第百四十四話 今回は姉弟設定で行きます

「ギルドのドッグタグ……冒険者か?」

「最近まとまった稼ぎがあったからな。どうせならドワーフ製の武器をオーダーしようって思ってはるばる来たんだよ」


 マッチョ爺っぽいドワーフに問われて俺は頷いて“考えていた大洞穴を訪れた冒険者っぽい理由”を“数日前と同じように”口にするとドワーフたちは揃って“数日前と同じように”機嫌よく笑い始めた。


「そりゃ良い金の使い方だな! そっちのお仲間の姉ちゃんもかい?」


 しかし数日前とは全く異なる質問を、門番のドワーフは俺と一緒にいる女剣士に対してする。

 基本は白だけど所々使いこまれた年季を感じさせる軽鎧を身にまとった女剣士リーンベル、こと剣岳美鈴氏に対して……。


「アタシは弟の付き添いだよ。以前一人でオーダーした時は粗悪品をバカ高い値段で掴まされたからね~。腕っぷしはともかく目利きはまだまだでさ」

「おう、なんでぇアンタら姉弟かい? あ~まあ確かに似てるっちゃ~似てるし、男と女の空気も臭いもしね~な」

 

 門番ドワーフは俺たち二人を見比べて一人勝手に納得する。


「へえ、分かんのかい?」 

「ふん、伊達に長年母ちゃんの尻に敷かれてねーからな。尻に敷かれている男かどうかくらい何となく分かるし、それがそのねーちゃんじゃねぇのも何となくな……」


 さすがは年の功と言えば良いのか? 若干達観にも似た人生観を聞いた気もするけど。

 ま、実際にそんな関係に見られるのはひどく迷惑だから都合は良いけど……。


 今俺たちは『大洞穴』に訪れた冒険者、という体で入国の手続きをしている。

 ちなみに同伴者はスズ姉のみで、アマネは現在も『大洞穴』内部の宿屋に潜伏したままなのだ。

 一応捕獲した獲物カムイさんを放置するのは危険すぎるし、拘束したまま連れ歩く事も出来ないから、面識のあるアマネが監視役に残る事になったのだ。

『あの娘には、た~~~~~~~~~~~っぷりと説教おはなししなくちゃだからね~』

 光の無い目でニッコリ笑うアマネの要求を聞かないワケに行かない……。


 そして俺はスズ姉と二人、初めて訪れた冒険者の目線から『夢幻界牢』で改変した『大洞穴』の調査と確認をしようとしているのだ。

 ある程度技術爆発をナアナアに出来ているかどうか……。

 まずは確認とばかりに目配せをするとスズ姉は“分かってる”と頷き門番ドワーフに質問する。


「あとの目的は……そうね、ここには珍しい観光名所もあるって聞いてたから……そっちの興味も少~しはあるかな?」


 スズ姉が何の気なしを装ってそんな事を口にすると、ドワーフは“流出していない情報をどこから聞いた!?”と警戒した顔に…………ならず、表情を崩した。


「おう、なんでぇ……珍しいな大洞穴の観光名所を目的にする輩は……『機神大社』は中々見所あるんだが、いかんせん知名度が低くてなぁ」

「……俺たちも旅先に小耳に挟んだ程度だけど、そんなになのか?」


 俺はシレっと“知らない風”で聞くと門番ドワーフ溜息を吐いた。


「ああ、別に隠しているワケじゃ~ねぇけど中々情報として伝わらないんだよな。お前さん方は良くその事を知ってたな」

「伝わらない理由は武器防具制作の腕が良すぎるからでしょ? ドワーフ=名工って名声に全て持ってかれるから他が目立たなくなるのよ」

「ワハハ、それはちげぇねぇな」


 などとスズ姉は門番ドワーフと軽妙に談笑しているが、俺は正直今現在の『大洞穴』内部がどうなっているのか……気が気ではない。

『夢幻界牢』を使って大洞穴内部のドワーフ、エルフを始めとするすべての種族の意識改変の後、入国直前で術を解除した俺としては、こっちに都合よく変わっているのかどうかが最重要事項だから。

