第百四十三話 ご都合後付けのテコ入れ前夜

 翌朝……と言ってもドワーフの国『大洞穴』は国ごと洞窟の中だから日中を示すように洞窟内部の照明が点灯し始める時間で朝を判断するしか無いが。

 洞窟の入り口付近なら辛うじて差し込む太陽光を感じる事も出来るだろうけど、俺たちが今現在いるのは入り口から数キロは内部、照明が無ければ常時闇に閉ざされていただろうさ。

 そんな特殊な環境での朝を体感しつつ、俺たちはこの国での拠点にしていた宿屋の一室に集合していた。


「え~っと……大丈夫? スズ姉」

「別にヤツらの相手してくれるだけで良かったのに、何で勝負しちゃうかね……この人」

「……やかましい」


 昨晩からずっとこの部屋を陣取っていた、我らが師匠にして近所の姉ちゃんスズ姉は椅子にテーブルに突っ伏したまま真っ白な灰になっていた。

 全身から漂う強烈な酒臭さが昨晩の激闘を如実に物語っている。


「……ドワーフ共に絡まれたら逃げる術は酔いつぶれるしかない。その事はお前らも知っているだろうが」

「あ~~~ま~ね」

「あはは……それは世界が変わっても変わらない種族の特性よね」


 恨みがましい目で睨んでくるスズ姉に曖昧に笑う事しか出来ない。

 前の世界からの共通認識だがドワーフは種族的に“陽気な酒飲み”であり、面倒なのは無理強いはしないのに酒を飲ますのが抜群にうまい、油断すると通常よりも飲み過ぎてしまうのだ。

 だからこそドワーフの酒宴は巻き込まれたらそれこそ逃亡が難しくなる。


「そんな種族的な酒豪連中を逆に酔い潰すとか……スズ姉最早バトリングで優勝した俺達よりも英雄扱いになってんじゃ……」

「うっしゃい……マジで覚えてろよ、おまいら……」


 まだまだ昨夜の酒は残っているのか口が回っていない。

 俺は何とも言えずにコップに水を注ぎ、テーブルにそっと置いた。

 

                ・

                ・

                ・


「んじゃまあ……そろそろ本筋の計画を進めるとするかね。元凶は何とか確保できた事だし……」


 俺はチラリと部屋の隅に置かれたワイン樽……から顔を出したまま未だに目を回している神威さんを見た。

 一応昨晩彼女を連れ出す目的で念のため樽に詰め込み、更にアマネの隠遁魔法で樽ごと視認できないように細工したのだが、時間を置けば向こうに『小夢魔』の不在は知れ渡る事だろう。

 門番ドワーフの対応を見れば神威さんは厳重に監視されているワケでも無いようだから即って事は無いだろうけど猶予があるワケでもない。


「タイミング的に“まだ間に合う”と言えるかは分からんが……これ以上の悪化は防げたと考えたいな」

「悪化って……まあ確かに間に合ったと考えるのは正しいかもだが……」


 まだ残る酒のダメージに頭を抱えつつスズ姉はそう言ってくれる。


「アンタたちがバトリングに興じてる間にドワーフ連中の組全部を調査したけど、思った通り設計図とかを残している輩はいなかったな。あれば回収、もしくは破棄する必要があったけど……」

「個人主義の感覚派、技術は目で盗めのドワーフ気質が今回は幸いしたね」

「技術や戦力強化を進める事に注目して記録を残す事に考えが及んでいないからな」


 ドワーフの性質というか悪癖とも言えるが“面白れぇ!”と思ったら取りあえず作ってみる。

 更に改善点が見つかれば即時そっちに気が向いてしまう……ある意味気質は研究バカな魔術師共と大差はない。 

 ただ今回は記録を残したりする魔術的な技術に長けたエルフたちが『大洞穴』に集合していて、そっち方面の連中が気を利かせていないか心配ではあったが……俺の不安を読んでいたようでスズ姉は情報に補足を加えてくれる。


「夢次君が気にしていたエルフたちの方面もここ半年のうちではシャンガリア憎しの感情の方が勝っていて“強化する”事にしか頭は回っていなかったみたいだ。もう少し時間があれば冷静になる連中も出たかもしれないから……そう言う意味ではやっぱり“間に合った”と言えるんじゃないかね?」

