第百四十六話 ミノムシ、ぶらりんしゃん……

『機神大社』の調査を行うユメジとは別行動になった幼馴染にしてパートナーであるアマネは一度『大洞穴』の外へ出た彼らとは違い、数日前からずっと滞在したままの宿屋の一室で待機していた。

 今回盛大にやらかした親友の一人、神威愛梨を説教する名目で……。


「しくしくしく……堪忍して下さい御代官様……ほんの出来心だったんです」

「出来心にしては随分と用意周到、ノリノリだったようにしか見えなかったけど?」


『夢幻界牢』で数日間『大洞穴』内部にいる者は全て眠りに落ちていたのだが、それは神威も例外ではない。

 ただし彼女だけは意図的に記憶の改変は行われず、目を覚ました本日からやらかしまくり溜まりまくった説教を親友アマネから受ける事になったのだ。

 万が一にも宿屋の従業員が部屋の中を目撃したら色々問題がありそうな体勢……全身をぐるぐる巻きにされ、天井から吊るされる状態で。

 ただ、そんな無体な状態に陥っていると言うのに、涙目で説教されているようでもあるのに……当の本人はその状況すら楽しそうにも見え、余裕が伺える。

 まるで“自分は今ギャグマンガのキャラ体験をしている!”と喜んでいるように……というか確実にこんな状況すら楽しんでいるであろう事は親友で悪友のアマネには理解できてしまい……更に説教に力が入る。

 

「百歩譲ってお世話になった人たちが見捨てられず、守る為にロボット開発を提供したのは仕方がない。戦乱渦巻く世界で戦力を持たないのは死に直結するからね」


 そう言う命のやり取り的な事は以前アマネも『無忘却の魔術師』として召喚された別の世界で嫌と言う程経験していたから、神威がいわゆる内政チートっぽい事をして戦力増強していた事に対して是非を問うつもりは無かった。

 そもそも神威は召喚特典で最初から魔力をある程度保持してはいたものの、神楽のように最初からサポートしてくれる守護神がいたワケでも無く使えたのは『夢魔の女王の欠片』を利用した幻惑系の魔法のみ……ハッキリ言って異世界に降り立ちいつ帰れるか、もしかしたら二度と帰れないかもしれないという状況だった彼女は内政チートをするしか無かったのだ。

 若干の趣味全開な行動はともかく、戦争と言う理不尽な現実に立ち向かおうとした神威の行動はある程度“仕方が無い”と……。


「趣味全開で魔法技術とロボット技術を融合させて、ヤバ目の組織を設立しようとしていた事も……某アニメを見せて意志の統率を計ろうとしていたみたいだし、一応色々カムちょんなりに考えていたみたいだから、反論はし辛いけど……だが!!」


 そこで言葉を切ると、アマネはギロリと燃える瞳で吊るされた神威を睨みつけた。

 さすがの殺気に少し楽しげでもあった神威はミノムシのままビクリと体を震わせた。


「私たちにあんな幻覚見せる事無いでしょ! しかも逃亡するでもなくガッツリ見てるとか!! 親友に濡れ場を見られかけたとかどんな冗談よ!!」

『……その辺……全く同意…………もっと言ってやれ無忘却わすれずの……』


 真っ赤な般若の形相で怒鳴るアマネにミノムシの首元からこぼれ落ちた首飾り、『夢魔の女王の欠片』から断片的に肯定する声が聞える。


「そんなぁ、師匠もそっち側なんですか? 夢魔の称号を受け継いだ私としては後学の為にそういう色事、特に男女の営み的な事はしっかりと観察するべきであると必要性を感じてですね……」


 キリ! まるで正しい事を言っているとばかりに真面目な目をして見せるミノムシであるがその言葉は最初から白々しい。


『…………本音は?』

「モロに誘いまくる天音さんがとてもエロ過ぎて、理性を無くした天地さんの獣具合が最高に見物で! 貪るように唇を奪うシーンなんか堪らなくて!! コレを見ずして日本には帰れないと…………あ」


 そして案の定、誘導に口を滑らせた神威の柔らかい頬は耳まで真っ赤にしたアマネに両側限界一杯まで引き延ばされた。


「いひゃい! いひゃい!! ヤメヘアマネひゃ~~~~ん!!」

「やかましい!! ああいうのは二人の秘密なの!! 私たちは見られて興奮する趣味は無いってのに!!」

「で、でも……天音さんめっちゃ嬉しそうだったじゃないですか? 何か天地さんに全力で求められる優越感と満足感に満たされてると言うか、本粋の顔でメチャクチャにしてって言ってるみたいな……」