 今のドワーフの言葉を聞く限り効果はあったようだが……果たして……。

 意を決して『大洞穴』へと入国を果たした俺が目にしたのは……。


「うお~い、頼まれてた鉄とミスリル、それにアダマンタイトはここで良いのか?」

「お~~待ってたぜ! 注文の剣がこれでようやく打てるぜ!!」


 巨大な大洞窟内部を少なくない数の、力自慢なドワーフたちが木材やら鉄やらの重量物をある者は担ぎ、ある者は荷台を引っ張り“人力”で運搬する……決してどこぞの日本の市場のようにターレーみたいな腕付きロボットで縦横無尽に動き回る光景ではない、ドワーフの住処としては実に普通の光景……。

 俺はそんな情景に心の底からホッとした想いになる。


「よ……よかった。どうやらある程度は成功したみたいだな」


 俺が安堵していると後ろからスズ姉がポンと頭を叩いた。


「まだ安心するのは早いんじゃない? 何しろ一度でも作ってしまった物を無かった事には出来ないんだから……」

「ま~な……」


 記憶の改竄と口にするのは簡単だが、実行するのは難しいもの……そもそも記憶というのは脳内のみで完結されるもんじゃない。

 強烈に刻み込まれた記憶を脳内から消去するのは神ですら難しい事だし、一度体に沁み込ませた感覚や直感などは消せる現実じゃないし、そもそも書物などのデータに記録した物だったら確実に残ってしまう記憶だ。

 ドワーフたちにとって『最高の創作物』を作り上げた勘という物は恐らく何があっても消える事は無いとは思う。

 だけど…………俺は当初訪れた時との明確な違いを確認して、確信する。


「でも、当分の間はドワーフたちがロボットを動かせる事は無いんじゃないか?」

「ん? どういう事?」

「今回は余計な入れ知恵する女子高生はいないから……な」


 俺が注目したのは、そこかしこで忙しく動くドワーフでもまだ火も高い時間だと言うのにジョッキでアルコールをガバガバ行っているドワーフでもなく、チラホラと存在が確認できるエルフたちであった。

 『大洞穴』では2年前のシャンガリアの奇襲で滅んだ『アスラル大樹城』からの亡命者が多数受入れられているのだから、エルフがいるのは不思議な事じゃない。

 前と変わった事と言えば……エルフとドワーフが別々に行動している事である。

 見た限りでは別段仲違いしているワケでは無いけど必要以上に密接な関係でもない“丁度良い距離”を保っている。

 おそらくこんな感じが本来の、半年前までの『大洞穴』の風景だったのだろう。


「取り合えず両種族の過剰な協力体制は沈静してると思って良いんじゃないかな? この状況なら少しの間は技術の更新速度も落ちるだろうよ」

「だと良いがな……」


 スズ姉も俺と同じ風景を目にして……正確に言えばエルフが『魔力』を、ドワーフが『製造と操縦』を互いに担ってロボットを動かしていない距離感に警戒したまま呟く。

 その警戒はご尤も……俺が施した“改竄”だって数十年後、いや下手をすれば数年後には元の木阿弥かもしれないからな。


『夢幻界牢』を使用しての記憶や記録を改竄すると言うのはかなりリスクがあり、そして不安定な物……特に記憶に関する物は科学的にも魔法的にも都合よく捻じ曲げるのは喩え神であっても難しい所業……。

 それは全てを破壊する事で歴史上から抹消する方法を取る破壊神であっても難しいのだと我らが女神アイシア様も言っていた。

 何故なら『記憶』とは最も消す事が困難な事象……喩え脳内から記憶を消したつもりになっても強烈に刷り込まれた記憶は断片的に残ったり、脳内以外でも肉体が覚えている所謂“腕が覚えている”ように残っていたり、最悪魂に刻まれた記憶なんてのもあり、さらに一番わかりやすい“記録”で残される事もあり……完全に消去というワケにも行かない。


 だから俺はとにかくエルフとドワーフが元々は共同で技術開発する事を良しとしない、元々は技術力も知識も高いのに『魔法剣』ですら人間に先を越されてしまった種族的なプライドを前面に押し出す事での分離を図ったのだ。

