第百三十九話 本音と本命の一撃

 そして続いて俺たちに向かってくる4つの気配……幻覚の中こっちは全く視認できないとは言え、攻撃の手段は完全な接近戦、しかもこちらも向こうも“得物”を所持していない全くの無手で殺す気は無いから殺気も当然ない。

 どちらかと言えば実戦からはほど遠い戦いは俺たちには功をそうしたようで……視覚的にはただ何もない宇宙空間に投げ出しただけの拳や蹴りが確実に“何かに”ヒットする。


「グガ!?」


 そして“イケメンエルフ”がまるでボディーブローでも喰らって漏らした呻いたのような声が聞えた瞬間……俺たちの周囲を覆っていた宇宙空間が霧散していく。

 幻覚自体はカムイさんの仕業でも下地のスクリーン役を担っていたのはエルドワの連中だったようだな。

 自分に仕掛けた『五感休眠』を解除して瞳を開くと、俺たちは当然宇宙服など着ていないし、周囲には呻き声を漏らしつつ地に倒れ伏すイケメン近衛隊が見えた。

 そして……。


「は~~凄いものですね夢次さん。エルドワは大洞穴でもナナリーさんに次ぐ実力を持った猛者ですのに……ただのイケメンじゃないんですよ? なのに一瞬じゃないですか!!」


 俺は正直自分の目の前の光景の意味が分からなかった。


「幻覚で視界ゼロ、感覚を全て惑わされて気配の察知もしにくく魔力感知も警戒して貰ったのに……一体どうやったんですか?」

「…………融合魔法の応用です」

「今のも融合魔法なんですか!? はあ~やはり凄いですね~」


 好奇心から疑問に思った事を聞き、そして素直に感心している……それはいつも通りのカムイさんだが……俺は正直ここに至って初めて彼女の事が不気味に思えた。

 

 何故まだここにいる?


 さっきのエルドワに霧を出させての幻覚戦法は自惚れじゃなく俺とアマネ以外の者に使えば相当に手こずったハズ……いや、俺も背後にアマネがいなかったらもっと時間が掛かっていただろう。

 普通に考えれば、まさにさっき一時的にでも俺たちを幻覚の術中にハメた時こそ逃走のチャンスだったはずなのだ。

 アマネから聞いた彼女の性格は『逃走のラインを見極める』事だと聞いていたのに……。

 付き合いの長いアマネも似たような事を思っていたのか、警戒した瞳になる。


「カムちょん、聞きたいんだけど貴女の首に下がっているその『緑の石』は一体いつどこで手に入れたのかな?」


 緑の石……それは彼女に『夢魔の女王』としての力を与えた元凶。

 異世界に召喚された彼女を守る一助になったと言えなくも無いが……意図的なのかそれとも癖なのか……彼女はさっきから胸に手を置く姿勢でこっちを見下ろしている。


「あは、気になりますか? コレは大体半年前に学校の校舎裏で見つけたんですよ」

「校舎裏……なんとなく雰囲気的に“あの女”はあっちの世界で高らかに消え去った気でいたから……欠片の回収とか考えなかったのが仇になったな……」


 アマネは自分の不手際を悔いて頭を抱える。

 

「綺麗な石だとは思いましたけど、宝石でもガラスでもプラスチックでもない不思議な石だと思って何となく持ってたんですよ~。ほら未知の石とかテンション上がるじゃないですか!! 何というかスピリチュアルな、ファンタジー感がするっていうか!!」


 普通の女子高生であれば宝石とガラスの違いが分かるかも怪しいのに、いわゆるお嬢様の神威さんはその手の宝石には詳しいらしく“宝石ではない何か”という事に気が付けたらしい。

 金持ちのアニオタが持った無駄知識っぽいが、それ故に彼女は『夢魔の女王の欠片』を所持する事になってしまったのだから不思議なモノである。


「日本ではただの綺麗な緑の石でしかたが……私が召喚されてからはこの石を通じて色々な事を教わり、そして『夢魔』の力を少しは使えるようになったのです。まあ余り大それた事は出来ませんけど」

「「どこがだよ!!」」


 カムイさんの謙遜、という名の良く分からない主張に俺たちは全力で突っ込んでしまった。むしろ小さな力を拡大解釈して使っているからより質が悪いと言うのに。


「緑の石『夢魔の女王の欠片』は中々に不安定な物で……私に力を与えてくれるのですが、教えを授けるのは断片的で、ぶつ切りの単語を繋げるような感じでしたが……」

「「!?」」

「いや~まさかまさか……その夢魔の女王が相対したら最も警戒すべき『融合魔法』の使い手が天音さんと夢次さんだったなんて……驚きましたよ」


 やはり……まだ『夢魔の女王』の意志はあの状態でも残っていたようだ。

 砕けた本体では完全な力を行使する事も意志を伝える事も難しいようだけど……それでも所持者がカムイさんだったらそれでも十分だったのだろう。

 警戒を露にする俺たちにカムイさんは微笑を浮かべる。

 それは……何とも力に訴えない、策謀を駆使して相手を型通り自分の思い通りに動かすタイプの魔王らしい楽し気な……ゾッとする微笑。


「今だから本音を言いますが夢次さん……実は私、天音さんの幼馴染である貴方の事が嫌いでした」

「…………」

「え? カムちょん??」


 唐突なカミングアウト……だがその発言に驚きを見せたのはアマネの方だった。

 