「そっか……大切な人を失った時に冷静でいられないのは痛いほど分かるが……」


 運よく俺とアマネはあの日に失った大切な師匠であり仲間が、こうして目の前で二日酔いに愚痴る姿と相まみえる事が出来ているが、そうでない連中にとっては……な。

 ただまあ……今回ばかりはそんな感情すらも、後ろめたいが利用させて貰うしかないワケで……。

 俺がそんな事を考えて軽くため息を吐くと、不意にアマネが俺の背後から腕を回して耳元で囁いた。


「後ろめたいのは分かるけど、一人で抱え込むんじゃないの。私も共犯なんだから」

「アマネ……」


 そう言われて俺は少しだけ気持ちが楽になった気がした。

 理不尽に国を追われ、大切な人を失った人たちの尽きる事の無いシャンガリアへの憎悪の感情に対しては、俺も、そしてアマネだってハッキリ言えば肯定的だ。

 元々異世界からの帰還が叶うかも分からない状況にいた神威さんもその辺は同様だったんだろう。

 同盟国に理不尽に攻め込まれ最愛の人を殺されたとしたなら、そして自分にそれを打開できる技術的知識があるとするなら……俺も似たような事をしていなかったとは言えない。

 神威さんは多くの部分を趣味が先行していたのは否めないが、それでも同じ日本人の、そして一般的オタクの正義感を持っているなら……そんな状況は見過ごせなかっただろう。


 ……だからと言ってこのまま後始末をしないワケには行かないが。


 俺の複雑な心境すらくみ取ってくれ、尚且つ一緒に背負うと言ってくれるアマネは本当に最高の嫁だよな。


「サンキュ……」

「ん……」

「お姉ちゃんの前で堂々とイチャ付かないで欲しいんだけど……。ったく……そう言うのは帰ったらウチの店で存分にやってくれるかな? 新メニューのバカップル限定スウィーツを奢ってやるからさ」


 自然と密着する俺たちにスズ姉は呆れ半分に頭を押さえたまま苦笑した。

 つーかカップル限定でなく“バカップル限定”ってなんだ?

 あの店は一体どういう方向に行こうとしているのだろうか……何気に馴染みの店の今後が心配になってしまう。


「じゃあ始めますか……某少年誌もビックリのご都合、後付けの強引なテコ入れってヤツを……な」


 俺は気を取り直して、宣言し……『夢の本』、正式名称『夢想のナイトメア・ブック』を開いた。

 それは以前俺たちも術中にハメられた覚えのある因縁の夢操作『夢幻界牢』のページ……その事を確認して俺は隣に来ていたアマネをヒョイっとお姫様抱っこ状態で膝の上にのせた。


「わ、ちょ!?」

「もう寝溜めした魔力も底を付いてるし、魔力使わして?」

「……それは良いけど……ドサクサで変なとこ触らないの!」


 最早俺は『寝溜め』の魔力をバトリングの決勝で使い切ってしまっているから、必然的に『夢幻界牢』を使用するには融合魔法経由でアマネに魔力を借りるしかない。

 そして融合魔法は直に触れ合った方が通りがいいから……突然抱えられて驚いたアマネはその辺に不満はないようだけど……く……やはり我が嫁は人前ではガードが堅い。


 二人きりなら…………そんな事言わないクセに…………。


 部屋の端から『夢魔の女王』の微かな声が聞え……その言葉には俺も頷くしか無かった。

 本当にコレが終わった後には、是非とも高校生の俺には頑張っていただきたいものだ。

 俺は膝の上に乗せたアマネの体温を感じつつ、そして自分と彼女の魔力が同調していくのを確認してからテーブルに広げた『夢の本』の『夢幻界牢』のページを掌で叩いた。


「うまく行ってくれよ~~~~~大洞穴が誇る機神の伝説……それを受け継ぎ守るドワーフたちの歴史の物語……」






 その日……ドワーフたちの拠点である『大洞穴』は静寂に包まれた。

 いや、物音が全くしないのかと言えばそんな事は無い。

 相変わらず鉄を叩く激しい音や炉で鉄を溶かす為の炎を燃やす音は町の至る所から聞こえていた。

 しかし、奇妙な事に何処からも人の声が聞えない。

 普段怒鳴り声と大差ない声のドワーフの物も、アスラルから亡命してきたエルフたちの物も……この日は一切聞こえなくなったのだ。

 幸いな事にこの日『大洞穴』に新たに入国した冒険者などはおらず、この日の状況を確認した者はいなかったが……もしもこの日の『大洞穴』を目撃した者がいたなら、それこそ夢に見るくらいの不気味な光景を目の当たりにした事だろう。

 ただ日常生活を営んでいるようにしか見えない『大洞穴』の全ての住人が、まるで夢遊病にでもかかったように眠りながら動くというホラーな光景を……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る