 取り合えず『魔導回路』に膨大な魔力を注ぎ込めるエルフたちの協力が無ければ機体は動けないし、ドワーフが制作しなければそもそもこれ以上の機体は生まれる事はない。

 ……余計な入れ知恵さえなければ。


「後は機体を何とかして動かそうって考えをドワーフ共が起こさなければ、しばらくは大丈夫だと思うけど」

「……そこが最も大事だな。とにかく行ってみようか……件の『機神大社』ってとこに」


 それから俺たちは『大洞穴』を大通りに沿って奥へと歩みを進めた。

 その間でもドワーフを始めとした色々な種族を目にする……それは買い物をするエルフだったり運搬作業をするオーガだったりと様々だが、やはり基本は種族ごとに行動していて“前見たいな”密接な関係性は鳴りを潜めていた。

 そんな風景は『ロボットアニメ』という全く新しい概念を持ち込んだ事で種族間の垣根をわずか半年でぶち壊した『魔王カムイさん』の介入後に比べれば活気が無いようにも見られて……少々寂しくなるのも否めない。


「考えてみるとあらゆる物語で魔王ってヤツは、種族間の垣根を取っ払って短期間で最強の軍団を作り上げるんだよな~。それを考えれば逆に魔王って種族間の調停役に向いている存在なのかも……な」

「ん? どういう事?」


 今のエルフやドワーフたちの関係性に俺は何とも言えない気分になる。


「技術の爆発を抑えようとしている自分たちが間違っているとは言わないけど、戦乱渦巻く異世界において神威さんのやらかしが間違っていたとも言い難いな~って」

「ん~~~言いたい事は分からなくはないけどね」


 益体も無く答えすら無い……そんな俺の呟きなのにスズ姉は難しい顔になった。

 前の世界では元々戦災孤児だったスズ姉にしてみれば、全てを奪い去る争いを取り除いてくれる人が統治してくれるなら喩え魔王であったとしても歓迎だったろうから。


「とはいえ世界を別にする私たちが余り首を突っ込むべき事じゃ無いし、色々抱えるべきでもないからね……。この世界の行く末を決めるのはこの世界の者たちであるべきだ。魔王であれ勇者であれ……な」

「……スズ姉」

「あんまり考え過ぎんなって事……お前さんは前と同じように“自分の女のついで”で可能な限りの事をすれば良いんだよ」


 あっけらかんとそう言うスズ姉は“あの日”と全く変わっていない。

 同じような事を拳骨付きで怒鳴った、俺たちの師匠であったあの時から……そう思うと自然と肩から力が抜ける。


「……ま、確かに楽観は良くないが、気負い過ぎるのも問題だよな」

「そーいう事。ここまで来たらなるようにしかならん……問題があったらその時はその時って事で……」


                  ・

                  ・

                  ・


『機神大社』……それは大洞穴の奥へと続く大通りの先にキッチリと順路まで示されていて、特に迷う事もなく数十分歩いただけで俺たちは到着していた。

 ……ていうかここって。


「どう見てもこの前呼び出し食らって『小夢魔』と激戦繰り広げた巨大格納庫がある研究施設……だよな?」

「ああココなんだ。君らが魅了魔法に“反射的かつ自主的に”ハマってヌレヌレディープキスを披露したって言う……」

「……ちょっと待とうか美鈴さん…………何ゆえにその事実を?」

「君らが『夢幻界牢』で頑張ってる間に夢魔の女王が映像で見せてくれたよ。ああいうのを見せられると今後の君たちが心配になるよお姉さん」


 サラリと聞き捨てならん事をのたまったスズ姉……彼女は俺の指摘にあっけらかんと答えた。

 普通に『夢魔の女王』(現在欠片状態)と情報をやり取りしている事もそうだけど、今映像で見たとか言ってなかったか!?

 確かに今まで『神威さんの記憶』を上映していたくらいだから、そのくらいの芸当は欠片になっても『夢魔の女王ヤツ』にはお手の物だったかもしれないけど……。

 つまり魅了にハマっていた俺たちの情事の一部始終を……。

 一線超える数センチ手前まで行っていたアレを!?


「盛り上がるのは大変結構だけど、君たちはど~も雰囲気に弱い節があるね。今後学生モードに戻ったとしても……果たしてどうなる事やら」


 気が付くとスズ姉はジト目で俺の事を見ていた。


「日本に帰ったら学生モードに戻る前に……薬局でお守り買っておきなさいよ」

「うっす……」


 師匠に敬礼で返事した俺は“何を”とは決して聞きません……。

 

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