「気があるのは見え見え、なのにいつまでも行動を起こす事なく遠目でチラチラ見ているだけ、にも拘らず天音さんは過去の罪悪感から変に気を使って他の男性と交流を必要以上に持とうとしない……天音さんの友人として非常に邪魔な男だと常々思っていました」

「…………」

「カムちょん……」


 ぐうの音も出ない。

 高校時代の天音と疎遠状態の俺は正にそんな感じだった。

 一番仲良しの親友たちにしてみれば恋路を邪魔するうざったい障害物にしか思えなかっただろう。


「しかし……ある時からその評価は180度変わりました! 天音さんの想いに応え、パートナーとして手を取ってからの貴方は立派な幼馴染主人公してくれてましたよ。まさか……こっちに来て『融合魔法』が使えるほどドロドロズブズブな関係にまでなるとは思ってませんでしたけどね……」

「……ちょっとカムちょん……言い方が……その」

「良いじゃないですか天音さん、私は彼を超見直しましたよ! まさか『夢魔の女王』に教わっていた力の使い方の中でも最も難しく、警戒しなくていけない方法を用いなければいけないのが、まさか貴方たちだったとは」

「「え?」」


 不意に友人として、友人の彼氏に対して誉め称える発言をしていたかと思っていたら……最後の方で何やら不穏当な言葉が。

“夢魔の女王に教わった”確かに今そう聞えたが……?。


「サキュバスが使う魅了は性的な欲求に寄るモノが多いのは世界共通ですが……必ずしもそれが効果的な者ばかりではない。特に『融合魔法』を使えるほど壊れた二人に余計な手を加えようとすると、それは単純に逆鱗にしかならない。自分が全ての男を堕とせると思い込んでいる内は三流……だそうですよ?」

「な……何が言いたい?」


 口元がヒク付いているのが自分でも分かる……それくらい、何やら嫌な予感がしてくる。

 何かごく最近、似たような事態を経験したような予感が……。


「ほら~よくドロドロな関係を演出したがるヤツだとあるじゃないですか。魅了の幻覚を魅せられた男が意中の女性と騙されて他の女性と~みたいなの……夢魔の女王が言うのは『融合魔法』を使うほどの輩にそれを仕掛けるのは『殺してくれ』と言っているくらいの禁忌なんだそうですよ?」

「え……ちょっとまってカムちょん……それって?」


 徐々に彼女が何を言いたいのか俺たちが察した時……カムイさんは不自然に胸に当てていた手をのけた。

 瞬間、それまで手で隠していた『夢魔の女王の欠片』が強烈な光を放って視界を飲み込んで行く。


「な!? これはまさか魅了の!?」

「どういうつもりよカムちょん!?」

「いやいや、エルドワの皆さんが思ったより早く倒されてしまったので焦りましたが……何とか会話で繋ぐ事ができました。完全ではない『夢魔の女王の欠片』でお二人のような強者に効果のある魅了を発動するにはどうしても時間が掛かりますからね」

「それは俺たちに対しては禁忌って自分で言ってなかったか!?」


 融合魔法を行使できる程俺たちに下手な魅了など逆鱗に触れる……さっき自分で言っていた事だし何よりその見解は圧倒的に正しい。 

 しかし『小夢魔カムイさん』は余裕のある……いや非常に下世話な笑いを含んだ声で言い放った。


「そうです……ですけどそれは幻覚であれ何であれ……偽物だった時の話です。つまり本物を用意すれば問題は解決です。丁度隣りに本物がいますし」

「…………あ」

「……あ!?」


 そして俺たちは同時に気が付いた……つい先日、自分たちが完敗した事件の事を。

 他の事ならいざ知らず、自分達が唯一絶対にかかってしまうであろう魅了の方法があるという事を……。


「それなら多分一時間は固い……いえ、お二人の事ですからもっと……」

「ストップストップ!! カムちょんそれダメ!! それは色々とマズイわ!!」

「カムイさん、それはイカン! その方向での魅了は……」


 慌てて止めようとする俺だったが……不覚な事に『小夢魔』の甘美な言葉に耳を傾けてしまった。


「大丈夫大丈夫……私も大好物ですから。ベタベタな幼馴染モノの○○漫画展開~。そうですね~お二人がまだ疎遠状態からハプニングを切っ掛けに~って方向にしましょうか? ほら二人きりで雨宿り~的な?」

「……………………」

「……あ!? ユメジ駄目! ちょっとでも考えたら…………」


 魅了などの精神攻撃に当たる魔法は受けての隙間に入り込む。

 それこそ少しでも“それイイな”とか思ってしまったら…………。


「あ…………しまっ…………」


 膨大な光の奔流は俺たちの視界を完全に飲み込んでいき…………そして……。


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