は無かったからその機体はこのままなら動く事も無いだろうし、何よりも物作りにはどん欲だが基本は律儀で信心深いドワーフたちだ。
改竄で“地龍神への信仰”と“機神”を混同するように仕向けて置いたから、それらに手を加える事への“恐れ多さ”が彼らの好奇心を押さえてくれるだろう。
そんな事を思っていると、奥の方から数人のドワーフたちがワラワラと色々な工具を手に現れ、梯子を使って『ステゴロ』や『ファントム』へと昇って行く。
そのドワーフたちの中には俺も良く知っているドワーフ“ズボンガ組”の連中だったりして……。
「本当なら支えなんざなくてもコイツ等は自力で立てるはずなんだよ……」
「え~本当っすか親方」
「勘だがな……コイツは俺たちと同じで2足で立てるはず……」
な~んて会話をしているのが何とも言い難い気分になる。
俺が凝視していたからか、こっちを不意に見たズボンガの親方と目が合った。
「なんでぇ兄ちゃん、何か気になる事でもあんのかい?」
「いえ……カッコイイ神様ですよね~」
「ほう~分かるかい冒険者の兄ちゃん。何でかな……俺は他のどの神様よりもこの『ステゴロ』に妙に愛着が湧くんだよな……」
“元々一から十までソイツを作り上げたのはアンタらだよ”と言ってやりたい衝動を俺は必死に抑え込む。
「ええ、俺もですよ」
その後も巨大研究施設改め『機神大社』をある程度見まわった俺はこの時『夢幻界牢』での鎮静化はある程度成功していると考えていた。
実際『大洞穴』全体からロボットに対する認識は神聖な力……信仰に置き換わっていたのだから。
だけど『ロボットの認識』をどうにかする事に注目していた俺は一つ見落としていた。
国を滅ぼされ、親しい人、愛する人、かけがえのない人たちを奪われたアスラル王国からのの亡命者たち……エルフたちの恨み募る激情を。
一見問題行動でしかないと思っていた
そして……そのガス抜きを最も必要としていた人物から、『夢幻界牢』でそのはけ口を無かった事にしてしまった弊害を……。
何故か記憶と言う物はこちらに都合の良い事は忘れられ、都合の悪い事だけは覚えられているという世の悪循環を……。
残念な事に後悔とは事後にしか起こらないんだよな……いつもいつも……。
*
『物足りない?』
いつものようにナナリーは
50を超える組手をこなし、訓練用で刃は潰してあっても重量は実物に近い巨大戦斧を振り回し続けた彼女の肉体は極限にまで疲労し、流れる滝の如き汗や乱れ続ける呼吸に立っている事すら出来ないと言うのに、そんな“そぐわない”事を考えてしまうのだ。
『いや違う、逆だ……考えない方がおかしい!』
コロシアムに座り込み動かせなくなった自分自身への苛立ちで、彼女は徐々に思い出す。
この程度の鍛錬で戦闘不能になる自分の不甲斐なさ。
窮地に陥り、絶望の中自ら死へと向かう主に自分が助けられてしまった絶望。
脆弱でたった一人で千の、万のシャンガリア兵を足止めした
自分にとって一番重要な感情、忘れてはいけない復讐の念、何故かここ半年ばかりの間その事を念頭に置いていなかった自分に更なる怒りが燃焼し……ナナリーは衝動的にコロシアムの堅い地面にザリっと爪を突き立てた。
爪が割れ血が滲み、じくじくとした痛みが感じられるが……その事もナナリーの憤りを助長して行く。
『私の体に壊れない強さがあれば……鋼鉄の腕でもあれば……』
自らが努力の末に強くなっていく実感……それは“達成感”として更なる向上には誰にも必要な感情なのだが……アスラル出身のエルフたちにとっては、それこそが最も重要な鎮静剤でもあったのだ。
新たな力、ロボット技術を得る事で生身での戦闘より自分たちが強くなっていく……喩え理由が復讐であるとはいえ、自分達の努力が目的の為に無駄にならない事実はやがて自信になり……消えずとも復讐の炎は勢いを顰めて行った。
しかしその力が突然抜け落ちた時……必然的に思い出してしまうのは地獄の訓練でもこれ以上の向上は望めない圧倒的焦燥と挫折。
そして戦争と言う理不尽極まりない環境下での自分自身の弱さに対する憎悪をエルフたちの誰よりも抱いている人物がその事を思い出さないハズは無かった。
そして……ナナリーは自分の体が何かを覚えている実感だけがあった。
『もっと巨大で重い戦斧を振り回せるハズ、もっと人知を超えたスピードで動けるハズ、もっと、もっと何か私自身が強くなる手段があったはず……』
理屈も何も分からない……しかし何か見落としているモノがある。
そんな事を思ったナナリーが不意に思い出したのは……『大洞穴』では神が地上に降り立つ為の肉体、神霊の抜け殻が多く安置されている『機神大社』であった。
「あの方は……まだお目覚めにはならないのだろうか……」
ぼんやりとナナリーは思う。
おそらくこの世で最も自分と同じ感情を共有できる、それでいてナナリーが“自分と同じくらいに”憎しみを抱く『地龍神』に魅入られた人物を。
その憎しみが理不尽極まりない事はナナリー自身が分かっている……しかし分かっていてもその憎しみが消える事だけは絶対にありえなかった。
「あの娘はもういないというのに…………」
ナナリーは在りし日にアンジェリアの隣りにいたはずの人物を思い出し……舌打ちする自分自身にも苛立ちを覚える。
まるで共に死ねば良かったのだと言わんばかりの……他者の生を喜べない自分の悪質極まりない感情に嫌気がさしても止める事の出来ない自分の愚かさに……。
お前が言うなと己に自問しつつ……。
「私も貴方も……いつまで死に損なっているのでしょうね……マルロス王子」
顔を伏せ小さく呟いたナナリーの言葉はコロシアムで激しい訓練を続ける戦士たちの喧騒の中消えて行った。
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