「まだ言うかこの口はあああああああああ!!」

「にゃああああああ! ごめんなひゃいごめんなひゃい!!」


 図星を突かれて一層顔を赤くするアマネによる折檻……ともじゃれ合いともつかない時間はそれからしばらく続いた。

 なんだかんだ心配していたアマネも、楽しんではいたが今まで異世界に一人でいた神威にとっても、そんな日本でよくあったやり取りに安心感を取り戻していた。

 単純に『無事でよかった』とは行かせないのが神威愛梨というキャラクターのなせる業と言えば良いのか……。


「はあ、はあ、はあ…………しかし、才能があるとは知っていたけど、よくまあ半年の短期間でここまでの技術介入が出来たもんね。魔導回路の開発からロボットの設計、挙句ドワーフとエルフの共同作業とか……貴方たちが崇拝する御大すら真っ青じゃない?」

「それは言い過ぎですよ~。むしろ私は御大を知っていたからこそ動けたワケですから」

「にしても……地龍神の魔石を組み込んだ巨大ロボットはさすがにやり過ぎでしょうに……エネルギーの暴走なんか起こったらそれこそ…………」


 しかし、溜息交じりにアマネがそう口にした瞬間……今まで泣き笑い、色々な表情を見せていた神威の表情が突如真顔に変わった。

 それはもう何の前振りも無く。


「え? 何ですかそれ? 地龍神の魔石??」

「…………ん?」


 その時アマネには神威の言葉の意味が理解できていなかった。

 そもそも『大洞穴』におけるロボット関連のモノは全て神威主導に寄るモノであると考えていたから、当然自分が目撃した大地の膨大な魔力を有する魔石の事も知っていると思い込んでいたのだが……。


「何なんですか天音さん、その素敵ワードは!? 暴走しかねない魔石ですって!?」

「まさか……知らなかったの? 大地の魔力を秘めた巨大な地龍の魔石に、ちょっと高貴そうな男性が取り込まれているのを見たんだけど……」

「な、なんですって!? そんな燃える設定のエネルギー源があったのですか!!」


 驚きショックを受ける……ではなく、明らかに“そんな面白いのがあったんですか?”的な喜色を浮かべ吊るされたミノムシがみょいんみょいんと器用に跳ねまくる。

 態度からも神威からは虚言の臭いは感じない。

『夢幻界牢』での記憶改竄の当事者である神威だけは今日まで眠らされてはいたものの、唯一記憶をそのままにしていたので、忘れている事はありえない。

 つまり以前から“知らされていなかった”という事になるのだ。

 そしてその事実を隠していた人物は、その魔石の存在を知っていた人物に他ならず……。

 その事実を知った神威は雄たけびを上げる。


 …………称賛の雄たけびを。


「暴走寸前のエネルギー源を熱血で使いこなすのは王道展開ですが、その事実を非常時まで隠すのもまた王道! 私の目から隠していたのみならず、そんな巨大ロボットすら建造してたとは……流石はアスラル王国最高の侍女長、やりますね!!」

「なに感心してんのよ!!」

「だって謎の機体が未知のテクノロジー使ってるんですよ!? 燃えるじゃないですか! 一体どれほどの力を秘めているのか興味は尽きません。コレはニクイ!!」

「……仲間に出し抜かれても笑ってそんな事言うんだから……本当にこの娘魔王に向いてるんじゃ……」


 思わず親友の可能性に不安を覚えるアマネだが……直近の言い知れぬ嫌な予感の方が今は上回る。


『潜入調査した時に一度目撃した『機神』の周辺にはキッチリと魔力主導ではない罠が張り巡らされていたから、カムちょんもあの機体は周知の物なのだと思い込んでいたのに』


 嫌な予感に唸るアマネであったが、この期に及んで自分たちが肝心な事を見落としていた事には頭が回っていなかった。

 神威が関わっていなかったからこそスルーしまった、出来てしまった『地龍神の魔石』に取り込まれていた男性……それが何者なのかを確認していなかったという事実が最大の面倒を生みだす結果になるとは……この時点ではアマネも予想できなかった。


 大洞穴の奥、丁度自らの夫が調査しに出向いた『機神大社』から恐ろしい程の魔力を感知する瞬間までは……。

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